レジリエンス:それは何か、そしてなぜ回復にとって重要なのか? パート2/2

レジリエンスとは個人的なものである 意義深い活動は、ストレスの多い状況においてバランスを与えるでしょう。特に、頑固な痛みを抱える人たちは彼らがかつて行っていたものやレジリエンスを定義するであろうことを見失ってしまうかもしれません。このような人達は、何らかの意味や目標を再び見つけるためにガイドやコーチが必要かもしれない人たちなのです。 大事な活動や物事(つまり物事)に対して継続して取り組むことが、レジリエンスの大きな指標であるように思えます。いくつかの意義のある活動をよりよく理解するために、私は人々に、ソーシャルメディア上で苦しい時に何が重要だと思ったかを質問しました(詳細な研究ではないのはわかっています)。 エクササイズは人々にとってレジリエンスの本当に重要な標識になっているようにみえ、かなりの逆境の中での多くの成功談を聞けたのは素晴らしいことでした。ちなみに、患者の人たちに、適切な時期に適切な方法で他の患者の成功談を伝えることは、私の経験においてとても強力なツールになり得ます。 ウェイトリフティング カポエイラ ヨガ ピラティス ボクシング サイクリング クロスフィット ランニング ウォーキング ボルダリング 様々なスポーツ 体操競技 ダンス 創作 ハイキング 仕事もかなり目立っていました。ただの日常生活での機能も重要なようです。エクササイズのように、私たちの仕事生活はセラピストから看護から運転と多岐にわたっています。家族というコンセプトもよく目立っており、家族を援助し扶養することは多くにとってレジリエンスの重要な一部を形成しています。 レジリエンスは様々なものの豊かなタペストリーのように見えます。これについての臨床的意味は、レジリエンスを表すであろう活動が何であるかを調べるために効果的に聞き取りいくつかの質問をすることができ、そして、そのような活動に向かって人を導き、取り組むための計画とサポートを与えることができるということです。 私が使用するいくつかの質問の例を紹介します: 「痛みがなくパーフェクトな一日とはどの様なものですか?」 「痛みを理由に止めたことは何ですか?」 「重要だと思っているもので痛みのために避けているものはありますか?」 いくつかの引用も選んでみました。名前は使っていません:) 「長年、私の基本姿勢は、自身を孤立させ、力づくで乗り切ろうとし、そしてわざわざリソースや計画を求めないようにすることでした。私はそれが、私がとるべき方法だと思っていました;「男らしく」押し通すのです。私にとって、受け入れることを学んだ時にレジリエンスを見つけた(いまだに見つけようとしています)と思います。受け入れるということにたどりつくこと、そしてまだ今もそのようにできるように苦労していますが、一人ではできないということを認めなくてはならない大変な時でした。私はその感覚が大嫌いだったのです。」 「レジリエンスは私たちみんなの中にありますが、前へ進む道を探すのを助けるためにはガイドが必要な時もあります。しかし必ず前へ向かう道はあるのです。」 「私のレジリエンスをもっとも向上させてくれたことは、助けを求めることだと言えるでしょう。私の師や友人、カウンセラー、家族からです。脆弱性が私のレジリエンスをより高めることにつながりました。」 「サイクリングが大好きですが、急な上り坂を上るときに痛みが10倍に増えます。やり通して、サイクリング後30分ぐらいで痛みが通常のレベルに戻ります。自転車に乗ることは腰痛よりも私の精神衛生上より重要なので、もしかしたらそれがやり通した理由かもしれません。」 「私にとってのレジリエンスとは、自分でコントロールできることとできないことがあることを知ることであり、コントロールまたは受け入れられることに対してエネルギーや集中力をつぎ込むことです。」 「レジリエンスとは、毎朝起きて他の人のけがに取り組むことです。時にはベッドから出ることが一番難しいことです。」 それは、生活の中でストレスの多い部分と幸福をもたらしてくれるもののバランスをとることであるかもしれませんし、また喜びは最も重要で、このバランスを失う時に私たちはより脆弱になり、もしかしたら私たちの仕事はこの過程で手を差し伸べることなのかもしれません。 どの様な要素がレジリエンスを構成するのか? SturgeonとGoubertの両者が、レジリエンスに関するいくつかのポジティブな要素といくつかのリスク要因を概説しています。 まずそのポジティブな要素から始めていきましょう。 楽観主義とポジティブな感情 楽観主義は痛みのレベルの低さと関係あることから、重要な特性であるように思え、これは予測された見込みが結果に関係している理由を支持するかもしれません。楽観主義は臨床医と患者の両方の立場からとらえられるべきで、両方の観点が「第三の領域」の中で関連することは疑いの余地がありません。 良い研究があります(*ここ*と*ここ*) 私たちが自身に対して尋ねることとして: 自分は一般的に楽観的な臨床医/人間か? ポジティブな結果についてどれだけ楽観的か? ポジティブな結果について、特に機能の向上について話し合うことがあるか? その人の話や経歴、以前のポジティブな経験に対し、ポジティブな面を強調して楽観的になれるか? 誠実さに欠けるように見えないようにすることは重要ですが、生活や行動についてのポジティブさやポジティブで感情的な見解の必要性は強調されるべきです。ただ、これは、頑固な痛みのような難しい状況に対する正常なネガティブな反応の認識の後に起こるべきでしょう。 私は、ネガティブな考え方や態度のネガティブな面を強調することも大切なことだと感じます。 痛みの受容と意義深い活動への継続的な参加 痛みの受容とは痛みがあることを認識し、痛みをコントロールしようとすることをやめ、痛みがあるにも関わらず、より豊かな生活を送ることを学ぶことと定義されます。これは転じて、意義深い活動へのさらなる参加へとつながります。 Sturgeonはこう記しています。 「より多くのレベルの活動へ参加している人達は、意義深い活動を追い求め続けることで、痛みにもかかわらずポジティブな感情をより上手に支持できるでしょう。」 これは、研究と私がソーシャルメディア上で行ったより詳細な質的研究(;))の両方で強調された重要な要因のようです。 社会的支援 社会的な支援を積極的に求める人は、痛みがより少ないようにみえます。Riika Holopainenによる著作(リンク)等から、私たちは、頑固な痛みを持つ人たちは生活の幅が狭まり、そしてかつて楽しんで行っていたことをあきらめなければならなかったことを知っています。 痛みは、レジリエンスにとって重要なポジティブな社会的交流を妨げますが、痛みはさらに、このようなポジティブな社会的交流や、ポジティブなレジリエンスの一般的な供給源を認識する能力を狭めてしまうでしょう。 リスク要因 痛みの誇大表現と回避 より高いレベルでの痛みの誇大表現と恐れは、より高いレベルの痛みと関連があり、痛みの誇大な表現は(痛みに)対処するための回避アプローチのような、非効率な対処方法につながります。このような行動は、社会的な交流や身体活動といったことを回避させる痛みの感情-モチベーションの面と一致します。本来、これは、痛みへの恐れから意義深い活動によって得られる喜びやポジティブな面を制限し、またレジリエンスの行動を減少させるでしょう。この長引いた回避は鬱や障害にもつながるでしょう。 回避アプローチを強調し、そしてこれらが実際に役に立つかどうかを正当化する助けとなることも重要だと感じます。 しかし、単にその人に回避する人、というレッテルをつけないようにするのも重要です。回避は、すべてのことと同様に複雑なことです。ある活動が回避行動のように映る一方で、ほかのことへは参加しているのです。ある人の人生の苦労している部分でその人を表すことは少し残酷でしょう。 レジリエンスまたは脆弱性 レジリエンスとは安定した状態に見えない、ということを心にとめておかなければなりません。人々は単にレジリエンスを持ち合わせている、または脆弱であるということではないのです。そうではなく、両方の面の構成要素をバランスをとるように持ち合わせています。ある時はより脆弱になるかもしれませんし、最もレジリエンスのある人でさえ、そうでなくなるまではレジリエンスがあるのです。人生のある部分で脆弱かもしれませんが、ほかの部分ではそうでないかもしれません。身体的にレジリエンスであるかもしれませんが、感情的には脆弱であり、またはその逆かもしれません。日によって変わるかもしれません。私たちが痛みの経験、そしてその痛みがもたらす全ての面について理解していることの一つは、それは予測通りに予測できないということです。 レジリエンスは、実際のところ連続体としてとらえられるべきです。異なるけがは異なるレジリエンスの水準が必要かもしれませんし、また、ある人は、彼らの人生における多くの要因によって現在のレジリエンスの状態でいるのです。ある人たちはすばらしいレジリエンスがあるかもしれませんし、けがのタイプや状態によっては多くのレジリエンスを必要としないかもしれません。すべての痛みのある問題において、適切な治療を適切な時に適用するためには医療的な理由づけに頼るのです。 要点 レジリエンスとはタフネスではありません。 レジリエンスとは適応および身体的および心理的な柔軟性に関することです。 レジリエンスは連続体で表わされます。 レジリエンスとは異なる人において異なるものに見え、感じられます。 楽観主義が重要です。 意義深い活動に引き続き参加することが重要です。 痛みの誇大表現と回避する行動はリスク要因です。

