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ストレングス

この記事では、ストレングスの概念、もしくはより重要であるかもしれない機能的運動中の力発生への、より機能的なアプローチについて考察してみたいと思います。常に異なる定義が存在するでしょうが、ストレングスを定義する一つの方法は、外部抵抗を動かす能力、もしくは負荷(ニュートンに従うのであれば、その慣性)を克服するための力を産生すること、といえるでしょう。一般的には、ジムにおけるウェイトがそれにあたります。 そこで、ウェイトを用いることによって、私達が動かしているより大きな外部抵抗、もしくは質量を数値化することは簡単です。実際、それはウエイトの脇に数値形式で表記されています。私達が尋ねるべき質問は、私達の機能的運動において、これは力発生の向上になるのか?ということです(もちろん、それが私達の望むものですよね)。 では、私達の良き友人であるニュートンについて復習してみましょう。ニュートンの“運動の第2法則”は、力発生、もしくはF=MAという公式を定義しています。これは、力(F)= 質量(M)X 加速度(A)です。この公式は、力は2つのはっきりと区別できる方法、A分のM(M/A)、もしくはM分のA(A/M)において、力は産生されるということを示しています。私達は力を測る際に、ニュートン・メートルに換算することはほぼ無いので、この公式の質量要素をただ数値化することの方がはるかに簡単です。そこで、私達の力発生能力計測の単純な方法として、A(加速度)分のM(質量)(M/A)を考察してみましょう。ここでの疑問は、ほとんどのスポーツが高外部抵抗のM/Aなのか、低外部抵抗のA/Mなのか、ということです。これは、断言するにはとても難しい問題ですが、いくつかのスポーツを見てみると、その答えを見つけられるかもしれません。テニスやサッカーのようなスポーツは、低外部抵抗を有するスポーツであり、力を産生するために(A/M)、速度変化により大きく依存しています。これはまた、打撃や投球についても当てはまるでしょう。このような環境下で、大きな質量を動かす能力は私達の役に立つのでしょうか? ヒル曲線(1953年)、すなわち、双曲線の“力-速度曲線”を考察するならば、筋収縮の速度は、負荷に反比例するということを意味しています。、素早い運動においては、ウェイト・リフティングでみられるような大きな筋力は発揮されることは無いということが見てとれます。これは速度の変化や力を産生するためのM分のA(A/M)と関連しているのでしょう。 そこで、私達は、自分のスポーツが上達するために、強くなる必要があるのでしょうか?一つの見方は、ストレングス(M/A)もしくは、筋肥大と体格が大きければ大きいほど良いということ。しかし、私達はこの前述に適合しない競技者達の驚くべきパフォーマンスを日常的に目にするように、競技場においては、しばしばこれに当てはまらないのではないかと思います。機能的背景においては、スピード・ストレングスの副次的分類の方が、より適切なのかもしれません。私達はこれを、高速度で低抵抗に逆らう運動を遂行する能力として定義することでしょう。 スピードと強度を必要とする運動では、最大努力に関連する速筋線維を動員します。これらの線維は、力の必要性に従い動員されます。前述のように、この力はM/Aと同様に、A/Mを増大させることができるのです!そこで、M/Aをも動員できるのであれば、私達は速筋線維を動員する方法について、具体的にする必要があるのでしょうか?MoffroidとWhipple (1970年)は、低速トレーニングから高速トレーニングへの移動効果はほとんど無かったということを発見しました。これを、力が筋収縮速度と共に減少するというヒル曲線のデータと結び付けてみると、特異性が適用可能な力の増大に影響を及ぼしているようです。 そこで、私達は力を産生する方法について、具体的にする必要があります。運動、もしくは運動パターンの観点から、この力が産生される姿勢に関してはどうでしょうか?幅広いスポーツにおけるストレングスのために、ストレングス・トレーニングに基づく型通り従来型のジムでのトレーニングが使用されていることから、ストレングスは特異性ではなく、ポジション的に一般的なものとして認識されているということを示しているでしょう。しかし、研究ではこの仮説は立証されていません。Verkhoshansky (1968年)は、運動学的パターンを、特別なストレングス・トレーニングと特定の神経筋プロセスに応じた力発生パターンにおいて、重要なものとして理解しています。SaleとMacDougall (1981年)もまた、“パフォーマンスの向上は、主に神経筋の技能に起因する”と理解しています。彼らはまた、“ストレングスの向上は、トレーニングで使用される運動と同じタイプの運動に対して計測した時にのみ明白である”とも述べています。これら全ては、運動パターンに関連した特定の機能的運動と熟達度が、私達の力発生とパフォーマンスの向上において、重要であるという事実を指摘しているようです。Bompa (2000年)は、“ストレングスの順応は、特定の関節角度に関係しているため、関節可動域を可能な限り大きく使用しなければならない”と述べています。ウェイト・トレーニングをする人たちはこのことを以前からずっと知っていて、インクラインやデクラインを通して、しばしば関節角度を変化させていますが、彼らは矢状面以外の面をほとんど使用していません。異なる面での動作との相互作用と同様に、異なる関節角度が、異なる機能的運動とスポーツの中で発生します。必要であれば、これは関節角度、面、運動パターンに関連した機能的運動が、伝統的な意味で、力発生とストレングスの向上において重要なのかもしれないということを意味しています。 私達はまた、動的で機能的な立位において、非機能的運動に関連する固定された姿勢では、単一面での運動で産生された最大力を再現することはできません。力は、運動が起こる三面すべてにわたって、バランスがとれている必要があり(機能が三次元的であるように)、身体に作用している三次元的な外力にも関連している必要があるでしょう。これはまた、機能的パフォーマンスのための非特異的ストレングス・トレーニングの適用性を減少させることにもなるでしょう。 身体は、力発生とエネルギー・情報効率のために外力を制御し利用する特有の方法を獲得しています。これは、伸長-収縮サイクルを含んだ、求心性筋収縮動作の前の遠心性筋収縮動作の、爆発のためのローディングなのでしょう。機能的運動の圧倒的多数は、打撃、もしくは投球から、椅子からの立ち上がり(上体を伸展する前に前屈をします)に及ぶまで、このプロセスを使用しています。筋肉において張力を作り出すこの動作は、 機能的な力発生に不可欠な神経筋の活性化と、腱のように、より受動的な筋膜構造からの運動エネルギーの蓄積とリコイルのために、伸張反射を生じさせます。私達は、スポーツ持久力に関連した持続的な力発生のために、省エネルギーが必要不可欠であることを知っています。エネルギーが減少するに従い、技能も低下し、障害の可能性も出てきます。 いつもの通り、これは純粋に私個人のストレングスの概念に関する見解です。従来のパラダイムとは異なる見解であり、ストレングス純粋主義者によって共有されることは無いかもしれません。しかし、異なる見解は、私達が愛し大切にしている人体の複雑さを理解するために必要不可欠なのです!

