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ポールを使用した肩のモビリゼーション パート1/2

2014年10月8日&9日、東京で開催されたグレイインスティチュートFSTT 機能的軟部組織の変容 上肢コースより。木製のポールとラバーバンド、トゥルーストレッチステーションを使用した肩周辺組織のモビリゼーションのテクニックをご紹介します。

レニー・パラシーノ 4:11

自然を越えることはできない パート2/2

ティム•ハーフォードの書いた “アダプト(順応)”という素晴らしい本は、いかにして 自然界と環境が私達を成長させるかに焦点を置いています。自然界は私達に、失敗する機会を沢山与えてくれます。失敗しないということは、自然界が私達を成功という形で称賛しているのです。素晴らしいですね –自然界における失敗は、時にあなたの命を奪ったり、深刻な怪我をもたらすということを思い出すまでは。 私達はたびたび、環境以上に物理的に人々を発達させようとします。私が皆さんに受け入れて欲しいのは、自然を越えることはできないということです。たびたび、何かひとつの特性を、本来の性質以上に発達させようとした時、他の特性や質を犠牲にしてしまうことがあります。1つの目標に焦点を当てているときも、他の能力を一定のレベルに保ちながら、自然環境が私達を発達させる方法には何かがあるのです。 それがまさに、なぜ私達が自然に則してシステムを成長させるべきなのかの理由なのです。“アダプト”から以下の3つのシンプルな原理を引用することから始めましょう。 その1:多様性。自然界にあるように、発達する為に沢山の変化にさらされなければなりません。新しい活動との関わり全てが成功するとは限りません…見返りなんてもってのほかです。沢山の多様性を手にした時、多くの失敗もあるでしょう、それが私達にもたらすものは… その2:失敗。失敗を活かしてください。ファンクショナルムーブメントスクリーン(FMS)では、頻繁にこの問題に直面します。誰かに明らかなスクワットパターンの機能不全が見られるため、スクワットで負荷をかけるべきではないと伝えるとき、彼らは決まって“でも明日はスクワットの日なんです”と答えます。もし加重スクワットに効果を生む十分な統合性がないのなら、なぜ負荷をかけることに固執するのでしょう。スクワットをするなとは言っていません。スクワットで “負荷をかけるな”と言っているのです。 多くのランナー達も同様に、私を誤解しています。彼らの走る量はあまりに多過ぎて、基礎的な動作のなかで生じる変化を許さないのです。彼らは抱えている他のあらゆる問題と共に走行距離を維持するために、その機能不全や代償作用が必要なのです。もし代償作用が残るなら、代償作用の理由もまた残ります。ムーブメントスクリーニングの視点では、運動動作を制限することにより代償作用を取り除きます。我々は、あなたのプログラムを中断し、型にはまったやり方を中断し、そして雰囲気も遮断するでしょう。行わないことで、機能不全からくる動作の勢いも奪ってしまうでしょう。必要なことに置き換えるために、したいことを邪魔するのです。我々が傷づけてしまうのは、あなたのプライドだけなのです。 その3:フィードバック。成功への明確なフィードバックループを持って、それが体系的発達に沿っているかを確実にしてください。 ローリングストーンズの言葉を思い出してください “欲しい物がいつも手に入るとは限らない…けれど必要な物は手に入る”。もし私達が、誰かの健康やフィットネスを管理するならば、まずその人のニーズを考慮すべきです。必要なことに取り組むことが、欲していることに一歩近づくということを理解できるようにしてあげましょう。 私は現在48歳です(おそらくローリングストーンズの話で歳がバレたでしょうね)。私は常に、自分の身体より自分のプライドに傷を受けるでしょう。身体に傷を負うことで成長できるかどうかはわかりませんが、プライドについた傷の多くは、私を何らかの道へと導いてくれるのです。もし失敗にフィードバックループが組み込まれていなければ、本来の指導力を発揮できません。もし私達(コーチ、トレーナー、先生、教育者、そしてリバビリテーター…人間として)が健康とフィットネスの増進という領域に足を踏み入れるならば、環境を上回ることはできないということを念頭に置く必要があります。 もし我々が、基本原則に基づいていれば、環境よりも早くそして安全にできるでしょう。 ファンクショナルムーブメントシステム(FMS)で、自然を回避しようとしているわけではありません。自然界は私達の原点であり、すべての成長はこの原理に基づいています。身体的な問題解決能力と健常者の身体的自立こそ保健体育がもたらすべきものなのです。 成長には多様性が必要です。評価する能力を養う為に失敗をします。失敗をフィードバックや継続的発展のために活かしてください。