ベン・コーマック 4237字

レジリエンス:それは何か、そしてなぜ回復にとって重要なのか? パート1/2

レジリエンスとはセラピストによってより多く使用されるようなった言葉であり、流行用語かもしれないと示唆する人もいるので、この複雑な題材について私の考えを述べていきたいと思います。私は長らくこのことをブログに書きたいと思っており、そこで私が苦労したのはその記事を気軽なものに留め、学術的にしすぎず、そして何よりも長すぎないようにしようとしたことです。私は、集めたレジリエンスについての研究と個人的な経験のバランスを取ろうとしてみました。 本題に行く前に、このブログで私が主張したい3つの主な論点があります。 まず、レジリエンスとは男らしく(または女らしく)あることではなく、また、単に頑張り続けることではありません。それは人生においてポジティブな影響を与える特定の行動、精神面や身体面の重要性を認識する柔軟で順応性のある状態なのです。 二つ目に、レジリエンスとはレジリエンスであるとないという2つのみからなる状態ではありません。それは内的および外的な要因のバランスによって私たちが行き来する連続体なのです。 三つ目に、レジリエンスとは人によって見え方や感じ方が違います。あなたがレジリエンスとみなすものは、あなたが関わっている人と同じではないかもしれません。 レジリエンスとは何か? レジリエンスはSturgeonによってここで次のように定義されています。 「著しい困難や難題にもかかわらずポジティブな身体および感情的な機能を維持すること」 したがって、レジリエンスとは身体面および心理面の両方におけることなのです。しかし、この二つを切り離さないことが重要です(痛みと同様に!)。身体的なことにおいて多くの場合でレジリエンスを表しますが、そのためには強力な心理的な構成要素が必要であり、多くの心理的な利益をももたらすのです。 これも良い記事です。 Karolyはここでレジリエンスを次の様に定義しています。 「ストレスの多い環境や内的な苦悩にさらされながらも効果的に機能する」 両方の定義は「機能」および「痛みにも関わらず」という言葉を用いています。 これは、レジリエンスを様々な人において全く異なってみえる、非常に個体差のあるものとします。私たちに対してレジリエンスを表すものが他の人に対しても同じだと推測するという間違いを犯してはいけません。 痛みは多くの人にとって間違いなくストレスの多い状況であり、そしてそれが私たちの機能を妨げる時に実に問題となります。しかし、痛みというストレス要因に注目することはこの問題の一部かもしれません。本質的に、レジリエンスとは痛みの問題ではなく機能の問題としてとらえられるべきです。痛みという、多くの人(患者とセラピスト)が注目しえるものではなく、機能の認識と関連が重要な焦点とならなくてはならない(私の見解では)ことから、これは重要な区分けなのです。 Sturgeonはこの様に述べています: 「慢性痛の様な慢性的なストレス要因をコントロールしようとすることは、多くの場合で非生産的であり、ストレス要因のネガティブな効果を深刻化させることもあるでしょう」 持続可能性 GoubertとTrompetterはここで持続可能性のコンセプトを紹介しています;これは次の様に定義されています: 「逆境の中でも人生のなかで長期的なポジティブな結果に向かって行動する能力」 持続可能性は、痛みそのものよりも痛みを持つ人を対象にします。機能の回復よりも先に痛みが引くことに注目することもあるかもしれませんが、私たちはこれをレジリエンスを介して機能することを最初のステップとして逆にとらえることができるでしょう。 リスク要因よりもポジティブな特性に目を向けるために、持続可能性のコンセプトは重要です。これは、病気よりも健康に焦点を当てるAntonovskyの健康生成論のアプローチ(このリンクより)に少し似ています。 レジリエンスをまとめると、それは痛みや痛みに耐えることよりも、より人と機能に関したことです(私の見解です)。どのような痛みやケガに取り組むこともレジリエンスのいくつかの要素を必要とします。最も起こりやすい痛々しい問題の一つである急性的な腰痛は、腰痛の治療の最初の選択が、活動的であり続け、通常の活動に取り組みましょうというアドバイスを伴う、レジリエンスの必要性を示すいい例となるでしょう(このリンクより)。 もしかしたら、最初のレジリエンスは、より頑固な痛みの状態への移行を仲介するのでしょうか? 適応性と柔軟性 レジリエンスとはレンガの壁のようにとらえられるべきではありません。レジリエンスのある人とは、ただ単にどんなストレス要因にも影響されない不感な岩のような人ではありません。それはタフネスのことではなく、柔軟に適応できる状態のことなのです。 それは全く逆かもしれません。レジリエンスのある人たちは助けを求めようとするのに対して、強く寡黙なタイプは外見ほどレジリエンスがなく、助けを求めることで弱くまたは傷つきやすく見えることができないかもしれません。レジリエンスとは、圧力弁を開けて過剰なものを解放し、ストレスを減らす、またはストレスの多い状況でバランスをもたらすものを見極めることでストレスを減少させる能力のことかもしれません 痛みの軽減vsレジリエンス 長い間、セラピーは痛みを軽減することに駆動され、そしてこれが人々がケアを求める理由となっていることに疑いの余地がない一方で、 人々は痛みが彼らの生活や機能を妨げているという理由でもケアを求めており、もしかしたらこの理由のほうが大きいのかもしれません。 このFerraraによる研究では、痛みの強度よりも身体的な障害がケアを求めるより大きな理由であることを発見しました(このリンクより)。 レジリエンスを理解するためには、私たちの患者の機能と、彼らが何をレジリエンスを表すための主なマーカーとしているかを理解することを理解しなければならないのかもしれません。一般的にVAS(視覚的アナログスケール)のスケールと筋力といった身体的な数値が医療の成功を計測するために用いられてきました。しかし、これらの数値は、重要な活動やその人にとってレジリエンスが意味するであろうことをとらえているでしょうか?おそらくそうではないでしょう。この研究は、医療的に計ることができるものに対する人々の実際の目標というこのような題目について注目しています(このリンクより)。 そこで人々がレジリエントであるように手助けをするための良い出発点は、彼らがレジリエンスをどのようにとらえて、効果的に機能することをどのように定義し、そしてどのように彼らの現在の状態と望む状態の溝を埋めるかということを見つけ出すことでしょう。

