マイクロラーニング
隙間時間に少しずつビデオや記事で学べるマイクロラーニング。クイズに答えてXPとKoinを獲得すれば理解も深まります。
患者中心のケアのための簡単なガイド パート2/2
PCCの実践 人を中心としたアプローチを、活動/運動/エクササイズの単なる種類やセット数、レップ数だけと考えるべきではないかもしれません。それよりも、運動を取り巻くすべてのことであり、これを中心に紹介します(運動バイアスはあってもかまいません)。 終わりを意識して始める 回復がどのように見え、感じられるかを定義することがない限り、自分がそこに到達しているのか実感することはおそらく難しいでしょう。セラピストの役割は、その人がどこに到達したいのか、現在どこにいるのかを確認し、そのギャップを埋める手助けをすることだと思います。 まずは目的を念頭に置くことが最適なスタート地点としたら、これには何よりもまず、人の話を聞くことが必要です。傾聴と理解こそがPCCの真髄であると私は考えていますが、多くの人はヘルスケアの現場でこのようなことが常に行われているとは感じていません。 次の短い抜粋は、優れた論文からのものです:“‘非対面’から自律的な主体性まで。腰痛患者の医療制度における出会いに関する概念” Holopainen 2018年 “患者は、自分の話を聞いてもらえないと感じていた。彼らは、その対面が専門家主導であると感じ、医療提供者は彼らの希望や意見に耳を傾けることなく、彼らの言うことを遮り、否定していた” また、長い間、痛みを抱えてきた人にとって、目標や回復の過程を明確にすることはとても困難ということを認識する必要があります。痛みや苦しみの外に目を向けて、‘人生’とは何か、どのようなものか再び実感することは、難しいことです。 “患者は、痛みが自分の生活に及ぼす影響を認識し、以前は楽しんでいたことをあきらめ生活の輪が狭くなったと報告しました” - Holopainen 2018 ただ動くために動いているのではなく(これはこれで意味のあることですが)、これまで話し合ってきた価値ある活動や目標に向かってさらに前進するために動いているのだということを、私は強調するようにしています。そして、これがその人の内発的な動機につながることを期待しています。 目標がある内発的な動機には、大きな問題点があります。普通、彼らの成功は痛みや機能といったより全体的な評価に反映されることによって測ることができます(理学療法に関する研究では確かにそうです)。 私たちは、目標という素晴らしく個人的で具体的なものを持っているのですから、その目標そのもの!を達成することで、私たちは実際に成功を測るべきなのです。もしそれが痛みの変化を伴うのであれば、人を中心としたアプローチでは、もちろん目標に痛みを含めるべきでしょう。しかし、痛みの変化(評価項目 アウトカム指標)がなかったとしても、その人の生活の質に大きな影響を与える大切な目標を達成することができるかもしれませんし、全体的な評価手法では必ずしも捉えられないかもしれません。 私は、行動の背後にある“なぜ”は、その人によって決められなければならないと信じています。セラピーで行われることの多くは、最善の方法で痛みをなくしたり、機能を向上させたりすることで、セラピストのバイアスによって駆動されています。 もしかしたら、よく採用されている“方法”は、患者さんよりもセラピストのアイデンティティや価値観に合っているのかもしれませんよね? 共同意思決定と責任 先に述べたように、PCCと共同意思決定は、ただ誰かが望むことをするということではありません。意思決定を適切に行うためには、入手可能な最大限の情報と、最善の行動方針に対する専門家としての意見を提示する必要があります。 自律性は、エクササイズの成果に影響を与えることが示されています“自律性:プログラムを成功させるために欠けている要素?”もしかしたら、自律性と選択があれば、リハビリにおけるエクササイズとのより良い‘結びつき’につながるかもしれません。 エクササイズや運動、負荷のかけ方にはたくさんの方法があるので、いくつかの選択肢を提示して、次に進むためのベストな方法を選択できるようにすることはそれほど難しくないはずです。同様に、最良のデータと経験に基づいて、その人に‘ぴったり’と思われる最良の行動指針について意見を述べることがセラピストの責任でしょう。 このプロセスにおいて、お互いの責任を明確にすることは、重要なステップです。私はいつも、私はガイドや手助けをするためにここにいますが、あなたが実際にやってみて、それがうまくいくと信じなければうまくいきません、と言っています。時にはお互いにその過程や結果を報告する責任を果たすことも必要だと思います。 プランニング 私にとって、これこそが真の生物心理社会主義です。 私たちは皆、仕事や家族、社会的なプレッシャーのある世界に“組み込まれて”生活しています。BPSの視点を導入するための最良の方法の一つは、運動やエクササイズの計画は、時間や労力、他の何かを犠牲にするという意味で、“コストなし”ではできないということを認識することです。 人は、何かをすることが必要なのみでなく、それを実行できるための計画を必要としています。目的地が素晴らしくても、そこに到達するための道筋も必要としているのです。 みなさんはこれまでに、時間や場所、仕組みがはっきりしていないために、なかなか実行に移せないことがどれだけあったでしょうか? 運動をするのに最も適した時間帯はいつですか?仕事の前か後か。どのくらいの時間がいいのか?どんな感じでやればいいのか?円滑に行うための必要な情報を彼らは持っているのでしょうか? “‘非対面’から自律的な主体性”のもう一節では、次の点が強調されています: "書面による説明がないため、何をすればいいのかわからず、処方されたエクササイズができなかった" また、それぞれの社会的環境をうまく利用できるようにサポートすることも有益な方法です。私たちは、多くの“社会的”なものを変更することはできませんが、それらをもっと理解してもらい、導く手伝いはできます。たとえば、より活動的になるために地域社会のサポートを受けるにはどこに連絡したらいいか? 無料または低コストで利用できるリソースはあるか? また、支援団体や家族、友人など、助けてくれる人はいるか? 治療者としてではなく、ガイドとしての役割を果たすことで、多くの人が助かるかもしれません。 サポート&モチベーション 誰かのエクササイズフォームを批判したり、ある種の動きの機能障害を強調したりすることは、PCCとは正反対です。それによって誰かがどう感じるか、その人の行動にどう影響するか全く配慮に欠けています。しかし、もしあなたが単に病理に対して取り組んでいるということであれば、そんなことは気にする必要はないのでしょうか? 他人の立場になるということは、全く逆の見え方になるのだと言えるでしょう。 誰かを批判するのではなく、どうすればその人を引き立てられるかを考えてみてはどうでしょう。長所や利点を強調することを考えましょう。医療の現場では、モチベーションと楽観主義の持つ力を過小評価しているように私は思います。これは、フィットネスの世界ではコーチやトレーナーの役割の基本的な部分ですが、エクササイズを医療に取り入れるようになった際に失われつつあります。 患者さんは、自分自身でこのように言っています! “患者は、パーソナルトレーナーのように自分を後押ししてくれる人が必要である、と報告した” - Holopainen 2018年 おわりに 人を中心としたケアは、その人によって定義される PCCは単にその人が望むものを与えることではない 人は単なる患者(受動的な受け手)ではなく人である “他の人の立場に立つ”ことを考える 共同意思決定(エビデンスに基づいた)についてもっと考える 終わりを念頭に置いてスタートし、価値ある活動に結びつける 彼らの“自分の世界”へ導く役割を果たす 人をノックダウンするのではなく、人を育てる