ファンクショナルムーブメントシステムズ 1972字

自然を越えることはできない パート1/2

私は、人を教育する全ての機会は神聖であるべきだと信じています。 スポーツ医学の学位を取得する過程において、アスレチックトレーニング、フィジカルセラピー、そしてスポーツ医学はたいてい保健体育学部の範囲で教えられることもあり、私は非常に多くの保健体育の教育クラスを経験してきました。運動指導者が人材育成をしなければならない機会を目の当たりにしたとき、保健体育のお粗末な現状に気がつきました。 エド•トーマス博士の研究は、身体活動が子供の学業成績平均においてプラスの影響があると示しています。学問や健康、そして自尊心においてエクササイズが役立つことは明らかなのです。 英語や数学、心理学のクラスの最終目標は基礎的な学力と自立性の獲得です。 では、若者にとっての保健体育の最終目標とはなんでしょう?それはあなたが今まで受けてきた保健体育でも、あなたのお子さんが現在受けている(又は受けていない)かもしれない保健体育でもありません。保健体育を私達の両親の時代(ベビーブームの世代の人達)までさかのぼってみましょう。彼らは、自身の健康やフィットネスの方向性を決める時に自ら決断していたのでしょうか?それともただ単にインターネット検索や信用できる資格をもった専門家のもとに集まっていたのでしょうか? 私には、人に数学問題を任せるかを判断するのに充分なだけの数学能力があります。彼らは少なくとも基礎を正しく理解しています。結局は足し算と引き算ですよね?つまり私は: 新車の購入でつけ込まれたりはしないのです。 私の母親や父親は、理学療法クリニックやカイロプラクティッククリニック、またはフィットネスジムなどに利用されていると考えたことがあります。彼らがずる賢いとは思いません。ただ私は、彼らが私の両親が信じているような専門家だとは思わないのです。我々の誰もが皆、自分がしていることに隠された動機を持っていますし、誰かが良く知らないことがあれば、いつでもそれを利用することができます。こちらのものです。保険業界は恐怖の元に成り立っています。彼らは、あなたがこの先恐れるであろう何かに対して今請求するのです。はっきりさせておきたいのは、健康とフィットネスの成功においてそういった方法をとる必要はないということです。 私は、保健体育の授業がもし再構築されて、根本から作り直されたならば、子供達が障害に打ち勝つ力を与えてくれると信じています。本物の、物理的障害です。今日よじ登ったら、明日はスキップし、次の日は走り、そして物を投げる、そして持ち上げますが、まず最初に自重の持ち上げ方を覚えるべきです。 私達は物理的な障害を経験し課題の設定をするでしょう。これらの課題は失敗を生み出すでしょう。あなたがくよくよ考えるような種類の失敗ではなく、どういった進歩が必要かを明確にしてくれる失敗が望ましいのです。 とても俊敏な人は、柔軟性にかなりの問題があるかもしれない、ということを私達は知っています。また柔軟性に問題のない人達の何人かは、自分が望むような筋力を得られていないということも知っているのです。我々は身体的なチャレンジを、競技から離れ、競技性ではなく生活における実際の身体的な障害に焦点を当てて評価すべきです。あなたにできる最もやりがいのある身体運動は、偶然か意図的か、各個人に合わせたものであり–最大の努力を伴うチャレンジです。手応えのある対戦相手ですね。 エド•トーマス博士は、このコンセプトについて沢山語っていますし、身体的文化;教養性、知性、または構築性と同様にその物理特性も受け入れるという文化についても語っており、私も同感です。身体のリハビリテーションとパーソナルフィットネスの専門家として、私達は自分達を教育者と考えるべきです。私達は、いかにして子供達が高校を卒業するまでに基礎的な健康とフィットネスにおける判断力に自立性をもたせるようなクラス設計をするのでしょう? 理学療法士として、私は度々、保険の適用範囲内の治療回数を使い果たしてしまった方々を指導します。彼らは私のところに自費でやって来て、以前保険の適用範囲内である12回の治療を専門家から受けたとき以上の明らかな効果を、たった1、2回の通院で期待するのです。 私はその挑戦を受け入れ、何度も、3週間に渡って彼らに正しいアドバイスを与え、正しい運動をさせることにより、3回の訪問で問題を解決してきました。私は教育者でしょうか?もしくはセラピストなのでしょうか?ええ、そうです。私の治療の効果は即座に生活のリズムとパターンのなかに吸収されていきますが、しかし極めて重要な教育が流れを大きく変えるのです。 これは医療と身体文化においては何を示すのでしょうか?私達は多くの時間を無駄にしていて、クライアントや患者の自主性を作り出せてはいません。私達は、彼らに健康になってもらい周囲の人にその経験を伝えてもらいたいのでしょうか?あるいは彼らを “継続的消費者”として手元に置いておきたいのでしょうか? 良心に従って、自主性を作り出すことを選びたいと思いますが、その自主性は私達の教育システムのなかでもっと簡単で早急に始められるはずです。なぜ我々は健康管理の判断やフィットネスの判断において自立できないのでしょう?資金管理やコミュニケーション、ビジネスなど他の判断に関しては自立性を求められているのです。