ベン・コーマック 2873字

オーバーへッドリフトのためのモビリゼーション

無理なく頭上に向かって腕を挙上するには、十分な可動性が必要となります。簡単な方法で、肩周辺や胸郭周辺組織の可動性を高める方法を、ファンクショナルトレーニングインスティチュートのテレクとダンがご紹介します。

ファンクショナル・トレーニング・インスティチュート 2:39

「私の子供を速く走れるようにしてくれ」

私達は、多くの若いアスリート達を指導しているため、このような質問を毎週数回はされます。 「息子/娘にスピードトレーニングはやりますか?彼/彼女は速くなる必要があります。」 私は頭の中でいつもこう考えています。「いいえ、私たちのプログラムは全て、アスリートを遅くするようにできています。本当に私たちが得意としていることはそれです。」 冗談はさておき、私の口から出る言葉は全く異なります。私たちのトレーニングアプローチは、その若いアスリートが発逹段階のどこにいるかによって決まり、子供はそれぞれ特有であることを説明しなければならないからです。 一方で、可動性および安定性が著しく低い、つまり非常に悪い身体コントロールに相当する、若いアスリートを抱えることがあります。悲しいことに、早期の特定スポーツへの特化と過剰なコンピューターの使用時間のおかげで、今日、アメリカの13-16歳のアスリートの大多数がこの状態になっています。 スプリントを行う際にアスリートが経験する凄まじい床反力(ストライドごとに体重のおよそ4-6倍の負荷が片脚にかかる。たとえば、68kgの子供では272-408kg)を考えると、トレーニングをしていない、身体的に許容不可な子供達に、積極的なスプリントや方向転換のドリルをやらせることは、実際は非常に危険であると考えられることが議論できるでしょう。彼らは、単純にこの衝撃を減速するための遠心性の筋力を有しておらず、言うまでもなく、それに続く最適な収縮性の活動もできません。こういったアスリートは、筋力および可動性のしっかりとした基礎−これによって、より短く単純な練習で、良い着地のメカニクスを教えることができる−を発達させる時間が必要です。やがて、彼らがいくらか身体コントロールを向上させることができたら、本当のスプリントトレーニングや敏捷性の練習を、より有効に役立てることができるようになります。 彼らはできるでしょうか? このような若いアスリートは、恐らく、トレーニング(クローズドループ、または予測できる、練習)に予期せぬことを投げかけられる準備ができていませんが、ジム以外の場所では何をしているのでしょうか?彼らは一年中スポーツを行なっています(オープンループ、予測できない/無秩序)。 これはまるで、1979年製のピント(フォード社の車)のエンジンが時限爆弾であると認識して、オイル交換のために、整備士のところに週に1時間持っていっている−デイトナ500に持って行って運転するためだけに−ようなものです。あなたは、流れに逆らって泳いでいるのです。 ですから、質問はこうなります:今日の「常にシーズン中の」高校生アスリート達は、敏捷性およびスプリントに専念したトレーニングが本当に必要な状態になることはあるのでしょうか?ここまでの数段落に基づけば、アスリートによってはそうではないと言えるでしょう:彼らにはそういったトレーニングはほぼ必要ありません。彼らがスポーツにおける競争を行なっている限りは、フォームローリング、良質な動的ウォームアップ、それに続く素早い、要を得た動きのドリル、そしてしっかりとしたレジスタンストレーニングを行えば十分なはずです。 それに対して、最近はよくある状況ではありませんが、組織的スポーツに積極的に関わっていない期間が年に一定ある上級レベルのアスリート(しっかりとしたストレングスの基礎がある)も実際にいます。こういったアスリート達は、間違いなく、その「オフ」期間に、特定のスプリントや方向転換のトレーニングを行う必要があります。ウォームアップの合間やレジスタンストレーニングの要素の合間に組み込むこともできますが、私たちは大体、リフティングとは完全に別の日にこういったトレーニングをプログラムに入れます。彼らは、高ストレスの反応ドリルを本当に有益で安全なものにするために脚のトレーニング(しゃれのつもりはありません)を行なっているがゆえに、このトレーニングの組み入れを最大限に活かすことができると認識することが極めて重要です。 でも、何が面白いかわかりますか? こういった、より上級のステージに到達したアスリート達は、すでに速くなっています−ここまでの過程で、地面により大きな力を伝える方法を学び、足首や股関節の可動性を向上させてきているからです。スプリントや敏捷性のドリルに、全く、あるいは、ほぼ時間をかけることなく速くなっているのです。そして、一旦筋力の基礎を築けば、こういった補助的な動きのドリルは実際にさらに高い効果を発揮します。 それはまるで大きな円のようです。筋力の基礎を築けば、それが反応能力の発展を助けます。反応能力をさらに鍛えると、連続体の最後にある「絶対速度」へとつながります。そのため、さらに重いウエイトを挙げることができ、それが彼らを連続体の真ん中へと引き戻し、今度は反応能力をさらに高めることにつながります。なぜなら彼らはより速く走り、より高く跳び、今までで一番うまく立ち回るようになっていくからです。 先に言及した初級レベルの子供たちは、連続体にさえ達していません。彼らは「運動する人/運動しない人」のシーソーの上にいます。彼らがそれまでに知っていることは走り回ることだけですから、習慣的にエクササイズを行うようにして、筋力を構築すると、連続体の最後にある絶対速度をつかみ始めます。彼らは、あなたが彼らを強くして、連続体の最後にある絶対筋力を超えさせない限りは速く走れません−これはあなたが各セッションの90分間を敏捷性ラダーを走らせたり、スキップドリルを行うことに費やしているだけでは、単純に起こりえません。 必要な動きのトレーニングの量が大幅に過剰見積もりされているのならば、何故、この業界で週に何時間も動きのトレーニングに費やしているこんなにも多くのコーチや施設があるのでしょうか?とても単純に、お金が世界を回しているのです。す言い換えれば、ただコーンやハードル、敏捷性用ラダーを設置して、熱心に頑張るように指示したら、集中的なコーチングを行わずに、より多くの子供達を大きなグループで「安全に」トレーニングすることができるというわけです。ただ、実際に子供を強くするためには、個別のキューイングやエクササイズプログラミングの多様性が必要です。ストレングスエクササイズは、高リスク/高メリットのため、1対1の指導の方がより効果があります−13歳の子供20人に対してコーチが一人というのは厳しいでしょう。これは、私が私たちのビジネスモデルにクレッシースポーツパフォーマンスでのトレーニングモデルを絶対に決定させないと常に言っている理由の一つです。 まとめると:動きのトレーニングが必要な子供もいれば、まだその準備ができていない子供もいます。99%の確率で−論理を無視しているかもしれませんが−、親が子供が遅いことを言及してきたら、その若いアスリートを外に出してもっと走らせることは、その問題を扱う方法として、最も効果がなく、最も危険なものです。

