「Movement Longevity / 動きの健康寿命」対面イベント・参加費は¥1,650〜 詳細はこちら

痛みから抜け出すための一番の方法 パート2/3

なぜ異なる動きは、あまり痛みを引き起こさないのでしょうか? 最初に、もちろん、脳もまた末梢から来るあらゆる信号の調節に関与するということを忘れてはいけませんが、まず、痛みのある組織で何が起こっているかについて考えてみましょう。私達が基本的に着目する科学的知識は、科学的根拠と同様に重要ですが、見た目ほど魅力的ではありません。 次に、持続痛の状態にある人達に対応する際に、より重要かもしれませんが、連想的学習、および有害な固有感覚刺激と疼痛反応の結合も考慮しなければなりません。 高閾値の有害な刺激をコード化する、あるいはより明らかに危険な信号を送る侵害受容器は、長期発火の間により敏感になり、これらの活性化に必須な刺激の量を減少させます。熱、化学的、機械的刺激のような、数多くの刺激に反応することを意味する多モード侵害受容器の全ては、発火を引き起こしえます。これら全ては、痛みや炎症の中に存在しています。 これらの求心性神経に刺激をあまり与えない方法で簡単に動き始めることは、手始めとしてふさわしいでしょう。痛みが少なく、等尺性の負荷に耐えることができる関節位置を見つけることも、神経を過度に刺激せずに適合するために、部位を刺激する良い方法かもしれません。 脊髄後角内にある、これらの一次求心性神経ニューロンのシナプスでは、二次ニューロンが刺激され、情報を脳に送ります。末梢からのインパルスの集中砲火を通しての長期刺激は、受容野の増大を開始する可能性のある脊髄ニューロンの興奮の増大を起こす可能性があります。この活動はまた、隣接するシナプスも同様に興奮させ始めます。これはしばしば、‘ウィンドアップ現象’と呼ばれています。 急性疼痛の状況においてでさえ、痛みの中央処理におけるこれらの変化が様変わりする可能性があり、あるいは以前の痛々しい経験によって変えられている可能性があります。私達はしばしば、中枢機構と慢性痛の状態を結びつけますが、中枢機構はいかなる痛みとも常に関与していて、更なる中枢機構の関与の可能性が常に存在しています。もし痛みの既往歴があれば、以前は穏やかで、沈黙していた頑固な侵害受容器が、その後により活発になり、このプロセスを増大させるかもしれません。また、今まで標準感度の状態であった受容器が、今後の刺激に対してより敏感になることもあるかもしれません。 一度これらの受容器がオンの状態になると、しばらくの間オンの状態が続く、あるいは絶対に完全オフの状態にはなりません。C線維を通る情報は、軸索における髄鞘形成の欠如のため、ゆっくりと伝達され、末梢神経終末からの信号は中枢神経系に届くまでに幾分時間が掛かり、細胞体、あるいは脊髄後角によって作り出されているあらゆる炎症反応が、末梢神経終末に戻るのにも幾分時間が掛かるかもしれません。よって、より多くのC線維が覚醒し、信号を送り始めることが、しばしば痛みが翌日起こり、その後もしばらく痛みが継続する理由に関してのいくらかの説明になります。これはまた、リハビリテーションにおいて、一つのセッションの中で少しやり過ぎてしまった際に、私達がその微妙な境界線を超える可能性がある理由を理解する手助けにもなります。閾値を超え警報が鳴るのを、私達は翌日になるまで気がつかないのです。 しばしば不適応反応する痛みの警報システムをより良くするための一部は、刺激をさらに検出するために、センサーをより高感度にすることです。これを理解すれば、特に痛みや傷害の既往歴がある際に、痛みが簡単に引き起こされる理由は、完璧に道理にかなうのです。 本質的に、ある人々の中枢神経系は、痛みのある状態にあることに長けていきます!よって、痛みは簡単に引き起こされるため、人々は痛みを自覚し、警戒しやすくなるのです。私達はこれを異常な警戒と恐怖回避を持つと捉えます。もし‘正しい’エクササイズが、‘正しい’方法で行われ、これらの人々にとって無痛の運動を見つけることができるということには、何よりもはるかに勝る価値があります。もし私達が運動をその人にとって関連性のあるものにすることができれば、心理的価値は意味深いものになります。恐怖回避は、ある程度、感知される痛みの状態を避けることによって維持され、痛みを感じないというもので、運動の関連性といかに私達が関わるかの度合いは最も重要なのです。関連する運動に取り組まなければ、問題は継続するかもしれません。 人々が異なる運動やより痛みの少ない運動をする手助けをすることの本来の趣旨は、痛みを引き起こさず、彼らの現在の痛みの状態を助長せずに運動を維持することです。生化学が生体力学と同じくらいの要因であるという考えに慣れることは、正しい方向に進むための一歩です。実際に、私達は異なる化学反応を促進するために、異なった力学を使用することができます。 運動は良いことです! 運動はまた、悪い物を取り除き、良い物を取り込む基本的な流体力学を促進させるので、動かないということは、概してここでの答えではありません。運動はまた、鎮痛剤でもあります*ここをクリックしてください*。下行性抑制を促進する運動皮質アウトプットの増加と内因性オピオイドの産生の両方は、潜在的機序として議論されています。脊髄周辺に漂う抑制物質が多ければ多いほど、感受性は低い可能性があります。これはGABAや内因性オピオイドのような化学物質を含んでいます。このトップダウンの抑制は、組織の中で生理学的に起きていることに影響を与えることができ、単に運動とのポジティブな関連を持つことは、痛みにおける抑制効果を持つかもしれません。 こわばり硬くなった筋肉と全く負荷をかけないことは、ただ問題を大きくするだけかもしれません。私達は、受容器の中に長期にわたる体位や姿勢から発生する虚血組織の状態によって発生するPHの低下を感知する、酸感受性イオン・チャンネル(ASICs)とTRPV1チャンネルを持っていて、これが局所感度を増大させるかもしれません。できる限り正常に身体を使うことはまた、身体機能の低下を抑え、可動域と許容の範囲を維持するでしょう。

ベン・コーマック 2576字

痛みから抜け出すための一番の方法 パート1/3

人々の動き方に注目し、掘り下げて考える際、何が‘正しい’運動、あるいは‘良い’運動なのかに関する曖昧なコンセプトに直面することでしょう。一般的に、これらのコンセプトは、科学的根拠にかかわらず、変更させることが難しい強い信念と一体になっています。 Alberto Brandolini氏は、これを下記のように、うまく要約しています。 ”馬鹿げたものに異議を唱える際に必要とされるエネルギーの総量は、それを作り出す際に必要なエネルギーよりも1桁大きい” 私は、‘良い’運動を定義することが可能であるという見解が非常に馬鹿げているということには同意しませんが、定義が難しい試みであり、今までのところ非常に不明確であることも確かです。現在利用可能な科学的根拠に基づいて、痛みがある中でリハビリテーションや運動の手助けをするという観点において、私達ができる最良のことは、単純に彼らに“異なった”運動をさせることでしょう。 ‘良い’運動と傷害の危険性に関連する‘悪い’運動の基準を提供しようと試みるシステムである、ファンクショナル・ムーブメント・スクリーニング(FMS)に関する最近の考察*ここをクリックしてください*において、研究過程で傷害を負った74名のアスリートのスクリーニングにおける平均スコアは14.3ポイントという結果が出ました。傷害を負っていない93名のスコアは、ちょっと待ってください、14.1ポイントで、0.2ポイントしか違わないのです。 傷害に関連していた運動パターンは、インライン・ランジのみです。最高スコアである3ポイントを記録したアスリートは、2ポイントを記録したアスリートよりも傷害を負う可能性が高いのです!あなたが、‘良い’と認識している運動に固執すればするほど、傷害を負う可能性は高くのなるのです。実際に、最低スコアである0ポイント、あるいは1ポイントを記録した複数のアスリートは、傷害との関係性を示しませんでした。 痛みを抱えての運動 有痛者における、いかなる運動評価も、痛みを抱えていることへの彼らの反応の現れだけであって、痛みを抱えている理由ではないのかもしれません。しばしば、この基本的な推論過程は考察されず、炎症を起こした組織への負担を取り除くための、あるいは筋性防御やリハビリテーション・プロセスの後半でみられる凝りのような、不適応反応を減らすための運動変化における素晴らしい論理的根拠を提供します。このために、いかなる運動もスクリーニングや評価に使用可能で、個人との関連性があればあるほど良いのです。 運動評価は、何を変えるべきか、どう変えるべきかの指標とするために、それが正しいとか間違っているかに関わらず、特に痛みがある際には、今現在どのように動いているかに注目するべきです。異なる運動をする能力や他の運動のオプションを持つ能力の低下は、急性損傷から慢性への移行に関連しています*ここをクリックしてください*。私達が運動評価をするために、非線形法を使用する際、変化の低下は慢性化と強い関連性を持っています*ここをクリックしてください*。 私の考えでは、良い運動は運動のオプションを有していることを特徴とし、そして、悪い運動は選択肢が欠如している運動と定義されるかもしれません。 私のお気に入りの格言の一つに下記のものがあります: “全てのエクササイズは運動であるが、全ての運動がエクササイズというわけではない” 単にこれは、いかなるエクササイズも痛みがより少ない運動を提供するために適合、変化させることができる、あるいは従来のエクササイズのようには見えない運動が使用される可能性があるということを意味しています。単にスクワット、あるいはランジの際の足のポジションを変化させることは、臼蓋窩における大腿骨の方向を調節し、股関節の組織と中枢神経系(CNS)の両方に異なる反応(願わくばより少ない痛み)をもたらす、異なる刺激を提供するでしょう。これらのポジションの全てが、さまざまな状況や刺激に対応するために、私達の運動レパートリーの中で、相当大きな能力と利用可能なオプションとして利用されるすべきです。私達は特に、私達が経験する刺激に適合し、その結果として、今後同様の刺激によりうまく対応できるようになります。 人々はしばしば、彼らが教えられてきた不変的な青写真から離れることに不快感を覚えたり、あるいは、あるエクササイズが行われるべきであると信じ込んでいます。もしかしたら、それは同じ筋肉をターゲットにしていないかもしれませんし、あまり安全ではないと信じ込んでいるかもしません。もしあなたが、実際のスポーツの中で起こるような、より自然な運動について考えるならば、試合中に何度もみられるこれらの変化に着目するようになるでしょう。実際のところ、ジムの中で練習した運動は一切使わないかもしれません。 痛みのある状況において、目的は、強化すべき特定の筋肉をターゲットにするというよりも、単により少ない痛みの中で動くことかもしれません。我々が、単一の筋肉筋力低下が痛みや生体力学的な‘機能不全’の原因であるいう考えから離れつつあるということ望んでいます。 痛みがある中で同じように動けば動くほど、同様の反応を誘発する可能性が高くなります。 痛みのある運動が‘かなり良く’見え、‘かなり悪い’運動が痛みの無い運動かもしれません。私達は、人々をエクササイズの‘理想的な’型に押し込むというのではなく、エクササイズや運動を人に適合させることを容易にできるようになる必要があります。