ファンクショナルムーブメントシステムズ 2347字

諦めない 怪我をしない パート2/2

私が身体的卓越性の領域に踏込む時、それがスポーツであろうが戦術であろうが、彼らは私の研究プロジェクトには興味がないことに気づきました。彼らは私の書いた記事や本には興味がないのです。 彼らは実践的なことを聞きたいのであって、なぜこのシステムはあなたが行っているものより優れているか、などといった意味のない説明ではありません。彼らは、私達が身体発達において時間の浪費を防ぐ手助けとなるよう作った安全装置について聞きたいのです。 また、思い出してもらいたいことは身体教育の始まりの部分と発達は 自然淘汰で起こるものであり、単に基準を満たしているかいないかによるのです。もしあなたがプロのフットボールや、大学のフットボールチーム、または軍隊に入隊する為の最低条件を満たしていないとすれば、その道ではどちらにせよ成功できないのです。 数えきれない程の会話が、私をアメリカ海軍特殊部隊の発達パターンの認識へと導くことになりました。単純すぎでしょうが、彼らが当然好むことのない不良パターンを見つけることができます:もし誰かがBUDSトレーニング(基礎水中爆破訓練/特殊部隊のトレーニング)を行った時、するべきことはたった2つです:ベルを鳴らさないこと、そして怪我をしないこと。 ルールその1:諦めない ルールその2:怪我をしない。自分の限界と能力を、できる範囲でしっかりと理解してください。もし自分の限界を超えるならば、それを意図的な発達にしてください。有意義にするのです。そうすれば金メダルをとったり、自分の命や他の誰かの命を救うことができるはずです。 一番にはならないかもしれませんが、最後になる必要もありません。エクササイズやトレーニングで、あまりにも多くの怪我が起こるのを目の当たりにしています。必然的に、将来エクササイズする人はエクササイズをしない人に比べ怪我をしやすい傾向になるでしょう。これではエクササイズの印象が悪くなるだけです。- 本当はそうではないのに、不必要な危険因子になってしまうようなものです。それが必要になるまで、何か違いが生まれるまでは、身体発達やエクササイズで不要なリスクは負わないでください。 怪我をしない最良の方法とはなんでしょう?自分の能力を知ること、それでいて頑張ることです。自分の弱点を知ってください、そしてそれに取り組んでください。今日あなたが取り組むべきことは、適合への土台作りなのです。 クロスカントリーの大会で、こんな素晴らしいメッセージのTシャツを見かけました。 “レースが始まったら、馬鹿をするな。レースが終わったら、弱気になるな。”同じメッセージです。走るべきレースを走ってください。走る為にトレーニングしたレースを走ってください。あなたができることをやってください。そしてそれがラスト4秒、もしくはラスト4分、またはラスト4回であれ、弱気にならないでください。あなたはすでに正しい道程を歩いています。出来る限りの努力をしてください。私の前提を思い出してください:私達が自然より優れた身体的発達の指導をできるとは思いません。それをより安全に、より速くするよう指導することはできるのです。 人が自然を超えられるということを証明するのは難しいでしょう。いかに多くのアスリート達が、金メダルを獲得するために無名から這い上がってきたかを見てみましょう。彼らは自らを鍛え、血統が良かったわけでも、大学援助や資金提供があったわけでもありません。オリンピックに出場する4年前はプロになれなかった人達です。彼らは数多くの信じられないような障害を乗り越えてそこに到達したのです。彼らは失敗をし、その失敗から他の誰よりも素速く学んできたのです。 これが“タレントコード”や“才能は過大評価されている”という本が重要だと思う理由です。才能(私達がその身体活動を真似たいと思うような人達が持っている )は、計画的なトレーニングから生まれるということを知る必要があります。例え彼らが 計画的という言葉を使っていないとしても、それが彼らのトレーニング方法なのです。私達の誰もが、何か得意にできることが1つはあるものです。これらの才能を受け入れて、それをしっかりと磨いてください。他の人達が、彼らの身体の技で何をしているのかも見えてくるはずです。 動作からスタートすれば、すぐに身体発達の邪魔になっているものがわかるでしょう。もし人が上手く動けないのであれば、環境的ストレスから利益を得ることはないでしょう。なぜなら動きに遊びがないからです。 特異性の法則を考えてください。すでに代償動作があるために、順応することができないのです。すでに代償動作があるので、すぐに疲れて肉体的限界に挑む事はできません。技術の習得に思ったような時間を割くこともできませんし、すぐに挫折してパフォーマンスも理想を下回るでしょう。 これは全て、その動きが非効率的だからです。 非効率性は、障害や一般的な身体的発達の欠如を導き、成功できなかったり、続けざまに失敗するような環境にとどまる人は多くはないでしょう。誰もが皆、4年間辛抱してスタートを待ちわびるルディ(映画の主人公、カレッジフットボールの選手)のように作られてはいないのです。ほとんどの人は先に進んでいきます。 私達の仕事とは何でしょうか?私達の仕事は、4年後に大きな失敗という形で終わる状況を作り出すことではありません。私達は続けられる、ちょっとした学びを提案する必要があるのです。もし失敗するのであれば、学ぶことができてすぐに修正ができる小さな失敗であるように。あなたのプライド、計画、予定 – これらが傷つくことはあっても、あなたの身体は傷つきません。もしあなたが愚かであれば、自然はあなたを傷つけるでしょう。 自然に多様性を提供させて下さい。そしてあなたは “辞めない、そして怪我をしない”ことを提供すればうまくいくはずです。

ファンクショナルムーブメントシステムズ 2568字

諦めない 怪我をしない パート1/2

身体教育に関する話題を続けたいと思います。私の最新の記事は、教育環境に浮かび上がってくる数多くの問題点に焦点を当てています。わたしの批評は、変化を造る能力の欠如をベースにしており、その意図そのものではないということを理解してください。 我々が皆、その意図を再発見し、この発達を系統立てて受け入れるように努力させたいのです。- なぜなら人生はそれに左右されるから。私が提案したいことは、明確なコミュニケーションと客観的な説明責任を追求するなかでの、謙虚な解決法の始まりなのです。 ここで、教育を越えた環境について話をさせてください。私達が仕事やアクティビティー、あるいはプロスポーツにおいて専門性を身につけた時、発生するべき全く別の種類の身体教育、そして成長というものがあります。 ファンクショナルムーブメントスクリーニングのような新しいアイデアを、すでに確立されている身体的文化に取り入れようとする時、波風が立ち波紋が広がるでしょう。フェニックス消防局のアラン•ブルナッチーニ局長は、フィットネスの意図を受け入れ、それによって消防士達が恩恵を受けるようにしたいと考えました。しかし、彼はフィットネスの専門家を招いて消防士達に仕事の効率を上げるためのコンディション作りを指導させることは、問題を引き起こすであろうということを理解していました。 人々は自分たちの役割、知識、そして能力を尊重してくれる人から学ぶことを好みます。ブルナッチーニ局長は見事な決断をしました:彼はトレーナーを招き入れる代わりに、数名の選ばれた消防士達を、身体的発達の最も重要な部分に精通し教育されるように送り出したのです。彼らは怪我の減少と身体能力の向上、そして自立性の為にフィットネスの観点に着目したのです。 無形資産を知っている人達に、フィットネスのいくつかのルール、とても賢いルールを指導しましょう。アスリートの動作評価を実践する際、チームキャプテンを味方につけることはどんな時も重要です。私も、NFLとNHLでこれを経験しました。ベテラン選手が受け入れた時、ルーキー達に選択肢はありません。もしもルーキー達があまりに迅速に受け入れた場合、あなたはベテランを失うことになるでしょう。なぜなら彼らは、毎日数えきれない程の新しい流行にさらされてしまうからです。彼らは、そんな方法のすべてを追いかけてベテランになったわけではありません。 有能で、専門的で、訓練された人間の集団に情報を提供する時は常に、誰を引き入れるかを考えてください。彼らはむしろ、彼らが知っていることを熟知している誰かのフィットネス情報に耳を傾けるでしょう。そうは言っても、もし私がムーブメントスクリーニングを軍隊の身体管理のツールとして紹介しようとしたらどうなるでしょう?私は、リハビリを行う人達にムーブメントスクリーンを実施させることはしないでしょう。それは私達が求める内容ではないからです。 身体的卓越性を目指してあなたを追い込んで、あなたの懸垂や腕立て伏せを数えている人達があなたの動作のスクリーニングをするべきです。 彼らが生みだすプレッシャーのかかった状況は、弱点を見つけだし、彼らを加速する形で発達させます。私達の意図を理解している人間が、競争上の優位性のためにFMSを使い、発達を加速させるのです。思い出してください –テストでの欠損は傷害ではありません。それは単に将来傷害に発展しえる何かを識別するのです。スクリーニングやテストでの欠損は、責任を持って自分の弱点を管理することによって傷害を防ぐチャンスなのです。 私達は、動作を身体的リハビリテーションというリアクティブな観点からではなく、身体的フィットネスと同様にプロアクティブな観点から捉えるべきです。ムーブメントスクリーンをリハビリや、リハビリ現場、ましてリハビリスタッフと共に行ったりはしないで下さい。ムーブメントスクリーンは。身体的卓越性を推進するスタッフと行い、身振り手振りを交えて、動作は卓越性の重要な部分であるというコンセプトを伝えてください。 もしあなたがムーブメントスクリーンを高度に専門化したグループに紹介したいのであれば、リーダーを見つけるのに、充分な時間をとってください。- 狼の群れのリーダー、責任者であり、身体的卓越性に責任がある人のことです。FMSのNFLへの浸透は、リハビリテーションの専門家よりもストレングスコーチから来ているのではないかと私は考えます。ストレングスコーチと良い関係を築き、お互いに理解し合えたリハビリテーションの専門家も何人かいましたが、ほとんどの場合、プロ競技の現場でムーブメントスクリーンがより継続できるのはストレングスコーチに受け入れられた時なのです。リハビリテーションスタッフにも理解されている、と思いますが、 リハビリテーションや治療目的として解釈されるべきではありません。身体的発達のアプローチ、特に入念なテストで標準を下回った場合においての、もう1つの手助けとして解釈されるべきなのです。 私がセミナーやアスリートとの仕事で団体を訪れるとき、必ず彼らが私に診てもらいたいという人が一人います。もし私がその人を説得できれば – もしより良い診断ができて、優れた運動環境を作り出せるより良い計画をその人にもたらすことができれば – 彼らの行動や、時には口頭での支持が、プログラムの必要とすることをカバーしてくれます。チームの為の良いアイデアをチームリーダーに納得してもらえなければ、私はチームと話すに値しないのです。