患者中心のケアのための簡単なガイド パート1/2
‘痛みの科学’と‘生物心理社会的’に続く最近のバズワード(流行語)は、‘患者中心のケア(ペイシェントセンターケア)’、略してPCCと呼ばれているものでしょう。 バズワードの場合、定義がかなり不十分で、厳密な説明があるわけではありませんが、私はPCCこそが、生物心理社会的(BPS)モデルを実践すべき方法であり、またBPSモデルが本来目指すべきもので、私達が現在持っている痛みに焦点を当てたバージョンではないと考えています。 この記事では、PCCをアクティブケアの中でどのように適用するかに焦点を当てていますが、多少脱線しても驚かないでください。 患者なのか人なのか? この分野のほとんどの文献は“患者中心のケア”について述べていますが、私は“人”を中心としたケアの方が好きです。それは、患者….を一人の人間に変え、双方向の関係の中でより“リアル”な存在にするからです。 “患者”という言葉は長い間、議論の対象となってきましたが、これに関しての興味深い文章から引用を二つピックアップしました。 "患者に代わる新しい言葉が必要か?" “Patient ”はラテン語の “patiens ”に由来し、苦しむや耐えるなどを意味する“patior”からです。この言語では、患者はまさに 受動的な存在で -必要な苦痛には何でも耐え、専門家の介入には辛抱強く耐えるということです。” “医療サービスの利用者と提供者の不平等な関係” これらの興味深い視点は、‘患者’が、個人として考慮されず、何をすべきかを指示される受動的な受け手であるという潜在的な視点を浮き彫りにしています。結局のところ、組織や病理はどのように扱われるかに関心がないのであれば、それを気にする必要はないということですよね? PCCとは実際何か? PCCを定義することは、誰にとっても難しいのかもしれませんね? ある人にとっての人間中心は、別の人にとってはそうではないかもしれませんが、議論の余地がある大まかなテーマや考え方はあるようです。 患者(人)を中心としたケアは、これまで次のように定義されてきました: “生物医学的な問題だけでなく、患者がドクターにもたらすあらゆる範囲の困難に関与しようとする姿勢” - Stewart 1995 “臨床医は患者の世界に入り、患者の目を通して病気を見ようとする”-McWhinney 1989年 “(一人ではなく)二人で行う医療” - Balint e al 1993 (引用:Meadら2000) 私にとってPCCの良いスタートは、セラピストやテクニック、メソッド、エクササイズなどを主役として見ないということ。私たちの助けを本当に必要としている人が主役です。それは、派手さや華やかさや台座を意味するのではなく、目の前にいるこの人が何を必要としているのか、彼らと同じ立場になるとどんな感じか?を考えてみるということです。 もうひとつの非常にシンプルな見方は、あなたならどのように扱われたいか?ということです。 Meadらは、"患者中心主義: 概念的なフレームワークと実証的文献のレビュー"の中で、"患者中心 "の5つの重要な側面を定義しました。 生物心理社会的視点(患者の人生) 一人の人間としての患者 力と責任の共有 治療の協力関係 一人の人間としてのドクター(人間らしさなどの個人的資質) Wijmaらは“理学療法における患者中心主義:どんなことが必要となるか?”を探求し、PCCを次のように定義しました。 “理学療法における患者中心主義とは、個人に合ったオーダーメイドの治療の提供、継続的なコミュニケーション(言語および非言語)、治療のあらゆる側面における教育、患者が設定した目標への取り組み、患者がサポートされ力を与えられる治療、そして患者中心の社会的スキル、自信、知識を持つ理学療法士という特徴を伴うものである。” PCCではないことは PCCに対する批判の中には、消費者主導の医療や‘彼らがしてほしいことを何でもする’というような考えを中心としたものがあるようです。PCCの本質である‘共有された意思決定’という考えは、消費者の医療という考えをある程度受け入れやすくするかもしれません。 このような議論は、治療の種類や、より受動的な手法の適用に支配されがちですが、私たちはこのようなPCCの還元主義的な見方に対して十分注意する必要があります。 誰かの好みに基づいて決定するのではなく、PCCの重要な部分は、人々が決定に参加することであり、その決定には、入手可能な治療に関する最良の情報と、最良の方針のためにも率直で正直な対話が反映されなければなりません。ただ単に“どのような治療を希望するか”ではなく。 MakoulとClaymanは、“医療場面における意思決定共有の統合的モデル”の中で、意思決定を共有するためのいくつかのステップについて述べています。 問題の定義または説明 選択肢の提示 長所と短所(利益/リスク/コスト)を議論する 患者の価値観や好みを評価する 患者の能力や自己効力について議論する 医師の知識や推奨の提供 理解度の確認、明確化 決断を下す、または明確に決定を延期する フォローアップを手配する 人々が本当に望んでいるものは何か? このことは、“人は何を望んでいるのか”ということにうまくつながるものの、好きな治療法の種類を中心に展開することではなさそうです。 PCCは、エンドユーザーである人が広い医療の世界にどう適合するかではなく、彼らのために医療に何ができるかを考えることでしょう。そのためには、彼らに尋ねる以上により良い方法があるでしょうか? 質的調査が増えることは、素晴らしく、人々が何を考え、感じ、最終的に何を必要としているかを理解するのにとても役立ちます。 これは、腰痛における二人の視点に関するとても興味深い論文です:「聞いて、教えて」:非特異的慢性腰痛の患者を対象としたケアにおけるパートナーシップに関する質的研究 この論文の著者は、いくつかの重要な領域を指摘しています。 施術者とのパートナーシップ “参加者全員が、ケア提供者とケア希望者の間で、共通の治療目標を設定するために、互いに情報を引き出し、問題を解決し、交渉し、再交渉する必要があると述べています。” ‘私に質問して’ "意見や目標を明確に尋ねられた場合、医療提供者との関わりが改善された、とすべての参加者が報告した。" ‘私を理解して’ "生活環境や好みを考慮することは、治療上のパートナーシップを築き、運動の成果を最適化する上で、すべての参加者にとって重要であった" ‘私の言うことを聞いて’ "私が理解できるように説明して" –適格で共感できる聞き手を大切にする "自分の体のことは分かっている" - 参加者は‘自分の体を知る’ことが力になると考えています。 