ベン・コーマック 2359字

“強化”リハビリで最も使われすぎている用語? パート2/2

入力 vs. 筋力 よって、‘強化’のプロセスは、単に治療的要因である筋力の増大というよりも、多くの非特異的影響を持つものなのかもしれません。筋力の回復は、治療的要因の影響による結果ということなのかもしれません。 総じて、私達は今まで以上に、ただ‘行う’ということよりも、‘理由’や‘方法’を理解することに駆られているようです! ある人は、痛みを抱える前から、元々よりも少しは強靭だったのでしょうか?それとも、痛みが弱まるにつれて、彼らの既存の筋力がただ戻っただけなのでしょうか?あるいは、実際にその人は強くなっているにもかかわらず、いまだに痛みを抱えているということなのかもしれません。 弱さは痛みに付随しているようですが、一度痛みが改善すると、筋力も同様に向上するように思えます。特に、膝蓋大腿関節痛における股関節内転の増大のように、筋力低下からの生体力学的影響と関連しているのであれば、痛みの原因要素を筋力低下として見なすことは簡単かもしれません。 同様に、批判的な物の見方をする人はまた、状況を逆に見るに違いありません。その痛みは、筋力の低下を引き起こしているのかもしれないのです。 身体が、庇いたい部位を経由する力の量を減らしたいために、防御目的として、痛みがある際に筋力を縮小することは理にかなっているように思えます。足関節捻挫と跛行という運動の適応にも、同じことが言えます。 運動入力は、生体心理学のスペクトラム全体にわたり、様々な理由で、痛みに影響する可能性があります。これは、運動/エクササイズ、恐怖回避の減少、集中的な入力、異なるニューロタグの活性化、皮質マップの変化、異なる運動学、あるいは動力学、もしくは影響を及ぼしているただの簡素な旧来の鎮痛作用かもしれません。 これらの要因の全てが、問題に対する身体の知覚を変化させ、最終的には、感度レベルと経験する痛みを変化させるかもしれません。 下記はランナーの股関節外側部のための治療的運動の‘入力’のアイデアです。 構成要素: 運動の変動性 多面性 筋肉の協調 関節可動域の制御 求心性収縮と遠心性収縮 ‘強化’のための付加抵抗 直立状態とクローズド・チェーン この低レベルな局所的な運動スキルは、ランジ、ジャンプ、ランニングの様な機能的なランニング運動に組み込まれるという考えです! 筋力はしばしば、最大限で測定されます! 筋力はしばしば、研究領域においてMVIC(最大随意等尺性収縮)として測定されます。最大、あるいはこれに続く筋力の増大におけるこの基準は、ある人が関連する力に耐えることができるのか、あるいは制御できるのかに関する何かを私達に示しているのでしょうか? 最大等尺性収縮の筋力は、例えば膝蓋大腿関節痛、あるいは腸脛靭帯症候群において、前向きに有意に関連しているようには見えません。いまだに不明瞭ですが、股関節内旋や内転の増大のような生体力学的測定には、より良い相関関係があるように見えます。 エクササイズは、特定の筋肉のEMG活動の増大に基づいて選択されるかもしれません。本質的に、これら全てが示すのは、筋力の代わりとして、筋肉がエクササイズの特定の制限の中で、より頑張って働いているということです。 EMGは、筋肉をより懸命に働かすことが、ある人の運動、あるいは痛みのレベルに違いをもたらすということを私達には示してくれません。また、そのエクササイズが、個人の問題のために他のエクササイズよりも優れているということも示してはくれません。 筋力の様々な側面 私達が使用する‘筋力’と言う用語には、各個人とそのニーズにはっきりと適合することができる数多くのサブカテゴリーがあります。 最大筋力: 人が産生、あるいは耐えることができる一番大きな力。1~3回程度の繰り返しが可能な大きな負荷は、これに影響を及ぼします。 筋持久力: 長時間にわたって、筋力のレベルを持続させる能力。持続の要素を持つ充分な負荷。 反応的、あるいは爆発的な筋力: 遠心性収縮から求心性収縮への切り替え。これは、私達がほとんどのスポーツで、特に反復運動として目にするものです。 これはしばしば、ランニング、投球、打撃のように、時間依存性です。 筋力スピード、あるいは加速筋力: どのくらい素早く力を産生できるか、力の立ち上がり率の変化において見られます。これはしばしば、運動方程式F=MA(質量x加速度)のM(質量)ではなく、A(加速度)に関してです! 関連性 実際には、最大筋力は、あなたがこの最大筋力を必須とする物体を克服する必要がある状況下でのみ関連性を持つようになります。スクワットにおけるあなたの1レップでの最大挙上重量が100kgであれば、100kgを拳上する際にだけ、これが要因となります。 もしも私がラグビー選手で、克服したい負荷が非常に大きく、極めて最大能力に近い際、これは非常に関連性の高いものになります。これらの大男のうちの数名は、実際かなりのシフトを受け止めます。 ランナーにとって、最大筋力は、筋持久力、あるいは反応的筋持久力に比べて、それほど重要ではないのかもしれません。とても高い最大筋力を持っていても、あまり優れたランナーではない人達が多く、逆もまた同様です。 ランナーには、インパクト時に体重の3~4倍になる力の量に脚が耐えられる能力が必要でしょう。歩行周期を経る際、これは伸長と短縮の反応的筋力と相まっています。これらすべてが、何千回もの周期が繰り返し行われることを必要としているために、ランナーはまた、このために十分な耐久レベルを持ち合わせている必要があるでしょう。 体重の3~4倍の力を作り出すよりも、繰り返される体重の3~4倍の力に耐えることはより簡単であり、良いことなのです。 腰痛を患っている人は、より多くの筋力の反復(筋持久力)、あるいは姿勢(姿勢の持久力)に耐える能力が必要なのかもしれません。一日中、庭仕事をして過ごすことによって、腰が炎症を起こしている人のことを考えてみてください。 同様に、例年の休日でスーツケースのような重い物を持ち上げる際、誰かが腰を“痛めて”しまうかもしれません。これは、彼らが最大筋力の実際のレベルを上げるために、よりトレーニングを必要としているということを意味しているのかもしれません。 前十字靭帯再建やアキレス腱炎をもつ患者は、爆発的な筋力(力の立ち上がり率)よりも速く最大筋力を取り戻すように見えます。同様に、爆発的で反応的筋力のトレーニングは、リハビリテーション・プロセスの早過ぎる段階で行われれば、アキレス腱炎を刺激するかもしれません。 私見では、筋力という用語と各個人の現状への適用の単純な探求は、より関連性のあるリハビリテーション・プログラムの作り方に有益な指針をもたらします。 筋力は、単に筋肉の協調でしょうか? 筋力はまた、特異的な方法で、筋活動をうまく協調させる能力でもありえます。もしもあなたが筋肉をテストする、あるいは多くの‘治療’エクササイズのように、ある筋肉に特定したエクササイズを行うのであれば、ある人の筋肉は、個々に強いかもしれません。しかし、例として、あなたが彼らを走らせる際に、彼らは、問題を引き起こす内側への膝の運動を減らすために、その筋力を協調する能力を持っていないかもしれません。 特定の運動と結び付かない筋力強化では、運動への伝達、あるいはその動作の運動学を変化させる保証は全くありません。しかし、この記事の最初に議論したように、筋力の増加にかかわらず、‘強化’のプロセスは、痛みに影響を及ぼすかもしれません。 人は最初にオリンピックリフティングのような機能から始めると、短期間で莫大な筋力増加を得ることができます。これは、既存の筋力を特定のスキルの筋肉協調に連動することによるものです。 歩行再訓練や前十字靭帯損傷予防・リハビリテーションは共に、ただ単に筋力を増大させるよりも、特定の運動のスキルや協調に着目しています。 実際に、股関節強化は、ランニングの実際の運動学への転化が疑わしいと示されています。 歩行再教育は、スキルの特異性のため、痛みと運動の変化にとっては成功かもしれません。これは、実際のランニングスキルと関連を持っているのは、運動パターンと筋肉間のタイミングの協調、筋収縮タイプの特異性、速度と力です。 ‘強化’や総合的なリハビリテーション・トレーニングにも、特異的でありえる多くの方法があります。 筋収縮タイプ 運動パターン 運動速度 関節可動域 遠心性収縮力と求心性収縮力 持久力レベル ノルディック・ハムストリング・エクササイズもまたかなり優れているようです。一つには、タイプ(遠心性収縮)の特異性、力のレベル、筋収縮速度によるものかもしれません。 一つの解決策として、ただ‘あなたは○○○を強化する必要があります’と言うことよりも、筋力に関するより良い理解で武装し、関連している可能性がある際には、確実に、より個人に焦点を絞って、より良い結果を得るものを開発することができるでしょう。