ファンクショナルムーブメントシステムズ 2404字

腰痛を抱えるクライアントを救うトレーナーのための手引き パート2/2

そこで、あなたはどのように手助けできますか? 記事の冒頭での腰痛に関連する多くの要因のいくつかを振り返ってみるならば、それらの大部分は、トレーナーの影響を受けえる可能性があります。 トレーナー達は、最も優秀な者にとってさえ扱いにくく議論を引き起こすテーマである、病理学や診断のように、ほぼすべての領域において援助の手を差し伸べる立場におかれています。腰痛診断の複数要因の解釈における良い記事がここにあります*ここをクリックしてください*。 痛みと痛みの恐怖、あるいは“腰を痛めること”は、人々の活動レベルに影響を与えます。資格を有したトレーナーの監視の元よりも、何が活動レベルを向上させるためのより良い方法なのでしょうか? 簡単です。運動が手助けしてくれます。ただ運動そのものではなく、どのくらい動くことができるのかという知覚、そして、そうするための信頼度が必要なのです。これは‘制御部位’と呼ばれていて、腰痛の良い結果において重要なのです*ここをクリックしてください*。 腰痛を持つクライアントにとっての適切な活動レベルを見つけ出すことは必要不可欠です。これは‘段階露出’と呼ばれていて、日常的にジムに行く人達が行うような、あるいはプロフェッショナル達が理解している‘トレーニング’というよりも、ただ簡単に動くことが、ある人達にとっては、本質的に素晴らしいことだということを意味しているのかもしれません。特定のウエイトトレーニングや、特定の筋力強化に焦点を置くことは必要ないのかもしれません。 一例として、時折、人々は屈曲時に屈曲への恐怖、あるいは痛みの恐怖のように、特定の運動に問題を示すことがあります。これらの運動を問題的なものとして見るのではなく、それらの運動を再導入しようとすることが重要です。彼らが間違った方法でスクワットをした際に、椎間板が‘破裂する’だろうとただ説明することは、私達がどのように言葉が損害を与えるのかを理解していれば、有益ではありませんし、恐らく事実でもないでしょう。人々は、日常的に身の毛がよだつようなフォームでスクワットを行っていますが、大部分の人達は椎間板を‘破裂’させません。 そうではなく、どのように人々が制限無しで気持ち良く運動できる状態に戻すかが、主な目的であるべきです。以前に問題であった姿勢を、最小限の不快感を伴いつつ、ゆっくりと導入することは、機能的能力の増大に最重要です。 コー・キネティックには、適切な活動レベルに関して考える際に便利な負荷のレベルの尺度があります。 多様性 観察される一貫性のある要因の一つは、人々が進んで運動戦略を変える量を減少させる腰部の‘防御’です。痛みは、更なる問題の原因となる、運動の変化を引き起こす可能性があります。私達は、痛みの原因を特定することはできないかもしれませんが、運動における痛みの影響には確実に気づいて、それを覆そうとしているのです。 痛みの複数要因という性質を考慮すれば、これは、‘コアスタビィティ’のように、単独の関係が無いかもしれない要因を突き止めようとするよりも、より賢明のように思えます。 単純に、人々がリラックスして、より変化に富んだ形で動ける手助けが、トレーニング・インプットの最高の方法かもしれません。この目的は、人々の知覚と、その結果として、運動と運動課題に反応する方法を‘再調整すること’です。 靴ひもを締めることによって起こりえる損傷の程度は、最低限です。ある人達にとっては、この低レベルの運動への彼らの反応が、ない損傷の程度とは比例していない可能性もありますが。 私のお気に入りの格言の一つは、インド人神経科学者のV.Sラマチャンドランによるものです: “痛みは、単なる傷害への反射的な反応というよりも、生命体の健康状態についての見解である。疼痛受容体から脳内の“痛覚中枢”への直通ホットラインは無い。” 前向きに見解に影響を与える方法は、トレーナーにとって、重要な考慮すべき事柄であるべきです。変化に富んだ運動と脅威として認知される運動を段階的な方法で導入し、感覚を鈍感にするために漸進的に負荷を掛けることは、腰痛への賢明で実用的なアプローチのように思えます。 運動の多様性は、特に腰痛を持つ集団において、痛みの影響を受けるということが、研究の中で一貫して示されており、そのため、運動の多様性は、治療上のいかなるプログラムにおいても、論理的に取り組まれるべき要因であるべきです。 この領域において、私は偏ッ多感替えをしているでしょうが、望むべくは、私の偏見は、お気に入りの持論ではなく、入手可能な証拠に基づいたものなのです。 私達は、腰痛を経験している人達の関節と筋肉内レベルでの運動の多様性の減少を見ることができます*ここをクリックしてください*。 この研究は、運動の多様性が腰痛によって影響を受けていたということと、痛みが弱まった後、これらの運動の変化が依然として残っていたということを発見しました*ここをクリックしてください*。 腰痛を経験していて、その後、感度レベルにおける認知知覚と中枢神経系の適合性に変化があり、将来の腰痛発生率に寄与する可能性のある運動戦略を変えられた数多くのクライアントを抱えているかもしれませんから、これは重要です。 この記事の中での腰痛に役立つキーポイントの概要です: 言葉は、損害を与えることもあれば、助けにもなることを覚えておくこと。 特定の診断を手に入れるのは難しく、単一の要因と結び付けられる可能性は低い。 運動が手助けになる。 特定の運動、エクササイズ、筋肉よりも、多様性を考えること。 段階露出とゆっくりとした漸進的な荷重。 安定化と剛性よりも弛緩を導入すること。