ベン・コーマック 3221字

筋発火。それは何を意味しているのでしょうか? パート1/2

ジムでかなり頻繁に、“筋発火” という単語を耳にします。この典型的な例は、“私は臀筋群が発火していない、と言われました”です。私は、この言葉によって少し困惑しているということを認めなければなりません。 私が知る限りでは、この単語は筋肉の活性化を意味していて、ここが更に困惑し始めてしまうところです。通常、この活性化は、(求心性の)筋収縮と力発生について言及しています。私達が自問すべきことは、“これが筋肉の働き方なのか?”ということです。 これらの状況において、私は常に筋機能の基本原則を振り返ってみたくなります。この場合、厳密に言うと、筋肉の基本原則は、筋肉は収縮する前に伸長するということです。この遠心性収縮は、求心性の力発生のための活性要素、もしくは誘発なのです。 これは、かなり確固とした基本原則です。投球の際には、私達は最初に身体を反対方向に回旋させます。ジャンプの際には、私達は最初に沈み込みます。椅子から立ち上がる時でさえ、私達は身体を伸展させる前に、前方に屈曲させます。よって、特に、ジムから離れ、関連する機能的運動や不自然ではない運動の間に、もし筋肉が発火しなければ、それは筋肉を活性化させるためのインプット(遠心性収縮)を、筋肉に与えられていないからなのでしょうか? 私は、様々な筋発火テストをみてきました。触診中、多くの被験者は臥床しており、 通常、筋肉は順序正しく、もしくは適切に発火していないという診断を下されます。では、私達は何を期待しているのでしょう?私達が筋肉に、機能的運動においてみられる最初の遠心性収縮無しに収縮するように求めるならば、私達は、どのように筋肉に“適切に発火”することを期待することができるというのでしょうか? また、臥床時の“発火”の順序とは、どのようなものなのでしょうか?異なる運動パターンは、関節角度に基づく異なる筋肉活動パターンを有するでしょう。関節角度が変化すれば、筋肉の活性化も変化するでしょう。もし腹臥位の状態で私の臀筋群が発火しないのであれば、これは納得がいきます。股関節屈曲能力は、床面によって妨げられているため(典型的な解剖学に準じる)、遠心性の筋活動は発生せず、起こる可能性もありません。私達はまた、どのような運動が臀筋群を活性化(伸長)するのか、自問する必要があります。筋肉の斜角に着目するのであれば、股関節の内旋と内転もまた、大きな役割を果たしているということは間違いないと思われます。身体の下部にある距骨下関節(STJ)の関節方向/角度(42度)は、臀筋群の作用線と同様であり、この関節は主に前額面と横断面(回外と外転)において動いているということを意味しています。では、なぜ私達は臀筋群で最大である大臀筋を、主に矢状面で作用する筋肉として捉えているのでしょうか?実際、これら2部位間の関係性は明らかです。距骨下関節(STJ)の軸は、上方と内方に向かう、下外側から上内側への地面反力に作用していて、臀筋群の作用線は、これに対して垂直に交わり下方と外方に伸びています(私の良き友人であるオラによって指摘)。完璧な関係性は、力発生の前に、距骨下関節の運動を遠心性収縮的に減速させる手助けをします。実際、偉大なるギャリー・グレイは、距骨下関節(STJ)を“エンジン(大臀筋)をオンにするスイッチ”と呼んでいます。よって、臀筋群の活性化のために、私達は立位の状態で動いている必要があるのでしょうか?私なら“イエス!”と言うでしょう。 ここでは、私達は、臀筋群の起始部から停止部と、距骨下関節軸の作用線/線条が垂直に交わる関係性を見ることができます。 どのようにしたら、触診のみで異なる筋肉間での活性化のほんの一瞬の違いを区別することができるというのでしょうか?高価な筋電図装置(EMG)の補助なしで?筋肉をテストしている状況下で、筋肉はどのような順序で発火しなければならないのでしょうか?私達は、誰かに“それは間違っている”、もしくは“それは発生していない”と情報を提供する前に、まずそれを知っておく必要があります!

ベン・コーマック 1776字

筋発火。それは何を意味しているのでしょうか? パート2/2

では、これを少し関連付けて筋道を通してみましょう。歩行時の外反膝、もしくは外転を減少させる典型的な方法は、臀筋“複合体”、厳密に言えば、中臀筋を発火させることです。これは、“内側に落ちる”膝を減少させるために、股関節を外転させる求心性の力を作り出します。これは、歩行周期の立脚相(回内)において発生します。 そこで、私達が外転を作り出したいのであれば、最初に内転を作り出すべきではないのでしょうか?効率性の観点から、遠心性収縮運動を作り出す歩行のようなエネルギー感度の高い活動は、最初に、受動的と能動的両方の筋肉成分からの弾性エネルギーを発生させる手助けをすることでしょう。これは、より少ない代謝エネルギー消費を意味しているのです。この遠心性収縮運動の活性化はまた、私達の質量中心を動かすための求心性収縮運動の力発生のために、潜在的な機械的誘発を作り出しています。これは、私達が歩き、話しながら、夕食に何を食べようかと悩むことができるように、意識を自由にしておくことができるということを意味しているのです。 さて、次のようなことが、逆転して起こるのです!立脚相の踵接地時に、股関節は、内転のモーメントを通過します。私の言っていることを単に真に受けずに、科学的研究を参照してみましょう− “立脚相の立脚中期(前側の足)においては、重力荷重と加速度荷重のために、地面反力が股関節の内側に落ち、股関節外転のモーメントが外的外転モーメントよりも少ないため、股関節は内転する”(“Biomechanics of running” T Novacheck 著(1998年)より)。 よって、外力は内部の筋力よりも大きいのです。 “歩行と姿勢 7” Novacheck T著(1998年)P77~95より 多くの場合、‘重力荷重と加速度荷重’の増加は、回内力を増大させる足部によってもたらされています。もし股関節が、通常の回内力が発生して、通常に機能している個人において、その力を克服できないのであれば、股関節が増大した力を克服するためのトルクを産生することは、まず不可能でしょう。 よって、非機能的求心性収縮の活性化、もしくは存在している外力の関与を無しに(仰臥位時、もしくは横臥位時)おこる外転への‘発火’が、機能的運動に関与する遠心性収縮の内転のモーメント、もしくは増大した内転のモーメントに抵抗することができる、より硬い筋肉(伸長への抵抗)を作り出す手助けをするのかどうか、私達は自問する必要があります。これは論理的根拠のあるものなのでしょうか?もしくは、私達は克服できない力を克服するために、中臀筋のような個別の筋肉(力を克服する可能性が低い)を‘発火’させようとし、働かない筋肉の責任にしようとしているのでしょうか? ひとつの経験的事例として、私が機能的に評価した多くの人達は、増大した回内と膝外転/外反膝をみせ、股関節の外転が欠如しているように見えます。増大する力に応えて股関節周辺の筋肉/股関節包は、運動を休止するのかもしれません。多くの場合、関節包の制限は、股関節において全ての運動/面に影響を及ぼします。そして、もう一つの戦略は、大腿骨の内転動作の減速を手助けするために、股関節の内転する能力を増大させることなのかもしれません。大腿骨の実際の骨運動は正中線に向けての運動だからといって、相対的な股関節運動が内転というわけではありません。 もう一つの論理的根拠は、足部で発生している増大した力に対処することです。この論理的根拠は、ほとんど使用されることはありません。ですから、膝を第2趾と配列させたシングルレッグ・スクワットを見るわけですが、それは実際の機能的な順序を外れて、‘筋肉を発火’させることによって、身体が抵抗することができない程の力に抵抗できるように教育しようとしているわけです。機能的な観点から、私達が 臀筋群/股関節がもたらす内転の減速的伸長をとおして、力を減少させることがなければ、床面から生じる力は、もう一つの構造体、おそらく腰椎へ伝達されることでしょう。 これは、筋‘発火’とその有用性という複雑な話題に関しての私のつたない意見です。いつも通り、回答よりも多くの質問が提示されています。

ベン・コーマック 1844字

私達は何のためにトレーニングをするのでしょうか?