ベン・コーマック 3911字

“強化”リハビリで最も使われすぎている用語? パート1/2

どのくらいの頻度で、療法士やトレーナーが痛みを抱えている人に向かって、問題の解決策として、“○○○を強化するために、○○○エクササイズを10回3セットする必要がある”と言っているのを耳にしたことがありますか? ‘○○○’を、痛みの原因と謳われている体幹、膝、股関節、あるいは人体の他の構成要素にも置き換えることができます。これは、腹横筋、中臀筋、内側広筋、あるいはその他の‘魔法’の筋肉や、それらを強化するための関連した‘治療’エクササイズを含みます。 これはただ私の問題と認めますが、ここでの個人的な問題は、‘強化’という用語はいささか曖昧で、しばしば野心的であり、多くの場合、痛みとは関連していないと思われるということです。 私は、筋力は問題でないと言っているのではなく、詳細を理解することで、より良くできるということを指摘することによって、この記事に着手したいと思います。身体に関わる大抵のことのように、筋力には、各個人と彼らの状況への適用を必要とする様々なバリエーションがあります。 これは、特別な‘治療’エクササイズが痛みのレベルに影響を及ぼすことができないということを意味しているのではありません。私達は、痛みが複数の要因によって、一進一退するということを知っています。痛みの減少は、筋力を増すこと、あるいはエクササイズを始めるには弱かったという事実とは関係が無いのかもしれません。 ‘強化’という発想はまた、痛みの複雑さに関する最新の理解の向上の上で私にはあまり確信が持てない、痛みは単に‘弱い’筋肉、あるいは関連する生体力学的要因と関係しているということを意味してるのでしょうか? 結局のところ、筋力が強い人達でさえ、私達のように、痛みを覚えるのです。 しかし、この記事の本質的な目的は、リハビリのプロセスにおいて、筋力という用語と‘強化’のコンセプトに関して、もう少し考察することです。 では、‘強化’が本当に意味するものは何なのでしょうか? 誰がこの用語を使用するかによって、筋力にはいくつかの意味があるようです。 一つの定義は、“外部抵抗に対して力を発揮すること”、例えば、ウェイトを動かすに充分な強さがあることです。一般的に、私達は動かされた負荷の重さによって、これを定量化します。 この定義は、筋力トレーニングの分野において、伝統的に認識されていたものです。 恐らく、より治療的な解釈で使用されているもう一つの定義は、“力に耐える”ことができるということのようです。よって、ランナーはランニングに関わる反復的な地面反力に耐えることができる強い筋肉を必要とするかもしれません。 すぐに、このような一般的に使用されている用語には、曖昧さがあるように思えます。 力を発揮する基本的な強さ、あるいはランニングに関連するピーク力に耐える能力を持っていないランナーは多くいないように思えます。それは、力の反復とそれが適用される頻度への忍耐力により関わっているようです。 同様に、もう一つの例は、痛みの最も急性期ではない際に、適切な‘脊椎の安定性’を作り出すための基本的な体幹の強さを持っていない人(腰痛を持っている人を含む)も、恐らくそんなにたくさんいないということです。 最初の定義は、私達が作り出すことができる力の量を増やす必要があるということを意味しています。二番目の定義は、繰り返される特定の力のレベルに耐えることを意味しています。 私達の言う‘筋力’と‘強化’と、その後にどのように私達がリハビリの‘強さ’を評価するかはかなり重要ですね? 理想の世界において、この理由づけは、エクササイズ、負荷とセット数、反復数に変換され、(望むべくは)より良い結果に導く、より適切なリハビリのプランを作り出すでしょう。 そこで、どれがそれらを意味していたのでしょうか? 率直に言って、わかるものですか!個人的には、強さとは一般的に力を生成させる能力として考え、‘強化’という用語を聞くと、私が最初に考えるのは、人が痛みの無い状態であるために、どの程度の力を作り出す能力が必要なのかということです。 浮かんでくる他のいくつかの質問は、下記のとおりです: 問題を引き起こしている活動は、現在の筋力レベルの枠を越えているのか? どの程度の筋力がこれらの活動に本当に必要なのか? 力を産生する能力、あるいは力に耐える能力が問題なのか? 筋力の‘健康的な’レベルとはどのくらいで、その個人はこのレベルに達しているのか? それは筋力なのか、それとも技能/協調なのか? 筋力の欠損(もしあるならば)は、痛みの原因、あるいは結果なのか? ‘強化’プログラムは、実際に筋力を強化したのか? 私が考えすぎている可能性もかなり高いですが。。。 エクササイズへの適用 膝に痛みを抱えるランナーの定番である‘側臥位での股関節外転’(かなり長い言葉です)のような、一般的な股関節強化エクササイズを取り上げてみましょう。 では、もしも誰かが5回、あるいは6回しかできないと言うのであれば、私は確実に、これは彼らにとって筋力エクササイズであると言うでしょう。もしも彼らが簡単に15回できるのであれば(しばしば見かけます)、彼らには十分な筋力があり、このエクササイズは彼らの筋力の基盤を向上することはないかもしれないと示唆するでしょう。 昔ながらの10回3セットというのは、かなりお馴染みで、‘事実上の’繰り返しの範囲になっているようです。後に議論するように、これはエクササイズが役に立たないということを意味しているのではなく、ただ筋力増大のせいではないかもれないということです。 エクササイズ・ガイドライン/原則の大多数に着目してください。この一般的に規定として定められた10回~15回の繰り返しの範囲は、筋力を増大させるというよりも、筋肥大や筋持久力により関連していると見ることができます。筋力は、1~6回の繰り返しの範囲で向上します。もちろん、絶対的な規則はありませんし、6回以上では強化にならない、6回以下では筋肥大が起きないということを意味しているのではありません! 人はまた、刺激に対してすぐに適応し、プログレッションはいかなる‘強化’プログラムにおいても鍵になります。もしも誰かがすでに複数回、複数セットを行う能力があるならば、負荷の増加のように力を発生させるための需要に変化がないと、これ以上の‘強化’の可能性は低くなります。筋力の適応を引き起こすために、より強い刺激が必要とされるでしょう。 私達は、実際に人により強い筋力を提供しているのか、この筋力の変化が痛みのレベルに影響を与えているのかを確認するために、どのくらいの頻度でエクササイズ前とエクササイズ後の筋力の測定を行っているでしょうか? これは、組織耐性・腱と筋肉の剛性の増大やパフォーマンス向上のような、非常に多くの恩恵を筋力トレーニングが提供していないということを意味しているのではありませんが、生理学的適応を作り出すためには、関連する力は十分に高いものであるべきです。 個々の筋肉を孤立させることを目的とするエクササイズの10回3セットというのは、その人の能力の範囲内であって、例えばスクワットを最大挙上重量の70%で6回2セット行うのと同様の身体的適応を得ることはありません。 つまり、実際に‘強化する’ためには、ただ単に‘強化’と謳われているエクササイズを行うでのではなく、筋力の増大を引き起こすために、正確に負荷と反復数のような変数を操作する必要があるということを意味しています。