エリック・クレッシー 2974字

ケトルベルトレーニングの生体力学 パート2/2

ケトルベルエクササイズの動力学 序論 ケトルベルエクササイズにおける動力学(力、負荷、モーメント)の評価はいくつか存在する。一般的には2つの分野の研究がある。第1に、一部の研究者のグループは、ケトルベルトレーニングはある場合においては痛みを軽減し、他の場合には痛みを生じ得るという事例報告(マクギルおよびマーシャル、2012年)を基に、ケトルベルエクササイズの脊椎負荷、およびそれに続く可能性のある腰痛に対する影響に興味を持った。この点において1つの研究が、ケトルベルトレーニングのプログラム後における、臨床的に関連する首、肩、および腰の痛みの軽減を報告している(ジェイおよびその他、2011年)ということは興味深いことである。第2に、他の研究者たちのグループは、ケトルベルエクササイズが従来のエクササイズと同様の力、パワー、及びインパルスを生み出すのかどうか、また力の方向(垂直対水平)が異なるのかどうかを調査した(レイクおよびローダー2012年b、レイクおよびその他、2014年)。今日、水平力生成はスプリントパフォーマンスにおいて非常に重要であると広く認知されているため(ランデルおよびその他、2010年の総説を参照)、力の方向は、スプリンターを指導するストレングス&コンディショニングコーチにおいて特に重要である。 脊椎負荷 一般のケトルベルスイングにおける脊椎負荷の特質は、主にせん断および圧迫負荷の間の大きな差違のため、従来のレジスタンストレーニングエクササイズにおいて報告されているものとは大幅に異なるようである。マクギルおよびマーシャル(2012年)は、圧迫負荷はスイングの下の部分において3,195Nであり、せん断負荷は461Nのみであったということを報告している。ケトルベルスナッチにおける圧迫およびせん断負荷は、スイングにおいて報告されていたものと非常に類似しているということが発見されている(マクギルおよびマーシャル、2012年)。 力およびパワー 序論 アスリートは優れたパフォーマンスのために高いレベルの筋力を必要とする。しかし彼らはまた、この力を迅速に使うことができる必要がある。ゆえに、パワーはスポーツ特有の速度において力を産出する能力を示す能力であるため、アスレチックパフォーマンスを決定するために筋力よりも重要であると考えられることが多い。アスリートにおいてパワーを発達させるための最も一般的なバリスティックレジスタンストレーニングエクササイズは、バーベルジャンプスクワットである。ジャンプスクワットは、バーベルを持ちながら床から離れるため、アスリートに相当量の床反力を迅速に発生させることを要求する。大きな力と組み合わさったこの速い速度は高い出力と関連するために、ストレングス&コンディショニングコーチは、彼らのプログラムの中で常にバーベルジャンプスクワットを使用している。 ケトルベルスイング:出力 ケトルベルスイングとジャンプスクワットの出力を比較することは、アスリートの発達におけるケトルベルトレーニングの実用性を評価する一つの方法である。レイクおよびローダー(2012年b)は、16kgから32kgの負荷におけるヒップヒンジケトルベルスイングの際の出力を調査し、1RMの0-60%の負荷におけるジャンプスクワットと比較した。ジャンプスクワットの際の出力は、予想していた通り無負荷において最大化し、一方ケトルベルスイングの際の出力は32kgにおいて最大化した。ケトルベルスイングとジャンプスクワットの出力の比較は、ジャンプスクワットの出力がより大きい傾向にあった(3,281 ± 970対3,468 ± 678W)にもかかわらず、この2種類のエクササイズの間に有意な差違はないということを特定した。ゆえにケトルベルスイングはパワーベースのプログラムに含むものとして適切であるかもしれないということが示唆されている。 ケトルベルスイング:パワーのために最適な負荷 ほとんどの研究は、通常のバーベルジャンプスクワットの際、出力を最大化する負荷は一般的に無負荷であるということを報告している。(例:コルミエおよびその他、2007年)。これは最大動的出力(MDO)仮説に通じており、下半身の筋肉は、高負荷と比較し、無負荷(例:体重)の垂直跳びにおいて、最大出力を産出するように発達したということを示唆していると提議している(ヌッツォおよびその他、2010年)。興味深いことに、ヘックスバーデッドリフトジャンプを行うことにより重心の位置をずらすことは、この負荷を1RMの約20%まで増加するようである(スウィントンおよびその他、2012年、ターナーおよびその他、2014年)。さらに、それぞれが出力に最適である負荷を使用した場合、通常のバーベルジャンプスクワットと比較し、ヘックスバーデッドリフトジャンプを使用した出力はより大きいようである(スウィントンおよびその他、2012年)。