マイクロラーニング
隙間時間に少しずつビデオや記事で学べるマイクロラーニング。クイズに答えてポイントとコインを獲得すれば理解も深まります。
運動楽観主義 VS 運動病理学モデル パート1/2
運動病理学(KPM)モデルまたは「動きの質」モデルは、痛みと損傷の生物心理社会モデルの対極として考えられるかもしれません。しかし、ほとんどの討論と同様に、これは誤った二分法で終わってしまうでしょう。私は、ほとんどの治療家は、生物心理社会(BPS)モデルは、痛みや損傷に関係があることに同意しているとともに、生物学/生体力学は、痛みを持つ人々に関係がある時があることに賛同しているという意見を持っています。しかし、真の討論は、人々がスペクトラムのどこかに分類される、二つの関連する領域に収まるでしょう: BPSの各構成要素が、その人/人口にどのくらい関係しているか 生体力学が重要であることは、皆信じることができるが、どう重要なのかに対しては意見が合わないこともある(脊髄衛生の悪さや膝の外反についてはあまり気にしていないためKPMモデルを非難する、など) 私たちの職業におけるほとんどの討論は、2つ目のスペクトラムに属していると考えるため、私が掘り下げて考えたいのは、2つ目のスペクトラムです。最初の討論は少し紛らわしいものです。よく起こるのは、ある治療家が別の治療家のKPMモデルや「動きの質」の関連性に対する見方に異議を唱えると、その人はその後、生体力学が重要であるとは考えない、ただの「心理社会学者」として激しく非難されます。実際には、その人は力学の有用性をあなたとは異なる方法で見ているだけかもしれません。 私にとって、この討論は、生体力学が重要かどうかではなく、どのように、いつ、そしてなぜ重要なのかなのです。 運動楽観主義 vs「いずれ代償を払うだろう」 私は、痛みと損傷の運動病理学モデルの大の批評家です。簡単に言えば、KPMは、理想的な動き方があることを示唆しており、それに相応する理想的な姿勢、筋活性プロファイル、関節の硬さなどがあります。これらの姿勢/動きのパターンからの偏差が、痛みや損傷の原因となり、未来の「磨耗と消耗」にさえなると提唱されています。これは、適切なアライメントを議論する、身体のとても構造的な見方です。これは、生活に対する「動きの質」アプローチの中でその兆候が現れます。リフティングの際に脊柱の中立位を保とうとしたり、持ち上げたりランジをしたり、歩行の際の股関節内転を修正したり、スクワットしたりジャンプしたり、また、肩甲骨の運動障害を発見しそれに取り組むことなどを議論します。KPMを代替するものは、体系化されておらず、一体化してはいませんが、これらの例は存在しています。彼らは心理社会学者ではありません。運動楽観主義者なのです。そうですね、これでは、KPMの提案者をまるで運動悲観主義者であるかのように見せていますから、不公平で、聞こえが悪いですが、私はこれこそが議論の要点だと信じています 運動楽観主義アプローチとは何か? 私は以前、症状修正という言葉でこのことについて書いています。JOSPTの論文がここにあります。あるいは、肩への実践としてこの記事を見ることもできます。私が知っている最もよく研究されたアプローチは、認知機能的セラピーアプローチです。こういったアプローチを実践する人は、未だ動きのパターンを変え、未だエクササイズを提唱し、未だ姿勢の変化を主張し、様々な生体運動能力を発展させ、患者に意味のある、身体的な活動を再開するようチャレンジし、肉体を無視してはいません。私たちは痛みを恐れず(理解している時には)、時には痛みを伴う動きを行うことが役に立つことを知っています。私たちはまた、時には痛みを伴う動きを避ける(どのように動くか、あるいは全ての負荷を管理することによって)ことが適切であることも知っています。言い換えれば、私たちは力学に働きかけているのです。しかし、私たちの臨床的決断は、運動病理学モデルの哲学に動かされてはいません。私たちは、人々に脊柱を屈曲させたり、膝を外反へ持っていくトレーニングや、肩が挙上した状態で腕を上げることを勧めるかもしれませんし、ランナーをかかと着地に変えさせるかもしれません。 本質的には、私たちは、関節が健全であるためには中立位になければいけないとは考えていません。中立位を提唱するとすれば、それは特定のコンディション下においてです。私たちは、KPMモデルが私たちの臨床的意思決定を駆動するべきだとは考えていません。臨床的意思決定は、症状修正や、動きの楽さ、誰かの目標課題に対する要求、また、人は素晴らしい適応能力と成長能力を持っているという信念などによって駆動されるかもしれません。 そして、この最後のポイントこそが、私が、人は運動楽観主義とKPMのスペクトラムに当てはまると思っている点です。ここで二分法を作り、動きの質の大切さは、適応能力に対する自信と相反関係にあるという考えについて論じます。