ベン・コーマック 3233字

馬券売り場へ行くことは、脳、運動、痛みに関して、あなたに何を教えてくれるでしょうか? パート2/2

実践への移行 キャッチボールのような簡単な動作で、どのように予測が展開されるのかについて考察してみましょう。まず最初に、以前にキャッチボールにおいて、“良い”経験がある人の観点からこれを考察してみましょう。 ほとんどの人達、特にスポーツを楽しんでいる人達にとって、キャッチボール相手の手の中にボールを見るとすぐに、この一連の感覚情報と関連性を持ちます。私のこれまでのキャッチボールの経験が私を幸せな気持ちにしてくれるかもしれません。そして、幸福ニューロンとボールからの視覚刺激によるニューロンの活性化の結合が起こっています。これが蓄積された神経パターンです。 私の脳は、視覚刺激への予測として、キャッチボールの運動プログラムを整理し始めるかもしれません。そこで起こりそうな状況は、‘ボールが私のところに飛んでくる、そして、キャッチする必要がある’ということです。 では、もし前回、ボールが私の顔に投げつけられていたらどうでしょうか? 感覚入力と私の関連性は、全く異ったものになるかもしれません。突然、恐怖と不安に関連するニューロンが活性化されます。そして、交感神経系とストレス反応に関連するニューロンに火が付きます。脳の運動野は、一歩後ろに下がる、あるいは顔面を防御するための行動計画を作り出すかもしれません。同じ視覚刺激でも、これまでの経験に基づいた 多くの相互依存のサブシステムにおいて、かなり異なる予測を作り出すかもしれないのです。 私の息子がまだ小さかった頃の事を例に挙げてみましょう。私はボールを拾い、彼に向かって投げましたが・・・何も起こりませんでした。彼に向かってボールを投げると、彼にはまだボールをキャッチする準備をする運動プログラムが構築されておらず、ボールはただ彼の胸に当たって跳ね返っただけでした。 なぜでしょうか? ただ単に、彼は結果の予測を作り出すために利用すべき、記憶を持っていなかったのです。この記憶を獲得する必要があるのです。彼は、ボールからの視覚刺激が何を意味しているのか、その際に彼は何をする必要があるのかを学習する必要があります。そして、私の仕事は、彼がそこから学習できるように、ハッピーな学習体験を提供してあげることなのです。 キャッチングは、ボールの軌道と力に依存している独特な筋肉の活性化パターンを持っていますが、この処理すべき現在の情報、活性化と運動の結果、あるいは予測はまた、知覚される最良(かもしれない?)の結果を作り出すための、これまでの経験に影響されているのかもしれません。 このプロセスは良いのでしょうか?それとも悪いのでしょうか? もちろん、両方であり得るでしょう。そういうものなのです。 予測は、潜在的に‘過保護’になり過ぎることがあるかもしれません。もし問題があるとわかっていたため、ある行動を回避するならば、問題が発生しないことによって、予測は真実になります。回避することによって、有害転帰を被らないというという可能性です。 急性傷害の状況において、防御行動が今後の傷害を防いでくれると完全に保証するかもしれません。しかし、この防御的な予測の維持は、傷害が治癒した時点で問題となるかもしれないのです。 この予測は、荷重耐性のような身体的要因に影響を与えるでしょうか? では、ここでもまた、これを状況に当てはめてみましょう。 私は前屈時に痛みがありますが、前屈をしなければ痛みはありません。前屈が問題であるという私の予測は真実となり、今後、前屈が問題を引き起こす可能性はより大きくなります。従って、今後に関する私の予測は強化されます。 もし私が前屈をすれば、能動運動部位が、損傷の可能性に基づいた制限要素として、硬直、あるいは痙攣へと移行することによって作用するかもしれません。それらの部位は、正常にバランスのとれた筋反応によって調整されず、不均衡な身体的反応よる不適応なプロセスによって調整されているかもしれません。身体的発生要素はとっくに無くなっているかもしれませんが、関連する行動は残存するかもしれません。異なる状況下では、これらの筋肉は硬くも弱くもないかもしれないのです。 私達は、治療で使用される負荷の増加をの増大を目にしています。これは、局部的な細胞反応にとって素晴らしく、不可欠であり、組織の‘ホメオスタシスのゾーン’を増大させるものです。私達はしばしば、関連のある領域での身体的負荷と身体的・生理学的適応の発生を可能にするために、予測行動に取り組まなければなりません。 恐らく、身体的側面よりも、習慣を打破することは、いかなる治療アプローチにおいて最も重要なことであり、身体的要因が影響されることをも可能にしています。 スポーツにおいて予測が利用されているのを常に目にしています スポーツにおいて、私達は、反応することが不可能のような特定の状況において、予測を必要とします。一つの例として、テニスにおいて、私達は予知反応の使用を目にします。エリートテニスプレイヤーのサーブは、人間の反応時間の域を超えているかもしれないという仮定さえたてられているのです。 これは、知覚−行動プロセスとして議論されています*ここをクリックしてください*。知覚するために、私達は、その身体的合図が何を意味するのかに関して、いくらか蓄積された記憶を持たなければなりません。これは、テニスの状況において、初心者プレイヤーよりも、エキスパートプレイヤーのパフォーマンスの方が優れているという事実によってある程度示されていますが、これは非特異的反応における状況では示されていません。 興味深いことに、エキスパートプレイヤーの反応時間は、機械を相手にしたときよりも、生身の人間を相手にしたときの方が速かったのです。ここでも、蓄積された記憶と関連のある身体的合図の増加は、予測的プロセスと反応時間を向上させたということを潜在的に強調しています。 ここに、スポーツにおいてアスリート達が使用する、対戦相手のアスリート達の予測能力を逆手に取るいくつかの状況があります。 テニスにおいて、プレイヤーは、対戦相手を反対方向へ移動させるために、工夫してボールを特定の場所に打ちます。 ボクシングにおいて、ボクサーはカウンターを打つために、パンチをフェイントして対戦相手の反応を引き出します。 サッカーにおいて、PK戦ではゴールキーパーを反対方向に跳ばせるために、その方向に視線を送ります。 多くのスポーツが、‘ゲームを読める’選手を話題にします。これは、より優れた記憶−予測モデルなのかもしれません。 慢性痛に対する影響 これは、痛みの記憶’という概念を持つ慢性痛に関して着目されていて、以前に、私はこれに関する詳細を記述しています。 これは、痛みの関連性が神経パターンとして、あるいは‘記憶’として蓄積されるようになるところであり、もしかすると、身体からの傷害シグナルが無い場合に思い出され、ひょっとしたら固有感覚シグナル、あるいは行動目的/計画とさえ結合されるようになるかもしれません。 このパターン認識、脅威に関連する知覚、関連する防御の感覚予測と運動予測が、特定の運動、あるいは身体の特定部位からの運動に反応した、慢性痛患者の振る舞いにおいて見られるもののいくつかを、いくらか説明可能にしてくれるかもしれません。 覚えておいてほしいこと ここに脳機能の記憶−予測/ベイズ推論モデルに着目することによって、活用することことができると私が感じるいくつかの基本事項があります。 状況が鍵。単に筋肉、神経、関節等ではなく、習慣と行動に注意を向けることが、長期的変化をもたらすために重要である。 蓄積・読み出しを行うために、新しい有益な経験を作り出す。これは、今後の予測的行動に影響を与えるかもしれない。 私達の心理的信念が、運動行動に影響を与えることができる。 私達の運動行動が、局所的な組織耐性に影響を与えるかもしれない。

ベン・コーマック 3376字

馬券売り場へ行くことは、脳、運動、痛みに関して、あなたに何を教えてくれるでしょうか? パート1/2

これは、私達が予測的な脳機能の理解と、その論題に答える手助けをするための私のお気に入りの例えの一つです。最初に、馬券売り場に移動しましょう。 あらゆる自尊心のある“賭け事をする人”は、彼等が賭けようとしているチーム、あるいは馬の調子を熱心に研究するでしょう。そうでなければ、ただ単に手痛い出費を負うだけです。 あなたは下記のように自問するかもしれません: 最初に、彼らは歴史的に勝者なのか?そして、優れた実績があるのか? 次に、あなたは、彼等が最近勝っているのか、負けているのかといった、現在の調子を調査したいかもしれません。 もし私達がマンチェスター・ユナイテッドFCに着目するなら、彼等は20年以上にわたり偉大な勝利の歴史を築いていますが、ここ数シーズンの彼等のパフォーマンが、現在のパフォーマンスに対する自信を抑えることになるかもしれません。 基本的に、2つの要素があります: 1. これまでに何が起こっているのか? 2. 今現在何が起こっているのか? それらの両方が、今後起こるであろう事に関する私の予測に影響を及ぼすでしょう。賭け事の世界では、それが賭ける金額と直接的に関連するのです!  私は、不確実な将来の状況を成立させるために、私の将来の活動を形作る確率比、あるいは尤度比を作り出すために過去と現在の状況を利用しています。 この概念は、18世紀にトーマス・ベイズ師が提唱した‘ベイズの定理’による統計に関連して検査されました。‘ベイズ推論’は、脳機能を含む数多くの状況に適用されています。 では、ベイズ推論は、脳、運動、痛みとどういう関係があるのでしょうか? これぞまさに、私達の脳の働きの仮説となっているものなのです。 潜在的な結果の確率を算出するために、コンピューターのように起こりうる全ての結果を計算するというより、私達は自動的に現在の状況をこれまでの経験と結びつける可能性があり、そこから適切な対応を考案するという、記憶−予測モデルを使用するとされています。 私達は、記憶を感覚情報、あるいは行動計画のような意図とのマッチングを通して、これらの記憶を引き起こします。蓄積された神経パターンを現在の感覚入力とマッチングすることは、潜在的な結果の確率を作り出します。 予測的脳機能に関して、より賢い人たちによって精査を受ける、私自身の単純なモデルがあります。 パターン−感覚情報、あるいは意図パターンに応じてアクセスするための蓄積された神経パターン 知覚−蓄積されたパターンと実際の感覚入力の解釈 予測−知覚に応じた出力プログラム もし私達が、知覚された脅威への反応としての痛みについて考察するならば、私達のこれまでの経験は潜在的な脅威に対する現在の知覚に影響を及ぼすでしょう。これは、痛みとの関係性に関して、モーズレーやメルザックはじめとする研究者達によって、すでに議論されています。 なぜ脳はこのように機能するのでしょうか? 提案する一つの理論は、脳は膨大な力を持っているが、実際は、その働きにおいては非常に遅いということです。潜在的な理由は、人間の生物学的本質です。ニューロンが脱分極を通して活性化され、活動電子が発生されるとすぐに、ニューロンは再分極する必要があり、このプロセスは、その静止状態に戻るまで時間が掛かります。 これは、変化するために細胞内の要素のバランスを必須とするプロセスで、私達は、膨大なニューロンを持っていますが、特にそれらが不応期の際には運動が(幾分)遅いのです。 この予測的な働きはまた、肉体行動の制御を分散化しているモデルの理由としてしばしば挙げられる末梢からの情報の処理時間において、待ち時間(遅延)を減らすかもしれません。 なぜこれが重要なのでしょうか? 私達は、身体的行動を生じさせるための、筋肉、腱、骨の機械的作用の産物として運動反応をしばしば目にします。あなたの筋肉が硬かったり、弱かったりして運動反応に影響を及ぼすので、適切な反応を起こすために、私達は筋肉を強化、あるいは伸ばす必要があります。 恐らく、私達の現在の反応は、単に身体的パラメーターによって制約されているわけではなく、現在の事象、ひいては関連する反応に対する私達の知覚を形作るこれまでの経験によって引き起こされています。 一つの例として、姿勢のような状況を変えるために、私達は歴史的に筋肉の伸長や強化に携わってきています。そして、逸話的な成功は別として、実際に誰かの姿勢を変えることのできる経験的証拠を目にすることはほとんどありません。ランニング時の足運びに関しても同様で、関節可動域や筋の硬さは、筋肉の強さにかかわらず、実際には足が地面に着く前にすでにプログラムされているかもしれず、筋肉のストレッチや強化が、誰かの走り方に与える影響はほとんどないのかもしれません。 私達の筋反応は、より身体的な制約というよりも特定の状況に応えて読み出される、  神経系によって蓄積されたパターンの癖によって引き起こされるのかもしれません。 よって、基本的に、もし私が以前に痛みを経験したことがあれば、これが私の今後の反応を形作るかもしれないということです。 必要とされている状況:腕を挙げる 潜在意識下の分析:以前に腕を挙上することが痛みを起こしているので、またいたみがあるかもしれない。痛みを制限するためにどうしたらよいか?あるいは、他にどのようにしたら痛みなく腕を挙げることができるか? そこで、肩の筋肉の基本的な硬さや弱さにかかわらず、以前の疼痛経験への反応として腕を上げることで、私の運動反応は肩の筋肉群を硬直させるかもしれません。肩の筋肉群は、疼痛発生の確率が高いと見なされる特定の状況に応じて硬直するかもしれません。この確率比は、痛みが長引くほど、高くなるかもしれません。 私達はまた、増大する実際の痛み、あるいは出力応答としての感覚の増大を作り出すことによって、腕の動きを制限するかもしれません。 感覚系を有するポイントの一部は、その人とその人の脳に、身体に起こっている事と、その個人にもたらすかもしれない脅威の末期的な状況を警告することです。

