マイクロラーニング
隙間時間に少しずつビデオや記事で学べるマイクロラーニング。クイズに答えてXPとKoinを獲得すれば理解も深まります。
欠落しているリハビリテーションにおけるエクササイズの変数…それは用量!
用量!これは、頻繁に議論されるテーマではありませんが、リハビリテーション時の動作とエクササイズの使用の成功において、かなり大きな変化をもたらすかもしれないものです。恐らく、エクササイズそのものよりも大きな! 研究論文を一見したところ 用量は重要である 強度、量、頻度の全てが用量に影響を及ぼす 用量過多、用量不足のどちらも問題である 最小有効量を見つける試みをすること 最小有効量は常に漸進する 共通の意思決定は、許容量/有効量を見つける手助けをする 適正用量がもたらす感覚を明確に定義する 後退と漸進を提供する 用量を管理するためのサポートを提供する 用量とは何か? 単純にいえば、それは強度と量と頻度です! 強度は、私達が使用する重量、あるいはその重量をどのくらい速く移動させるかによって影響を受けるでしょう。そして、その両方が組織に掛かる力の量に影響を与え、これは単純にF = MA(力=質量x加速度)として表されます。個人の強度の測定は、その個人の現在の許容範囲によって調節されるでしょう。 反復回数とセット数が、量を決定づけます。これは、操作されるものであり、全体的な過負荷に影響を及ぼすでしょう。 頻度はもう一つの側面です。あなたは最も適切なエクササイズを行っている可能性がありますが、もしそのエクササイズを一日に10回行うのであれば(皆さん、そういう人を指導したことありますよね)、いくら良いものでも、それは過剰である可能性があります。よって、細胞レベルで起こるポジティブな適合に時間を必要とする、組織への負荷を重視したエクササイズよりも、運動技能、あるいは質(それが何であれ)の変化を重視したエクササイズが、潜在的に頻繁に行われるかもしれません。 私達は、望ましい反応を獲得するために、これら三つ全てを操作することが可能です。10回3セットよりも。皆さんが同意してくれるだろうと確信しています。動作/エクササイズの背後にある論理的思考のプロセスは、リハビリテーションに関する他のいかなる側面と同様に重要ですが、常時考慮されているわけではありません。 これは、強度を増やし量を減らしている、量を増やし強度を減らしている、あるいは強度と量は同様のままで頻度を変化させているのかもしれません。過負荷の大小の変化のために用量を操作するには、非常に多くの方法があります。 用量における大きな変化は、反対の後ろ向きな結果をもたらすかもしれず、より小さな変化は、前向きな効果を得るために明らかに重要である可能性があります。私は、量を減らさずに、負荷の観点から強度を変化させることによって、何度か後ろ向きな結果を得てしまったことがあります。 用量不足であること もし用量不足であるならば、真の適合を得ることはないでしょう。もしあなたが、目ざしている、標的となる側面においての変化を期待するのであれば(仮に筋力、あるいは荷重耐性として)、そして、もしあなたの変数に関する操作が不適切であるならば、十分な適合は得られないでしょう。 ここでの警告は、目標とする側面を変える必要がないということかもしれません。多くの研究が、痛みの変化以外、運動学、姿勢、関節可動域、あるいは筋力に変化が無かったことを示しています。 警告に対する警告は、私達はしばしば、研究において際立った痛みの変化における短期間の功を奏する結果を得ますが、長期にわたる傷害の軌跡を評価しない、つまり、多くの人々は未だにより長期にわたって傷害の再発に苦しんでいるということかもしれません。それは継続的ではなく、そのため、しばしば急性、あるいは慢性のように、痛みを伴う問題を単純に定義することが困難なのかもしれないため、これは慢性化とは異なります。私達は、長期にわたってこれらの事に影響を与えるために、いくらかの適合を必要とするのかもしれませんが、私はただ考えを声に出しているだけです。 恐らく、私達は局所的な生理学、細胞順応、神経生理学(侵害装置)、あるいは感覚表象や運動表象を司る皮質において発生する可能性がある中枢的な変化のように測定不可能なことを変化させているのかもしれません。 用量不足は、問題に影響を与える可能性が低く、快適と感じるプロセスを加速させないため(仮に私達にできたとしても!)、フラストレーションが貯まるかもしれません。これが、私達が用量不足になる可能性が低い、より大きな負荷を伴う筋力トレーニングの増加を目にしている潜在的な理由でしょう。 用量過多であること スペクトラムの対極にあるのが、度を越した用量を与えることです。感作されたシステムに対して、これは間違いなく問題であり、逆の反応を引き起こすかもしれません。