今週、私はダニエル・コイル著の“タレント・コード”を読み、心の底から楽しんでいます。この本の中のある一節が、傑出していました。それは、サッカーの教え方と楽器、特にバイオリンの教え方の違いについて説明しているものです。 『今は、これと、これと、これと、あれ!』というように、理想的なサッカー回路は、変化に富んでいて速く、それぞれの障害に反応して流動的に変化し、流れるように連続して発火することができる無数の考えられる選択肢を提供することができます。スピードと柔軟性がすべてです。回路が速ければ速いほど、柔軟性があればあるほど、より多くの障害を克服し、選手の技能はより卓越しているのです。 とても聞こえがいいですね。もし誰かのサッカー回路の向上を手助けしたいのであれば、サッカーのためのトレーニングが、その選手の動作、スピード、適応性の領域を向上させる手助けとなるべきです。動的で、可変的で、脳/身体の連絡を増大することは、そのような活動の前提条件のように思えます。これが、トレーニングへの機能的アプローチでしょう! しかし、実際、コイル氏は、楽器演奏(この場合はバイオリン)の教え方について話しています。 この回路は、即興演奏のための絡んだつるのようなものではなく、単一セットの運動を作り出す、より正確には再現することを目的とした、しっかりと規定された経路の連続なのです これは私に、ジムにおいてのエクササイズの教え方に関して、より正確な描写を与えてくれました。逸脱することなく型にはまった動作の方法です。私達が強化したいスポーツ技能、もしくは運動能力の多様性を欠いている一連の運動は、実際には、完全に異なる技能なのです。 私達が神経回路を構築し、それらを繰り返し発火させる際に、神経回路はより大きく、より強くなり、練習を通して反復使用の後に、神経回路は有髄化(ミエリン鞘化)します。ミエリン鞘は神経回路を絶縁し、より速く、より効率的な信号の伝達を可能にします。これらの回路は、私達が行う練習、もしくはトレーニングに特異的です。バイオリンを演奏することが、サッカーのための運動能力や力産生能力を向上させることはありません。 とりわけ、エクササイズとストレングス・トレーニングの全体的性質は、ストレングスと運動は一般的であることを私達に信じさせるでしょう。スクワットのような規定された経路を持つ運動を練習することによって、サッカーに関連する計り知れない運動の多様性とストレングス/力産生の多様性の向上を可能にすることでしょう。デットリフトやベンチプレスのような、質量中心が垂直方向から動かない運動は、さまざまな方向への爆発を可能にし、水平面において別の物体に対して力を加えることを可能にすることでしょう。複数の研究から、ひとつの特異的運動から別の特異的運動へのクロスオーバー効果は、非常に限られているということが分かっています。 動いている外部の物体に力を加えることに関連している変数は莫大です。相手の身体の位置 を変更するためにとられた足のポジションから、そして双方の身体が向かっている角度から。 特定の機能的活動の間、神経系からのフィードバック・ループは、動作と力を加える能力に関連する適切な反応を定義するでしょう。もし回路が可変的でなければ、どのようにして変化に富んだインプットに反応できるというのでしょうか? メル・シフ氏は下記のように述べています: 随意および不随意的過程によって決定される、発火する線維の割合と数…固有感覚系のフィードバックへの不随意的過程。 不随意的過程は、スポーツに関連する、より潜在意識的過程です。求心性収縮の前の遠心性収縮に関連のある伸張反射にも当てはまります。その他のものも、スポーツにおける力産生に関連しています。 シフ氏は、下記のようにも述べています: 通常、そのスポーツにおいて必須の神経筋技能を修正する系統の重心、慣性モーメント、回旋中心、打撃中心、機械的剛性に変化があります。 機械的/神経学的技能の過程が、特有の機能的力産生、もしくはストレングスに極めて重要で、スポーツにおいて絶えず景観を変化および進化させていると信じるのであれば、この過程を鍛えるために、私達は可変性を取り込まなければなりません。それは、誰かにバイオリンの演奏を教えるというよりも、サッカーの仕方を教えるようなことに違いありません。規定的というより可変的なのです。 身体と心が情報を処理し、その情報に基づいて、反応を作り出すことを可能にしなければなりません。にも関わらず、私達は、限られた反応しか提示しない、ロボットのような規定的な一連の運動を作り出そうとしています。さらに悪いことに、エリートレベルのトレーニングにおいて、私達はエクササイズにおける、非常に限られたエクササイズの変化(バリエーション)しかないトレーニング・プロトコールを提唱する運営組織を作り出してしまっているのです。縦方向の運動から離れられず、回旋を取り入れた運動は無く、それでスポーツだと思いますか?スポーツに見えますか?私には、サッカーをしているというより、バイオリンを演奏しているようにしか見えません! 一体、いくつのスポーツが、重心を垂直方向に動かすだけの運動で構成されていますか?水平面において、減速したり加速したりする能力が、まさにスポーツなのです!投げる、蹴る、打つ動作のすべてが、回旋を含んでいます。それらはまた、一瞬の動作の中に、個々の要素としてではなく、ストレングス、柔軟性、スピード、安定性、パワーの全てを含んでいます。 同様の理論的根拠が、傷害後のリハビリテーションの世界にも適合するかもしれません。私達のクライアントのために、限られた可動域での特定の運動を準備してあげたいと考えますか?それとも、私達が機能している世界にあった可変的な運動を準備してあげたいと考えますか?これは、個人的な選択になるでしょう。 最後になりますが、マルコム・グラッドウェル氏は、彼の著書“Blink(邦題:第1感)”の中で、登場人物達が目の前のシナリオを分析し過ぎてしまう複雑な戦争ゲームについて描写しています。 彼らは、その機構と過程にとても集中していて、問題を全体的に捉えることは決してありませんでした。何かを引っかきまわしている最中に、その意味を失ってしまうのです。 これは、私達の身体へのアプローチにも起こりえると確信しています。アプローチを構成要素にまで縮小することによって、運動を作り出す統合のマジックを失ってしまいます。これはまた、なぜ損傷部位と発生原因が異なる可能性があるのかを理解するきっかけになります!もし私達が単に損傷部位だけに注目するのであれば、原因は決して明らかにはならないでしょう。これは、私達が慢性的な問題を抱えてしまう理由のひとつでもあります。 いつも通り、これは複雑な話題への私独自の見解です。裏付けとなる科学的根拠はありますが、事実というよりも意見と言えるでしょう。

ベン・コーマック 2989字

関節包の力

コーキネティックにおいて、私達は股関節包、特に関節包靭帯の力を正しく認識しています。関節包を刺激する方法は、私達が学問的・技術的に教えているものの一部を形成しています。 股関節周囲の筋肉において関節包刺激が持つ強力な効果は、股関節周辺とそれに続く全身の動作と安定性を作り出そうとする際に、あまり認知されていないエリアであるということに、私達は気づいています。 解剖学 3本の外関節包靭帯は、らせん状に配列されています。これは、それぞれの靭帯が、3面での運動のいずれかの動作に反応するのかもしれないということを意味しています。腸骨大腿靭帯は、最も大きく強力なものです。実際に、人体の中で最も強力な靭帯なのです! なぜ? 靭帯は、非常に固有感覚的です。これは、靭帯に張力がかけられた際に、靭帯は多くの情報を中枢神経系(CNS)と周囲の筋肉組織にも送るということを意味しています。股関節周囲の筋肉が関節周囲の動作を制限しているという状況では、関節包が刺激を受けることを停止します。もし関節包が刺激を受けることを停止するならば、股関節周辺の筋肉を刺激する役割を果たさないので、これはどうしようもない状況なのです。これは、この部位における動作の‘封鎖’を引き起こします。身体において(球関節が可能にする)大きな可動性と自由度を持つ部位のため、運動の正しい順序と正常な働きのために、股関節とそれに関連する筋肉による動作と力の消散に依存する腰椎、仙腸関節、腰部全般に影響を与えることができるのです。 研究 Solomonow (2003)は、靭帯の固有感覚的能力の研究の多くを実証しています。複数の解剖学的研究が、靭帯内のパチーニ小体、ゴルジ装置、ルフィニ終末といった機械的受容器の存在を証明しています。これは、刺激、もしくは刺激の欠如を通して、関節包靭帯は、関連する筋肉組織の反射活性、もしくは反射抑制を作り出すことができるということです。1900年まで遡り、Payreによって、直接的、もしくは間接的に靭帯に課せられた負荷を修正するかもしれない筋肉間で、反射弓が存在するということが示唆されています。この方法で、身体は関節安定性/可動性のために、靭帯と筋肉の相乗活性を作り出すことができます。この反射弓の間接的性質はまた、私達が関節一つ一つを孤立させるアプローチによって、しばしば見逃している身体の機能的相互関係性を示しています。 この反射弓は、股関節に関してはまだ言及されていません。足関節の内側側副靭帯の刺激は、足部内在筋(固有筋)の活性化をもたらします(Solomonow 2002年)。これらの筋肉の多くが足関節を横断しているわけではないので、これは再度、機能的連鎖の力を示しています。周知の通り、回内サイクルの間、距骨下関節(STJ)周辺の回旋は、横足根関節(MTJ)の回旋を伴います。横足根関節(MTJ)での動作はまた、膝と股関節における、過度の動作を予防する下肢の動作を減速する手助けをするでしょう。 従来の筋肉の伸長は、より多くの関節包刺激を作り出すための、関節運動を作り出すための答えではないかもしれません。ゴムバンドを伸ばす際に起こることに類似して、可動域終末に近づくにつれて、筋肉はより固く(伸長に対してより抵抗がある)なっていきます。これは、(部位によって分割された)かかる応力が、組織の歪み変形、もっと簡単に言えば、伸長を引き起こすことは無いということを意味しているでしょう。そして、より解剖学的可動域終末に向けて刺激される関節包靭帯は、低下したインプットを得るかもしれないということを意味しているのかもしれません。可動域終末に向かっている状態の筋肉と短縮性収縮した状態にある筋肉の両方が、筋硬直の増加を示すかもしれません。Gadjosik (2002年, 2003年, 2005年)は、ストレッチングと筋硬直増加に関する研究を行っています。 方法 関節胞刺激を作り出すための私達の方法論、特に股関節周辺に関しては、横断面において、受動的な筋肉短縮を作り出すことを含んでいます。コーキネティックにおいて私達は、横断面は身体における、多くの内在安定性に関与していると信じています。船舶のマスト(帆柱)に似て、縦に配向された構造物/筋肉(個々の線維の縦の配向性も同様)を回旋、もしくは‘巻きつける’際に、私達は他動張力を作り出します。この張力は、(縦走筋における横断面のような)多くの可動域を欠いている一つの面において、素早く作り出されます。筋肉が回旋方向ではなく、縦方向に変形するのであれば、この可動域はより大きくなり、そのため硬直反応の前に、より多くの動きを作り出します。これは、提供された硬直/張力と結果として得られる安定性を、利用可能にするためには、より多くの時間がかかるということを意味しています。 この伸長と結果として得られる硬直を回避するために、私達は外旋によって、横断面を‘弛めます’。解剖学の授業から周知のとおり、股関節周辺には、内旋筋よりも、より多くの外旋筋があります。機能的運動の間、私達は重力に依存して、内旋をおこす傾向にあります。 私達は安定性を作り出すことによって、硬直をさらに減少させることが可能です。不安定性は、関節周辺にこわばり(硬直の増大)を作り出す傾向にあり、そのため、運動や関節包刺激を縮小させるのです。単に、解剖学的な可動域終末にむけて、身体を事前に位置調整することもまた、関節包靭帯刺激を作り出す手助けをします。 よって、コーキネティックにおける関節包刺激の3つの黄金律は、硬直を減少させるために横断面を短縮すること、硬直を減少させるために安定性を作り出すこと、そして、より可動域終末に近いところに向けて事前の位置調整を行うことです。体位と運動のドライバーを変えることによって、坐骨大腿靭帯、腸骨大腿靭帯、恥骨大腿靭帯において、個々に動作を強調することができます。これは、関連する筋肉組織の反射的刺激のために、非常に固有感覚的な関節包靭帯刺激をもたらすはずです。 単に十分ではない! しかし、関節包の刺激は、物語の一部に過ぎません。この筋肉の活性化に続いて、三次元の可動性は、関節によって修復されなければなりません。この可動性は、私達の運動に統合されなければなりません。固有感覚系の感知する可動域を超える過度の可動性は、身体によって停止されるかもしれません。動的で統合された運動を導入することによって、私達は身体にこの動作の理解の仕方と、新しく発見した可動域での安定性とストレングスの作り出し方を教え込むことができ、その結果として、この動作を日常の運動パターンの中に組み込むことができるのです。 身体に新しく発見した関節可動性の安定の仕方を教え込まず、可動性が不安定性として感知されるということが、徒手療法の手技による成果が長続きしない理由なのかもしれません。これが安定性を作り出すために、可動性が実際の運動に統合されなければならない理由なのです。ギャリー・グレイは、この過程を表現するために、“モスタビィティ(可動安定性)”という新しい言葉を造り出しました。