ベン・コーマック 2644字

あなたは中枢神経系を助けているのか?ただ中枢神経系の注意を逸らしているのか? パート2/2

入力がありとあらゆる奇想天外なバックグラウンド、薄っぺらな関連性、様々な身体部位と系統に集中する非難を誘発するノセボ以上のものであると思われる時、痛みを抱えている人にとって、注意をそらすことはまさに彼等が必要としていることかもしれません 痛みを伴う治療、あるいは入力も同様の効果をもたらすかもしれません。フォームローラー、あるいは痛みを伴うスポーツマッサージは、一時的な効果があります。それらは、あなたの気分を良くし、もしくは効果があると感じさせるかもしれませんが、一般的には短期的なものです。前日に激しい運動をしたために身体が硬く張っていて、きっとフォームローラーが私の気分を良くしてくれるだろうと思っているとしましょう。私がフォームローラーを使用している最中は、本当に痛い、まぁ、痛い、しかし、使用後に突如、凝りが軽くなるのを感じます。それは単純に、私の中枢神経系がフォームローラーによってもたらされる新しい痛みの感覚に注意を払っているということなのでしょうか?それは、新たに適用され、単にこれまでの感覚を覆す、より大きな刺激であり、異なる入力に応えて、その感覚出力をも変化させるのです。 この入力はまた、中枢神経系出力を介して、筋肉の伸長性とある程度調整され短期的に変化する関節可動域をも変化させます。筋長調節器の一つは、筋肉がどう感じるかで、筋肉を伸ばすと、筋肉は張力を感じ、その感覚が増大するにつれて、筋肉を伸ばすことをやめるというものです。もし中枢神経系の注意、あるいは中枢神経系の注意をそらすことを求めて競合する、より大きな感覚があるならば、これに比較して感覚調節は単にあまり感知しないかもしれず、出力調整は他の競合する入力に応じて、変更されているかもしれません。 それは、誰かがチョコレートで注意を逸らすまで、ボールを独り占めしている子供と類似しているかもしれません。子供はチョコレートを食べるために、ボールを離さなければなりませんが、それでも独り占めしようとするかもしれません。それは、行動が修正されたわけではなく、ただ単に注意が逸らされているだけなのです。 私達は、DNIC(広汎性侵害抑制調節)のような、疼痛性刺激によって起きる他の機序も持っています。これは、強度の侵害刺激が侵害受容ニューロンに、侵害受容ニューロンの遠心性抑制をもたらす尾側延髄腹外側野へインパルスを送らせること、わかりやすく言えば、痛みを抑制する痛みを送らせるということです!しかし、私達は侵害受容(痛覚)が起こることを必要としています。 知覚、期待、抑制 もし私が以前にある治療、あるいは入力から良い結果を得ているのならば、再度、良い結果を期待するかもしれません。私の期待は、起こっていることに関する中枢神経系に肯定的な見方や認識をするように駆り立てるかもしれません。それは、私の関わる環境や人が、肯定的な入力と出力を誘発するということかもしれません。心地よく、リラックスしていて、安全に感じることが、中枢神経系に事象に対しての肯定的な評価をさせているのです。 それは、私の中枢神経系の認識、もしくは注意を増す不安を伴う事象の処理、潜在的に有害なあらゆる刺激の処理を変化させる、寒くて非常に不快な待合室と意地の悪い医師、あるいはこれまでの歯科医、治療家、トレーナーとの酷い経験とは、全く正反対なのかもしれません。 単純な因果関係というよりも、痛みはある程度、神経系周辺を浮遊している内因性(内部的に発生した)阻害物質の量と、疼痛経験の促進に関与する化学物質の量とのバランスに依存しています。 中脳水道周囲灰白質は(PAG)、吻側延髄腹内側部(RVM)と後外側束を介して、脳幹から後角へと抑制インパルスを送ることができます。中脳水道周囲灰白質は、視床下部、皮質部、辺縁系からインパルスを受け取り、これらのインパルスは、感覚、運動、感情等のような行動に関連するこれらの脳の部位に起因するいずれかの処理によって、潜在的に引き起こされるかもしれません。吻側延髄腹内側部内に、下降抑制を働かせる‘オフ’細胞と侵害受容伝達を促進する‘オン’細胞があると考えられていて、これらは慢性痛の状態に関与しています。侵害受容ニューロンの促通と末梢受容体の感作によって、私達は通常は非侵害刺激であるものを用いて、侵害受容性シグナルの暗号化を獲得するかもしれません。私達は痛みにおいて抑制効果のある内因性オピオイドとGABA、促進効果のあるアスパラギン酸塩、グルタミン酸塩、NMDA(N‐メチル−D−アスパラギン酸)のような化学物質を持っています。これはもちろん侵害受容に関する全てではありませんが、同様に、私達は脳内に、ただ侵害受容伝達中のみではない疼痛経験の抑制と促進を持っています。 良い治療家はリラックスしやすい部屋に入って来て、誰もあなたの痛みを抑えることができなかったかの理由(でたらめな可能性のある)を説明し、彼等がその答えを持っていると自信たっぷりに安心させるでしょう。すると、あなたは理解されていると感じ、かすかな希望が湧いてきます。あなたの脳は、不安を緩和するかもしれない、あるいは抑制を引き起こし、潜在的ないかなる侵害受容性シグナルの促進の減少を引き起こすかもしれない化学物質を送り出します。化学的バランスは、痛みに対して‘マイナス’の可能性へ揺れます。セラピストが疼痛性刺激や、あなたの脳にとって新しい、今までにない運動情報の噴出を提供すると、突如、痛かったXXXが変化して、幾分良くなったかのように感じます。おそらく、その部位は緩んだ、あるいは強くなったように感じるかもしれません。これは素晴らしいことですが、どうか、この変化、あるいは注意を逸らすことと解決策を混同しないでください。 短期的な成功は明らかに有益ですが、最大の成功をもたらすのは、行動における長期的変化であることを忘れないでください。

ベン・コーマック 2480字

あなたは中枢神経系を助けているのか?ただ中枢神経系の注意を逸らしているのか? パート1/2

人間の神経系は、非常に適合性があります。中枢神経系は恒常的に中枢神経系/私達に影響する様々な刺激に反応しています。その処理はしばしば、予測に基づいて、あるいは難しく言えばベイズ推論モデルに基づいているということを忘れてはいけませんが、簡略化すれば、入力−処理−出力システムとして表現されるかもしれません。 これが意味していることは、もし私達が入力を変更すれば、その反応として異なる出力を得るかもしれないということです。 最近、私は、騙されやすい中枢神経系に関して、そして、いかに‘神経系を巧妙に改造’するのかに関する多くの議論を読んでいます。正直なところ、同意できるかどうか確実ではありませんが、これは結局、中枢神経系はコンピューターではないということを暗に伝えているように感じますが、これに関して、私は恐らく、潜在的に一時的に出力を変化させる、異なる一時的な入力を提供することによって、神経系の認識を変化させるのであろうと考えます。私達は、一つの‘プログラム’と他のプログラムを交換しませんし、‘初期化’して出荷時設定(例えそれが何であれ)に戻すこともしません。そうではなく、‘プログラム’は、適用された入力に従い、恒常的に状態を発展させます。もちろん、私達は時折、一貫性のある入出力‘ループ’の中に閉じ込められてしましますが、この習性が瞬間的に、恒久的に変化することはそう多くありません。 もし私の出力が,関節の硬さであるとすれば、これが組織の保護に基づいていて、多くの脅威ではない入力を提供されているのであれば、私の中枢神経系に関する認識は‘私達はそこまでの保護を必要としない’という認識に変わるかもしれませんし、次に関節の硬さの減少により、筋緊張の出力を低下させるかもしれません。ほとんどの習性のように、染み付けば染み付くほど、長期間にわたって認識を変化させるために、より定期的に‘有益な’入力が適用される必要があります。 それはただ注意をそらすものですか? 場合によっては、これは認識の変化というよりも、より注意をそらすものかもしれません。そして、適用された入力の新規性と大きさは、現在の状況よりもはるかに興味深く、注目すべきことかもしれません。もし私が、より興味深い、あるいは注目度抜群の刺激を提供することによって中枢神経系の注意をそらすならば、この入力の変化は中枢神経系の出力を変化させるかもしれません。しかし、中枢神経の注意をそらすことは、長期的に何かを有益に変化させるための刺激を提供しないかもしれません。 私達は、変化のための環境を育てることなく、恒常的に中枢神経の注意をそらすこともできます。ただそれだけを行う‘短期間の治療’が、どれほど存在していることでしょうか? 出力におけるこの変化はしばしば、ただの一時的な注意をそらすもの以上のものと混同する可能性があり、これは私達が感触を推定し始めるところかもしれません。突如として新しい入力が、身体の遠く離れた部位の長期にわたる問題の‘解決策’になる可能性もあり、同様に誰かの複雑な痛みのパズルに欠けている奇跡のピースと勘違いされる、あらゆる短期的な変化になる可能性もあります。 私達は、筋膜システム、生体力学、複雑な脳を基底としたメカニズムを伴う、架空のバックグラウンドを作り上げることができます。これら‘解決策’の全ては、成功の指標として、関節可動域、筋力、あるいは感覚といった中枢神経系の出力を介して調整されているすべてのことにおける短期間の変化に依存しているのです!変化という言葉は、単に変化というだけであって、変化が良い事とであるとほのめかしているわけではなく、短期間の変化もまた、長期間の変化、あるいは‘解決策’をほのめかしているわけではありません。 私達は、筋力の増大と関節可動域の増大を、肯定的なものとして混同します。腰痛を患っている人達において、体幹筋群収縮の増大は、現在進行中の痛みの状態と関連していて、筋硬直の減少と筋長調整もまた、実際には、運動制御において、悪影響を及ぼすかもしれません。筋力も柔軟性も共に、状況に依存するものなのです。 痛みの部位における筋力の増大は、潜在的に実際の問題を代替した結果因子であり、原因とはほぼ関連ないでしょう。 これを状況に当てはめてみましょう。 ある人が肘痛を患っていて、治療家、あるいはトレーナーが足に刺激を与えます。この刺激は、種類にもよりますが、さまざま脊髄路を伝わり、処理のために脳まで達します。すると突然、肘の感覚が変わり、良くなったとさえ感じるかもしれません。これは、身体が特に足からの刺激を必要としていて、そして、これはどういうわけか、肘と関連していて、その問題の原因は、わかりやすく言えば、中枢神経系が、恐らく、動いている他の身体部位と比較しても、足から来る情報により多くの注意を払っていて、それ故に、中枢神経系が体内で調整している他の状況への出力を変化させているということを意味しているのでしょうか? 情報の噴出! なぜ中枢神経は特定の身体部位に、より注意を払っているのでしょうか? さて、通常関節によってもたらされる運動が制限されているのならば、固有感覚情報の噴出は、神経系にとって新しく、注目に値し、興味深いものとなります。私達は新しい、あるいはこれまでの経験に基づいた予測を超えた刺激に対して注意を払います。一つの例として、通常よりも高さのある歩道の縁石から足を踏み外した際、突如、私達は、この入力情報の変化に気付きます。もしそれが通常の高さであれば、単に注意を払うに値する情報ではなく、私達は意識せずに楽しく歩くことでしょう。私達はこの新しい刺激に注意を払っていますが、感覚、あるいは他の部位の硬直の調整は、特に新しい刺激の持続時間が十分であれば、中枢神経系の出力として変化するかもしれません。 これは、2つの身体部位は何らかの形で結びついていて、誰かが必要としている刺激ということではなく、その人がたった今注意を払っている、ある刺激なのかもしれません。そのうち、その刺激に今ほどの目新しさも注意を掴む潜在力もなくなれば、注意を逸らすレベルも変化するかもしれません。私達は、軟組織の取り組みにおいて、これを目にします。身体/中枢神経系が慣れてしまって、同様の効果を得るためのさらなる刺激のレベルを提供するために、人々は、フォームローラーから、ケトルベルのようなより硬い器具に少しずつ変化します。 運動によって作り出された固有感覚情報はまた、小さなAδ線維と有害情報を伝達するC線維を抑制する、大きなAβ線維から伝達されてくるような情報によって、痛みに関しての‘ゲート効果’があります。これが、私達が痛みのある部位を撫でる理由であり、この理論は、メルザック とウォールよって最初に提唱された ‘ゲートコントロール理論’として知られています。この理論が、1960年代の原型から進化した一つの理由は、他の神経生理学的メカニズム‘下行性抑制’同様に、痛みによる侵害受容を必要としていたからです。これが、幾つかのケースにおいて、なぜ注意を逸らすことと認識の変化が私の興味を引くのかの理由でもあります。私が認識の変化、あるいは注意をそらせるという理論を好む理由は、他と競合しているたった一つの入力、あるいは出力を変化させる入力の代わりに、抑制されるために起きている侵害受容があることを暗に伝えていないからです。