ベン・コーマック 2503字

腰痛を抱えるクライアントを救うトレーナーのための手引き パート1/2

腰痛の研究は山のようにあり、私達がソーシャルメディアやインターネットで読んだことが何と書いてあろうと、簡単な治療法と腰痛が起こる原因のどちらも見つけることができていません。 私達に安定性を与えてくれる特定の筋肉、もしくは筋肉群の強さ、あるいは‘正しい’発火については、フィットネス界のいたるところで、多くの人が執着していますが、それら多くの力学に基づいた理論を裏付ける確固たる根拠はありません。 以前、私は‘コアスタビリティー’の概念の背景にある根拠に注目したことがあります。 ‘非特異性腰痛’のような全ての研究や診断のために、長い間、医療界はこの問題に困惑しています。これは力学と単純な二元的思考を優に超えている問題であることがより明らかになっています。 腰痛に影響を及ぼす可能性のある要因は、下記の図からもわかるように数多くあります。各個人に基づいて、それら全てが様々な度合いで考慮される必要があるかもしれません。 もし医療界が、過去20年以上にわたり、この問題を理解しようと努力していたのであれば、コース案内に何がうたわれていようとも、教祖的指導者が開催するいくつかの週末コースに参加することで、このとらえどころのない問題への答えを得ることは恐らくできないでしょう。 何が問題を引き起こしているのか、あなたには全く分かっていない トレーナーが止めるべき最初のことは、原因を見つけ出そうとする、あるいは治療しようとすることです。あなたのコア‘インスタビィティ’、あるいは姿勢のような、一般的なジムで下される診断は、入手可能な根拠によって支持されているものではありません。 この研究*ここをクリックしてください* は、腰痛のある集団と腰痛の無い集団の脊椎にかかる負荷の特性を比較しました。痛みのある集団は実際に、腰椎の不安定性を示すというより、筋肉の同時活性化と脊椎の剛性を増大させました。この共収縮は、脊椎におけるより大きな圧縮力と剪断力と相関性があったのです。 この研究*ここをクリックしてください*は、腰椎の湾曲角度とその角度の腰痛への関連性を調査しました。研究者たちは、この研究のために興味深い集団を選びました。それは、炭鉱作業員です!炭鉱作業員は、重い荷物を背負い、かなり極度な姿勢二なることを繰り返します。 これらの研究者たちは、炭鉱作業員における腰椎湾曲と腰痛の相関関係を発見できませんでした。よって、ここでの設問は、“平均的な人達のハムストリングスの緊張、あるいは股関節屈曲筋の緊張が、腰痛の原因となっている腰椎湾曲を引き起こすのか?”ということです。これは、最近の研究に基づいても、決して簡単に仮定を立てられるものではありません。 もし誰かが腰痛の‘解決策’を提案するのであれば、彼らの治療法が腰痛に関連する要因に影響を及ぼしている、あるいは腰痛に効果があるという、十分な根拠をあげなければなりません。これは、潜在的な問題、あるいは解決策として、呼吸、視覚、足、もしくは赤ん坊の転がり方のような、様々な主張にも当てはまります。 類まれなる主張は、類まれなる根拠を必要とするのです! 根拠によって支持されるまでは、理論はいつまでたってもただの理論でしかありません。フィットネス界は、長い間、入手可能な根拠よりもかなり遅れた理論によって支配されていたり、あるいは単に人々に根拠の提出を全く求めていなかったりします。これは問題です。 言葉は重要である クライアントが彼らのトレーナーに何を言われるか。誤った情報に関する問題が、次の問題をも引き起こします。インターネット上の専門家の受け売りで、十分に練られていない‘診断’は、あなたが思っている以上に、ただ単に損害を与えるだけかもしれません。 言葉は人々に深く影響を及ぼします。人々が腰部に関して抱えている信念は、彼らのある運動を遂行する能力の受け取り方に影響を与える可能性があり、実際に彼らの問題を改善するのではなく、悪化させるかもしれません。 一例として、人々にコア‘スタビリティ’が必要であると言うことは、誰かにとっては、実際に意図していることよりも多くの意味を含んでいるかもしれません。私達が使用する言葉の認知のされ方に関わる記事*クリックしてください*は、多くの人々にとっての、‘インスタビリティ’という言い回しの意味を探っています。 インスタビリティという言い回しは、実際に、“いつ腰を痛めてもおかしくない”、あるいは“何かが少し緩んでいる・・・今にも外れそうだ”というものとして認知されています。 もしあなたが腰に関してこのように感じているとすれば、その感覚は、あなたの運動、あるいは機能にどのように影響を与えるのでしょうか?筋肉の共収縮の増大と弛緩の減少は、すでに腰痛と関連しています。よって、これらのタイプの言い回しを使用することは、実際に、痛みのダイヤルを下げるどころか、上げてしまい、痛みを増大させるかもれません。 言葉が損害を与えるのと同じだけ、言葉は助けになることができます。痛みの教育の分野のリーダーの一人であるAdriaan Louw氏は、痛みの作用の仕方に関しての理解を手助けすることが、人々にどのように好影響を及ぼすかについて着目しました*ここをクリックしてください*。 彼のグループの系統的レビュー“The Effect of Neuroscience Education on Pain, Disability, Anxiety, and Stress in Chronic Musculoskeletal Pain(慢性筋骨格痛における痛み、身体障害、不安、ストレスへの神経科学的教育の効果)”は、下記のように結論付けました。 “慢性筋骨格痛障害にとって、痛みの神経生理学と神経生物学に取り組んでいる教育的戦略は、痛み、身体障害、破滅的状況、身体能力に対して好影響があるという有力な根拠がある。”