世界中のお尻の筋肉が沈黙したのか? パート1/2
私のかなり非科学的な観察からすると、私のクライアントの67-74%は、臀筋が抑制されていて、適切に働いていないと言われたことがあるようです。まるで伝染病のようです。臀筋抑制に関する膨大な記事は気の滅入るものだったので、その対処法として、避けることを選び、Runner’s Worldの定期購読を中止しなければなりませんでした。 フィットネス雑誌を開けば、こんな文章を目の当たりにします。 私たちは一日中お尻の上に座っているため、走りに行く時にお尻をどう使えばいいかを時に忘れてしまいます。ここに元の文章があります。 聞きましたか?臀筋が何をするか「忘れる」?こういった概念は、フィットネスおよび健康業界で、非常に横行しています。このことをサポートする多くの研究結果があると思うでしょう。長すぎて読まなかった – いや、そんな研究はありません。 大臀筋は抑制されやすいい筋肉だという考えがあります。つまり、テストをして弱かったとしても、どのように「活性する」かを学ぶことができれば、強くなる可能性があるのです。また、抑制はいずれ弱い筋肉を誘発することが共通して示唆されています。 こういった考え方は、数十年前にブラディミア・ヤンダから始まり、下位交差症候群(lower crossed syndrome)と呼ばれる姿勢のポジションに現れると推測されています。この状況では、「硬い」股関節屈筋、硬い脊柱起立筋、「長く」、弱い腹筋、および、弱い大臀筋が見られます。基本的に、人々は、(大臀筋が働いていない)など何かの存在を機能不全姿勢理論(下位交差症候群)と共に議論しますが、どちらも存在しません。それはまるで、私の5歳の娘から歯の妖精に起因するユニコーンのパレードの話を聞くようなものです。 多くの人が抑制された臀筋を抱えているという考え方は、本質的に真理になりつつありますが、それを支持する研究は多くありません。私は二つのことを議論したいと思います: 臀筋は、私たちが持つ他の筋肉よりも抑制されやすいということはない 臀筋は、他の股関節伸展筋に比べて、より大切ということはない 私たちは一つの筋肉の大切さを他の筋肉に比べて強調する必要はなく、存在しない病理を作り出す必要もないと考えています。想像上の機能不全を加えなくても、多くのクライアントは十分に壊れていると感じているのです。 うんざりしているように聞こえるかもしれませんが、そうではなく、ただ疲れているのです。私はこの仮定された機能不全に2004年から頭を悩ませているのです!15年も!私たちは、大臀筋が抑制されるという概念について考察した論文(こことブログはここ)を書き、すべての人において大臀筋は「抑制され」ているか、発火が遅いことを発見しました。つまり、人々が機能不全と呼んでいるものは、ごく一般的なことなのです。 診断:人間 とにかく、このブログの要点は、抑制された臀筋という概念の裏側にある考えを探ることです。いくつかの研究を見てみて、この考えが痛みのある人々に有益になるかもしれない状況を探してみてください。 大臀筋の活動の少なさは痛みや怪我に関係しているか。 痛みや怪我が存在する場合に、より高い大臀筋の活動が見られる研究論文は多くあります。ここにいくつか掲載します: 仙腸関節の症状改変手順をした時の大臀筋の活動低下と痛みのあるグループの大臀筋の活動増加。論文はこちら 伏臥位での脚挙上の際に大臀筋の活性が常に遅れることを示した、私の古く創造性に欠けた研究(2004)。その後も多く繰り返されている。 サブエリートアスリートの足関節捻挫は発火の遅れを誘発しないことを示した偶然の前向き症例研究(私の妻が患者であり、私たちは彼女の「通常の」筋電図を有しており、幸運にも彼女は私のために捻挫をした )- これこそ真実の愛 腰痛の人々の発火時間に関して、大臀筋に遅れはなかった。論文はこちら 立位時の痛みの増加に関連する中臀筋の活動の増加。論文はこちら 股関節の変形性関節症とともに見られる中臀筋の活動増加。論文はこちら ちょっと待って、これはクレイジーだ。実験的に誘発された中臀筋の弱さは、膝の内転モーメントの増加には繋がらない(時に関節の変性進行と結びつけれらるが、必ずしも痛みはない)。論文はこちら 腰痛患者の大臀筋の活動に差はない…再び。