ベン・コーマック 3143字

運動療法を用いる際に知っておくべき4つの必要不可欠なポイント パート2/2

考え過ぎない/恐怖感の無い状態 一体何人の人達が、回復過程をも妨げる再受傷の恐怖感によって、痛みを増幅させたでしょうか?それは、身体の物理的部位は完全に治癒していても、疼痛経験と関連するようになる可能性のある心理的側面のせいで、運動・感覚反応はいまだに防御状態にはまり込んで抜け出せないということかもしれません。 再受傷の恐怖感は、人々の回復に悪影響を与える可能性があり、一例として、次の研究のように、前十字靭帯(ACL)損傷後に重度の運動恐怖症を目にすることがあります:Kinesiophobia after anterior cruciate ligament rupture and reconstruction: noncopers versus potential copers(前十字靭帯損傷と再建術後の運動恐怖症:予後不良患者と潜在的な予後良好患者の対比) 人々はしばしば、‘調子のよくない’膝、あるいは‘壊れそうな’腰に自分を重ね合わせ、その部位への過度の認識されるストレスと負担をかける活動から積極的に逃れようとするかもしれません。Vlaeyenは恐怖回避に関する話題で、1995年に素晴らしい研究論文を執筆しました:The role of fear of movement/(re)injury in pain disability(疼痛障害における運動/(再)受傷の恐怖感の役割)。特定の活動を避けることによって、彼等の身体部位に関する信念は強化され、それ故に、彼等はこれらの活動をさらに避けるようになります。 生理学的レベルにおいて、これは、作業の必要性がより低いため、これらの部位は低能力な組織と失調を引き起こすということを意味するかもしれません。低能力は、その部位がより容易に過負荷になり、恐らく、今後の痛みに敏感になることを引き起こすかもしれません。 先程、リラクゼーションのセクションで議論したのと同様に、恐怖に対する行動によって引き起こされる防御的な運動反応は、組織への血液供給や老廃物の除去のような局部での自然な生理学的プロセスを妨げる可能性があります。これは、アシドーシスや更なる感度知覚や回避行動・回避信念に至らせる、機械的侵害受容器感度の増大を引き起こすかもしれません。 過度の用心深さ(知覚過敏が増強した状態)は、‘危険に晒されている’と認識される特定の部位に適用されるかもしれません。そして、その過度の用心深さは、今後の再受傷の不安とそれに続く仕事や家族生活への影響を伴う可能性があります。 運動療法アプローチにおけるキーコンセプトは、身体的・心理的脱感作の両方へのアプローチに基づく、段階的な露出と漸進的な負荷を利用することです。目指すのは、考え過ぎず、恐怖感の無い状態で機能的な活動に戻ることです。肯定的な運動の成果を再確認することは、運動に関して抱かれている否定的な信念を減らすことへの鍵です。 変動性/多様性 変動性は、生体系にもともと備わっているものです。このことに関して、私はMovement variability & its relation to pain and rehab(運動の変動性と、痛みとリハビリテーションへのその関連性)に詳しく記述しました。 運動の自然な変動性は、痛みに影響を受けると共に、痛みの原因でもあるかもしれません。この最近の研究論文Interaction between pain, movement, and physical activity: short-term benefits, long-term consequences, and targets for treatment (痛み、運動、身体活動間の相互作用:短期的な効果、長期的な影響、治療の目標)は、痛みと運動間の関係性に関して明らかにしている新しい理論のいくつかを強調しています。治療とパフォーマンスの両方における、エクササイズへのアプローチはしばしば、ターゲットの組織や運動への効果を増大させるために、多様性を減らしています。これは、筋肥大と作業能力のためには良いかもしれませんが、これまでに多く書かれてきた、リハビリテーション用エクササイズの目的を形作っている、運動系による痛みへの適合に関する重要な側面に取り組むことに欠けています。 MoseleyとHodgesは、Reduced variability of postural strategy prevents normalization of motor changes induced by back pain: a risk factor for chronic trouble?(姿勢戦略における変動性の減少は、腰痛によって誘発された運動変化の正常化を妨げるのか?:慢性的問題の危険因子)において、慢性腰痛を引き起こす危険因子としての変動性の減少を確認しました。 この研究論文Low back pain status affects pelvis-trunk coordination and variability during walking and running(腰痛の状態は、歩行と走行中の骨盤−体幹の協調性と変動性に影響を及ぼす)は、腰痛を持たない、一度だけ腰痛を経験した、あるいは長期的に腰痛を患っている被験者における歩行と走行の変動性解析から確認しています。 彼等の結論は: "このデータは、たった1回の腰痛の発症にさえ関連している損傷リスク増大とパフォーマンスの欠如の洞察に役に立ち、臨床医は、腰痛のためのリハビリテーションを処方する際に、痛みの解消のその先を考える必要があるということを示唆している” 私のお気に入りの運動理論の一つは、Feldmanによって記述された‘均衡点’です。 Latashは、このことをMotor Control Theories and Their Applications.(運動制御とそれらの適用)の中で解説しています。 "これは、中枢神経系の制御レベルが、空間的座標において、筋肉がいつどのように活性化されるかについての正確な詳細について懸念することなく活性化される場所を指定することを可能にしている" よって、中枢神経系は、末梢レベルでの一時的な協調を自己管理された/自己最適化された、つまり変動性のある状態に放置する一方で、運動パラメーターを設定するかもしれません。これは、ガンマ運動ニューロンと筋紡錘に関わるフィードフォワード/フィードバック機構を介してであると仮説を立てられています。 もしパラメーターが、中枢神経系によって厳しく設定されているのであれば、これはシステムの中で利用可能な変動性と変化する刺激への適合を可能にする能力を縮小するかもしれません。 私の予感(恐らく、科学的には良くないこと)の一つは、パラメーターは特定の身体部位の皮質マップと、これまでの運動経験/疼痛経験の相互作用を介して設定されているのかもしれないということですが、もちろんこれは証明されていません! 私達はこの情報を現場でどのように使用できるでしょうか?異なる運動パターンと変数の幅は、対応/適合する人へ異なる刺激を提供するために、運動療法プログラム中に活用されるべきです。彼等が診療所環境、あるいはジム環境から離れる必要があるということとほぼ同様に。