なぜヘックスバーデッドリフトジャンプが体重よりも重い負荷において出力を最大化するのかは明確ではないが、動作の際の関節角度の位置と関連がある可能性がある。明らかに、ケトルベルスイングが無負荷において最大出力を産出することは起こりそうにない。にもかかわらず、出力を最大化する明確な負荷はいまだ明らかではない。レイクおよびローダー(2012b)は、より重いケトルベル(32kg)は軽いケトルベル(16kg)と比較し、ヒップヒンジケトルベルスイングエクササイズの際により高い出力を産出するということを発見している(3,281 ± 970対2,371 ± 708W)。さらに重いケトルベルはより大きな出力を含むのかどうか(またパワーのための最大負荷はどこであるのか)は明確ではない。この分野の研究は、(1RMの割合に適合しないため)ケトルベルの相対負荷を測定するための標準の欠如により妨げられてしまうようである。 ケトルベルスイング:インパルス 一部の評論家たちは、エクササイズの特性を決定するために、出力は他の短期の力学的変数ほど有益ではないと示唆している(クヌッドソン、2009年)。この点においてインパルスは、適用された力の程度および時間の両方に関する情報を提供するとして、より優れた測定値であるということが提議されている(クヌッドソン、2009年、レイクおよびローダー、2012年a)。インパルスは、スポーツパフォーマンスに転換するエクササイズに関し幅広く研究されてはいないが、それが線形運動のベクトル変化を生み出すものであるということに留意することは重要なことである。特にスプリントの推進力は異なる能力を持つアスリートを識別する能力を持っていると考えられている(ベーカーおよびニュートン、2008年、バールおよびその他、2014年)。ゆえにケトルベルスイングおよびジャンプスクワットの際のインパルスを比較することは、アスリートの発達におけるケトルベルトレーニングの有益性を評価するもう一つの方法である。レイクおよびローダー(2012年a)は、16kgからの32kg負荷におけるヒップヒンジケトルベルスイングの際のインパルスを調査し、1RMの0 – 60%の負荷におけるジャンプスクワットのインパルスと比較した。ジャンプスクワットの際のインパルスは、1RMの40%において最大化し、一方ケトルベルスイングの際のインパルスは、32kgの負荷において最大化した。ケトルベルスイングの際の最大インパルスとジャンプスクワットの際の最大インパルスの比較は、ケトルベルの方が優れているということを明らかにした(276 ± 45対231 ± 47Ns)。これは、ケトルベルスイングはジャンプスクワットと比較し、より大きな推進力の変化を伴い、スポーツ特有の妥当性を持つ可能性があるということを示唆している。より重いケトルベルがより大きなインパルスの生成を含むかどうかは明確ではない。 ケトルベルスイング:加力の方向 ケトルベルスイングの際の床反力の水平および垂直要素は、ジャンプスクワットの際のものとは異なる。レイクおよびローダー(2012年a)は、ケトルベルスイングは、ジャンプスクワットと比較し、水平力の要素がかなり高かったということを観察している。これは、ケトルベルがスイングの初めにおいて股関節伸展により水平前方へ勢いよく放り出されるためであるかもしれない。ゆえにヒップヒンジケトルベルスイングは、スプリントのような水平推進力を産出するための股関節伸展を含む特定のスポーツ動作への適用があるかもしれない(ランデルおよびその他、2010年を参照)。それゆえヒップヒンジケトルベルスイングはアスリートにおけるスプリントパフォーマンスを発達させるために有益である可能性がある。 ケトルベルスイング:スナッチとの比較 ケトルベルスナッチもしくはケトルベルスイングのどちらの方が、ストレングス&コンディショニングの専門家による使用により適しているのかどうかを評価するため、レイクおよびその他(2014年)は、各エクササイズの機械的要求を比較した。彼らは、2つのエクササイズは、水平および垂直要素の機械的要求に関し、非常に類似していたということを発見している。特に彼らは、ケトルベルスナッチと比較し、ケトルベルスイングは有意により大きな水平動作、水平パワー、水平制動および推進インパルス、そして水平制動および推進床反力を含んでいたと記述している。これは、ケトルベルスイングは、スプリントのようにスポーツ特有の速度における水平力の産出を必要とする適用に対し、より優れている可能性があるということを示唆している。 ケトルベルに関する結論 ケトルベルは、他のエクササイズと比較し、関節可動域の異なるポイントにおける最大筋活動を含むようであり、有益な補足のトレーニング方法である可能性がある。 ケトルベルスイングは、内側ハムストリング力、股関節伸展における大臀筋の最大活動、およびより大きな水平力産出というようなスプリント能力を向上するために有益であるいくつかの特性を示している。