しかし、次の文章は特に私の心に響きました: "患者がパートナーシップの中で真の声を求めていることと、患者が医療従事者に明確な診断と最善のマネジメント指導を求めていることの間に緊張が存在していた" それは重要なのか? 人を中心としたケアについてよく聞かれる質問に、PCCは実際に‘アウトカム’を改善するのかというものがあります。PCCがアウトカムに与える影響は実際に重要なのか、そしてどのようなアウトカムについて議論しているのか、というのが私の反応です。 状況的要因が結果に影響を与えることは分かっていますが、PCCが特に最も一般的なアウトカム指標を改善するかどうかは分かりません。しかし、痛みや機能などが変わるかどうかに関わらず、人を大切に扱うことは正しい方法だと私は考えています。現在、多くのデータがあるわけではありませんが、私の見方では、多くの人にとって一般的なアウトカム指標ではなくても、医療における個人的な経験(それ自体がアウトカム指標かもしれませんが)に違いをもたらすと思います。
壊れない肩を作る
肩関節や股関節の安定性のために用いられる四つ這いでのロッキングのエクササイズのバリエーションで、いかに壊れることのない肩をトレーニングするか?シンプルでありつつ効果的な方法をオリジナルストレングスがご紹介します。
股関節前面のインピンジメント対策
股関節の前側がつまるような感じがしたり、インピンジメントを感じたりする時、股関節の後面外側の組織の伸長性を向上させることが、症状解決につながるとすれば?軟部組織へのアプローチを専門とするレニーが、自宅の居間から、誰でも自宅で試せるケアの方法をシェアしてくれます。
硬い筋肉を伸ばすべきではない理由
身体には、私たちが常に理解しているわけではない知恵が詰まっています。 身体は、最適に動き、機能するように設計され、脅威の時代を生き抜き、平和な時代に繁栄するように設計されています。 あなたの身体は何をすべきかを知っているし、もっと重要なことは、身体が何をしているのかを知っているということです。 でも、多くの場合そうではありません。 知恵ではなく、現代の論理で身体にアプローチすることが多すぎるのです。 例えば、身体が痛ければ、なぜ痛いのかを身体に問うのではなく、感じている痛みを和らげたり取り除いたりするためにNSAIDsを服用することがあります。 痛みは、私たちの注意を引くための身体からの信号であることは、多くの人が同意するところです。 身体が私たちに何かを伝えようとしているのです(通常は、私たちがしていることを止めなさいということです)。 身体は、これ以上害を作らないように、あるいは害が起こるのを防ぐために、痛みのシグナルを出すかもしれません。 身体が痛みを感じているとき、身体は鎮痛剤を要求しているのではありません。 何かを変える必要があることを教えてくれているのです。少なくとも、そこから学ぶために耳を傾けなさいということを伝えているのです。 同様に、身体が硬いとき、身体は私たちを守ろうとしているのです。 多くの人は、論理的に、硬い筋肉は伸ばす必要があると推測します。 結局のところ、そうやって緩めて緊張を取り除くことができるのです(まれに、実際にそれがうまくいくこともありますが、それは論理が破綻していることを示す当然の指標となるはずです)。 しかし、身体の知恵では、筋肉が硬いということは、保護を意味します。あなたを守り、自分を保とうとしているのです。 身体は、脅威の時代を生き抜くために設計されていることを忘れないでください。 緊張して筋肉が硬くなるのは、身体が自分を守るために、動くことをガードしたり抑制したりする方法なのです。 基本的に、身体(脳)は安全を感じないと、危険な領域に移動しないように、筋肉を緊張させて身体に制限をかけます。 筋肉が硬いのは防御のメカニズムです。 筋肉が固いということは、脳が何か危険なものを感じて、身体を守ろうとしているのです。 ハムストリングスが硬いとき、身体はストレッチしてくれとリクエストしているわけではありません。 それは、「あなたは安全ではない、どこかに対処すべき危険がある」ということを教えてくれているのです。 硬いハムストリングスを緩めるためにストレッチをするのは、怪我をしないように保ってくれる身体の安全プロトコルを上書きしようとするようなものです。 緊張感、筋肉の硬さには理由があるのです。 脳は、あなたを守ると同時に、あなたの注意を引こうとしているのです。 それだけでなく、硬くなった筋肉を伸ばすということは、ある意味、攻撃的なアプローチであり、力ずくなものです。 誰だって、押しつけられたり、無理強いされるのは嫌なものであり、あなたの身体も例外ではありません。 力ではなく、優しさが脳に安全を感じさせるのです。 多くの場合、筋肉が硬くなるのは、脳が求めている情報が得られなかったり、得ている情報が脳に危険を伝えていたりして、安全でないと感じているからです。 例えば、胸の上の方で呼吸をしていて、お腹に向かって呼吸をしていない人は、横隔膜ではなく、緊急の呼吸に関わる筋群を使っていることになります。 胸の上の方で呼吸をすることで、脳に "危険が迫っている "ということを伝えているのです。 脳は危険を感じると、身体のハッチを閉め、より緊張が必要だと判断した部分(ハムストリングスなど)に緊張(恐怖)と締め付けを与えます。 これが身体の知恵なのです。 私たちには、このメッセージに耳を傾け、この例のように横隔膜を適正に使って呼吸するように、穏やかな行動で対処することで、自ら知恵を働かせるチャンスがあるのです。 要は、痛みや緊張といった身体の警告信号に無理やり反応することは、ベストな行動とは言えず、かえって身体をより危険な状態に導いてしまう可能性があるということです。 それよりも、身体の知恵に耳を傾け、理解することで、何が安全でないと感じさせているのかを見極めようとすることが大切です。 それが決まれば、優しさこそが適切な方法です。 身体が危険だと感じる理由が特定できないとしても、やはり優しさが正しい方法です。子どものように呼吸をし、子どものように動くことで、脳が求めている情報、安心するために必要な情報を優しく与えることができるのです。 前後に揺らすロッキングのような動きは、脳を落ち着かせ、また、全身の関節、筋肉、組織の位置を脳に知らせるのに役立ちます。どこに何があるかわかると、脳は安心して恐怖を手放し、身体は最適に動くことができるようになるのです。 とにかく、緊張とは、身体がストレッチしろとか、無理やり緩めろとリクエストしているのではありません。身体が、あなたを傷つけないように守ろうとしているのです。 硬くなった筋肉を伸ばす前に、もっと優しく、もっと賢い方法を試してみてはいかがでしょうか。
バランスの良いプレスのトレーニング方法
プレスの動きのトレーニングにオープンチェーンのみではなくクローズドチェーンの動きを含む重要性を解説します。肩甲骨の上方回旋の動きを指導する重要性を理解して、よりバランスのとれたプレスのトレーニングを実践しましょう。