ベン・コーマック 3123字

運動療法を用いる際に知っておくべき4つの必要不可欠なポイント パート1/2

リラクゼーション/動作の自由さ 一般的に、治療に基づいたエクササイズは、活性化増大の獲得、更なる筋力の創出、時には早発型の筋収縮の獲得が目的です。これはしばしば、‘発火’の増大として表現され、もし誰かが私に‘臀筋群が発火していないと言われています’と言うたびに1ポンドもらえたら、私は今頃金持ちになっていたはずです! 痛みがある時、そして痛みの後の人々の運動を研究すればするほど、実際には、筋肉を弛緩・筋肉のスイッチをオフにすることが不可能であることわかってくる傾向にあります。筋肉がライトのスイッチのように、オフにしたりオンにしたりできるのかは確かではありませんが、人々が持っていると思われる概念と一致しており、筋肉の発火過多を防いでいます。 Paul Hodgesのグループによる最近の研究論文:Gain of postural responses increases in response to real and anticipated pain(実際の痛みと予測される痛みに反応して、姿勢反応の獲得が増大する)では、まさにこのようなことが発見されました。 この研究において、実際の刺激と侵害刺激の両方がタスクに導入される際に、筋肉の活性化の増大が見られます。 "そのタスクに必要なものよりも早期で多大な筋肉の活性化は、関節への不必要な荷重を作り出す可能性がある。もしこれが維持されるのであれば、長期的に影響を及ぼす可能性がある" Spine loading characteristics of patients with low back pain compared with asymptomatic individuals(無症状の被験者との比較による、腰痛を持つ被験者の脊椎負荷特性)の中で、これはまた、腰痛を経験している被験者にも当てはまりました。 "管理された運動中、腰痛群は、無症状群よりも26%強い脊椎圧迫と75%強い横せん断力(モーメントへの正常化)を経験した。脊椎負荷の増大は、筋肉の同時活性化に起因した" このことから、何を得られるでしょうか? しばしば、エクササイズのゴールは、硬直、正確さ、制御、完璧に特定の筋肉をターゲットにしようと試みることですが、多くの場合、健全な人間動作を特徴づける自然な変動と流れを可能にするために、筋弛緩と動作の自由さを必要としているかもしれません。 簡潔に言うと、痛みのある人達は運動を変化させているということです。これは、運動評価に影響を与え、治療的な思考のもとで、筋肉が弛緩した状態と真の自由な動きを回復させるために、どのように人に運動させるかにも影響を与えるでしょう。 関連性 “Patient led goal setting in chronic low back pain-What goals are important to the patient and are they aligned to what we measure?” (慢性腰痛において目標設定を指導された患者−患者にとってどのような目標が重要で、それらの目標は私達が測定するものと連携しているのか?)は、あまり取り上げられることのなかった研究の一つです。現在実践されていることに異議を申し立てるものだからかもしれません。 この研究の結果は、患者の目標はどれ一つとして、理学療法士によって使用される一般的な測定とは連携していなかったことを発見しました。従来の測定は、痛み、筋力、関節可動域でした。 この論文に関する批判は、患者の目標が記述されていなかったということですが、これらは、患者や患者の生活と幸福の質にとって重要な、子供を抱え上げる、あるいは痛みなく靴ひもを結ぶといった特定の活動に関連する目標だったかもしれません。 私達が、治療の心理学的側面に関して理解すればするほど、このような研究はより重要になります。もしあなたの成功の尺度が患者の尺度と異なるようであれば、あなたが良い結果と見なしているものは、本当に問題を抱えている人達には、同じようには見られていないのかもしれません。 患者の明確な目標について考えるならば、たとえ私達が、生体力学、神経力学、あるいは筋機能のような身体的要因に関してより考えているのだとしても、こうしたこと全てに特異性と関連性の要素があるでしょう。 実際に、筋力や柔軟性のような個人の生物運動の構成要素に取り組むことは、特定の運動には関連がなく、ほとんど影響を及ぼさないように見えます。 この研究Frontal plane kinematics of the hip during running: are they related to hip anatomy and strength? (ランニング中の前額面における股関節の運動学:股関節の解剖学と筋力に関連しているか?)は、ランニング中の股関節内転の運動学は、股関節外転の筋力とは関連していないことを発見しました。 この研究The effect of a hip-strengthening program on mechanics during running and during a single-leg squat(ランニング中と片脚スクワット中のメカニクスにおける股関節強化プログラムの効果)は、股関節強化プログラムがランニングメカニクスを変化させることが無かったことを発見しました。 これは、筋力を変化させるかもしれないし、変化させないかもしれない筋力強化プログラムを通しての荷重は、過重負荷耐性や痛みには影響を及ぼさないが、それが望む結果であるならば運動を変化させないということを意味しているのではありません。 柔軟性トレーニングを通して獲得された関節可動域は、一般的には、自動的に運動を改善しません。Improvements in hip flexibility do not transfer to mobility in functional movement patterns(股関節の柔軟性の向上は、機能的運動パターンにおける可動性に転化されない)の中で、著者は下記のように結論を出しました: “これは、もし新たに発見された運動域が使用されるのであれば、トレーニングプログラムとリハビリテーションプログラムは、新たな運動パターンを‘体に覚えさせること’に更に焦点を当てることから恩恵を受けるという意味を含んでいる” もし運動そのものが、向上させようとすることと関連しているのであれば、ただより大きな可動域を用いた運動に焦点を当てることは、一挙両得だと議論されるかもしれません。 Is a positive clinical outcome after exercise therapy for chronic non-specific low back pain contingent upon a corresponding improvement in the targeted aspect(s) of performance? A systematic review(非特異的慢性腰痛における運動療法後の前向きな臨床転帰は、パフォーマンスの目標とされた側面において、伴って起きる改善を条件とするのか?)では、可動性、筋力、持久力のパフォーマンス測定における変化が、直接的に腰痛におけるエクササイズによる治療の肯定的な効果に起因するという裏付けとなる根拠がほとんどありませんでした! 恐らく、関連する運動を使用し、運動系が適応性、耐性、変動性を含む更なる運動のオプションを発展させる手伝いをするエクスターナルキューのような入力を通して刺激を提供するアプローチは、実用的なものに見えます!

ベン・コーマック 3307字

関節は中心化される必要があるか?それが本当に問題なのか? パート3/3

筋肉の活性化を“修正する”(続き) Lehmanとその他は、腰部より先に発火するハムストリングスよりも先に臀筋が発火すべきであるという理論をテストしました。*ここをクリックしてください* そして、彼等は、無症状者において、一貫した筋動員パターンは無く、被験者間で多様性があることを発見しました。筋収縮の開始時間には、大きな幅がありました。以前の研究もまた、理論化された筋肉の活性化の‘正しい’順序とは相関関係がありませんでした。 コアスタビリティもまた、筋肉の活性化の正しい順序とタイミングに関して仮説立てられています。腰痛へのコアスタビリティアプローチの効果に関する私のレビュー*ここをクリックしてください*を読んでみてください。 Vasseljenとその他は、まず、腹筋群の活性化において、大きな多様性があるということを発見し、次に、8週間の腹筋トレーニングによって影響されないということを発見しました*ここをクリックしてください*。 Mannionとその他は、腹筋機能の基準値測定、もしくは腹筋向上の基準値測定のどちらも良好な臨床転帰には影響を及ぼさないということを発見しました*ここをクリックしてください*。 さて、私達はタイミングを変化させることができるでしょうか?私達は何が‘正しい’タイミングなのかを知っているのでしょうか?それが痛みに影響を及ぼすのでしょうか? もちろん、明快な答えは出ないでしょう。反対の根拠、あるいは不明確な根拠に対する昔からの論証はしばしば下記のとおりです: 彼等はXXXの理由で、研究を正確に遂行しなかった。 私達の理論は異なる。 私達の臨床経験では、XXXと考えます。 ここでの責務は、理論をバックアップするための根拠、あるいは アプローチの疑う余地のない効果を証明するための特定の方法を提供することです。 私達は、‘ジョイントセントレーション’理論において、重大な役割を果たす安定筋や主動筋のように、筋肉に特異的役割を与えています。私達は、筋肉が何をすべきか、筋肉がいつそれをすべきか、ということを確かに仮説化することができます。身体の内部で本当に何が起こっているのかを知ることは少々困難ですが、もし単一筋が理論化された‘責務’を果たさなければ、誰かが言うほどに悲惨な状況なのでしょうか? 私達が筋肉の役割を定義しようとしている方法の一つは、筋線維タイプの配分を通してです。もしその筋肉がより多くの遅筋線維を持っているならば、それを姿勢筋、あるいは安定筋として分類するかもしれませんし、より多くの速筋線維を持っているのであれば、それは運動のための筋肉として分類されるかもしれません。異なる理論に着目するならば、実際には、全ての筋肉はより協働筋なのかもしれません。次の項で詳しく説明しましょう。 T. Haggmarkとその他は*ここをクリックしてください*、腹筋群(腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋)の研究において、の主要な線維タイプを発見しまし、一個人の異なる筋肉の間ではほとんど変わりがないことから、それらの筋肉が非常に類似した機能的能力を持っているという結論を出しました。しかし、大きな個人間変動は存在します。この研究*ここをクリックしてください*は、わかりづらいところもありますが、筋肉に関する36件の研究のほとんどにおいて、“どちらかの線維タイプが優位ということはない”ということを発見しました。 筋線維タイプの配分は、ほとんどの事がそうであるように、個人個人で非常に異なっているように思われます。遺伝、性別、運動タイプ/レベルは、個人における筋線維タイプの配分に影響を及ぼしているようです。多くの筋肉が、ほぼ同じ割合で筋線維タイプを持っているようです。これが、特定の役割を書いたラベルを筋線維に貼ることをより困難にするでしょうか? その他の理論 反対となりえる他の理論的な考えは、動的システム論です。ここでは、筋肉の活性化における変動性は、完全に正常で健全であるということがわかります。 Davidsとその他は、試験間の運動変化を健全で、遍在していて、避けられないのだと考察しています*ここをクリックしてください*。この変化は、このブログにも登場する研究によって支持され、疼痛経験において一貫した関連性はないかもしれません。この研究は*ここをクリックしてください*、非熟練運動者が彼等の運動戦略を厳格に固定している一方、熟練運動者は、より変動性を持っているということを強調しています。 Fallaとその他は、ウェイトリフティングのタスク中に、一貫した筋肉の活性化戦略を示した腰痛者群と対比して、筋肉内の活動において、健常人群が実際により多くの変動性を示したということを発見しました。この場合、繰り返し作業中における、筋肉内の活性化の変動性は、特定の活性化パターンよりむしろ健全なのかもしれません*ここをクリックしてください*。 上記の図の健常者群の部分で、頭蓋部から尾側部にかけての腰部脊柱起立筋の活性化の偏移が見られます。下記の有痛者群は、筋肉の同様の部位のみを活性化しています。これは、運動変化の減少と生理学的ストレスの増大の両方を強調しているのかもしれません。 私達はまた、筋肉の冗長性の問題も持っています。中枢神経系が同様の物理的行為を行うために使用することのできる筋骨格系の要因の大きな変動があります。例えば、いかなる体幹筋活性化パターン、あるいは相乗作用の組み合わせも、脊柱の安定性において同様のタスクを獲得することができるということです。 私達はタスクを成し遂げるために、筋肉を協働、あるいはグループで活性化します。単一筋がタスクを成し遂げるという治療界とフィットネス界の考えは、私にとっては、全く理にかなっていませんし、利用可能な根拠はありません。筋電計を使った研究から見た、これらの協働作用における個々の活性化のタイミングと順序は、このブログでこれまで議論してきた領域に出てきたように、健常人と非健常人における明白なパターンというよりはむしろ、個々において変動があるように見えます。  そこで、数多くある筋肉の相乗作用において、私達はどの活性化パターンを使用するべきなのでしょうか?どれが冗長なのでしょうか?“非制御多面体仮説(UMH)”、あるいはより簡単なUMHアプローチのような、とても現代的な運動理論は、冗長要因を制限するというよりもむしろ、利用可能な冗長要因の利用に着目しています。さらに読むには*ここをクリックしてください*。 筋肉活性化の特定パターンとタイミングは明確ではなく、腰痛とコアスタビリティの場合においては、より関連性がある、あるいは変わりやすいように見えます。関節を中間位に置くために力のバランスを取るための主働筋と拮抗筋のような単純な概念でさえ、複雑な機能に関連した生体力学に着目すると、さらに一層複雑になります。関節は三次元を通して動くため、私達が現在基づいている単純化した二次元モデルよりもむしろ、それぞれの平面においての、主動筋と拮抗筋に目を向ける必要があります。 力学的レベルでは、ジョイントセントレーションを持ち、それによる能力増大は理にかなっていますが、もし私達が筋肉の動員パターンの何を修正すべきか知る方法を持っていなければ、‘修正’することが困難であるということに気付くかもしれません。もし明確な相関パターンが分からなければ、痛みや損傷を間違った筋肉の活性化や姿勢のせいにするのは困難なように思えます。 身体における内部作用を議論する際に客観的なデータがあれば、明らかな手助けになります。もし客観的なデータが無ければ、とてつもなく困難になります。私達は、自身に‘実のところ、何を知っているのか?’ということを問う必要があるのです。