論文はこちら ハムストリングの肉離れ患者の大臀筋の活動増加。論文はこちら 前向き研究では、ハムストリングの損傷のリスク増加には、ハムストリングの発火の遅れが関係していた。論文はこちら 異議を唱える研究 - 臀筋の抑制が存在することを示唆 敏感な股関節の関節包に液体を注入すると、股関節のブリッジエクササイズの際の臀筋の活動減少につながるという非常に興味深い研究 上記の研究に関して、股関節に液体が注入される前には、痛みのない股関節に比べ、痛みのある股関節により高い活動が見られています。関節因性抑制が起こる一方で、本質的には、活動が「標準化」されているのです(それでも、筋電図の振幅を異なる人や身体の両側で比較する際には常に慎重になるべき…この素晴らしい論文に関わることができて幸運でした)。筋活動は、通常の股関節のそれに近似しているようでした。では、この研究は実際に、臀筋の抑制が存在することを示唆しているのでしょうか。これはまた、痛みのある股関節では、より多くの筋活動が見られるかを議論することに使えます。 股関節注射のあとで、ヒップブリッジの際の大臀筋活動に低下が見られる (Freeman et al 2013) 別の前向き研究。この論文の著者は、スイング期の後半において、大臀筋の活動がより大きい短距離走者は、ハムストリングの肉離れを起こしにくいと提唱しています。
世界中のお尻の筋肉が沈黙したのか? パート2/2
臀筋抑制の背景にある考えは妥当なのか? 臀筋抑制の一つの見解は、相互抑制と呼ばれるものにより、硬い股関節屈筋が臀筋の発火を阻害していると考えられています。これは本質的には、筋肉が発火するために「スイッチが入ると」同時に、神経系が拮抗筋の発火を抑制しようとするという反射現象です。この現象は、恐らく歩行時に最も顕著に現われます。歩いているときは、筋収縮により関節を安定させたい一方で、非効率にならないように、筋肉同士が「喧嘩する」ことがないようにしたいからです。 臀筋に関して、この考え方が破綻するのは、筋肉や関節の可動域が減少しているため(例 股関節屈筋が「硬い」)、これらの筋肉が何らかの過剰な筋活動をして、それが硬さにつながり、結果、拮抗筋(すなわち臀筋)を抑制するというものです。これは全くサポートされていない考えで、理にかなっていません。「硬い」筋肉は通常、過剰な筋活動(またはより多くの筋活動)はしません – 特に休息時や短縮時は。これはスクワットの際に確認することができます。多くの人が、スクワットをする際には、「硬い」腰筋が大臀筋を抑制するからこれが問題だと言うため、スクワットはこのテーマに関わっています。しかし、スクワットをする際は、股関節屈筋は緩んだ状態になります。股関節屈筋は、股関節を屈曲するために働いてはいないのです。重力がそうさせているのです。股関節屈筋ではなく、重力が股関節を「屈曲している」から、臀筋は本質的にあなたを地面に向かって「下げているのです」。「硬い」股関節屈筋は、スクワットのメカニクスには影響せず、とても可動性の高い股関節を有していたとしてもそれ以上「活性する」ことはありません。 痛みに関する臀筋抑制の概念に対する別の批判は、私たちが臀筋を本来の役割以上に重要視しているということです。「たとえもし臀筋が抑制されていたとして、何が問題なのか?」と自分自身に問いかけてみてください。日常生活のほとんどのタスクを行うのに、大臀筋の活動はそんなに必要なものではありません。短距離走や、クライミング、重いものを持ち上げることを考えてみてください。歩いたり、ましてや走ったりする際にも、臀筋の活動はそんなに必要ありません。ランニングに関する2012年のDornの論文を見てください。ランニングを本当に駆動しているのは、ふくらはぎの筋肉群です。股関節伸展筋は、それほど関わってないのです。これは、全体の運動のサポートモーメントの大半は足首や膝から来ていて、股関節は少ししか寄与していないという、より最近のリッチ・ウィリーの研究でも支持されています。 ウィリー他 2017 ブレット・コントレラスのスクワット時の臀筋の活動に関する研究でも確認することができます。このような高い負荷の活動においても、臀筋の最大活性は見られません。 この議論に伴うバイアスと困難の免責 1. 臀筋は確実に弱くなることはある 多くの筋肉と同様に、痛みや活動をしないことにより、弱くなることはあります。弱さは、いくつかの怪我の要因であり、確かにパフォーマンスにおいて強調するべき大切なものです。 2. 臀筋の抑制という概念を救うことはできるか? できると思います。