そしてこれが、多くの治療エクササイズにおいて、最低限の自重、あるいはセラバンドの使用で、過負荷の危険性をかなり低くしている理由なのかもしれません。 人の痛みを悪化させることは、どのように彼等が、あなたの与えるケア、あなたの能力、治療関係、信頼関係を認識するかにおいて、真の影響を及ぼす可能性があるかもしれません。またこれは、彼等にとって、非常にフラストレーションが貯まることでもあります。人々は楽しんでいる活動に戻りたい、希望が欲しいと考え、そして、これはしばしば漸進によって促進されるものです。 残念ながら、誰かの反応を計測することは、非常に困難です。痛みそのものと同様に、ストレスから睡眠、感情の状態まで、その人の生活の、今その時に起こっている多くの要因に左右されるでしょう。 皆誰もが、本当に最小限の用量で、誰かを悪化させてしまい、また一線を超えるような大き過ぎる用量を与えたと考えつつも、実はその人は問題なく対応できていたことを発見したことがあるでしょう。 実際には、どこがその一線なのか、私達には知る由もないのです! 最小有効量 最小有効量は、単純に、あなたが効果もたらそうとしていることに対し過負荷を引き起こすしつつも、副作用の可能性が最小になる用量のことです。常に、用量の段階的な増減が可能であるということを忘れないでください。 20粒のイブプロフェンは、あなたの頭痛を取り除いてはくれるでしょうが、他の潜在的な合併症に晒すことにもなるでしょう。よって、2粒、あるいは200㎎が、効果的かつ合併症を減少する用量と考えられています。 残念なことに、薬物療法の生化学は、人口全体に対してより一般化され、あるいは、大規模臨床試験を用いて幅広く研究されているように見えます。エクササイズの用量は、いまだに、研究に基づいてさらに定量化される必要があるものです。 私達は、同じ傷害の慢性化、あるいは頻度、時間や負荷のように彼等の問題を悪化させるかもしれない刺激の量、問題発生後、それが落ち着くまでどのくらいの時間がかかるのかといった、その人の既往歴への着目を通して、用量を決めることができる可能性があります。もしボールペンを拾う際に急に腰痛が発生し、落ち着くまでに3日かかるとしたら、特に初期において、用量はそれを反映するべきです。 それから、私達は、重量、スピード、反復数、エクササイズを行う頻度の観点から、強度を適合させることができます。 どのようにしたら用量をより効果的にすることができるか? 最初に、共通の意思決定と操作される変数における潜在的結果に関して議論することを考えるべきです。 特に、彼ら感じていることは、なぜそう感じているのか、それが彼等にとって実際に何を意味しているのかを説明する場合において、これは、彼等に、起こっていることに関しての、より良い情報を与え、合理的に考える手助けになります。これによって、望むべくは、間違った情報やネット検索などによってうまれる不確実さを避けることにもなるでしょう。 リハビリテーションは直線的ではなく、私達は正しい用量がどうあるべきなのかを常に知っているわけでないということ、そして、なぜ彼等がこのプロセスにおける積極的な参加者である必要があるのかということを説明してください。 うまくいけば、これら全てがより大きな内的制御部位になるでしょう。 実際に、彼等と共にその用量、あるいは新しい用量を行って、彼等がどう感じるのか、そして、どの程度容易にこなせるのかを見つけだしてください。もし私達がある用量に適合しているのであれば、強度、量、頻度を増加させても、より快適と感じるかどうかを彼らに尋ねてください。時に、彼等は反復回数、セット数を増やすよりも、更に負荷を増やすことに前向きかもしれず、また時にはその反対かもしれず、もしかするとそれらを一日おきに行うよりも、毎日行う方を好むかもしれません。 次に、自立的に用量を操作する能力は大変重要です。しばしば、次回の面会までに数週間空く場合があるので、効果の無い、あるいはさらに悪化させる用量が、長い間チェックされない場合もあります。 ここに私の自己管理における5つのポイントがあります。 痛みが増大しているにもかかわらず、それでも多くの人達は、彼等が行っているエクササイズを続けます。彼等はそれでより良くなれると盲目的に信じています。従って、もし私達が、彼等がどう感じるべきなのかに関して、ある程度の知識で彼等を武装させてあげれば、彼等が行っていることを制限、あるいは適合する可能性があり、副作用を最小限に抑えられるかもしれません。 あらゆるエクササイズ処方(ところで、私はエクササイズに関して、この言葉が好きではありません)の一部は、意見が一致するレベルでの不快感(例えば、エクササイズが原因の筋肉痛、または実際の痛み)に基づいて、後退、あるいは漸進が可能であるべきです。これは、視覚的アナログ尺度(VAS)の点数、あるいはその他の個人的な評価基準に基づいているかもしれません。 もしあるエクササイズが本当に痛みを引き起こす(即座に、または24時間以内の反応)のであれば、アイソメトリックまで後退しますか?