筋膜のレジリアンシー
大学の講師であり、トム・マイヤーズのスクールのインストラクターでもあるローリーは、筋膜解剖クラスのアシスタントとして、正確な解剖スキルと穏やかな人柄で、解剖クラスに初参加の皆さんも安心して質問することができる頼りになる存在。ダンスとムーブメントセラピーを専攻したローリーからの提案をご覧ください。
レジリエンス:それは何か、そしてなぜ回復にとって重要なのか? パート2/2
レジリエンスとは個人的なものである 意義深い活動は、ストレスの多い状況においてバランスを与えるでしょう。特に、頑固な痛みを抱える人たちは彼らがかつて行っていたものやレジリエンスを定義するであろうことを見失ってしまうかもしれません。このような人達は、何らかの意味や目標を再び見つけるためにガイドやコーチが必要かもしれない人たちなのです。 大事な活動や物事(つまり物事)に対して継続して取り組むことが、レジリエンスの大きな指標であるように思えます。いくつかの意義のある活動をよりよく理解するために、私は人々に、ソーシャルメディア上で苦しい時に何が重要だと思ったかを質問しました(詳細な研究ではないのはわかっています)。 エクササイズは人々にとってレジリエンスの本当に重要な標識になっているようにみえ、かなりの逆境の中での多くの成功談を聞けたのは素晴らしいことでした。ちなみに、患者の人たちに、適切な時期に適切な方法で他の患者の成功談を伝えることは、私の経験においてとても強力なツールになり得ます。 ウェイトリフティング カポエイラ ヨガ ピラティス ボクシング サイクリング クロスフィット ランニング ウォーキング ボルダリング 様々なスポーツ 体操競技 ダンス 創作 ハイキング 仕事もかなり目立っていました。ただの日常生活での機能も重要なようです。エクササイズのように、私たちの仕事生活はセラピストから看護から運転と多岐にわたっています。家族というコンセプトもよく目立っており、家族を援助し扶養することは多くにとってレジリエンスの重要な一部を形成しています。 レジリエンスは様々なものの豊かなタペストリーのように見えます。これについての臨床的意味は、レジリエンスを表すであろう活動が何であるかを調べるために効果的に聞き取りいくつかの質問をすることができ、そして、そのような活動に向かって人を導き、取り組むための計画とサポートを与えることができるということです。 私が使用するいくつかの質問の例を紹介します: 「痛みがなくパーフェクトな一日とはどの様なものですか?」 「痛みを理由に止めたことは何ですか?」 「重要だと思っているもので痛みのために避けているものはありますか?」 いくつかの引用も選んでみました。名前は使っていません:) 「長年、私の基本姿勢は、自身を孤立させ、力づくで乗り切ろうとし、そしてわざわざリソースや計画を求めないようにすることでした。私はそれが、私がとるべき方法だと思っていました;「男らしく」押し通すのです。私にとって、受け入れることを学んだ時にレジリエンスを見つけた(いまだに見つけようとしています)と思います。受け入れるということにたどりつくこと、そしてまだ今もそのようにできるように苦労していますが、一人ではできないということを認めなくてはならない大変な時でした。私はその感覚が大嫌いだったのです。」 「レジリエンスは私たちみんなの中にありますが、前へ進む道を探すのを助けるためにはガイドが必要な時もあります。しかし必ず前へ向かう道はあるのです。」 「私のレジリエンスをもっとも向上させてくれたことは、助けを求めることだと言えるでしょう。私の師や友人、カウンセラー、家族からです。脆弱性が私のレジリエンスをより高めることにつながりました。」 「サイクリングが大好きですが、急な上り坂を上るときに痛みが10倍に増えます。やり通して、サイクリング後30分ぐらいで痛みが通常のレベルに戻ります。自転車に乗ることは腰痛よりも私の精神衛生上より重要なので、もしかしたらそれがやり通した理由かもしれません。」 「私にとってのレジリエンスとは、自分でコントロールできることとできないことがあることを知ることであり、コントロールまたは受け入れられることに対してエネルギーや集中力をつぎ込むことです。」 「レジリエンスとは、毎朝起きて他の人のけがに取り組むことです。時にはベッドから出ることが一番難しいことです。」 それは、生活の中でストレスの多い部分と幸福をもたらしてくれるもののバランスをとることであるかもしれませんし、また喜びは最も重要で、このバランスを失う時に私たちはより脆弱になり、もしかしたら私たちの仕事はこの過程で手を差し伸べることなのかもしれません。 どの様な要素がレジリエンスを構成するのか? SturgeonとGoubertの両者が、レジリエンスに関するいくつかのポジティブな要素といくつかのリスク要因を概説しています。 まずそのポジティブな要素から始めていきましょう。 楽観主義とポジティブな感情 楽観主義は痛みのレベルの低さと関係あることから、重要な特性であるように思え、これは予測された見込みが結果に関係している理由を支持するかもしれません。楽観主義は臨床医と患者の両方の立場からとらえられるべきで、両方の観点が「第三の領域」の中で関連することは疑いの余地がありません。 良い研究があります(*ここ*と*ここ*) 私たちが自身に対して尋ねることとして: 自分は一般的に楽観的な臨床医/人間か? ポジティブな結果についてどれだけ楽観的か? ポジティブな結果について、特に機能の向上について話し合うことがあるか? その人の話や経歴、以前のポジティブな経験に対し、ポジティブな面を強調して楽観的になれるか? 誠実さに欠けるように見えないようにすることは重要ですが、生活や行動についてのポジティブさやポジティブで感情的な見解の必要性は強調されるべきです。ただ、これは、頑固な痛みのような難しい状況に対する正常なネガティブな反応の認識の後に起こるべきでしょう。 私は、ネガティブな考え方や態度のネガティブな面を強調することも大切なことだと感じます。 痛みの受容と意義深い活動への継続的な参加 痛みの受容とは痛みがあることを認識し、痛みをコントロールしようとすることをやめ、痛みがあるにも関わらず、より豊かな生活を送ることを学ぶことと定義されます。これは転じて、意義深い活動へのさらなる参加へとつながります。 Sturgeonはこう記しています。 「より多くのレベルの活動へ参加している人達は、意義深い活動を追い求め続けることで、痛みにもかかわらずポジティブな感情をより上手に支持できるでしょう。」 これは、研究と私がソーシャルメディア上で行ったより詳細な質的研究(;))の両方で強調された重要な要因のようです。 社会的支援 社会的な支援を積極的に求める人は、痛みがより少ないようにみえます。Riika Holopainenによる著作(リンク)等から、私たちは、頑固な痛みを持つ人たちは生活の幅が狭まり、そしてかつて楽しんで行っていたことをあきらめなければならなかったことを知っています。 