それには、私たちが、人々の動き方を機能不全と表現することから脱却し、不要な複雑性を避けることが求められます。私は、あまり多くの臀筋の活動を必要としない方法で動くことは可能だと思います。つまりは、より脊柱優位、膝優位のパターンで、床からものを持ち上げることができるという意味です。選択したければ、より股関節を使うテクニックを磨き上げることも間違いなくできます。他のパターンが潜在的に間違っているということではなく、それはただ違う動きのパターンであるということです。これらのパターンが痛みを起こしやすいのならば、より股関節優位のパターンで動くことを学ぶのは確かに理にかなっています。そう、単純なことなのです。ここに機能不全の理由付けは必要ありません。 より複雑で非常に議論の余地のある例は、短距離走のような高負荷の活動の際に見ることができるかもしれません(私の専門ではありません)。高負荷の状態では、ハムストリングは高いストレスを経験します。臀筋は、短距離走中には正に股関節伸展筋であり、股関節伸展のトルクを作り出すことが臀筋のより大きな役割によるものとするランニングテクニックの変化があると私は予測しています(これはテストされていないため)。潜在的にこれはハムストリングのストレスを減少するかもしれません。このことはハムストリングの怪我に関連のあることかもしれません。「かもしれません」という言葉はもう十分でしょうか? 上記のシナリオが関係ないときは、高いレベルの力や実際の組織損傷が機能不全や痛みの原因ではない、痛みのある状態です。これはジョギングやウォーキングのようなときです。ジョギングの際は臀筋の活動はそれほど必要なく、臀筋の活動の欠如が痛みの問題を引き起こしているということはほぼありません。股関節の弱さは関係しているかもしれませんが、痛みを抱えている人がジョギングをしているときに、股関節伸展を作り出す潜在能力にうまく「アクセス」できてていないと考える理由はありません。 3. 臀筋の強さを強調することは有益か? 「死んでいるお尻シンドローム」が生み出した実践は、確実に多くの人を救うことができることは、繰り返し強調したいと思います。一般的に、これは、身体活動の増加、股関節、脊柱、脚部のレジスタンストレーニング、そして多くの場合、姿勢/動作を変化させ、症状を改変することにつながっています。こういったことに何ら悪いことはありません。股関節のストレングストレーニングは、膝の痛みのある人の助けになるという実際的な証拠があります。これはやるべきことなのです。 しかし、臨床の成功はメカニズムを証明してはいません。抑制された臀筋を有していると考える代わりに、別の方法でトリートメントアプローチを見ることができます。屈曲に伴う腰痛を持っている人がいるとすれば、短期的に腰椎屈曲を少なくして動く方法や、物を持ち上げたりする方法を教えることは意味のあることです。これには、より股関節(ヒップヒンジ)を大きく使って動くことが求められ、この新しい動きのパターンは、脊柱をあまり動かさずに臀筋を使うヒップエクササイズによって強調することができます。とても良いですね。素晴らしい、私たちは、痛みを引き起こす可能性のあるポジションを避けることを教え、痛みを感じない状態で負荷を与え、痛みをコントロールする方法を与えた上で、活動プログラムを始めています。全てのことが痛みを助けるのです。人に異なる動き方を教え、股関節伸展筋を優先させようとすることは、膝にかかる負荷を減らし、脊柱にかかる負荷を減らし、痛みなしに違った方法で動くことを助ける素晴らしい方法です。臨床的に行うことは助けになりますが、臀筋に関する病理学を証明はしていません。 しかし、またこれも臀筋の発火パターンの機能不全があることを意味するわけではありません。ただ痛みを起こすポジションを一時的に避けて、エクササイズを処方しているだけです。簡単なことです。 この概念は新しいものではありません。私たちは、ほぼ全ての関節(ここでは肩)において、単純に症状の改変をして、機能を最大化することにより、この想定された機能不全を「直す」ことからの転換を見てきたのそうです。 まとめ 終わりに、健康のため、生活のため、パフォーマンスのため、助けになると考えるのなら股関節の強化をしてください。股関節全体です。そこには、何らかの助けになるという実際的な証拠があります。しかし、恐らく私たちは、人々がどれほど機能不全であるかを伝えるのを避けたほうが良いでしょう。繰り返しますが、人々を落ち込ませるのではなく、鍛え上げましょう。
リハビリとしてのランニング パート2/2