それとも、もしすでにアイソメトリックを行っているのであれば、さらに低いレベルの試み、あるいは頻度にしますか? もし十分な過負荷(恐らく筋肉痛によって評価される)が無ければ、更なる重量、あるいは反復回数やセット数、頻度を増やしますか?これは、人々により大きな内的制御部位を提供するでしょう。 予約と予約の間にサポートを提供することは、用量をより良く管理するもう一つの方法であり、これは電話やメールを使用して行われます。 結論 用量は大変重要である 強度、量、頻度の全てが用量に影響を及ぼす 用量過多、用量不足のどちらも問題である 最小有効量を見つける試みをすること 最小有効量は常に漸進する 共通の意思決定は、許容量/有効量を見つける手助けをする 適正用量がもたらす感覚を明確に定義する 後退と漸進を提供する 用量を管理するためのサポートを提供する
脊柱に優しい5つのストレングス&コンディショニング戦略
Dr.スチュアート・マックギルは、彼の著書である背中のメカニックの中で“脊柱のケア”という用語を頻回に使用し、日々の様々な活動や運動タスクの中で、腰痛に対処するためにどのような姿勢を保持すれば良いかが記されています。ほとんどの戦略は姿勢に関することが語られていますが、長時間の活動の中で脊柱を健全に保持するための、ストレングス&コンディショニングプログラム戦略のいくつかを見ておくことは有意義であるだろうと考えています。 1. 重たいダンベルを拾い上げない。 ロウ、プレス、あるいは、片脚エクササイズのためであれ、強くなればなるほど、ダンベルを拾い上げ、ポジションするためにはかなり大きな負担が伴います。最も低い段のダンベルラックから最も重いダンベルをポジションするとき、事態はより深刻になります。我々は、バーベルよりもダンベルのほうが脊柱に優しいと長年洗脳されてきていますが、これは常に単に正しいわけではありません。一旦かなり強いレベルまで発達すれば、胸の高さからおもりを下ろすことと、スイングさせずにダンベルをその位置まで持っていくことは、とても大事なことになります。重いダンベルを使用するなと言っているわけではなく、腰痛を患っているのであれば、このアプローチをする場合にかなり注意を払うべきだと言っているのです。 2. 重い両側負荷は周期的に使用する。 このことについて間違えないでください:圧倒的多数のエクササイズにおけるプログラムの中で、バーベルを使うことで最も重いものを動かすことができます。残念なことに、このことは、バーベルエクササイズをすることで、一般的には脊柱に最大の圧縮力と剪断力がかかっているということも意味しています。それらを削除する必要があるという意味ではなく、多少の休息を与えるためには、周期的にそれらを使用する必要があるということです。私自身のパワーリフティングキャリア絶頂の頃、大会後最初の10-14日は常に、スクワット、デッドリフト、グッドモーニングを行わないようにしていました。とにかくすべて低強度の運動で、数多くの片脚エクササイズとグルート-ハムレイズで十分でした。 3. 同じセッションでスクワットとデッドリフトをどちらも行うなら、デッドリフトの前にスクワットを行う。 デッドリフトが全身的・部分的のどちらにおいても、より疲弊する理由に関して多くの理論があるのですが、そのうちのどれに同意するかに関わらず、スクワットの前にかなり重いものを引くということが、背中を壊してしまうレシピであるといことは確実にわかるでしょう。結局、すべてのパワーリフティングにおいて、常にスクワットを最初に行い、デッドリフトを最後に行うということには理由があるのです。順番に関する私の好きないくつかのアプローチは次のようになります: a. 重いスクワット、反復回数のためのデッドリフト b. 重いスクワット、スピードのためのデッドリフト c. スピードのためのスクワット、重いデッドリフト d. スピードのためのスクワット、反復回数のためのデッドリフト 時折、スクワットの前にスピードのためデッドリフトを軽く行うこともできますが、ある程度のストレングスのレベルに達したら、それほど上手く効果が出ないということに気づくと思います。 4. 上手に動けないのであれば、疲労した状態でトレーニングをしない。 コアのコントロールに優れた経験豊富なリフターは、トレーニング負荷が法外でない限り通常、疲労した状態でもなんとかトレーニングすることができるでしょう。ただ、興味深いことに、典型的な腰痛を抱えたレクレーションランナーを見ると、痛みは、彼らがすでにしばらく走ったあとに起こることが多いようです。疲労が股関節伸展の代替として、腰椎伸展をさせてしまうことで、疲労は状況を変えてしまいます。 