ベン・コーマック 2573字

ファンクショナルとは、一体何を意味しているのでしょうか? パート2/2

インプットとアウトプット(続き) ストレングストレーニングは、多くの異なる機能を向上させる、全般的な生理学的効果を身体に及ぼすでしょう。同様に私達は、望むスポーツにおける、パフォーマンス向上のためのクロスオーバーを確実にするために、特定の運動と力ベクトルを鍛える必要があるかもしれません。 私達は、中枢神経系への運動の知覚された脅威レベルが、受傷後に増大することを発見するかもしれません。それは、道理にかなっています。一度噛まれたら、用心深くなるということです。痛みは、私達の警報装置の一つです。私達は、危険に直面した際に、防御するために、痛みや運動系の反応のような、数多くのアウトプットを選択することができます。防御機構の反応は、実際の脅威レベルと常に相関関係にあるわけでないことを、私達は知っています。 しばしば修復される必要のある機能性のひとつの領域は、実際の運動の脅威レベルと神経系がそれを知覚する方法の間の較正です。身体は、危険レベルを決定するために、多くの要素を使います。これらは、感覚フィードバックと過去の経験を含みます。簡潔に言えば、これは、損傷を引き起こした以前の状態に身体をおくことは、その状況への反応に変化を生じさせるかもしれないということを意味しています。よって、望ましい運動への調和の取れた反応を得るために、私達は負荷やスピードのような、運動パターンと変数をかなり明確にする必要があるのかもしれません。これはしばしば、許容レベルから開始し、段階的に露出を行い、最終的には、関連する運動におけるファンクショナルな真の強度レベルに達するということを意味しています。この特定されたプロセスは、多くのリハビリテーションプログラムにおいて不足しており、それは、よりファンクショナルな状況においての、再受傷の要因の一つであるかもしれません。これは、構造的適応において、関連する力ベクトルへの組織の露出にも当てはまるでしょう。 SAIDの原則は、常に存在します。スイミングが、私のゴルフに影響を及ぼす可能性のある、有酸素時のコンディションに影響を及ぼすかもしれませんが、私はそれでも、パッティングの練習をしたいと思います! 力の発生の割合は、臨床的状況というよりも、ファンクショナルな状況において、私達がより多く目撃するかもしれない変数要素です。例えば、私達の体重をサッカー競技場を横切るように加速させることです。それはまた、前十字靭帯再建手術を受けた患者において、最大筋力の回復のような、より従来型の臨床的変数が使用された後でさえも、充分に開発されない変数要素のひとつでもあります。 痛みを取り除くことは大切です。痛みを取り除くことと、恐怖なく制限の無い活動に復帰可能な程に強健であることは、かなり異なったことです。強健さを達成することができていないのであれば、恐らく、あなたはまだ‘ファンクショナル’ではないでしょう。 私達が行っていることのほとんどは、幅広い観点の両端を含む連続体のように見えます。機能とは関連性のないことを行って、ファンクショナルな結果を得ることは可能ですが、同様に、ファンクショナルな成果を得るために、機能を正しく理解する必要があるかもしれません。しかし、全ては、その個人を中心とし、彼らが今ある状況と目指していることの間のギャップを埋める、論理的プロセスに回帰するのかもしれません。 ファンクショナルな基準 では、もしギャップを埋めたいのであれば、どのくらい遠く、どのくらい高くなど、反対側に何があるのかを最初に知る必要がありますよね? そうでなければ、橋の作り方が分かりません。 私達の環境におけるファンクショナルな要求を反映すると考え、私が使用している、いくつかの単純な基準があります。このように、常に完全に特定的にならずに、大まかによりファンクショナルになることも可能です。私達は現代的なライフスタイルの中で、変化の乏しい運動習慣を経験しているため、人々の運動経験と能力は、大抵の場合、蝕まれています。これは、私達の神経、筋肉、結合組織、脳の健康にとって、何を意味しているのでしょうか? 能動的 クライアント主動で行い、運動スキルと疼痛反応を変化させるための能動的学習経験を作り出し、習慣、行動、パターンを壊すことです。 統合 複数の部位を動員し、運動連鎖を使用する運動を用いることで、多くの構造を通して、力の総和と散逸が可能になります。 三次元的 多くの‘エクササイズ’は、多次元世界と多次元関節環境の探求に関して、制限されています。三次元的であれば、運動能力と運動の多様性を増大させることが可能です。 身体の重心を動かすこと 身体重心をうまく制御すること。ウォーキング、ランニング、投球を考えてみてください。ほとんどの機能は、どこかに減速と加速を含んでいます。 タスク駆動型 私達の運動のほとんどは、タスクを遂行するための要求によって動かされているのであって、個々の筋肉を収縮させるためではありません。持ち上げること、引くこと、手を伸ばすこと、曲げることは、いくつかの例です。これらの活動において、それぞれは、特定の方法ではなく、様々な方法で遂行される必要があります。 力との相互作用 耐え、利用する必要のある重力と床反力に私たち自身をさらすこと。これは、段階的に行う必要があるかも知れません。