ベン・コーマック 3052字

動作はあなたが必要なものを与えてくれますか?

このブログは、私達が患者/クライアントに施すべき動作、そして、身体への最大限の効果のために、どのように彼らが運動をするかに、より注意を払う方法に関して述べています。 コーキネティック指導プログラムの間、私達が重視する点の一つは、私達が行う動作によって作り出される反応です。それは単に、私達が処方する動作は、クライアントの動作を向上させると信じているというだけで、この動作が私達の望む反応を生み出すというわけではありません。 最初の段階で、私達が必要な真の生体力学的動作を理解することは、戦いのほんの半分にしかすぎません。もしそんなに単純であるならば、ほとんどの人達が痛みに顔を歪めることはないでしょう。人々がその動作にどの程度耐えられるかは疑問であり、その答えを見つけるために、私達は彼らの動作閾値に目を向ける必要があります。 必須の動作を欠いている身体のエリアに過大な動作があるのならば、身体は代償動作を行うでしょう。ただそれだけのことです。得られるであろうと思った反応は発生しないでしょう。実際、あなたが取り除こうとしている痛みを引き起こしているのは、この代償動作かもしれません。これが矯正エクササイズの処方が難しい理由です。代償動作という獣にエサを与えているのか、もしくは動作を矯正しているのかは、よくわからないのです。可動域終末に向かって進めば進むほど、反応の変動性はより大きくなります。要求/ストレスが増大するにつれて、身体は代替経路を見つける必要があります。 患者の指示順守度と共に、クライアントが私達から離れ、矯正運動プログラムを自身で行うことには、常に問題があります。これは身体の科学と施術者の技術が出会う場所です。身体は線形システムではなく、線形システムが作動する規定の経路に従うわけではないので、私達はその時、その時に発生する動作を解釈し制御する必要があり、動作を有益な反応に適合させることができる必要があります。必ずしも常に容易にできることではありませんが、一度この思考過程を実行し始めることができれば、大きな効果を発揮するでしょう。 反応を保証するために、私達は成功の閾値を見つける必要があります。これは、グレイ・インスティテュートの偉大なるDavid Tiberio博士から借用した概念です。この閾値とは、時間の大半において、動作がまだポジティブな反応を有していて、無痛を持続する点です。閾値を超えれば超えるほど、身体は他の経路を見つけようとし、もしくは作り出された準最適な動作を弱めるために痛みを作り出すので、動作は突然失敗になってしまうのです。解決の手掛かりは、毎回身体に少しずつ要求を加えていくことです。一貫したポジティブな反応を得るまで、徐々に閾値を超えていくことです。患者/クライアントの成功を管理し、その成功を大きくするために、動作の関節可動域、角度、スピードを理解することが、あなたが変数を増大させたり、減少させたりする手助けを可能にしてくれます。関節可動域に関しては、速く動けば動くほど、閾値は低下するかもしれません。これは、動作のスピードを向上させる必要がある競技者にとっては、非常に重要かもしれません。 この過程の一例は、増大した足の回内のためのランジです。右足で一歩踏み出すならば、目の前にある仮想の半円の左半分に踏み込みたいでしょう(左45度のどこかが有効でしょう)。力が増大した状況下で、身体がこの動作を行えないならば、身体は身体自身への衝撃を減少させようとするでしょう。これを行う可能性のあるいくつかの方法は、単に足を外側に回転させる、もしくは足の内転(足を内側に向ける)させることです。これらの方法では、足の回内(三面性の背屈、外転、外反)の際に遠心性収縮的にストレスをかけられた構造への要求を減少させます。私達は、これらの代償反応を減少させる閾値、もしくは角度を見つけることができる必要があり、必要とする/切望する角度と反応を有するまで、ゆっくりと漸進する必要があります。始めるにあたって、より良い角度は、20度に増やす前に、一貫した反応を得ている10度というようにしていくのがかもしれません。反応が一貫性を欠いてきた際は、成功した角度まで戻ることができ、そこから徐々に閾値を超えることができます。これは、時間が掛かるように聞こえますが、制御の仕方を身につければ、実のところ、迅速な作業なのです。 このように、継続的な成功を作り出すために、動作を漸進させたり、後退させたりすることができます。身体がこの成功を感じ、解釈すればするほど、私達は、継続的な成功が動作の主要経路になることを可能にするために、より神経系に入力することができるようになります。これが常に私達が教える動作というわけではありませんが、これが私達の動作を教える方法です! 偉大なるギャリー・グレイ氏が言うように、“テストはエクササイズであり、エクササイズはテストである”のです。このようにして、私達が行ういかなる動作の成功を解釈することができ、私達がトレーニング/評価/治療する個人を常に評価することができます。 機能的動作への純粋な学術的/生体力学的アプローチは、どのような動作が必須とされているのかを私達に理解させ、多くのものを与えてくれるかもしれません。これは、かなり低レベルの成功で、私が何度も見たことのあるものです。望ましい動作の創造における変動性は高いのです。コーキネティックにおいて、私達はそれを答えとしては見ていません。実際、この状況では、多くのものを求めると、実のところ、得るものが少なくなる可能性があり、成功への道は、あなたの行う方法の中にあるのです。私達のキャッチフレーズは、生徒の動作についての理解とクライアントの動作の可能性に関していえる“進化する動作”です。