ストレングス・コンディショニング・リサーチ 4233字

ケトルベルトレーニングの生体力学 パート1/2

目的 一般的なケトルベルエクササイズのアスレチックパフォーマンスへの最適な転換の方法を確立するために、その生体力学を評価すること。 ケトルベルエクササイズの背景 序論 ケトルベルエクササイズの種類 ケトルベルエクササイズはバリスティックにもノンバリスティックにもなり得る。ケトルベルエクササイズは、筋力よりもパワーを発達させるためにより有益であるようであるということを考慮に入れると、ノンバリスティックエクササイズと比較しバリスティックケトルベルエクササイズは、アスリートに対しより有益であるようである。最も一般的なバリスティックケトルベルエクササイズの種類はスイングとスナッチである。 ケトルベルスイングの種類 ケトルベルスイングには、ヒップヒンジスイングおよびスクワットスイング(マシューズおよびコーエン、2013年による総説を参照)の2つの主な種類がある。これら2種類の特性は、下半身の筋肉の関与に関して異なると考えられている。ヒップヒンジスイングは、デッドリフトと同様の筋動員のパターンにつながると考えられている一方で、スクワットスイングはスクワットと同様の筋動員のパターンを含むと考えられている(マシューズおよびコーエン、2013年による総説を参照)。ゆえにヒップヒンジスイングは主にハムストリングスおよび大臀筋に働きかけると考えられており、スクワットスイングは大腿四頭筋および大臀筋を鍛えると考えられている。ゆえにヒップヒンジスイングは、よりスポーツ特有の速い速度においてハムストリングを鍛えることが可能であるため、ストレングス&コンディショニングコーチにとって非常に有益である可能性がある。 ケトルベルエクササイズの筋電図検査(EMG) 序論 筋電図検査(EMG)は、筋肉における神経活動もしくは随意活性化のレベルを検出するために使用する方法である。随意活性化は、筋動員の程度および運動単位の発生頻度の両方による影響を受け、疲労していない筋肉における筋力と密接に関わっている。研究者たちは、単発のトレーニングセッションにおけるエクササイズの際の筋肉内の筋電図活動は、その筋肉における潜在的な長期的適応を示しているということに概ね合意している。ゆえに筋電図検査の研究は、どのようにケトルベルエクササイズが運動能力の発達において、もしくは一般的なエクササイズとして最適に使用されることが可能であるのかということを評価する有益な方法を示している。 ハムストリングスの筋電図活動 序論 今日までに2つの研究のみが、ケトルベルエクササイズの際のハムストリングスの筋電図活動を報告している(マクギルおよびマーシャル、2012年:ゼイビスおよびその他、2013年)。マクギルおよびマーシャル(2012年)は、スクワットスタイルケトルベル片手スイング、キメを伴うスクワットスタイルケトルベルスイング、スクワットスタイルケトルベルスナッチ、ケトルベルラックキャリー、およびケトルベルボトムスアップキャリーの際の大腿二頭筋の筋電図活動を評価した。各エクササイズに対し、若年で健康であるがトレーニングされていない男性被験者は、16kgのケトルベルを使用した。ゼイビスおよびその他(2013年)は、ヒップヒンジケトルベル両手スイング、およびケトルベル以外の様々なエクササイズの際の大腿二頭筋および半腱様筋の両方を評価した。若年で健康なレジスタンストレーニングされている女性被験者は、彼女たちの筋力レベルに応じ、各エクササイズに対し12Kgもしくは16Kgのケトルベルを使用した。大腿二頭筋の筋電図活動は、最大随意等尺性収縮(MVIC)の93 ± 31%に到達し、一方半腱様筋の筋電図活動はより高いレベルであるMVICの 115 ± 55%%に達した。対照的に、マクギルおよびマーシャル(2012年)は、ハムストリングスの筋電図活動は、股関節の筋組織(大臀筋および中臀筋)と比較し、スクワットスタイルケトルベル片手スイング、キメを伴うスクワットスタイルケトルベルスイング、スクワットスタイルケトルベルスナッチ(MVICの32.6%、39.7%、および29.8%)において比較的低かったということを発見している。これらの差違は、使用されたケトルベルスイングの種類の結果であるようである(マシューズおよびコーエン、2013年による総説を参照)。 内側および外側ハムストリングス ケトルベルスイングの際の半腱様筋(内側ハムストリング)の筋電図活動は、大腿二頭筋長頭(外側ハムストリング)の筋電図活動と比較し、より大きかったようである(ゼイビスおよびその他、2013年)。ゼイビスおよびその他(2013年)は、ヒップヒンジスタイルケトルベル両手スイングの際、大腿二頭筋の筋電図活動はMVICの93 ± 31%に達し、半腱様筋の筋電図活動はMVICの115 ± 55%というさらに高いレベルに達したということを報告している。ハムストリングスはスプリント能力のために重要であり、またスプリントの動作も外側ハムストリングの筋電図活動と比較し、より高い内側ハムストリングの筋電図活動を含むため(イェンハーゲンおよびその他、2007年、ヒガシハラおよびその他、2010年)、ケトルベルスイングは、最適なハムストリングの発達のためにスプリントプログラムに含む価値があるかもしれない。 ハムストリングス内の部位 研究者たちは、高い股関節屈曲角度におけるケトルベルスイングの際、ハムストリングスの筋電図活動は最大である一方で、(ノルディックカールのような)他の多くの一般的に行われるハムストリングスエクササイズの際、筋電図活動は低い股関節屈曲角度において最大であったということを観察している。(ゼイビスおよびその他、2013年)。これは、ケトルベルスイングは他のエクササイズとは異なる場所における局所肥大をもたらすかもしれないということを意味している可能性がある。局所肥大は、既定のエクササイズパフォーマンスの際、筋活動が起こる場所に依存していると考えられている。例えばワカハラおよびその他(2012年)は、レジスタンストレーニングワークアウトの際の上腕三頭筋のある部分における筋電図活動は、長期のプログラム後における同一の場所の局所肥大と関連があったということを報告している。更に同じ筋肉をターゲットとした異なるエクササイズは、その筋肉の異なる場所における筋電図活動をもたらすと考えられている(メンディグーシャおよびその他、2013年)。実質的に、ケトルベルスイングを使用しハムストリングスを鍛えることは、その筋肉の他の部分における局所発達を強調し、それにより部分的な弱さの無い全体的により優れた筋肥大を確保することにより、その他のエクササイズへの有益な補足を提供することが可能である。 大臀筋の筋電図活動 序論 今日まで1つの研究のみが、ケトルベルエクササイズの際の大臀筋の筋電図活動に関する報告をしている(マクギルおよびマーシャル、2012年)。マクギルおよびマーシャル(2012年)は、スクワットスタイルケトルベル片手スイング、キメを伴うスクワットスタイルケトルベルスイング、ケトルベルラックキャリー、およびケトルベルボトムスアップキャリーの際の、大臀筋の筋電図活動を評価した。各エクササイズに対し、若年で健康であるがトレーニングされていない被験者は16kgのケトルベルを使用し、マクギルおよびマーシャル(2012年)は、大臀筋の筋電図活動は他の筋肉と比較し、スクワットスタイルケトルベル片手スイング、キメを伴うスクワットスタイルケトルベルスイング、スクワットスタイルケトルベルスナッチにおいて比較的高く(MVICの76.1%, 82.8%,58.1%)、またスイングはスナッチと比較し、より高い筋電図活動を示していたということを発見している。 大臀筋内の部位 ケトルベルスイングは、股関節の完全伸展に近いスイングサイクルの後半において、大臀筋の最大電図活動を含むようである(マクギルおよびマーシャル、2012年)。一般的に使用されているほとんどのレジスタンストレーニングエクササイズは、おそらくより深い角度における大きな股関節伸展モーメントにより、最大股関節屈曲において大臀筋のより大きな筋電図活動を含んでいるため(カテリサーノおよびその他、2002年、エスカミーリャおよびその他、2002年)、これは重要な発見である。実質的に、ケトルベルスイングを使用し大臀筋を鍛えることは、その筋肉の他の部分における局所的な発達を強調し、それにより部分的な弱さの無い全体的により優れた筋肥大を確保することにより、その他のエクササイズへ有益な補完物を提供することが可能である。更に、大臀筋は、より大きな股関節屈曲において収縮する場合と比較し、股関節の完全伸展において収縮する場合により大きな筋電図活動に達することが知られている(ウォーレルおよびその他、2001年)。ゆえにケトルベルスイングは、より大きな股関節屈曲において最大収縮を含むジャンプスクワットと比較し、高速で大臀筋を鍛えるためのより優れたエクササイズであり得る。