このことは、単にランニングプログレッションによる段階的復帰の重要性を強調しているだけではありません;むしろ、腰痛の既往歴がある人たちは、疲労していない状態で完全なテクニックをトレーニングするために、多くの時間が必要であるということを我々に教えてくれているのです。マックギルが話しているように、腹臥位と側臥位のブリッジを1セット60秒間保持するよう試みるよりも、より短く複数セット行うほうが良いでしょう。 時間の経過とともに、これらの良いポジションが習慣化し、“無意識的気づき”として標準的に受け入れられるようになります。悪いポジションで常に過ごすことは、それが空間的気づきに乏しいのであれ、疲労に耐える能力がないのであれ、間違った方向へのステップなのです。 5. スプリットスタンスで行う 片脚での下肢のトレーニングのほうが、両脚でのトレーニングよりも脊柱にかなり優しいように、他のエクササイズを単純にスプリットスタンスで行うことが、望まない脊柱の動きを最小化することに役立ちます。例として、私たちは常にウォールスライドのバリエーションをスプリットスタンスで教えますし、このアプローチがローイングやランドマインプレスのテクニックにも統合されていくのもお分かりになるでしょう。
ゲイトランジ
ゲイトランジと呼ばれるスプリットスクワットのようなポジションでの、股関節の動きや膝の動きなど、基本的な注意点をDrドゥーリーが確認するビデオを御覧ください。簡単なようで実は正しく行うことが難しい動きを再確認しましょう。
肩のための6つの戦略
1. 上肢においては、評価が解決になることも多い あなたがアスリートを評価していて、彼らのスクワットパターンがかなり酷かったと想像してください。通常であれば、トレーニングとしてスクワットをさせることは、最後の選択になります。言い換えれば、単純にスクワットを別の方法でコーチングしたとしても、通常すぐにパターンが改善されることはないでしょう。むしろ、一般的に必要なのは、足首、股関節の可動性からコアのコントロール等、すべてに働きかけてパターンを”再構築“し、最終的にスクワットパターンを再現する動きに発展させていくことです。 興味深いことに、上肢はその反対で、評価自体が動きを修正するために使用するドリルにもなることが通常です。例として、このような異常な肩屈曲パターンは…
機能的動作向上のための10のKBクリーンバリエーション
ケトルベルクリーンの方法は一つしかない、と思い込んではいませんか?パワーの発揮を学ぶ動作として効果的なケトルベルクリーンを様々な身体ポジションで段階的に学ぶ方法を、ジョシュ・ヘンキンがシェアします。
極限のパフォーマンスか理想的な健康か? どちらかひとつを選ぶ!
特定のスポーツや活動は健康的な動きをもたらすかどうか、多くのクライアントから私の意見を求められることがあります。たとえば、ヨガ、ランニング、水泳、ウェイトトレーニング、バレエ、サッカー、体操、クロスフィットなど(特に子どもたちにとってこれらの活動が健康的であるかどうか興味をお持ちのようです)。興味深い質問だと思います。なぜなら、みなさんが思いつくたいていの身体活動には長所と短所が必ずありますから。当然ですが、すべての人に個体差があり、スポーツや個人により異なるというようなことを答えています。また、私の考える「特殊化の大統一理論」についても言及します。「大」と「統一」というぐらいですから、これはほとんどのすべての活動に共通することで、次の様に説明できます: 一般的に、どのようなスポーツや活動でも、初心から中級へと漸進すると、筋力や有酸素能力などの今まで十分に発達していなかったフィットネスの質を改善することによって、総体的にみれば動きの健康に効果があるでしょう。また、身体コントロールやバランス、視覚と手の協調の発達によって身につく基本的な運動スキルが改善されることでしょう。このようなフィットネスの質やスキルは、他の分野へ移行できる可能性があります。そして、実施していることは、おそらく十分に低いレベルの強度や頻度で、ケガや過剰負荷を最小限に抑えられるものでしょう。これはよいことです。 しかし、中級からエキスパートへの漸進では、動きの健康にマイナスに働く可能性がずっと高くなります。みなさんが発達させる動きの技能とフィットネスの質は、もっともっと特異性を増し、他の分野での活用がより低くなってきます。そして、さらに重要なことに、これらの適応は、極限レベルの物理的なストレス下に身体を置くことよってしか得られないということがあります。そうなると、オーバートレーニングやケガのリスクが高くなります。 一般的なルールを簡潔に言えば、もちろんたくさんの例外はあるものの、たいていのスポーツや活動は中級レベルまでは、身体に良く、それ以上のレベルでは身体に悪くいものになります。それぞれ異なるスポーツや活動の状況で、このルールがどのように展開するか説明しましょう。 美的な動きの鍛錬 体操やダンス(特にバレエ)は、中級まではとても健康的な活動であると思うのですが、一流レベルのパフォーマンスになると、とても悲惨な状況になるという良い例でしょう。