ベン・コーマック 2475字

機能的運動は過剰になりえるか? パート2/2

私達のハードウェアは、いくつかの神経可塑性(脳の変化する能力)の基本原則に依存しています。これは、“同時に発火するニューロンは、一緒に配線されている”と“使わなければ、失われる”という基本原則です。これは単純に、私達が使用する運動に関連するニューロンは、他の関連するニューロンとの結合を強化し、あまり使わない運動と関連しているニューロンは、その結合の強さを失うことを意味しているとも言えます。これは、神経剪定として知られているプロセスです。これらのニューロンは、私達の望む反応を作り出すために、適切なタイミングでの筋肉の発火と関連しています。これらの神経の関連性はまた、大脳皮質において、脳地図と称される身体部位の神経情報表現を作り出します。私達の運動は、その脳地図によって支配されています。もしその脳地図が乏しい場合、私達の運動もまた乏しくなります。その脳地図は私達の動き方によって調節され、そして、動き方を決定づけます。その脳地図が乏しく、曖昧で、不鮮明な場合(Blakeslee 2010年、Butler 2006年)、それは“浸食された脳地図”という表現で描写されるものであり、これによって私達は矯正するのが難しい欠陥のある運動サイクルを引き起こします。脳地図はまた、予測による固有感覚的フィードバック/実際の固有感覚的フィードバックと変化した身体図式の間の不調和を介して、慢性痛とも関連しています(Harris 1999年、Mcabe他 2005年)。小脳内で起こっているような、統合された際の感覚からのフィードバックの不整合は、多くの研究者によって、慢性痛の原因として仮説が立てられています。 私が以前に使用したのは偏平足の例で、足に関する脳地図は、(もしあなたが、これが問題を引き起こしていると感じるなら)足のアーチ作成に関連する強い結合を持っていないのかもしれません。誰かに対して実践的手技を用いたり、あるいは複雑なエクササイズに取り組む手助けをすることは、ハードウェアを変化させるには十分ではないかもしれません。そして、利き足の姿勢が勝る理由を説明しているのかもしれません。私達は、足部における回外反応を促進する運動を作り出すことができますが、機能のパラメーター内でそれを行っているのでしょうか?私達は、歩行時に脛骨外旋が足部の回外を作り出すことを知っています。もし私が、実践的手技、あるいはエクササイズを通して、回外を作り出すために、歩行時に発生するよりも大きな脛骨外旋を作り出す必要があるならば、それは私が望む機能、例えば歩行に重なる部分を持っているのでしょうか?それは潜在的機能において、脳内で主要な運動パターンになるでしょうか?もし私達がそれを理解し、作り出すための適切な知覚地図、あるいは運動地図を持っていなければ、そうはならないかもしれません。 私達は、感覚フィードバックと運動制御を増大させるために、機能から離れた特定の領域において、より的を絞った方法を用いる必要があるかもしれません。それは機能的に見えないかもしれませんが、私達が複雑なソフトウェア(本物の機能的パターン)を使用することを可能にし、望ましい結果を得ることを可能にするハードウェア(脳)内で機能的反応があるかもしれません。実際に、関節における的を絞った特有の運動ができないことは、感覚・運動皮質内の神経可塑性を介しての感覚的・運動的変化の兆候かもしれません(Moseley 2009年、MoseleyとLuomajoki 2010年)。身体が統合された機能的運動のような、複雑なタスクに直面するとき、効果的に制御できない領域を使用することを選ぶでしょうか?もし身体が多くの関節をとおして代償能力を持っているのであれば、身体はタスクを成し遂げることができるのでしょうか? 私達は、ただ関節に特有のパターンを適用することによって、関節運動を通してハードウェアを増大させることだと誤解してはいけません。私達の運動制御は、数多くの動きを行うための一般的な能力であって、臨床的で人為的な動き、あるいは施術者に、“これは良好な機能を示している”、“もし正しく行われなければ問題である”と指導されるような、ひとつの関節における“コレクティブ・エクササイズ”を行う能力ではありません。集中的な関節可動性のエクササイズは、神経可塑的再配線を通して、私達の皮質内の地図拡大を手助けする体性感覚野へのフィードバックを増大させることに目を向けるべきです。全体の機能的運動パターンへの再統合が鍵となります。関節を他の身体部位と共に機能的状況に戻すことは、広範囲の関節可動域と力の散逸・発生において、その関節が全面的な役割を果たすことを可能にします。これは、異なる負荷、スピード、運動バリエーション、安定性のレベルでも行われなければなりません。もし身体が運動(動作と安定性)を制御できないのであれば、身体は利用可能な運動を選択しないかもしれないということを、私達は知っています。これは、機能的姿勢のような本物の状況下において、運動教育を通して強化が可能な技能です。 多くの単に脳に基づいたアプローチは、一度ハードウェア(脳)を手にしたら、私達はいかなるソフトウェアをも実行できるということを前提としているのかもしれません。しかし、私達は今もなお、より良くするために、そのソフトウェア・プログラムを作動させ、学習し、洗練する必要があります。そして、それが、機能的運動が真価を発揮できる場所なのです。 いつも通り、これはただ、ある事象が脳と身体の中で作用するかもしれない方法に関する私の見解に過ぎません。もちろん、従来の意義における科学的根拠に基づいたものではありません。しかし、科学的根拠に基づいたものは、私達が問う疑問の根拠に基づいているものであって、私達がまだ問うていない疑問への根拠ではないということを覚えておかなければなりません。そして、疑問を問いかけている人達の見解によって、先入観にとらわれていることを覚えておかなければなりません。もしそれが従来の人体解剖学的な理解に基づいているならば、その答えは先入観にとらわれているものとなるでしょう。 参照文献 Blakeslee S & M, The body has a mind of its own, Random house, Sept 2008 Butler D et al, The sensitive nervous system, NOI group publications, 2006 Doidge N, The brain that changes itself, Penguin group, January 2008 Forencich Frank, Topiary physiology, Go Animal Harris AJ. Cortical origin of pathological pain. Lancet 1999;354(9188):1464e6. Luomajoki H Moseley GL, Tactile acuity and lumbopelvic motor control in patients with back pain and healthy controls, BR J Sport MED 2011 Apr;45(5):437-40 Melzack R, Pain and the neuromatrix in the brain, Journal of dental education, volume 65 No12 Moseley G, Flor H, Targeting cortical representations in the treatment of chronic pain, Neurorehabilitation and neural repair, XX (X) 1-7 Moseley G, et al, Cortical changes in lower back pain:current state of the art and implications for clinical practice, Manual therapy 16 (2011) 15-20 Moseley G L, A pain neuromatrix approach to patients with chronic pain, Manual therapy (2003) 8(3), 130-140 McCabe CS, Haigh RC, Halligan PW, Blake DR. Simulating sensory-motor incongruence in healthy volunteers: implications for a cortical model of pain. Rheumatology 2005a;44(4) McCabe CS, Haigh RC, Halligan PW, Blake DR. Re: sensory-motor incongruence and reports of ‘pain’, by GL Moseley and SC Gandevia. Rheumatology 2005b;44:1083e5. Rheumatology 2006; 45(5) McCabe CS, Haigh RC, Ring EFJ, Halligan PW, Wall PD, Blake DR. A controlled pilot study of the utility of mirror visual feedback in the treatment of complex regional pain syndrome (type 1). Rheumatology 2003;42 (1)