ランニングをリハビリとして使用するときの臨床判断(続き) 4. 何ヶ月もランニングを回避しているにも関わらず、あなたの症状は同じですか? このようなことは珍しくありません。ランニングをやめてみたのに膝がまだ痛いというように。これまで通り定期的なリハビリを続けてもいいのですが、多分あなたが楽しめることを再び始めてみるタイミングかもしれません。最後に走ってから何ヶ月も経っているならば、プライドを捨て、初めから、またはかなり減らした量から始めなくてはならないでしょう。でも、心配しないでください。10秒間だけのランニングからすぐに20分間、そして40分間のランニングになるでしょう。我慢が必要です。3ヶ月間走らないでいた人がランニングのプログラムに戻るためのとても簡単な方法は: 3-5分間のジョギング 5-8分間のスキップ、シャッフル、Aスキップ、Bスキップ、ランジ、など(例:ダイナミックウォームアップ) 10分間のとても速いウォーキング 3-4分間のダイナミックウォームアップ 最初に始めるジョギングの量は、恐らく怪我の前にどのぐらいの距離を走っていたかにもよります。もし、50km/週以上走っていたならば、10~15分間のジョギングから始めると良いかもしれません。確信があるわけではありません。やってみて、身体がどう反応するかをみて、必要に応じて構築していきます。 このようにしても、まだ痛みはあるかもしれません。ランニング中でさえも。しかし、その痛みが次の日にはいつもの痛みのレベルに戻っていて生活に支障がないようであれば、成功です。一般的に、痛みは2-4/10であることを提案します(注:例外もあります−時には痛みを探ってはダメなこともあります−これについては今後のブログで触れます)。そうしたら、徐々に強度を上げる必要があります。強度を上げていく簡単な方法として、毎週走るごとに2分だけ追加していきます。つまり、5週間経つと20分間走るということになります。しかし、ここは柔軟に考えてください。もし、ぶり返すようであれば、それが閾値であるということが分かります。ランニングをまた少し減らしてみてください。 ウォームアップのドリルと速いウォーキングの背景にある考え方は、費やした時間だけ充実したものにしたいためです。やらなくてはいけないというものではありませんが、せっかく運動着に着替えて30~40分間、外に出てきたのですから、価値のあるランニングにしましょう。 5. 痛みを探ってもOKです 余計なことをして問題を起こしてもいいが限界ギリギリまでやってしまってはダメというのが、科学者が提案していることです。つまり、ある程度の違和感はオーケーということです。しかし、痛みがあるのであれば“回復”したとは言えませんね。次のような症例をよく目にします: a. 走り始めて5~10分で痛みが出たが、時間が経つにつれて消えてしまい、その日も次の日も痛みが残らない。 素晴らしい、走り続けてください。心配しないように。 b. ある一定の時点で痛みが出て、そして走っている間に悪化する。次の日になっても感じるほどである。 素晴らしいとは言えません。少し控えるのが適当です。何かを変えてみてください。スピードや環境、ランニングスタイル、距離などかもしれません。痛みが発生する直前まで走るだけにしてみてください。そのうちに、時間の経過による痛みをいろいろと探ってもらうかもしれません。何ヶ月も痛みを患っていて、改善が見られない場合、たいていこのような方法で行います。覚えておいて欲しいことに、成功するリハビリは、痛いけれども自分の好きなことをもっとやっていくことです。しかし、先ほども指摘したように、これはもっとも容易に判断できることではありません。 c. ランニング中のある時点で痛みが出て、そのまま軽度な違和感が残り続ける。口に出して言わない限り、周囲の人はあなたが痛みに苦しんでいるとは分からない。ランニングをやめればほとんどの痛みは消えてしまい、次の日にまで痛みを持ち越すことはない。 このような症例には頭を悩ませます。時にはこれは全く正常で、数週間で回復するようなものかもしれません。また時には、しつこく残ることもあります。あなたのトレーニング目標にもよりますが、この違和感があってもトレーニングを続けてもよいでしょう(例えば、2ヶ月以内にレースがある時など)。しかし、シーズンの始まりということであれば、恐らくトレーニングの仕方を変え、トレーニングを控える方がいいかもしれません。このようなケースでは、たいてい補助的なリハビリ(例えば、歩行の再教育、ストレングスエクササイズ、負荷マネジメント、睡眠や趣味を増やすこと、または減らすことなど)が役にたつかもしれません。 