ベン・コーマック 2351字

FSTT 下腿部前面の組織へのアプローチ パート1/2

下腿部前面の部分の組織へのハンズオンアプローチをパッシブに行った後、クライアントのアクティブな動きを取り入れます。組織へのアプローチの後には、立位で足首を底屈したポジションで、組織の強化を図ります。

レニー・パラシーノ 6:08

ファンクショナルとは、一体何を意味しているのでしょうか? パート1/2

ファンクショナルという言葉は、日常的にトレーニング、リハビリテーション、治療に結び付けられていますが、実際何を意味しているのでしょうか?定義はあるのでしょうか? それは、様々な人達にとって、様々なことを意味しているかも知れませんし、実際は、全く何も意味していないのかもしれません。まさにこの理由で、私達がここで使用する用語は、“価値のある運動”、あるいは“意味のある運動”ですが、全ての流行の言葉同様、人々はファンクショナルという言葉を認証し、好むようでもあり、時には、その用語に対して、とても強い否定的な感情を抱いているように思われます。 評価、あるいは治療において、ファンクショナルは、臨床的ではなく、受動的というよりも、より能動的な運動を単に意味しているのかもしれません。一つ以上の観点を持つことは重要です。ある一つの状況の中で発生していることが、単純に別の状況に反映されないということは、より明白になってきています。ほとんどの人達が、そのの人生において、臨床環境の外で時間を過ごすわけですから、これは有益な見方であるというのが私の意見です。 それは、身体を分離した筋肉や骨として見ることから離れ、この基本原則に基づき、更に相互作用する部位に関連する運動をエクササイズの基礎とするということをも意味しているのかもしれません。 私達の成果をより高めるために、これらの一般的な基本原則にもう少し磨きをかけることができるでしょうか?それは、特定の問題に関する理解も重要です。もしランニングスキルを向上させたかったり、痛みを改善するためにスキルを変えたいのであれば、私達はランニングの機能とクライアントの走り方をより理解する必要があり、それに従って、歩行の再訓練が発生するでしょう。 機能性に関する私の最初の見解は、まずクライアント主体でありたいということです。これは、私がある専門家に‘ファンクショナル’だと言われた、私が参加した講座、あるいは、YouTubeのビデオで観た一連の動作を選択するのではなく、私は今、目の前に立っている個人にとってのファンクショナルとは何かを、考えているということを意味しています。 私達の目の前に立っている個人にとって、何がファンクショナルであるかを客観的に定義することができますか?私はこの見解に悪戦苦闘しています。 個人 一流のサッカー選手、あるいはおばあさんを想像してみてください。両者は異なる要求、要望、耐性を有しています。彼らは、痛みのない、あるいは、パフォーマンスの向上を伴って遂行したいと思う、異なる特定の運動を有しているかもしれません。もちろん、両者にとってスクワットのパターンは、非常にファンクショナルな運動ですが、全く同じスクワットなのでしょうか?私達が行うことのできるスクワットの方法には、莫大なバリエーションがあります。 おばあさんは、より快適にバラを刈り取るために、回旋と前屈を伴った様々なクワットをしたいのかもしれません。サッカー選手は、試合中の要求に適応するために、様々な脚の幅で行うスクワットを必要としているかもしれません。おばあさんは、長い時間その姿勢を保ちたいかもしれません。サッカー選手は、そのポジションにできるだけ素早く出たり入ったりできる必要があります。 異なる地形、もしくは対戦相手/ボールを取ろうとする行為への反応をするサッカー選手のように、あるいは足を滑らせたことに反応するおばあさんのように、両者は環境要因において、利用可能なスクワット・パターンのレパートリーの中で、能力、多様性、変動性を必要とするかもしれません。両者にとって、従来のジムで行われているスクワットでは、彼らの要求のための万全の準備をすることはできないかもしれません。それは、私達が従来の方法のスクワットを用いることができないということを意味しているのではなく、従来のスクワットに適応することができ、さらに応用することもできるのです。 この能力、多様性、変動性の増加は、再受傷するか、あるいは痛みの無い機能を得るかの違いなのかもしれません。私の見解では、これは確実にファンクショナルです。 このように、何がファンクショナルなのかを定義することは非常に困難になります。定義づける代わりに、私はファンクショナルを下記のように考えています: “個人の要求を認識し、彼らがこれらの要求を遂行、あるいは向上させる手助けをすること” 機能性をいくつもの評価、スクリーニング、運動、あるいは定義に分類することは本当に困難です。柔軟性の無いプロトコルは、可変的な論理的思考プロセスによって置き換えられる必要があるのかもしれません。トレーニングと治療の多くの領域において、それは真実のように思われます。 インプットとアウトプット ‘ファンクショナル’という言葉を議論する際には、2つの学派があるようです。 一つは、望ましい結果を得るためのインプットは、その機能のように見えなければならない、というもの。それは、ゴルフスウィングを向上させるために、私達はゴルフスウィングのように見える、より多くのエクササイズを行う必要があるということを意味しているのかもしれません。もう一方は、インプットは私達に有益なアウトプットを与えてくれる全てのものかもしれないというもの。私達は、運動の複製という点では、直接関連していない何かを行うかもしれませんが、例えば、痛みを取り除く、あるいはドライバーの飛距離を伸ばすことができるのです。 私は、両方の理論に同意します。 関節周辺の運動能力を向上させることは、私達が多くの機能をよりうまく遂行することを可能にしています。それは、単独の機能のようには見えないかもしれませんが、多くのパフォーマンスに影響を与えます。同様に、神経系が異なる姿勢や剛性レベルに対応する手助けをすることは、受傷後に見られるかもしれない防御的な運動系の反応の感受性を低下させることができるかもしれません。さらに、これは非特異性かもしれませんが、多くの特性、あるいは痛みのレベルに影響を及ぼします。 一例として、もしあなたがテニスのサーブのような、痛みを引き起こすけれど、パフォーマンスに重要な特定の運動を向上させたいのであれば、私達はその特定の運動そのものを理解する必要があるかもしれません。もし私が、特定の運動の中で、特定の強度でのみ、神経障害痛を経験しているとすれば、これに関連するスキル(運動/神経パターン)、生体力学、神経力学を誰かに理解してしてほしいでしょう。どのくらいの頻度で人々は、“XXXをする際に、痛みがあります”と言うでしょうか?私達はその状況を評価する必要があるのです。