これらの良い点は、身体の制御に関する素晴らしい一般教育を提供してくれるということです。高い成功を収めたソビエトスポーツ開発プログラムは、体操こそが、どんなスポーツ選手にとっても一般的身体準備(GPP)の重要な要素であると考えました。ダンサーや体操選手との私個人の経験から、彼らは、動きの動作を比較的簡単に修正できる大変素晴らしい身体感覚を持っていると思います。 ただ、悪い点は、目標を達成していくある段階で、これらのスポーツは身体に多大な負荷を与えてしまうことです。特にバレエにおいては明らかです。つま先で歩いたり、つま先を外側に向けたりすることで、足や股関節にはひどいストレスがかかります。動いている身体の外見ばかりに過剰な焦点を当てるということは、身体がどう感じるか、または身体がどう動くかとは対照的に、自己イメージを形成するのに不健康な方法である可能性があります。 チームスポーツ サッカー、野球、バスケットボール、ホッケーなどは、ストレングスやスピード、耐久性やパワーといったフィットネスの質を幅広く発達させます。同時に、視覚と手の協調性や空間認知、アジリティー、片脚バランス、または蹴る、投げる、泳ぐ、ランジなどの基礎的な動きのパターンなど多くの基本的運動技術も提供してくれます。(ところで、音声認識ソフトのドラゴンディクテイト(Dragon Dictate)に最後の文章を収録した時、“スウィンギングとランジング”というのを“スィンギングインロンドン”と書き起こしてしまいました!) チームスポーツの欠点のひとつに、体操や移動性の高いスポーツのように身体内部に注意を払うことの重要性を忘れ、身体外部(たとえば、ボール、相手、ゴールラインなど)に注意を払い過ぎてしまうことがあります。人気のあるスポーツを観戦するだけでも、最高レベルの試合では身体に甚大なダメージを負うことがすぐに分かります。30歳を過ぎて一流選手の座を維持できるのはほんのわずかな人たちです。趣味レベルの選手でさえも45歳を過ぎれば試合は難しいと感じます。 フィットネススポーツ ランニング、水泳、サイクリング、ウォーキング、クロスカントリースキー、ボートはすべて原始的な全身運動を伴う周期的でリズミカルな反復性の動きです。この種のエクササイズは、有酸素能力の発達や代謝の健康の維持、集中した瞑想的鍛錬のメンタル状態を生み出すことに効果があるようです。 レジスタンストレーニングは、代謝や心身の健康に多いに効果があると示されました。そして、年をとればとるほどレジスタンストレーニングの重要性が増すと考えられています。 しかし、あなたが向上させようとしているフィットネスの質がどのような種類のものであろうと、その分野の一流の業績は、必ず他のフィットネスや健康の犠牲の上に成り立っています。ウェイトリフティングをすればするほど、走り難くなり、またその逆もあります。1マイル歩くのがやっとというパワーリフトのトップ選手もいます。マラソンのトップ選手でも、腕立て伏せがほとんどできないこともあります。両者とも、素晴らしい成果が評価されるべきではあっても、彼らの健康が羨ましがられることはありません。ある意味で、実際あなたの身体は1マイルを4分以下で走ったり、何千ポンドもあるウェイトのデッドリフトなんてしてほしくないのかもしれません。こうした能力は、限られた健康リソースを、ある特定の方向に、不健康なほど過度に振り向けてしまう恐れがあることをほのめかしています。 内的鍛錬 太極拳やヨガ、フェルデンクライスなど、ある種の武道やゆっくりとした瞑想的動作の鍛錬には、計り知れない潜在的な効果があり、そのことについて私はブログを通じてよく書いています。これらは、動きに対する脅威値を下げることができ、慢性疼痛の助けとなり、新しい動きのパターンを構築し、単なる動きという枠を超えて自己認識をさらに成長させます。 私はこのような動きの練習が 大好きではありますが、こうした訓練における内的集中の度合いが、ときに行き過ぎてしまうことに思いを馳せなくてはいけません。必ず、自分とは対極にある人や客観的計測値が提供してくれる現実世界の厳しさに自らを照らし合わせ、バランスをとらなければならないのです。こうしたことが、独善的な内的探求がもたらす気味の悪い逸脱へと踏み外すのではなく、現実という地に足をつけさせてくれるのです。 結論 みなさんが、取り組んでいることのなかで最高のレベルを目指すことに何ら問題はありません。それは、とてもやりがいのあることです。実際、私はさまざまなスポーツにおいて、潜在能力を発揮するために多大な時間と努力を費やしてきましたし、今もそうしています。しかし、このことが私自身をより健康にしているとは考えにくいのです。健康は常にバランスを必要とします。極限のパフォーマンスか、理想的な健康か。どちらかひとつを選んでください!