ストレングス・コンディショニング・リサーチ 3867字

股関節のリストア方法

股関節の回旋、屈曲、伸展といった動き、そして脊椎の心地よい回旋の動きを楽しみながらリストア・修復するためのムーブメントをオリジナルストレングスのティムがご紹介します。心地よく動けること、動くことを楽しめること、何よりも大事ですよね!

オリジナルストレングス 2:43

強さとは? パート2/2

私の中では、強さは仕事の受容能力−スペースを保ち、動作を行うために筋緊張を用いる能力−に欠かせないサブカテゴリーです。筋肉を使って、可動域、姿勢、空間のなかで自身をコントロールするポイントを保ちます。強さは、損傷を与えうる力や、バランスを崩し、振り落とされるような外部からの力への抵抗を指します。さらには、関節を最大効率(上記で述べた最低有効な用量)で動かすことで、仕事を行うことを可能にする筋緊張です。 その仕事は、一定の基準を満たしていなければなりません。そうでなければ、それは無駄な動きで、自然は経済的ではないものを受け入れません。大きな枠組みでみれば、正確さを失ったその追加の5回を無理やりこなすことは、ほとんどプラスにならないでしょう。あなたはパートナーよりも多くの回数を行ったかもしれませんが、一流のアスリートは決して超えようとしない一線を超えてしまったのです。 ウエイトリフティング以外のスポーツにおいて、重りを持ち上げること以外に価値や可能性を見いだせないリフティングの何がいいのでしょう。 たとえば、ある人が海軍に入隊するために、パリス島でUSMC(アメリカ軍海兵隊)のブートキャンプに参加し、トレーニングを経験したとしましょう。これは本当の話ですが、私の友人も何人かパリス島へ行っていて、帰ってくると、行く前とはかなり違う外見になっていました。 彼らは皆、ウエイトルームで鍛え、坂道を走り、身体を強靭にするために様々なことを行い、来るべき任務に備えます。しかし、このブートキャンプで彼らが経験するのは、10マイル(約16km)のハイキングであれ、バッグを背負った状態での10マイルハイキングであれ、かなりの数の懸垂、腕立て伏せ、脚上げをするのであれ、自分自身の身体を持ち上げ、体重や背中に背負った道具を、上手にコントロールすることが目的でした。 ウエイトルームで行うことは、何セットやろうが、何回やろうが、どの筋肉グループを徹底して鍛えようが、それ自体が差になることはありませんでした。ウエイトルームの外での環境こそが、彼らが全てをつぎ込んで、能力を発揮しなければならない場でした。あなたが、リフティングを行う理由が、ウエイトルームの外で評価される何かの受容能力を上げることならば、リフティングを行う時間が、仕事の受容能力の発展を邪魔しないようにしなければなりません。 いつも笑ってしまうのですが(あなたもきっとそうでしょう)、「あなたの強さを表すものを教えてください」と聞くと、みなさん5年前にできた1回の最大拳上重量や3回の最大拳上重量を答えるのです。 こんなこと言いたくはありませんが、5年前の自分と今の自分は違います。これはほぼ全ての人に言える事です。強さは、仕事の受容能力の一つの評価として、数字で、科学的に表されるべきです。だから私はいつも「評価をするために使うテストの練習をすれば、そのテストは指標として意味のないものになる」と言っています。 マラソンは、仕事の受容能力が軽くて長い代表例で、ファーマーズキャリー(訳注:農夫の運搬動作に似た重量運搬トレーニングのこと)は、仕事の受容能力が重くて短い代表例です。どちらの活動も、適切に行うために、姿勢や動作パターンを習得する必要があります−バランスのとれた適切な姿勢、身体に負担のかからない経済的なパターンを−。 SAT(訳注:アメリカの大学進学適正試験)のようなタイプのテストに対する対策を中学二年生で始めて、高校二年生になるまで毎月SATの模擬テストを受け続けても、そのSATの点数が大学での最初の一年間の成功(本来SATを通して計ろうとしているもの)を表すとは思えません。 ちょっとの間、練習をして、誰かに「デッドリフトをこれだけできるから私は強い」と言ったとしたら、「では坂道をどのくらい走れますか?」「あなたのファーマーズキャリーのフォームはどうですか?」「懸垂を何回できますか?」などと返されるかもしれません。これらはあなたの強さを試しているわけではありません。これらは強さの狭い定義を試しているにすぎません。 ほとんどの普遍的な真実は言葉で完璧に伝達することはできませんが、正確な言葉があれば、少なくとも人々の共通経験として評価されます。私たちが現在使っている強さという言葉の扱い方を取りはらって、文字通りなくして、痛めつけて消してしまえば、仕事の受容能力を重視するようになるでしょう。それこそが私たちがウエイトリフティングを行うそもそもの理由です。仕事の受容能力に価値を置くようになれば、強さと言う、最初から誤って使われ卓はなかった言葉によりふさわしく、使いやすい定義が生まれるでしょう。