ベン・コーマック 2895字

FSTT 下腿部前面の組織へのアプローチ パート2/2

下腿部前面の部分の組織へのハンズオンアプローチをパッシブに行った後、クライアントのアクティブな動きを取り入れます。組織へのアプローチの後には、立位で足首を底屈したポジションで、組織の強化を図ります

レニー・パラシーノ 4:26

我々は筋肥大を最大化するためにコンカレントトレーニングを避けるべきか? パート2/2

研究者たちは何を行ったのか?(続き) 21週間の介入の前後に研究者たちは、レッグプレス強度の1RMを測定し、最大片側等尺性膝関節伸展トルク、および最大片側等尺性膝関節伸展RFDを測定するために動力計を使用した。研究者たちはまた、このテストの際の内側広筋の筋電図活動を測定した。さらに彼らは、磁気共鳴映像法(MRI)を使用し、右大腿四頭筋の断面積を測定した。最後に彼らは、段階的な自転車エルゴメーターテストの際の最大酸素摂取量(VO2-max)および最大サイクリングパワーを測定したが、残念なことにそれはコンカレントおよび持久系グループのみに対してであった。 何が起こったのか? 最大1RM強度、膝関節伸展力およびRFD 研究者たちは、ストレングスグループにおいては1RMの強度が21%向上し、コンカレントトレーニンググループにおいては1RMの強度が22%向上、持久系グループでは1RMが1%向上したということを発見している。彼らは、ストレングスグループにおいては最大等尺性筋力が20%、コンカレントグループにおいては28%、持久系グループにおいては4%向上したということを発見した。彼らはまた、ストレングスグループにおいて最大RFDが38%向上し、コンカレントグループにおいては7%減少し、また持久系グループにおいては最大RFDが2%減少したということを発見している。これらの発見は下記のグラフに示されている。 コンカレントグループとストレングスグループの間で発見された唯一有意であった差違は、RFDに対するトレーニングの影響に関してのみであり、それはまた、ストレングスグループにおいてのみ有意であった。 筋断面積 研究者たちは、コンカレントグループにおいては筋断面積が11%、ストレングスグループにおいては6%、持久系グループにおいては2%増加したということを発見している。コンカレントグループにおける増加はストレングスグループにおける増加よりも有意により大きかった。 これは、干渉効果は以前に推測されていたほど単純ではないかもしれないということを示唆しているため、大変興味深い発見である。もっと正確に言えば、持久系エクササイズの方法が注意深く選択され、かついくつかの爆発的なストレングストレーニングが含まれている場合は、レジスタンストレーニングのみと比較し、コンカレントトレーニングを通じて筋断面積を実際に増加させることは可能なようである。 有酸素の測定 研究者たちは、最大酸素摂取量および最大サイクリングパワーに対するトレーニングの介入の効果を測定した。彼らは下記のグラフで示されているように、持久系グループと比較し、コンカレントグループにおいて両方の測定値が有意により増加したということを発見している。 研究者たちはどのような結論に達したのか? 研究者たちはこの研究の結果は、持久系トレーニングは筋力、筋肉量、パワーの増加を減少させる、と提議しているコンカレントトレーニングの現行の干渉仮説を支持していないという結論に至った。研究者たちは、コンカレントトレーニングはレジスタンストレーニングのみと比較し、むしろ有意により大きな筋肉量の増進につながるようであると結論付けた。彼らは最大等尺性筋力における増加は同様の非有意な傾向を示していたと記述している。 研究者たちはまた、これらの筋肉量および最大等尺性筋力に関する有益な効果にもかかわらず、コンカレントトレーニンググループはストレングスグループに比べ、最大RFDにおける減少を示したと結論付けた。最後に研究者たちは、ストレングストレーニングの付加は、持久系トレーニングのみと比較し、最大酸素摂取量および最大サイクリングパワー両方の向上に対し有益であるという結論に至った。 制限要素は何か? この研究は主にトレーニングされていない個人において行われたということにおいて制限があった。ゆえにトレーニングされている個人においては異なる結果が得られたかもしれない。それゆえ、方法としてサイクリングを使用した持久系トレーニングが、レジスタンストレーニングアスリートもしくはボディービルダーのための筋肥大プログラムに対し、付加的なものとして期待できるかどうかを評価することは困難である。 実践的な意義は何か? パーソナルトレーナーは、サイクリングのような負担の少ない有酸素運動を付加することは、クライアントの筋力や筋肥大の増進を脅かさないということを確信することができるだろう。実際のところ、それは筋肉の増加を増進させるようである。 ボディービルダーやフィジークアスリートが有酸素運動を使用すると決めた場合、彼らはこの目的の為には、サイクリングのような衝撃の少ない有酸素運動を選択するべきである。筋肥大までトレーニングされた個人に対し有酸素運動が有益であるかどうかは現時点では明確ではない。

ストレングス・コンディショニング・リサーチ 2103字