トップエンドスピードドリル
車庫の中などのセミナー限られたスペースでも、スプリントのためのトレーニングができる?SAQのエキスパートであるリー・タフトが限られた空間でのドリルのアイデアをシェアしてくれます。
Kaori’s Update #15 - 基礎的な有酸素能力の重要性
グレイ・クックのパフォーマンスピラミッドでは、ムーブメントの基礎の上にパフォーマンス、そしてスキルが築き上げられています。人体生理にとって重要な心臓血管系の能力を高めるためにも、まず、しっかりとした基礎を築くことが大切なのではないでしょうか?
筋膜の構造
筋膜の二重格子状の構造が伸長された状態で固まってしまったり、短縮した状態で固まってしまったりすると、組織にはどのような変化が起きるのでしょうか?アリゾナでの筋膜解剖コースのイントロであるレクチャーからの抜粋をごらんください。
発達性運動:パート1
幼児の運動は、複雑な運動を構成する基本要素である一連の基礎的運動パターンを、漸進的に学習することで発達します。たとえば、幼児がさまざまな姿勢で床に横になったり座ったりしている間、周囲が見渡せるように頭部の位置を安定させようと学習します。頭部の安定化のスキルは、立位や歩行に必要な姿勢制御を構成する基本要素です。興味がある物をつかもうと手を伸ばす時、腕と体幹の協調パターンを学びます。それは、ハイハイや歩行、最終的には投げる動作や登る動作にも反映します。 幼児が、仰向けからうつ伏せに寝返りをうつ時、片方の脚を安定させながら、もう一方の脚を持ち上げ動かします。これは、移動運動の基本を構成するスキルです。這う動作では、歩行に移行される四肢が斜めに交差するパターンを使用します。そして、しゃがむ動作では、3つの伸展と屈曲のパターンを習得します。これは、ほぼすべての立位で行うパワー系の運動の基礎になります。(ところで、これらのパターンのいくつかは、他と比べてより基礎的なものもあります。ハイハイをすることなしに歩行を習得する子どももいますが、頭の安定化ができずにそれを習得する幼児はいません。) 幼児期に身についた基礎的運動パターンは、いろいろな名称で表現されています:運動の原型、相乗作用、原始的パターン、発達パターンなど。これらは、数多くの運動レパートリーを生み出すために、さまざまな方法で結びつく神経制御プログラムと考えることができます。 そういう意味で、運動は言語のようなものです。基礎的運動パターンは文字や簡単な語彙のようなもので、それらが組み合わさることでより複雑な文を作ることができます。口語では、比較的少ない語彙でも千差万別の考えを伝えることができます。同様に、スポーツやダンスで見られる複雑で変化に富んだすべての運動も、歩行、スクワット、リーチ、回旋などの、はるかに少ない基本的な運動パターンに分解することができます。ダンスのアラベスクは、サッカーにおけるフリーキックのバックスウィングにとてもよく似ています。これらは、同じ基本的な運動の原型から成り立っているからです。 この組み合わせシステムは、神経制御という点において複雑な構造の形成をより簡単にします。私たちが思い浮かべる思考を表現する語彙をその都度覚えなくてはならないとすれば、きっと脳は正しい思考を伝えなくてはと正しい語彙を保存したり検索したりする困難さに圧倒されてしまうでしょう。限られた量の語彙を記憶して、それを組み合わせる方が断然簡単です。 運動にも同じことが言えます。少ない数の一般的な運動パターンを組み立てて、より複雑な運動を形成する方が、神経系にとってより簡単です。これらの運動パターンに関与する筋協働は、動きやすくするように自由度や動きの選択肢を抑制します。 このシステムから読み取れることのひとつとして、もし基礎的要素のひとつが欠如していたり損なわれたりしていれば、その上に構築される構造全体が危うくなります。もし、言語においてとても基本的な語彙や文字が失われていたら、文を作ることに苦労することが多くなります。同様に、運動の語彙においても、スクワットなどの重要な運動の原型のひとつ、あるいはそれ以上が欠如していれば、日々の運動は広範囲で損なわれるでしょう。それとは逆に、もしスクワットのような動きを改善すれば、日常の動作の中にも多大な改善がみられるかもしれません。 今後の2つの投稿で、発達性運動パターンの向上と回復の2つの方法を紹介したいと思います:(1)四つん這いや斜め座りのような発達上の姿勢で行う運動と(2)デッドリフトやスクワット、プッシュやプルのような重い抵抗を用いた運動。それぞれの方法が大きく異なっているように見えるかもしれませんが、重要な共通要素があります:どちらも、理想的な発達パターンを促すために、運動の選択を制限します。また、特定の動作に対する特異性は高いが、他の場面では恐らく無用である運動パターンを阻止します。