痛みは、レジリエンスにとって重要なポジティブな社会的交流を妨げますが、痛みはさらに、このようなポジティブな社会的交流や、ポジティブなレジリエンスの一般的な供給源を認識する能力を狭めてしまうでしょう。 リスク要因 痛みの誇大表現と回避 より高いレベルでの痛みの誇大表現と恐れは、より高いレベルの痛みと関連があり、痛みの誇大な表現は(痛みに)対処するための回避アプローチのような、非効率な対処方法につながります。このような行動は、社会的な交流や身体活動といったことを回避させる痛みの感情-モチベーションの面と一致します。本来、これは、痛みへの恐れから意義深い活動によって得られる喜びやポジティブな面を制限し、またレジリエンスの行動を減少させるでしょう。この長引いた回避は鬱や障害にもつながるでしょう。 回避アプローチを強調し、そしてこれらが実際に役に立つかどうかを正当化する助けとなることも重要だと感じます。 しかし、単にその人に回避する人、というレッテルをつけないようにするのも重要です。回避は、すべてのことと同様に複雑なことです。ある活動が回避行動のように映る一方で、ほかのことへは参加しているのです。ある人の人生の苦労している部分でその人を表すことは少し残酷でしょう。 レジリエンスまたは脆弱性 レジリエンスとは安定した状態に見えない、ということを心にとめておかなければなりません。人々は単にレジリエンスを持ち合わせている、または脆弱であるということではないのです。そうではなく、両方の面の構成要素をバランスをとるように持ち合わせています。ある時はより脆弱になるかもしれませんし、最もレジリエンスのある人でさえ、そうでなくなるまではレジリエンスがあるのです。人生のある部分で脆弱かもしれませんが、ほかの部分ではそうでないかもしれません。身体的にレジリエンスであるかもしれませんが、感情的には脆弱であり、またはその逆かもしれません。日によって変わるかもしれません。私たちが痛みの経験、そしてその痛みがもたらす全ての面について理解していることの一つは、それは予測通りに予測できないということです。 レジリエンスは、実際のところ連続体としてとらえられるべきです。異なるけがは異なるレジリエンスの水準が必要かもしれませんし、また、ある人は、彼らの人生における多くの要因によって現在のレジリエンスの状態でいるのです。ある人たちはすばらしいレジリエンスがあるかもしれませんし、けがのタイプや状態によっては多くのレジリエンスを必要としないかもしれません。すべての痛みのある問題において、適切な治療を適切な時に適用するためには医療的な理由づけに頼るのです。 要点 レジリエンスとはタフネスではありません。 レジリエンスとは適応および身体的および心理的な柔軟性に関することです。 レジリエンスは連続体で表わされます。 レジリエンスとは異なる人において異なるものに見え、感じられます。 楽観主義が重要です。 意義深い活動に引き続き参加することが重要です。 痛みの誇大表現と回避する行動はリスク要因です。
オーバーへッドリフトのためのモビリゼーション
無理なく頭上に向かって腕を挙上するには、十分な可動性が必要となります。簡単な方法で、肩周辺や胸郭周辺組織の可動性を高める方法を、ファンクショナルトレーニングインスティチュートのテレクとダンがご紹介します。
「私の子供を速く走れるようにしてくれ」
私達は、多くの若いアスリート達を指導しているため、このような質問を毎週数回はされます。 「息子/娘にスピードトレーニングはやりますか?彼/彼女は速くなる必要があります。」 私は頭の中でいつもこう考えています。「いいえ、私たちのプログラムは全て、アスリートを遅くするようにできています。本当に私たちが得意としていることはそれです。」 冗談はさておき、私の口から出る言葉は全く異なります。私たちのトレーニングアプローチは、その若いアスリートが発逹段階のどこにいるかによって決まり、子供はそれぞれ特有であることを説明しなければならないからです。 一方で、可動性および安定性が著しく低い、つまり非常に悪い身体コントロールに相当する、若いアスリートを抱えることがあります。悲しいことに、早期の特定スポーツへの特化と過剰なコンピューターの使用時間のおかげで、今日、アメリカの13-16歳のアスリートの大多数がこの状態になっています。 スプリントを行う際にアスリートが経験する凄まじい床反力(ストライドごとに体重のおよそ4-6倍の負荷が片脚にかかる。たとえば、68kgの子供では272-408kg)を考えると、トレーニングをしていない、身体的に許容不可な子供達に、積極的なスプリントや方向転換のドリルをやらせることは、実際は非常に危険であると考えられることが議論できるでしょう。彼らは、単純にこの衝撃を減速するための遠心性の筋力を有しておらず、言うまでもなく、それに続く最適な収縮性の活動もできません。こういったアスリートは、筋力および可動性のしっかりとした基礎−これによって、より短く単純な練習で、良い着地のメカニクスを教えることができる−を発達させる時間が必要です。やがて、彼らがいくらか身体コントロールを向上させることができたら、本当のスプリントトレーニングや敏捷性の練習を、より有効に役立てることができるようになります。 彼らはできるでしょうか? このような若いアスリートは、恐らく、トレーニング(クローズドループ、または予測できる、練習)に予期せぬことを投げかけられる準備ができていませんが、ジム以外の場所では何をしているのでしょうか?彼らは一年中スポーツを行なっています(オープンループ、予測できない/無秩序)。 これはまるで、1979年製のピント(フォード社の車)のエンジンが時限爆弾であると認識して、オイル交換のために、整備士のところに週に1時間持っていっている−デイトナ500に持って行って運転するためだけに−ようなものです。あなたは、流れに逆らって泳いでいるのです。 ですから、質問はこうなります:今日の「常にシーズン中の」高校生アスリート達は、敏捷性およびスプリントに専念したトレーニングが本当に必要な状態になることはあるのでしょうか?ここまでの数段落に基づけば、アスリートによってはそうではないと言えるでしょう:彼らにはそういったトレーニングはほぼ必要ありません。彼らがスポーツにおける競争を行なっている限りは、フォームローリング、良質な動的ウォームアップ、それに続く素早い、要を得た動きのドリル、そしてしっかりとしたレジスタンストレーニングを行えば十分なはずです。 それに対して、最近はよくある状況ではありませんが、組織的スポーツに積極的に関わっていない期間が年に一定ある上級レベルのアスリート(しっかりとしたストレングスの基礎がある)も実際にいます。こういったアスリート達は、間違いなく、その「オフ」期間に、特定のスプリントや方向転換のトレーニングを行う必要があります。ウォームアップの合間やレジスタンストレーニングの要素の合間に組み込むこともできますが、私たちは大体、リフティングとは完全に別の日にこういったトレーニングをプログラムに入れます。彼らは、高ストレスの反応ドリルを本当に有益で安全なものにするために脚のトレーニング(しゃれのつもりはありません)を行なっているがゆえに、このトレーニングの組み入れを最大限に活かすことができると認識することが極めて重要です。 