ベン・コーマック 2629字

機能的運動は過剰になりえるか? パート1/2

過去数年間、私は確実に人体の理解のし方に関して、転換期を経験しています。脳を私達の行動全てを司る指令センターとして評価し始めるようになり、以前に行っていたより機能的/生体力学的なアプローチから離れはじめています。これは、私の周りにいる数名の先駆的人物によって促進されています。そして、たとえ彼らが他者が共に追随することを嫌うのではと時々感じたとしても、私の目を開かせてくれたことに感謝しています!私はここに至るまで、認知的不協和に苦しんできたことに、間違いはありません。 私の最優先目的は、常に、人々を彼らの機能において(彼らにとっての)最適な動作に戻すことです。私は、重力、床反力、質量、モメンタムのように、彼らに作用しているものが関連する体位において、彼らの遂行したい動作をどのように遂行するのか、ということにいまだに関心を抱いているため、歩行評価のような、動作評価の多くは、常に一貫しています。それは、それほど生体力学的ではなく、私は、骨、関節、筋肉の機械的な動きよりも、肉の部位(筋肉)を制御している脳の能力をより評価しています。 しかし、私は、視覚系や前庭系(これらの部位が働かなければ、身体も動かないのです!)、感情や既往傷害の記憶のように、多くのものが運動にも影響を与えることができるということを実感しています。私にとって、痛みもまた変化しています。痛みはもはや、単純に乏しい生体力学的動作の結果ではなく、脳内の多くの要因と連結したものであり、しばしば私達の構造、あるいはフィードバック系とは、全く何の関係もないこともあります。しかし、今はそれについて深く言及するタイミングではありません。 ひとつのポイントは、いくつかの団体において、人々は痛みを多くの要因を持つ多角的なものとして見始めているということです。Melzack氏の唱えるニューロマトリックス理論(1999年)は、痛みと痛みの科学に新しい光を投げ掛けています。動作は、同様に複数の要因によるものであり、生体力学の領域の外側から起因する多くの要因を持つ“動作ニューロマトリックス”として、関与する要因を見せ始めています。私達は、“動作ニューロマトリックス”に影響を与えるこれらの内因と外因の概要を単純に説明しようとしています。 (Melzack 1999年) ひとつの新しい考え方は、なぜ機能的/生体力学的アプローチが過去の成功を可能にし、同様にいくつかの失敗の説明をも可能にしているのかを私達に理解させてくれています。 ひとつの結論は、ある人達にとって複雑な機能的動作は、彼らの身体には扱いきれない可能性があるということです。せいぜい、それほど効果が無いかもしれないでしょうが、より状況を悪化させてしまうこともあり得るのでしょうか? 誰かに達成すべき運動タスクを与えると、彼らは自分たちの持つ運動能力を用いて、運動タスクを達成する方法をみつけることを私達は知っています。多くの場合、彼らが利用可能で、普段利用している運動経路を使うことによって、彼らはその方法を見つけます。私達が何も変化を与えていないこれらの“機能的”パターンを彼らに与えることは、単に彼らが以前から持っている動作を強化したに過ぎません。複雑な運動が多くの関節を巻き込めば巻き込むほど、私達がより使いたい対象とする関節よりもむしろ、異なる部分を利用する身体の能力がより必要になります。もし私達が、実践的手技や運動指導を通して、運動をより良く見せることに成功したとして、外部の助力無しに、自力でこの状態を保つことができるのでしょうか?人々はソフトウェア(運動パターン)をうまく起動するためのハードウェア(脳とニューロン結合)を持っているのでしょうか?私が好んで使う比喩に言い換えるならば、“プレイステーション3用ディスクを1980年代の磁気テープ記録方式コンピューターで起動させようとすること”なのです。 純粋にフィードバックに基づいたアプローチは、ハードウェア(脳)が設定されていることを決定づけます。しかし、刺激的で目まぐるしい脳科学の世界は、異なる見解を示しています。 参照文献 Blakeslee S & M, The body has a mind of its own, Random house, Sept 2008 Butler D et al, The sensitive nervous system, NOI group publications, 2006 Doidge N, The brain that changes itself, Penguin group, January 2008 Forencich Frank, Topiary physiology, Go Animal Harris AJ. Cortical origin of pathological pain. Lancet 1999;354(9188):1464e6. Luomajoki H Moseley GL, Tactile acuity and lumbopelvic motor control in patients with back pain and healthy controls, BR J Sport MED 2011 Apr;45(5):437-40 Melzack R, Pain and the neuromatrix in the brain, Journal of dental education, volume 65 No12 Moseley G, Flor H, Targeting cortical representations in the treatment of chronic pain, Neurorehabilitation and neural repair, XX (X) 1-7 Moseley G, et al, Cortical changes in lower back pain:current state of the art and implications for clinical practice, Manual therapy 16 (2011) 15-20 Moseley G L, A pain neuromatrix approach to patients with chronic pain, Manual therapy (2003) 8(3), 130-140 McCabe CS, Haigh RC, Halligan PW, Blake DR. Simulating sensory-motor incongruence in healthy volunteers: implications for a cortical model of pain. Rheumatology 2005a;44(4) McCabe CS, Haigh RC, Halligan PW, Blake DR. Re: sensory-motor incongruence and reports of ‘pain’, by GL Moseley and SC Gandevia. Rheumatology 2005b;44:1083e5. Rheumatology 2006; 45(5) McCabe CS, Haigh RC, Ring EFJ, Halligan PW, Wall PD, Blake DR. A controlled pilot study of the utility of mirror visual feedback in the treatment of complex regional pain syndrome (type 1). Rheumatology 2003;42 (1)

ベン・コーマック 1791字

コーキネティックの“運動ニューロマトリックス” パート2/2

私達の運動は、生涯にわたって集められた、これまでの内在的、外在的経験によって構成されています。身体を純粋な機械的構造物として見ることは、‘運動ニューロマトリックス’と脳の役割、私達の運動においての神経系と記憶の役割の構成要素となる経験の奥深さを見落とすことになります。脳と脳の様々な入力をみることによって、運動制御レベルでの今後の問題に関しての、これまでの運動の問題の影響を理解することができます。研究が、今後発生するかもしれない傷害の予測のための大きな判断材料は、過去に発生した傷害であると示しています。 “痛みへの順応は、短期間の利益がありますが、潜在的な長期の影響を伴います。” Hodges (2011年) 私達の日々の要求と姿勢、これまでの運動における問題と感覚入力は、私達の今後の運動において何が起こるかを決定する際に、大きな役割を果たしています。既往痛は、脳内の運動皮質と感覚皮質に変化を引き起こし、私達の運動潜在能力を制御します。痛みを取り除くことがリハビリテーションの黄金律ですが、これまでの運動が評価されたり、復元されたりすることは滅多になく、私達は症状、あるいは痛みを軽減するアプローチをとります。この変化した運動は、後になって局所的、あるいは全体的に、潜在的な運動における問題と痛みを作り出す可能性があります。これは、身体が経験している問題の原因として、足のような特定の構造に目を向けるように、より生体力学的、あるいは姿勢に関する先入観にとらわれたモデルから離れることを意味しています。発表されている研究は、経験した痛みに関連する特定の病理学的機序を一貫して支持しているわけではありません。 “痛みは、痛みのある、あるいは損傷部位を保護するために、運動戦略を変更しようと強い刺激を与えますが、痛み、あるいは傷害の解決は、必ずしも初期パターンに戻るための刺激を与えることではありません。” Hodges (2011年) 実際に、痛みは実際の損傷というより、ニューロマトリックスの中に含まれている全ての情報に基づいた、体組織の健康に対する身体の見解なのです。 治療用ベッドのように、閾値の低い方法で評価することは、傷害、あるいは制限に関連する運動の問題を発見するため、環境要因を作り出すことを可能としないかもしれない、ということを意味しています。 私達コーキネティックでの、評価におけるSAIDの原則は、身体は私達に“課された要求への特異的な答え”を与えてくれるということを表現しています。評価の要求が変化するにつれて、要求への反応も変わるでしょう。これは、エリートレベルの競技者において特に重要であり、競技者全体において、より重要なものです。 私達は下記のモデルを模範として、脳が機能すると信じています: パターン − 状況の認識記憶 知覚 − 感覚フィードバックの解釈 予測 − 反応‐低下した運動と痛みを含む 身体に、運動における本質的な運動ニーズに由来する、正しい感覚情報のパターンを与えることによってのみ、機能的な状況における、評価/治療の状況から離れた、機能的な状況において起こる、身体からの真の反応、あるいは予測を得ることを期待することができます。問題はしばしば、単に運動指令/計画、あるいは運動状況に応えて起こるであろうことへの意見、あるいは予測なのです。感覚処理の観点から起こることのほとんどは、単に毎分毎に変化可能な解釈、あるいは知覚なのです。神経信号は、“運動ニューロマトリックス”内に含まれている他の要因に従って、中枢レベルにおいて増幅され、あるいは減衰されます。 “痛みは、ただ単に傷害に対する反射的反応というより、生命体の健康状態に関する見解です。疼痛受容器から脳内の‘痛覚中枢’への直接のホットラインは存在しません。” VS Ramachandran 私達の感覚系はまた、‘運動ニューロマトリックス’における中心的存在です。 私達の感覚の全ては、その環境においてナビゲートする必要がある利用可能で大量な情報をうまく処理するために、私達の動き方に影響を及ぼします。この感覚情報における不整合は、準最適運動と痛みを引き起こす可能性があります。感覚系は、単に私達の運動情報のみでなく、より重要であるかもしれない視覚系情報や前庭系情報も含みます。 “神経障害痛のような感作、阻害された神経系において、感覚運動不調和は痛みに寄与、もしくは痛みを維持する可能性があります。” Moseley and Flor (2012年) ストレスホルモンのレベル、食事、水分補給状態、呼吸を含む体内の健康状態はまた、私達の運動レベルと疼痛レベルに影響を及ぼします。また、運動能力を考慮する際には、‘運動ニューロマトリックス’も含まれます。 本物の環境の中で、効果的な運動、感覚系、健康を通して、‘運動ニューロマトリックス’と関わることによってのみ、私達は個人と彼らの運動潜在能力を本当に理解することができるのです。 参照文献 Blakeslee S, The body has a mind of its own, Random house, Sept 2008 Hodges P Walker K, Moving differently in pain, PAIN 152 (2011) S90–S98 Jackie Yuanyuan Hau et al, “Regulation of axon growth in vivo by activity based competition” Nature, 2005 Vol. 434 21 Kandel E et al, Principles of Neural science, fifth edition, November 2012 Lederman E, The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain, CPDO Online Journal (2010), March, p1-14. http://www.cpdo.net Melzack R, Pain and neuromatrix in the brain, J Dent educ, 2001 Dec, 65(12):1378-82. Moseley G, Flor H, Targeting cortical representations in the treatment of chronic pain, Neurorehabilitation and neural repair, XX (X) 1-7 Moseley L et al, Cortical changes in chronic low back pain: Current state of the art and implications for clinical practice, 3rd International conference on movement dysfunction 2009 Moseley L, A pain neuromatrix approach to patients with chronic pain, Manual therapy 2003, 8(3) 130-140 Ramachandran VS et al, Touching the phantom limb. Nature. 1995;377:489-490. Ramachandran VS and Blakeslee S, Phantoms in the brain, New York: William Morrow, 1998