DNAと筋膜のコネクション
アリゾナで開催中の筋膜解剖コースのレクチャーより。身体を構成するすべてのものは筋膜=結合組織で包まれています。組織から細胞へ、細胞から遺伝子へ、染色体へ、そしてDNAまで、すべてが一つに繋がった人間の身体にとって、ムーブメントがいかに重要なのかをトーマス・マイヤースが語ります。
発達性運動:パート2
前回の投稿で、幼児期に学習される発達性運動パターンは、成人の日常生活で使われるもっと複雑な動きの基礎的要素であるということを指摘しました。語彙や文字が組み合わさり文章を作るのと同樣に、これらの単純なパターンが組み合わさって洗練された動きを形成します。この組み合わせシステムが意味することの一つとして、もし基礎的要素のひとつに支障をきたせば、その上に構築される構造全体は危うくなります。たとえば、スクワットや回旋などの基本的な運動が制限されていれば、日々の運動は広範囲において損なわれるでしょう。このことを念頭に置きながら、これらの発達パターンが生まれる状況や、この状況が見過ごされたり衰退したりしているかもしれない成人の原始的パターンの向上や回復に役に立つかどうかを見てみるのは興味深いことです。 発達環境の重要な側面のひとつは、ポジションです。原始的な運動パターンは、仰向け、うつ伏せ、四つん這い、三脚ポジション、斜め座り、両膝立ち、片膝立ち、スクワットなどの発達上のポジションで習得されます。これらのポジションは、有益な発達パターンを習得しようとする幼児にとって潜在的な利点となります。そして、もっと重要なことに、このようなパターンを磨いたり取り戻そうとしたりする成人にとっても役立つ可能性があります。実際、マッサージや理学療法、コレクティブエクササイズ、ヨガ、ピラテスなどあらゆるリハビリのための運動や感覚入力のために、発達上のポジションは広く使用されています。その理由は下記の通りです。 安定性やバランスの要求の低減 まず、立位に比べて発達上の姿勢は安定性の要求が大幅に低減します。床の上では、単に動く部位が少ないことから、同時にコントロールする変数はより少なくなります。立位では、姿勢のバランスを保つために、足首や膝、股関節、脊椎などの協調活動が必須となります。膝立ちの姿勢では、足首と足は関わりがなくなり、それによって直立姿勢を保つための運動制御はより単純化します。さらに、重心が低く支持基底面に近いので安定性を増します。 仰向けの姿勢では、安定性の需要はほぼゼロに減少します。ですから、転倒への恐れを感じる必要が大幅に減少し、また、体が硬くなったり、力が入らなかったり、不快感を持ったり、運動プログラムを変更したりするような転倒の知覚に関連した不必要な防御機構も減ります。多くの場合、歩いたりしゃがんだりする際、転ぶ心配を意識的にしているわけではありませんが、転倒することがないように、無意識な神経系の顕著な活動が必ずあります。防御のための過剰な筋活動と制御されていない可動性の制限などが含まれるかもしれません。ある程度、発達上の姿勢がこの防御活動を軽減でき、これは立位ではかなり分かりにくい、運動パターンの回復も促進できます。たとえば、股関節の筋群がバランスや安定性を保とうとする要求に占領されていないため、スクワットで必要とされる股関節の完全屈曲が簡単にできるかもしれません。 固有受容感覚の増加 その他、発達上の姿勢のメリットは、床に身体が接していることで固有受容感覚のフィードバックが増えるということです。たとえば、立位の時よりも床に横になっている時の方が、脊椎や肋骨の形状や動きを知覚するのが容易になります。仰臥位では腰椎を床に押しつけることにより屈曲を知覚できます。立位では、このようなフィードバックは得られません。 制限の増加 興味深いことがあります。発達上のポジションが動きを改善する理由のひとつに、運動の選択肢を制限することがあります。床の上にいることで、ある意味、自由度は制限され、特定の動作を行う時に使われる運動パターンの数は減少します。よって、多くの潜在的な“悪い”運動パターンは使えなくなり、“良い”運動パターンはすべて残るわけです。(もし、発達上のポジションが基礎的運動パターンの使用を妨げるのならば、そもそも最初から発達なんか決してしなかったでしょう!)発達パターンが、運動の障害に対する数少ない解決法になっている場合は、そのパターンを見つけるのはより簡単です。 たとえばハイハイでは、片方の腕は必ず体重を支えなくてはならないので、歩行時よりも腕をどう使うかという選択肢は少なくなります。手が床に固定されるので、身体に対して腕が動くのではなく、腕の筋群は腕に対して身体を動かします。