でも、何が面白いかわかりますか? こういった、より上級のステージに到達したアスリート達は、すでに速くなっています−ここまでの過程で、地面により大きな力を伝える方法を学び、足首や股関節の可動性を向上させてきているからです。スプリントや敏捷性のドリルに、全く、あるいは、ほぼ時間をかけることなく速くなっているのです。そして、一旦筋力の基礎を築けば、こういった補助的な動きのドリルは実際にさらに高い効果を発揮します。 それはまるで大きな円のようです。筋力の基礎を築けば、それが反応能力の発展を助けます。反応能力をさらに鍛えると、連続体の最後にある「絶対速度」へとつながります。そのため、さらに重いウエイトを挙げることができ、それが彼らを連続体の真ん中へと引き戻し、今度は反応能力をさらに高めることにつながります。なぜなら彼らはより速く走り、より高く跳び、今までで一番うまく立ち回るようになっていくからです。 先に言及した初級レベルの子供たちは、連続体にさえ達していません。彼らは「運動する人/運動しない人」のシーソーの上にいます。彼らがそれまでに知っていることは走り回ることだけですから、習慣的にエクササイズを行うようにして、筋力を構築すると、連続体の最後にある絶対速度をつかみ始めます。彼らは、あなたが彼らを強くして、連続体の最後にある絶対筋力を超えさせない限りは速く走れません−これはあなたが各セッションの90分間を敏捷性ラダーを走らせたり、スキップドリルを行うことに費やしているだけでは、単純に起こりえません。 必要な動きのトレーニングの量が大幅に過剰見積もりされているのならば、何故、この業界で週に何時間も動きのトレーニングに費やしているこんなにも多くのコーチや施設があるのでしょうか?とても単純に、お金が世界を回しているのです。す言い換えれば、ただコーンやハードル、敏捷性用ラダーを設置して、熱心に頑張るように指示したら、集中的なコーチングを行わずに、より多くの子供達を大きなグループで「安全に」トレーニングすることができるというわけです。ただ、実際に子供を強くするためには、個別のキューイングやエクササイズプログラミングの多様性が必要です。ストレングスエクササイズは、高リスク/高メリットのため、1対1の指導の方がより効果があります−13歳の子供20人に対してコーチが一人というのは厳しいでしょう。これは、私が私たちのビジネスモデルにクレッシースポーツパフォーマンスでのトレーニングモデルを絶対に決定させないと常に言っている理由の一つです。 まとめると:動きのトレーニングが必要な子供もいれば、まだその準備ができていない子供もいます。99%の確率で−論理を無視しているかもしれませんが−、親が子供が遅いことを言及してきたら、その若いアスリートを外に出してもっと走らせることは、その問題を扱う方法として、最も効果がなく、最も危険なものです。
ケトルベルトレーニングの生体力学 パート2/2
ケトルベルエクササイズの動力学 序論 ケトルベルエクササイズにおける動力学(力、負荷、モーメント)の評価はいくつか存在する。一般的には2つの分野の研究がある。第1に、一部の研究者のグループは、ケトルベルトレーニングはある場合においては痛みを軽減し、他の場合には痛みを生じ得るという事例報告(マクギルおよびマーシャル、2012年)を基に、ケトルベルエクササイズの脊椎負荷、およびそれに続く可能性のある腰痛に対する影響に興味を持った。この点において1つの研究が、ケトルベルトレーニングのプログラム後における、臨床的に関連する首、肩、および腰の痛みの軽減を報告している(ジェイおよびその他、2011年)ということは興味深いことである。第2に、他の研究者たちのグループは、ケトルベルエクササイズが従来のエクササイズと同様の力、パワー、及びインパルスを生み出すのかどうか、また力の方向(垂直対水平)が異なるのかどうかを調査した(レイクおよびローダー2012年b、レイクおよびその他、2014年)。今日、水平力生成はスプリントパフォーマンスにおいて非常に重要であると広く認知されているため(ランデルおよびその他、2010年の総説を参照)、力の方向は、スプリンターを指導するストレングス&コンディショニングコーチにおいて特に重要である。 脊椎負荷 一般のケトルベルスイングにおける脊椎負荷の特質は、主にせん断および圧迫負荷の間の大きな差違のため、従来のレジスタンストレーニングエクササイズにおいて報告されているものとは大幅に異なるようである。マクギルおよびマーシャル(2012年)は、圧迫負荷はスイングの下の部分において3,195Nであり、せん断負荷は461Nのみであったということを報告している。ケトルベルスナッチにおける圧迫およびせん断負荷は、スイングにおいて報告されていたものと非常に類似しているということが発見されている(マクギルおよびマーシャル、2012年)。 力およびパワー 序論 アスリートは優れたパフォーマンスのために高いレベルの筋力を必要とする。しかし彼らはまた、この力を迅速に使うことができる必要がある。ゆえに、パワーはスポーツ特有の速度において力を産出する能力を示す能力であるため、アスレチックパフォーマンスを決定するために筋力よりも重要であると考えられることが多い。アスリートにおいてパワーを発達させるための最も一般的なバリスティックレジスタンストレーニングエクササイズは、バーベルジャンプスクワットである。ジャンプスクワットは、バーベルを持ちながら床から離れるため、アスリートに相当量の床反力を迅速に発生させることを要求する。大きな力と組み合わさったこの速い速度は高い出力と関連するために、ストレングス&コンディショニングコーチは、彼らのプログラムの中で常にバーベルジャンプスクワットを使用している。 ケトルベルスイング:出力 ケトルベルスイングとジャンプスクワットの出力を比較することは、アスリートの発達におけるケトルベルトレーニングの実用性を評価する一つの方法である。レイクおよびローダー(2012年b)は、16kgから32kgの負荷におけるヒップヒンジケトルベルスイングの際の出力を調査し、1RMの0-60%の負荷におけるジャンプスクワットと比較した。ジャンプスクワットの際の出力は、予想していた通り無負荷において最大化し、一方ケトルベルスイングの際の出力は32kgにおいて最大化した。ケトルベルスイングとジャンプスクワットの出力の比較は、ジャンプスクワットの出力がより大きい傾向にあった(3,281 ± 970対3,468 ± 678W)にもかかわらず、この2種類のエクササイズの間に有意な差違はないということを特定した。ゆえにケトルベルスイングはパワーベースのプログラムに含むものとして適切であるかもしれないということが示唆されている。 ケトルベルスイング:パワーのために最適な負荷 ほとんどの研究は、通常のバーベルジャンプスクワットの際、出力を最大化する負荷は一般的に無負荷であるということを報告している。(例:コルミエおよびその他、2007年)。これは最大動的出力(MDO)仮説に通じており、下半身の筋肉は、高負荷と比較し、無負荷(例:体重)の垂直跳びにおいて、最大出力を産出するように発達したということを示唆していると提議している(ヌッツォおよびその他、2010年)。