ファンクショナルムーブメントシステムズ 2054字

強さとは? パート1/2

ダン・ジョンとリー・バートンと共に作成した「Essentials of Coaching and Training Functional Continuums」(機能的連続体のトレーニングと指導方法の要点)のDVDを見返してみて、私たちが強さについて頻繁に言及していることに気がつきました。 私が強さは大切ではないと言っている、と考える人も多いのではないかと思うがゆえに、これは、私が取り上げてきたものの中でも最も偏向したトピックかもしれません。 しかし、私は強さが大切でないとは言っていません。 私が言っているのは、強さという言葉は、その言葉が本来持っている伝達能力と説明義務を十分に発揮していないということです。 強さを身体発達の要素と考えると、強さには明確さ、生命維持活動に必要な値、標準値などが欠如し、行動指標になりません。皆が論議はしているけれども、それぞれが考える価値基準は異なっています。強さが基礎であるならば、なぜ視力(1.0)や血圧(120/80)のように標準値を持つことができないのでしょうか?標準値を持つことはなぜそんなにも難しいのでしょうか? 標準値を持つことが難しいのは、総体的な強さ−持続性のない目先の見解−の前に、特定の強さを考えたいからです。長期的な特定の強さへの基盤は、堅固で、包括的な土台になります。 強さや柔軟性といった言葉は、人の意志の強さや適応性、あるいは身体の特性を言及するときにも使うことができます。この記事の目的としては、間違いなく強さの身体的特性について話しています。それでもやはり、私は強さという言葉に対する強い愛憎関係を持っているのです。 強さという言葉を聞いたとき、重量挙げのような重いものを持ち上げる力を思い浮かべますか、それとも、仕事の受容能力を思い浮かべますか?正直に答えてください。 私は人生の大半の期間において、強さは重りを持ち上げる能力だと考えてきました。しかし必ずしもそうではないときもあったのです。 田舎のコミュニティで育った私は、強さは仕事の受容能力だと考えていました。やがて高校、および大学でウエイトルームを使うようになり、強さは重りを持ち上げる能力だと考えるようになりました。そして今、プロとして25年間、強さに関する教育、失敗、黙想を繰り返してきて…強さは仕事をする能力だという考えに戻りました。 あなたが、パワーリフティングやオリンピックの重量挙げのような競技をしているのなら、それに集中するべきでしょう。でも、仕事の受容能力が大事なスポーツをしているのなら、ウエイトリフティングは必ずしも強くなるための唯一の方法ではありません。しかし、ウエイトリフティングは適切なパターンで行えば、強さを築き上げる上でとても重要な方法となります。ウエイトリフティングが主ではないスポーツにおいて、ストレングスコーチは、次の2つの質問を投げかけるべきです。 強化されるべき重要なパターンは何か? それを達成するために必要な最低限の容量は何か? 仕事の受容能力という言葉は、軍人アスリート、シニアゴルファー、さらには10歳の体操選手まで誰にでも当てはめることができます。仕事の受容能力とは、一定の時間を通して、疲労に屈せず姿勢や動作を持続できる能力です。全てのアスリート、および、身体動作が関わる趣味に熱中している全ての人は、疲労が技術の正確さや技能の発達を邪魔する瞬間に直面したことがあるはずです。 もう少し噛み砕いて説明しましょう。反復回数について考えるならば、完璧にこなせる回数は、定性的な強さの採点基準においてAまたはBです。完璧にこなせない回数ならば、DかFになります。完璧にこなせているかどうか判断できない場合は、永遠にCの状態から抜け出せません。 あなたは今日、完璧にできない動作を何回行う時間がありますか?基準となる尺度や量に対する質の尺度がなければ、仕事の受容能力の価値を真に測ることはできません。これに関しては、自信を持って言えます。 私たち指導者は、アスリートや活発に運動する人たちを強化して、彼らが行いたい運動ができ、欲しい技能が身につけられるようにしたいと思っています。疲労に対して包括的あるいは基本的な抵抗力がなければ、技能の発展−運動能力や複雑な動きを要求する活動−を望むことはできません。疲れてくると、固有受容器の感覚や、集中力、スムーズな動き、呼吸、生理機能が阻害されます。疲労は全ての要素に影響を及ぼします。 こういった苦しい状況は、練習環境として良い基盤ではありません。練習と言う言葉を使ったのは、技能の向上を目指しているときは、技術的な正確さが大事だからです。トレーニングについて語るときは、最低限の技術的正確さを保ち、正確さを失う前にどれだけの量をこなせるかを見ています。 誤解しないでください。私は、強さは高尚な言葉だと考えていますが、あまりにも広範囲に浅い意味に使われていて、強さについて議論する必要があるいかなる状況においても、強さが何であるかについて、意見が一致することはありません。よりふさわしい定義がないことから、私は、謹んで、強さは仕事の受容能力であると定義したいのです。 強さが仕事の受容能力であるのなら、もう強さと呼ぶのはやめましょう。

ファンクショナルムーブメントシステムズ 2317字

更年期がいかに女性の足に影響を与えるのか?

閉経周辺期=更年期に体験する変化には様々なものがありますが、足部にどのような変化が起きえるのかについて考えることはあまりないのではないでしょうか?ホルモンの変化が結合組織にどのような変化を与えるのか、循環にどのような変化を与えるのか等、理解を深めることの重要性を感じます。

エミリー・スプリカル 5:02

急性vs.慢性足底筋膜炎

足底、特に踵の付け根のあたりがしつこく痛む足底筋膜炎を経験されたことがある方も少なくないと思います。急性の炎症と慢性の炎症を区別するものは何か?そして、急性、慢性それぞれの対応策として足病医であるDr.エミリーが推薦することとは?

エミリー・スプリカル 3:56

肩関節包後部の硬さを評価する

肩関節包後部の硬さを評価するための、前後の遊びをチェックする評価方法の実践において、正しく読み取れている自信はありますか?評価の実行時に間違った方向性で行ってしまって偽りの結果を得ることにならないように、正しい評価方法を再確認することは大切です。

マイク・ライノルド 4:44