ベン・コーマック 2132字

コーキネティックの“運動ニューロマトリックス” パート1/2

運動への多元的アプローチ ‘動作ニューロマトリックス’モデルは、単なる骨、関節、筋肉の機械的操作以上のものとして、私達の運動を表現するように作られています。私達が下記のモデルにおいてリストしている入力のすべては、どのように私達の脳が運動を認識し、反応するのかに影響します。 身体の運動は、脳の‘出力’である神経系の過程の肉体的表現として見られるはずです。下記の図表の中央にある絵は、運動の‘出力’を表し、周囲の‘入力’によって影響されています。私達はしばしば、運動を、脳が受け取り使用する多くの‘入力’によって影響され私達の動作、あるいは運動の‘出力’を決定するためのものとしてよりも、純粋に身体の‘出力’として見ています。 このモデルは、痛みと痛みの経験の形成に多く寄与する‘入力’の多元的モデルを導入しているMelzack氏の“ニューロマトリックス”によって影響されています。痛みに関する従来の考え方からの最も大きな脱却の一つは、ニューロマトリックスにおいて、痛みは、単に‘入力’、あるいは身体からの信号ではなく、脳の‘出力’であるということです。 Melzack氏は、下記のように説明しています: 私はネットワーク全体を分類していて、それらの空間分布とシナプスの結びつきは、最初は遺伝的に決定され、後にニューロマトリックスとして、感覚入力によって形作られていきます。 私達の‘ニューロマトリックス’を通って流れる全てのものは、感覚入力によって形作られています。‘入力’は、根源で‘神経信号’を作り出している‘入力’というより、ただ‘ニューロマトリックス’からの‘神経信号’、もしくは‘出力’パターンを引き起こすだけなのです。この例は、‘ニューロマトリックス’からの痛みの‘神経信号’と結果として起こる痛みの‘出力’を引き起こしている感覚入力というより、末梢で作り出され、脳と‘ニューロマトリックス’に伝達された痛みなのです。ストレスレベルのような‘ニューロマトリックス’への他の‘入力’は、痛みの‘神経信号’‘出力’に影響を与え、調節することができます。私達はまた、身体組織と構造からの感覚‘入力’の代わりに、痛みの‘出力’を持っているかもしれません。 私達の“運動ニューロマトリックス”は、ニューロマトリックスのひとつの出力、運動を強調するように作られています。それは、補正、順応、置換というよりも、むしろ‘ニューロマトリックス’からの多くの出力の中の一つにおける焦点と見解なのです。タイトルに‘運動’を添加した理由は、この焦点を強調するためです。 実際、私達が痛みのプロセスを知覚する方法とは反対のものとして、‘運動出力’の背後にあるプロセスをみることさえできます。痛みは、実際には‘出力’である場合にも、主に‘入力’としてみられます。運動は、しばしば多くの‘入力’と要因を無視して‘出力’としてみられます。 同様に、私達の独特な運動を作り出すために、運動は脳によって調節された、数多くの要因によって影響されていると、私達は信じています。 経験(脳) 過去の運動傷害既往歴 意欲 価値観と信条 感情 論理 痛み 皮質マップ 潜在意識 意識 外因 外部の脅威 環境 三次元空間 娯楽、スポーツ、職業 姿勢 重力 床反力 質量とモメンタム 構造 筋肉系 骨格系 神経系 結合組織 異常性 健康状態と活力 呼吸 栄養 水分補給 細胞エネルギー ストレス 習性 睡眠/覚醒サイクル 消化器官の健康状態 解毒器官の健康状態 感覚 視覚 前庭 聴覚 運動感覚 嗅覚 味覚 触覚 このモデルは、私達の運動において、脳が制御因子であるということを前提として機能します。実際に、私達の脳は、脳自身を再配線することが可能で、脳が通常使用する結合を強化していて、使用しない結合を低下させています。これが、神経剪定として表現されるプロセスです。 “神経伝達物質の放出がより不活発な軸索分岐が後退する一方で、神経伝達物質の放出がより活発な軸索分岐は、特定の神経筋部位において持続し、多ニューロン神経支配の標準的な除去を引き起こします。” Jackie Yuanyaun Hau他 これは、私達の神経連絡の観点から、“使わなければ、失われる”ということを難しく表現しているわけですが、脳科学と神経可塑性の主要原理の一つなのです。 この再配線は、私達の特有な‘はっきりとした運動特徴’、あるいは個人の運動の潜在能力を定義する神経回路を作り出す、私達の記憶、構造、感覚系、活力、環境を含む複数の入力に基づいています。この全ては、良好な運動を行い、生きるために、感覚系と運動系がお互いに依存し合い活動する大脳皮質において起こります。これらの皮質領域は、現在、私達の運動と痛みの両方を理解するために、必要不可欠なものとして考えられています。 “感覚地図からの一定で正確なフィードバック無しには、運動地図は役目を果たすことができません。そして、相互退化のフィードバック・ループがセットアップされます。感覚地図が悪化すると運動地図も悪化し、そして、感覚地図はより悪化します。” The Body Has a Mind of its Own(邦題:脳の中の身体地図~体は独自のマインドを持っている~) Sandra and Matthew Blakeslee著 “痛みが持続する際に発生する変化の一側面に、一次感覚皮質における痛みを伴う身体部位の固有感覚表現があります。これらの表現は、脳が動作の計画を立て、遂行するために使用する地図であるため、運動調整に影響を与えるかもしれません。身体部位の地図が不正確になると、運動調整は阻害されるかもしれません。皮質の固有感覚地図の実験的混乱が、運動計画を邪魔するということは認識されています。” Lorimer Moseley:南オーストラリア大学健康科学学部 臨床神経科学科教授・理学療法学科長