支持している腕は、反対側の支持脚と同調し、四肢の運動に斜めに交差するパターンが現れます。 歩行においても、同じ斜めに交差するパターンが維持されるべきですが、腕に余分な自由度があるために、必須ではなくなります。腕は体重を支える必要がなくなるので、反対側の脚との同調から自由に外れることができるのです。ハイハイの時のように、支持している腕の筋群が身体を前方へ“引き寄せる”必要がなくなり、代わりに、手を後へ引く操作ができるようになります。ハイハイの時の腕の“クローズドチェーンの感覚”をそのまま歩行でも感じるためには、スキーストックを持って歩くことを想像してみてください。ハイハイのように前方に伸ばされた手が、空中である程度の“固定支点”となり、そこから腕と体幹につながっている筋群が身体を前方へ引くことができます。このような方法で歩いてみれば、歩行中の腕と体幹の一体化をもっと感じることができるかもしれません。 つまり歩行は、ハイハイではより必須である原始的移動パターンを見過ごす機会を提供します。もし、この見過ごしが最終的にこのパターンに関する感覚運動健忘症という結果になるのであれば、再活性化するのにハイハイが役立つことでしょう。なぜならば、ハイハイは、単純な基礎パターンのみを維持しつつ、特異性の高い複雑な運動パターンを数多く使用する可能性を排除するからです。 もうひとつの例をみてみましょう。もし、私が仰向けになっている赤ちゃんで、胸骨から数フィート離れている、紐にぶら下がっている目の前のモノに手を伸ばしたいとします。そうするための関節運動の組み合わせと関連する筋活動パターンはかなり限られています。どの解決策にもほぼ含まれていることは、90度までの肩の屈曲;肩甲骨の前突、伸ばしている腕とは反対側への胸郭の回旋です。肩の屈曲と肩甲骨の前突、胸部の回旋の協働作用は、とても基本的なリーチングのパターンであり、投げる、打つ、押す、走る、歩くなど、数多くの場面で用いられる基礎的要素として用いられます。 さて、さらに自由度がある座位におけるリーチングのオプションを考えてみましょう。私の胸骨の前、数フィートのところにあるテーブルにあるパソコンのマウスに腕を伸ばそうとしているとします。仰向けだった時とまったく同じ筋の協働作用で行うこともできますが、他にも多くの選択肢があります。これらの多くは非常に特異的で、特有で、他の状況では使い道のないことがあります。たとえば、肘を屈曲し股関節から前屈すれば、肩の屈曲、肩甲骨の前突、胸部の回旋すらしなくてもマウスに手を伸ばすことができます。また、立ち上がって、向きを変えて、腕を後方へ伸ばしマウスに伸ばすこともできます。より多くの選択肢があれば、より多くの“間違った”方法もあります。原始的パターンは必須ではなく、その他では使い道がないような、完全に特定の動作ためだけの特異的な解決策もあります。 それとは逆に仰臥位では、他の運動においてもすばらしい基礎要素を形成する、理想的なリーチ動作の協働作用は、実際に達成するための唯一の方法です。ターキッシュゲットアップが人気のあるコレクティブエクササイズである理由のひとつは、この姿勢が適切なリーチパターンを引き出す傾向があるからです。 他のいくつかの例も考えることができるでしょう。床に座りながら、後ろを振り向くには首から始まり、肩甲骨、胸部、腰部、股関節の協調、統合された回旋が必要になります。立位では、膝や足首、足の代償的な動きを使うことで胸椎や股関節の動きを避けることができます。もし、伏臥位で周囲を見渡したければ、胸椎はかなりの伸展と回旋の動きが必要になり、肩甲骨と首もその活動に協調しなくてはなりません。また、立位では、足首や膝の代償性運動によってそれほど胸椎を使わなくても容易に上の方向を見ることができます。 それぞれのケースにおいて、立位での自由度の追加は、発達上の姿勢では必ず必須とされる原始的パターンを無視させてしまうかもしれません。その結果として、同じ動作をするのであっても特有で特異的なパターンを使うかもしれませんが、これでは効率が悪くなり、ランダムに偏った運動負荷をかけてしまい、健康的な動きをするためのとても重要な基礎的要素を維持するチャンスを逃してしまいます。 よって、発達上の姿勢に戻ってみることは、日々の生活で無視されているかもしれない原始的パターンを促してくれます。もちろん、これは即効性のあるマジックではありませんし、これが運動を向上できる唯一の方法ということでもありません。しかし、役に立つツールではあります。そして、これが、動きも気分も良くしたいと思ったときに、多くの人は床の上で動く理由なのです。 次の投稿では、運動に抵抗を加えることが、いかに発達性運動パターンの使用促進を制限することもありえるかについて記述します。