興味深いことに、ヘックスバーデッドリフトジャンプを行うことにより重心の位置をずらすことは、この負荷を1RMの約20%まで増加するようである(スウィントンおよびその他、2012年、ターナーおよびその他、2014年)。さらに、それぞれが出力に最適である負荷を使用した場合、通常のバーベルジャンプスクワットと比較し、ヘックスバーデッドリフトジャンプを使用した出力はより大きいようである(スウィントンおよびその他、2012年)。なぜヘックスバーデッドリフトジャンプが体重よりも重い負荷において出力を最大化するのかは明確ではないが、動作の際の関節角度の位置と関連がある可能性がある。明らかに、ケトルベルスイングが無負荷において最大出力を産出することは起こりそうにない。にもかかわらず、出力を最大化する明確な負荷はいまだ明らかではない。レイクおよびローダー(2012b)は、より重いケトルベル(32kg)は軽いケトルベル(16kg)と比較し、ヒップヒンジケトルベルスイングエクササイズの際により高い出力を産出するということを発見している(3,281 ± 970対2,371 ± 708W)。さらに重いケトルベルはより大きな出力を含むのかどうか(またパワーのための最大負荷はどこであるのか)は明確ではない。この分野の研究は、(1RMの割合に適合しないため)ケトルベルの相対負荷を測定するための標準の欠如により妨げられてしまうようである。 ケトルベルスイング:インパルス 一部の評論家たちは、エクササイズの特性を決定するために、出力は他の短期の力学的変数ほど有益ではないと示唆している(クヌッドソン、2009年)。この点においてインパルスは、適用された力の程度および時間の両方に関する情報を提供するとして、より優れた測定値であるということが提議されている(クヌッドソン、2009年、レイクおよびローダー、2012年a)。インパルスは、スポーツパフォーマンスに転換するエクササイズに関し幅広く研究されてはいないが、それが線形運動のベクトル変化を生み出すものであるということに留意することは重要なことである。特にスプリントの推進力は異なる能力を持つアスリートを識別する能力を持っていると考えられている(ベーカーおよびニュートン、2008年、バールおよびその他、2014年)。ゆえにケトルベルスイングおよびジャンプスクワットの際のインパルスを比較することは、アスリートの発達におけるケトルベルトレーニングの有益性を評価するもう一つの方法である。レイクおよびローダー(2012年a)は、16kgからの32kg負荷におけるヒップヒンジケトルベルスイングの際のインパルスを調査し、1RMの0 – 60%の負荷におけるジャンプスクワットのインパルスと比較した。ジャンプスクワットの際のインパルスは、1RMの40%において最大化し、一方ケトルベルスイングの際のインパルスは、32kgの負荷において最大化した。ケトルベルスイングの際の最大インパルスとジャンプスクワットの際の最大インパルスの比較は、ケトルベルの方が優れているということを明らかにした(276 ± 45対231 ± 47Ns)。これは、ケトルベルスイングはジャンプスクワットと比較し、より大きな推進力の変化を伴い、スポーツ特有の妥当性を持つ可能性があるということを示唆している。より重いケトルベルがより大きなインパルスの生成を含むかどうかは明確ではない。 ケトルベルスイング:加力の方向 ケトルベルスイングの際の床反力の水平および垂直要素は、ジャンプスクワットの際のものとは異なる。レイクおよびローダー(2012年a)は、ケトルベルスイングは、ジャンプスクワットと比較し、水平力の要素がかなり高かったということを観察している。これは、ケトルベルがスイングの初めにおいて股関節伸展により水平前方へ勢いよく放り出されるためであるかもしれない。ゆえにヒップヒンジケトルベルスイングは、スプリントのような水平推進力を産出するための股関節伸展を含む特定のスポーツ動作への適用があるかもしれない(ランデルおよびその他、2010年を参照)。それゆえヒップヒンジケトルベルスイングはアスリートにおけるスプリントパフォーマンスを発達させるために有益である可能性がある。 ケトルベルスイング:スナッチとの比較 ケトルベルスナッチもしくはケトルベルスイングのどちらの方が、ストレングス&コンディショニングの専門家による使用により適しているのかどうかを評価するため、レイクおよびその他(2014年)は、各エクササイズの機械的要求を比較した。彼らは、2つのエクササイズは、水平および垂直要素の機械的要求に関し、非常に類似していたということを発見している。特に彼らは、ケトルベルスナッチと比較し、ケトルベルスイングは有意により大きな水平動作、水平パワー、水平制動および推進インパルス、そして水平制動および推進床反力を含んでいたと記述している。これは、ケトルベルスイングは、スプリントのようにスポーツ特有の速度における水平力の産出を必要とする適用に対し、より優れている可能性があるということを示唆している。 ケトルベルに関する結論 ケトルベルは、他のエクササイズと比較し、関節可動域の異なるポイントにおける最大筋活動を含むようであり、有益な補足のトレーニング方法である可能性がある。 ケトルベルスイングは、内側ハムストリング力、股関節伸展における大臀筋の最大活動、およびより大きな水平力産出というようなスプリント能力を向上するために有益であるいくつかの特性を示している。
ケトルベルトレーニングの生体力学 パート1/2
目的 一般的なケトルベルエクササイズのアスレチックパフォーマンスへの最適な転換の方法を確立するために、その生体力学を評価すること。 ケトルベルエクササイズの背景 序論 ケトルベルエクササイズの種類 ケトルベルエクササイズはバリスティックにもノンバリスティックにもなり得る。ケトルベルエクササイズは、筋力よりもパワーを発達させるためにより有益であるようであるということを考慮に入れると、ノンバリスティックエクササイズと比較しバリスティックケトルベルエクササイズは、アスリートに対しより有益であるようである。最も一般的なバリスティックケトルベルエクササイズの種類はスイングとスナッチである。 ケトルベルスイングの種類 ケトルベルスイングには、ヒップヒンジスイングおよびスクワットスイング(マシューズおよびコーエン、2013年による総説を参照)の2つの主な種類がある。これら2種類の特性は、下半身の筋肉の関与に関して異なると考えられている。ヒップヒンジスイングは、デッドリフトと同様の筋動員のパターンにつながると考えられている一方で、スクワットスイングはスクワットと同様の筋動員のパターンを含むと考えられている(マシューズおよびコーエン、2013年による総説を参照)。ゆえにヒップヒンジスイングは主にハムストリングスおよび大臀筋に働きかけると考えられており、スクワットスイングは大腿四頭筋および大臀筋を鍛えると考えられている。ゆえにヒップヒンジスイングは、よりスポーツ特有の速い速度においてハムストリングを鍛えることが可能であるため、ストレングス&コンディショニングコーチにとって非常に有益である可能性がある。 