ベン・コーマック 3297字

関節は中心化される必要があるか?それが本当に問題なのか? パート2/3

姿勢(続き) 姿勢と関節の位置は、関節周辺の筋肉の活性化にとりあえず関連しているのでしょうか?数多くの研究論文によると、私達の姿勢の位置は、視覚系、前庭系、感覚運動系間の複雑な相互作用によって制御されているようです。もし私達の姿勢が、その他の要因によって影響されているのであれば、関節周辺の筋肉の活性化の再トレーニング、あるいは活性化の順序を再トレーニングすることには、効果は無いかもしれません。 私達の静的姿勢は、固定された関節周辺の回旋軸に確実に影響を及ぼすでしょう。ここでのポイントは、私達の姿勢が痛みに影響を及ぼすかどうかということですが、利用可能な科学的根拠に基づいて、これを支持すると結論付けることはできませんでした。 動的姿勢は、はるかに複雑なテーマです。私達の動的姿勢は、遂行時にかなりの変動を伴い、私達が行うタスクによって確実に決定されるでしょう。 ここで、私達は、関節における‘理想的な’機械効率を維持するための静的姿勢の観点から見る単純な固定軸よりも、瞬間的回旋軸に着目し始める必要があります。この概念はかなり複雑な機械的なもので、私の脳の灰白質に挑戦するものです!また、動的姿勢に関連している研究も非常に少ないのです。 瞬間回旋軸は、運動体が平行移動や回旋している際に、つまり臨床的状況ではなく、実際の動的運動時に発生します。 私達が瞬間回旋軸を持つ際に、関節周辺の運動は純粋な回旋であると推測することができます。これを達成するために、骨の平行移動の要素は、近接結合を保つために同時に起こる必要があります。問題は、身体運動は順序的で、どのような種類の可動域も、達成するためには、身体運動が蓄積される必要があるということを知っているということです。身体の大きな可動域は、複数の関節による可動域の蓄積なのです。脊椎運動が良い例です;それぞれの部位が小さな可動域を持っていて、構造全体を合計して大きな可動域を形成します。 機能性が関連する例は、テニスのショットに対してラケットを伸ばすこと、あるいはフットボールのタックルへのランジです。関節は、運動域を獲得するために、中心化から外れる必要があり、このタスクは試合、キャリアを通して、繰り返し必要とされます。あなたが関節の中心化を保っていれば、負傷しないかもしれませんが、その状態でプレーすることが困難であると気付くかもしれません。そして、私はまだ、プロフェッショナルスポーツにおいて、セントレーションの欠如が損傷の原因であるという科学的根拠を確かめていません。私はこれを、機能的世界における運動の臨床的発想の古典的な一例として見ています。それは、機能的な状況において、中枢神経系に複数の部位を協調した状態で動かすことを教え、特定の運動に部位の近接結合を保つことを教える手助けになるかもしれません。 ここでの問題は、運動、関節角度、スピード、他の関連する身体部位の位置に従って、相乗関係が常に変化しているので、それぞれの運動は、必要とされる部位間の特定の協調運動を作り出すために個々にトレーニングされる必要がということです。後述するように、‘正しい’、あるいは‘理想的な’筋肉の相乗パターンは、存在しないのかもしれません。 私達はまた、関節におけるこれらの運動はとても小さいということを認識する必要があり、私は、痛みを全く引き起こさないように、人々は多くの関節の可動域を制限しているのではないかと疑います。自然な解剖学的多様性もまた、関節の中心化能力を制限しているのかもしれません。もしあなたが構造的に‘中間位’を獲得することが不可能ならば、これは独自の‘中間位’となるのでしょうか?もしそうでなければ、私達全員が、個人個人の間で膨大な解剖学的多様性という問題を抱えていることになるでしょう。 よって、私達の動的姿勢、あるいは静的姿勢が、関節の位置とそこから動かし始める能力、中間位を保持する能力と中間位に復帰する能力に対して、大きな影響を与えるということは非常に明らかです。それは単純に痛みや損傷に関連しているのでしょうか?これはあまり明らかではないかもしれません。 これら全てのことが、ウェイトリフティング、あるいはゴルフのような、非常に技術的な運動を必要とするスポーツにおいて、身体のアライメントが重要でないというわけではありません。全く違います。それでも私達は、腰痛に悩まされているロジャー・フェデラーの素晴らしい動き、あるいはいわゆる理想のスウィングには程遠いにもかかわらず、いまだにメジャーを制し、比較的けがの無い状態を保っているバッバ・ワトソンのような素晴らしいアスリートたちを目にしています。これはまた、スポーツ界以外でも同様です。 筋肉の活性化を“修正する” 良い関節位置の背景にあるもう一つの理論は、特定の順序における正確で協調された筋肉の活性化です。 私は、筋肉の活性化が、前向き、あるいは後ろ向きの結果を導く一定の方法で本当に発生するのかどうかを発見するために、有痛者、あるいは健常人において、一貫して相関関係がある特定の筋肉の活性化パターンを発見しようと試みました。 利用可能な理論は数多くあるのですが、見るべきところは、はっきりとしたパターンが現れるかどうか、そしてそれらが痛みと相関関係にあるかどうかを示したより客観的視点の研究です。 最初に、腰椎骨盤部の筋発火の評価のための腹臥位での脚の伸展テストに着目してみましょう。このテストは、 ‘臀筋群’が発火しているかどうかを調べるために、によって世界中で行われていますが、被験者を腹臥位の状態にして、治療家やトレーナーは、指で被験者の身体の様々な部位を触っていきます。 最初に、私達の指は、人によってはかなりぶ厚いかもしれない皮下脂肪層を通して、筋収縮の開始におけるミリ秒の変化を拾い上げ、数値化するほど敏感で高価な筋電計の電極ではないことを忘れないでください。研究室の外で、人体の内部で何が起こっているかを知ることは非常に困難なのです。これは筋肉の機能同様に、生体力学にも言えることです。 次に、私達は正確な発火パターンとは何かを実際に知っているでしょうか?理論では、臀筋群は、ハムストリングスよりも先に、そしてハムストリングスは腰部よりも先に発火するはずです。この腹臥位テストは、歩行における股関節伸展中に発生している事象の再現を意図していて、腰椎から作り出される伸展の量を縮小することを期待しています。 ここで考慮すべきなのは、この腹臥位でのテストが、複数の身体部位重力や地面反力と相互に作用する立位での歩行中、あるいは走行中のような、他の状況における筋肉の活性化パフォーマンスに関する適切な理解を与えてくれるのか、ということです。 興味深いことに、これは良く知られた理論であるにも関わらず、これに関する研究が数多くあるわけではありません。Liebermanとその他*ここをクリックしてください*は、走行時と歩行時における臀筋群の役割に着目しました。走行時と歩行時では、活性化レベルと活性化のタイミング共に、有意差があることが分かりました。腹臥位での股関節伸展テストで、私達はこれらのうちのどちらをテストしているのでしょうか?これはまた、筋肉の機能は異なるタスクにおいて変動しえるということを示しています。実際に、歩行時の筋電計の信号において、股関節伸展時に‘発火’する臀筋群に、私達が期待するような明らかなピークはありませんでした。

ベン・コーマック 3160字