ベン・コーマック 2657字

腰痛を抱えるクライアントを救うトレーナーのための手引き パート2/2

そこで、あなたはどのように手助けできますか? 記事の冒頭での腰痛に関連する多くの要因のいくつかを振り返ってみるならば、それらの大部分は、トレーナーの影響を受けえる可能性があります。 トレーナー達は、最も優秀な者にとってさえ扱いにくく議論を引き起こすテーマである、病理学や診断のように、ほぼすべての領域において援助の手を差し伸べる立場におかれています。腰痛診断の複数要因の解釈における良い記事がここにあります*ここをクリックしてください*。 痛みと痛みの恐怖、あるいは“腰を痛めること”は、人々の活動レベルに影響を与えます。資格を有したトレーナーの監視の元よりも、何が活動レベルを向上させるためのより良い方法なのでしょうか? 簡単です。運動が手助けしてくれます。ただ運動そのものではなく、どのくらい動くことができるのかという知覚、そして、そうするための信頼度が必要なのです。これは‘制御部位’と呼ばれていて、腰痛の良い結果において重要なのです*ここをクリックしてください*。 腰痛を持つクライアントにとっての適切な活動レベルを見つけ出すことは必要不可欠です。これは‘段階露出’と呼ばれていて、日常的にジムに行く人達が行うような、あるいはプロフェッショナル達が理解している‘トレーニング’というよりも、ただ簡単に動くことが、ある人達にとっては、本質的に素晴らしいことだということを意味しているのかもしれません。特定のウエイトトレーニングや、特定の筋力強化に焦点を置くことは必要ないのかもしれません。 一例として、時折、人々は屈曲時に屈曲への恐怖、あるいは痛みの恐怖のように、特定の運動に問題を示すことがあります。これらの運動を問題的なものとして見るのではなく、それらの運動を再導入しようとすることが重要です。彼らが間違った方法でスクワットをした際に、椎間板が‘破裂する’だろうとただ説明することは、私達がどのように言葉が損害を与えるのかを理解していれば、有益ではありませんし、恐らく事実でもないでしょう。人々は、日常的に身の毛がよだつようなフォームでスクワットを行っていますが、大部分の人達は椎間板を‘破裂’させません。 そうではなく、どのように人々が制限無しで気持ち良く運動できる状態に戻すかが、主な目的であるべきです。以前に問題であった姿勢を、最小限の不快感を伴いつつ、ゆっくりと導入することは、機能的能力の増大に最重要です。 コー・キネティックには、適切な活動レベルに関して考える際に便利な負荷のレベルの尺度があります。 多様性 観察される一貫性のある要因の一つは、人々が進んで運動戦略を変える量を減少させる腰部の‘防御’です。痛みは、更なる問題の原因となる、運動の変化を引き起こす可能性があります。私達は、痛みの原因を特定することはできないかもしれませんが、運動における痛みの影響には確実に気づいて、それを覆そうとしているのです。 痛みの複数要因という性質を考慮すれば、これは、‘コアスタビィティ’のように、単独の関係が無いかもしれない要因を突き止めようとするよりも、より賢明のように思えます。 単純に、人々がリラックスして、より変化に富んだ形で動ける手助けが、トレーニング・インプットの最高の方法かもしれません。この目的は、人々の知覚と、その結果として、運動と運動課題に反応する方法を‘再調整すること’です。 靴ひもを締めることによって起こりえる損傷の程度は、最低限です。ある人達にとっては、この低レベルの運動への彼らの反応が、ない損傷の程度とは比例していない可能性もありますが。 私のお気に入りの格言の一つは、インド人神経科学者のV.Sラマチャンドランによるものです: “痛みは、単なる傷害への反射的な反応というよりも、生命体の健康状態についての見解である。疼痛受容体から脳内の“痛覚中枢”への直通ホットラインは無い。” 前向きに見解に影響を与える方法は、トレーナーにとって、重要な考慮すべき事柄であるべきです。変化に富んだ運動と脅威として認知される運動を段階的な方法で導入し、感覚を鈍感にするために漸進的に負荷を掛けることは、腰痛への賢明で実用的なアプローチのように思えます。 運動の多様性は、特に腰痛を持つ集団において、痛みの影響を受けるということが、研究の中で一貫して示されており、そのため、運動の多様性は、治療上のいかなるプログラムにおいても、論理的に取り組まれるべき要因であるべきです。 この領域において、私は偏ッ多感替えをしているでしょうが、望むべくは、私の偏見は、お気に入りの持論ではなく、入手可能な証拠に基づいたものなのです。 私達は、腰痛を経験している人達の関節と筋肉内レベルでの運動の多様性の減少を見ることができます*ここをクリックしてください*。 この研究は、運動の多様性が腰痛によって影響を受けていたということと、痛みが弱まった後、これらの運動の変化が依然として残っていたということを発見しました*ここをクリックしてください*。 腰痛を経験していて、その後、感度レベルにおける認知知覚と中枢神経系の適合性に変化があり、将来の腰痛発生率に寄与する可能性のある運動戦略を変えられた数多くのクライアントを抱えているかもしれませんから、これは重要です。 この記事の中での腰痛に役立つキーポイントの概要です: 言葉は、損害を与えることもあれば、助けにもなることを覚えておくこと。 特定の診断を手に入れるのは難しく、単一の要因と結び付けられる可能性は低い。 運動が手助けになる。 特定の運動、エクササイズ、筋肉よりも、多様性を考えること。 段階露出とゆっくりとした漸進的な荷重。 安定化と剛性よりも弛緩を導入すること。

ベン・コーマック 2503字

腰痛を抱えるクライアントを救うトレーナーのための手引き パート1/2

腰痛の研究は山のようにあり、私達がソーシャルメディアやインターネットで読んだことが何と書いてあろうと、簡単な治療法と腰痛が起こる原因のどちらも見つけることができていません。 私達に安定性を与えてくれる特定の筋肉、もしくは筋肉群の強さ、あるいは‘正しい’発火については、フィットネス界のいたるところで、多くの人が執着していますが、それら多くの力学に基づいた理論を裏付ける確固たる根拠はありません。 以前、私は‘コアスタビリティー’の概念の背景にある根拠に注目したことがあります。 ‘非特異性腰痛’のような全ての研究や診断のために、長い間、医療界はこの問題に困惑しています。これは力学と単純な二元的思考を優に超えている問題であることがより明らかになっています。 腰痛に影響を及ぼす可能性のある要因は、下記の図からもわかるように数多くあります。各個人に基づいて、それら全てが様々な度合いで考慮される必要があるかもしれません。 もし医療界が、過去20年以上にわたり、この問題を理解しようと努力していたのであれば、コース案内に何がうたわれていようとも、教祖的指導者が開催するいくつかの週末コースに参加することで、このとらえどころのない問題への答えを得ることは恐らくできないでしょう。 何が問題を引き起こしているのか、あなたには全く分かっていない トレーナーが止めるべき最初のことは、原因を見つけ出そうとする、あるいは治療しようとすることです。あなたのコア‘インスタビィティ’、あるいは姿勢のような、一般的なジムで下される診断は、入手可能な根拠によって支持されているものではありません。 この研究*ここをクリックしてください* は、腰痛のある集団と腰痛の無い集団の脊椎にかかる負荷の特性を比較しました。痛みのある集団は実際に、腰椎の不安定性を示すというより、筋肉の同時活性化と脊椎の剛性を増大させました。この共収縮は、脊椎におけるより大きな圧縮力と剪断力と相関性があったのです。 この研究*ここをクリックしてください*は、腰椎の湾曲角度とその角度の腰痛への関連性を調査しました。研究者たちは、この研究のために興味深い集団を選びました。それは、炭鉱作業員です!炭鉱作業員は、重い荷物を背負い、かなり極度な姿勢二なることを繰り返します。 これらの研究者たちは、炭鉱作業員における腰椎湾曲と腰痛の相関関係を発見できませんでした。よって、ここでの設問は、“平均的な人達のハムストリングスの緊張、あるいは股関節屈曲筋の緊張が、腰痛の原因となっている腰椎湾曲を引き起こすのか?”ということです。これは、最近の研究に基づいても、決して簡単に仮定を立てられるものではありません。 もし誰かが腰痛の‘解決策’を提案するのであれば、彼らの治療法が腰痛に関連する要因に影響を及ぼしている、あるいは腰痛に効果があるという、十分な根拠をあげなければなりません。これは、潜在的な問題、あるいは解決策として、呼吸、視覚、足、もしくは赤ん坊の転がり方のような、様々な主張にも当てはまります。 類まれなる主張は、類まれなる根拠を必要とするのです! 根拠によって支持されるまでは、理論はいつまでたってもただの理論でしかありません。フィットネス界は、長い間、入手可能な根拠よりもかなり遅れた理論によって支配されていたり、あるいは単に人々に根拠の提出を全く求めていなかったりします。これは問題です。 言葉は重要である クライアントが彼らのトレーナーに何を言われるか。誤った情報に関する問題が、次の問題をも引き起こします。インターネット上の専門家の受け売りで、十分に練られていない‘診断’は、あなたが思っている以上に、ただ単に損害を与えるだけかもしれません。 言葉は人々に深く影響を及ぼします。人々が腰部に関して抱えている信念は、彼らのある運動を遂行する能力の受け取り方に影響を与える可能性があり、実際に彼らの問題を改善するのではなく、悪化させるかもしれません。 一例として、人々にコア‘スタビリティ’が必要であると言うことは、誰かにとっては、実際に意図していることよりも多くの意味を含んでいるかもしれません。私達が使用する言葉の認知のされ方に関わる記事*クリックしてください*は、多くの人々にとっての、‘インスタビリティ’という言い回しの意味を探っています。 インスタビリティという言い回しは、実際に、“いつ腰を痛めてもおかしくない”、あるいは“何かが少し緩んでいる・・・今にも外れそうだ”というものとして認知されています。 もしあなたが腰に関してこのように感じているとすれば、その感覚は、あなたの運動、あるいは機能にどのように影響を与えるのでしょうか?筋肉の共収縮の増大と弛緩の減少は、すでに腰痛と関連しています。よって、これらのタイプの言い回しを使用することは、実際に、痛みのダイヤルを下げるどころか、上げてしまい、痛みを増大させるかもれません。 言葉が損害を与えるのと同じだけ、言葉は助けになることができます。痛みの教育の分野のリーダーの一人であるAdriaan Louw氏は、痛みの作用の仕方に関しての理解を手助けすることが、人々にどのように好影響を及ぼすかについて着目しました*ここをクリックしてください*。 彼のグループの系統的レビュー“The Effect of Neuroscience Education on Pain, Disability, Anxiety, and Stress in Chronic Musculoskeletal Pain(慢性筋骨格痛における痛み、身体障害、不安、ストレスへの神経科学的教育の効果)”は、下記のように結論付けました。 “慢性筋骨格痛障害にとって、痛みの神経生理学と神経生物学に取り組んでいる教育的戦略は、痛み、身体障害、破滅的状況、身体能力に対して好影響があるという有力な根拠がある。”

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