ケトルベルエクササイズの筋電図検査(EMG) 序論 筋電図検査(EMG)は、筋肉における神経活動もしくは随意活性化のレベルを検出するために使用する方法である。随意活性化は、筋動員の程度および運動単位の発生頻度の両方による影響を受け、疲労していない筋肉における筋力と密接に関わっている。研究者たちは、単発のトレーニングセッションにおけるエクササイズの際の筋肉内の筋電図活動は、その筋肉における潜在的な長期的適応を示しているということに概ね合意している。ゆえに筋電図検査の研究は、どのようにケトルベルエクササイズが運動能力の発達において、もしくは一般的なエクササイズとして最適に使用されることが可能であるのかということを評価する有益な方法を示している。 ハムストリングスの筋電図活動 序論 今日までに2つの研究のみが、ケトルベルエクササイズの際のハムストリングスの筋電図活動を報告している(マクギルおよびマーシャル、2012年:ゼイビスおよびその他、2013年)。マクギルおよびマーシャル(2012年)は、スクワットスタイルケトルベル片手スイング、キメを伴うスクワットスタイルケトルベルスイング、スクワットスタイルケトルベルスナッチ、ケトルベルラックキャリー、およびケトルベルボトムスアップキャリーの際の大腿二頭筋の筋電図活動を評価した。各エクササイズに対し、若年で健康であるがトレーニングされていない男性被験者は、16kgのケトルベルを使用した。ゼイビスおよびその他(2013年)は、ヒップヒンジケトルベル両手スイング、およびケトルベル以外の様々なエクササイズの際の大腿二頭筋および半腱様筋の両方を評価した。若年で健康なレジスタンストレーニングされている女性被験者は、彼女たちの筋力レベルに応じ、各エクササイズに対し12Kgもしくは16Kgのケトルベルを使用した。大腿二頭筋の筋電図活動は、最大随意等尺性収縮(MVIC)の93 ± 31%に到達し、一方半腱様筋の筋電図活動はより高いレベルであるMVICの 115 ± 55%%に達した。対照的に、マクギルおよびマーシャル(2012年)は、ハムストリングスの筋電図活動は、股関節の筋組織(大臀筋および中臀筋)と比較し、スクワットスタイルケトルベル片手スイング、キメを伴うスクワットスタイルケトルベルスイング、スクワットスタイルケトルベルスナッチ(MVICの32.6%、39.7%、および29.8%)において比較的低かったということを発見している。これらの差違は、使用されたケトルベルスイングの種類の結果であるようである(マシューズおよびコーエン、2013年による総説を参照)。 内側および外側ハムストリングス ケトルベルスイングの際の半腱様筋(内側ハムストリング)の筋電図活動は、大腿二頭筋長頭(外側ハムストリング)の筋電図活動と比較し、より大きかったようである(ゼイビスおよびその他、2013年)。ゼイビスおよびその他(2013年)は、ヒップヒンジスタイルケトルベル両手スイングの際、大腿二頭筋の筋電図活動はMVICの93 ± 31%に達し、半腱様筋の筋電図活動はMVICの115 ± 55%というさらに高いレベルに達したということを報告している。ハムストリングスはスプリント能力のために重要であり、またスプリントの動作も外側ハムストリングの筋電図活動と比較し、より高い内側ハムストリングの筋電図活動を含むため(イェンハーゲンおよびその他、2007年、ヒガシハラおよびその他、2010年)、ケトルベルスイングは、最適なハムストリングの発達のためにスプリントプログラムに含む価値があるかもしれない。 ハムストリングス内の部位 研究者たちは、高い股関節屈曲角度におけるケトルベルスイングの際、ハムストリングスの筋電図活動は最大である一方で、(ノルディックカールのような)他の多くの一般的に行われるハムストリングスエクササイズの際、筋電図活動は低い股関節屈曲角度において最大であったということを観察している。(ゼイビスおよびその他、2013年)。これは、ケトルベルスイングは他のエクササイズとは異なる場所における局所肥大をもたらすかもしれないということを意味している可能性がある。局所肥大は、既定のエクササイズパフォーマンスの際、筋活動が起こる場所に依存していると考えられている。例えばワカハラおよびその他(2012年)は、レジスタンストレーニングワークアウトの際の上腕三頭筋のある部分における筋電図活動は、長期のプログラム後における同一の場所の局所肥大と関連があったということを報告している。更に同じ筋肉をターゲットとした異なるエクササイズは、その筋肉の異なる場所における筋電図活動をもたらすと考えられている(メンディグーシャおよびその他、2013年)。実質的に、ケトルベルスイングを使用しハムストリングスを鍛えることは、その筋肉の他の部分における局所発達を強調し、それにより部分的な弱さの無い全体的により優れた筋肥大を確保することにより、その他のエクササイズへの有益な補足を提供することが可能である。 大臀筋の筋電図活動 序論 今日まで1つの研究のみが、ケトルベルエクササイズの際の大臀筋の筋電図活動に関する報告をしている(マクギルおよびマーシャル、2012年)。マクギルおよびマーシャル(2012年)は、スクワットスタイルケトルベル片手スイング、キメを伴うスクワットスタイルケトルベルスイング、ケトルベルラックキャリー、およびケトルベルボトムスアップキャリーの際の、大臀筋の筋電図活動を評価した。各エクササイズに対し、若年で健康であるがトレーニングされていない被験者は16kgのケトルベルを使用し、マクギルおよびマーシャル(2012年)は、大臀筋の筋電図活動は他の筋肉と比較し、スクワットスタイルケトルベル片手スイング、キメを伴うスクワットスタイルケトルベルスイング、スクワットスタイルケトルベルスナッチにおいて比較的高く(MVICの76.1%, 82.8%,58.1%)、またスイングはスナッチと比較し、より高い筋電図活動を示していたということを発見している。 大臀筋内の部位 ケトルベルスイングは、股関節の完全伸展に近いスイングサイクルの後半において、大臀筋の最大電図活動を含むようである(マクギルおよびマーシャル、2012年)。一般的に使用されているほとんどのレジスタンストレーニングエクササイズは、おそらくより深い角度における大きな股関節伸展モーメントにより、最大股関節屈曲において大臀筋のより大きな筋電図活動を含んでいるため(カテリサーノおよびその他、2002年、エスカミーリャおよびその他、2002年)、これは重要な発見である。実質的に、ケトルベルスイングを使用し大臀筋を鍛えることは、その筋肉の他の部分における局所的な発達を強調し、それにより部分的な弱さの無い全体的により優れた筋肥大を確保することにより、その他のエクササイズへ有益な補完物を提供することが可能である。更に、大臀筋は、より大きな股関節屈曲において収縮する場合と比較し、股関節の完全伸展において収縮する場合により大きな筋電図活動に達することが知られている(ウォーレルおよびその他、2001年)。ゆえにケトルベルスイングは、より大きな股関節屈曲において最大収縮を含むジャンプスクワットと比較し、高速で大臀筋を鍛えるためのより優れたエクササイズであり得る。