d. ランニングを少し控えめにしていても、ある程度の違和感を感じ始める時点がある。 もし、あなたがずっと走り続けていて、まだあえて痛みを出さないようにしているのであれば、痛みを探ってみるタイミングです。つまり、15~20分間痛みのない状態で走ってみて、意識的に2-3分違和感を感じながら敢えて走ります。慣らしていき適応させることができるという考え方です。そして、これまでの痛みの閾値を遠ざけることができるのです。 6. 走り始めたら、何が起こると思いますか? あなたは、あなたの怪我の正体は何であると告げられましたか? 走ることは安全であると思いますか? 痛みは複雑です。痛みは多面的です。それは、あなたの筋や腱、関節で何が起こっているかのみを示しているのみではありません。ストレス、睡眠不足、不安、恐怖などは、あなたがどれくらいの痛みを感じるかに影響します。怪我への恐怖、怪我についての心配、その他の生活にあるストレスすべてが、あなたの回復に影響します。自分は安全であると理解すること、ランニングのためにトレーニングを積んでいて、そのランニングが痛みや怪我にプラスの影響を与えることを理解することは、回復するために重要です。あなたは、怪我を治してからでないと走り始めるべきではないと、他人に指示されるようではいけません。皆さんはきっと、あなたの膝蓋骨は“滑走枠から外れている”、臀筋の弱化が見られる、内側広筋の発火に問題がある、足底アーチが低くなっているなど、その他にも今回の怪我の痛みとほとんど結びつかないようなことを、聞かされたことがあるはずだと思います。これらを治す必要があると言われているかもしれません。ばかげた話です!周りのハッピーなランナーの皆さんを見てみてください。彼らは、“弱化”した臀筋や外反膝、“ガタガタ”のフォームでも、うまくやっていて、走っています。あなたも走れます。 私のような人が、ランニングは良いですよ、と言ってあげることはできても、あなたにとってそれが実感できる最適な方法であるかは、再び走り始めて分かることです。容易なことでなはいでしょう。体調を崩してからの再出発は辛いものです。私も分かります。それでも、身体は適応できます。これまでにランニングのためにトレーニングをしてきたのですから、もう一度できるはずです。 まとめ 1. 現在できることを見つけ、それをやる。 2. そのレベルを徐々に上げていく。 3. 悪化させるようなランニングを一時的に避ける (速度、上り、非常にゆっくりのジョギング)が、その後、症状が安定して改善が感じられたらこれらを徐々に戻していく。 4. 柔軟性を持って挑む。改善は常に直線であるとは限りません。数週間、平行線であったり、のんびりする日があってもいいでしょう。 5. 他のタイプのトレーニング(早歩き、ヒルウォーク、シャッフル、スパイキング、ダイナミックウォームアップなど)を加えていき充実したものにしましょう。 6. 痛みをあえて出してしまっても大丈夫であることを知っておきましょう。しかし、時には控えめにしておくとよいかもしれません。例:常識の範囲で。
リハビリとしてのランニング パート1/2
怪我や痛みからの回復に関して言えば、実行することが修復となります。一般用語では:怪我をした時には、自分が好きな活動が回復するための第一の要素であるべきです。 結構、簡単なことかもしれません。ランニングは、本格的にランニングを再開するための準備や治癒を触媒するストレッサーの一つです。 痛みや怪我が発生するということは、私たちの身体にかけるすべてのストレッサーが適応能力を超えているという見方ができます。何らかの理由で、現在のストレッサーが現在の許容能力を超えてしまったのかもしれません。もし、マラソンをしたいのであれば、ランニングのための耐久性と身体能力を徐々に構築していかなくてはならないことは知られています・・・ランニングによって。 ランニングによって不調になったのですから、ランニングによって取り戻すことができるのです。 怪我からの復帰も同様です。自分の身体は自ら治癒し、ランニングに必要な耐久性を再び構築するのです・・・ランニングによって。 しかし、いきなりランニングを始めて最初の週に100kmも走らないのと同様に、ランニングへの耐久性をゆっくり構築していきます。あなたの身体の組織や神経系、心血管系は適応し、以前は3kmさえも考えられなかったのに、じきに20kmを走っているでしょう。 怪我してしまったら、自分が走れるかどうかはどうやって分かるのでしょうか? 簡単なことです、走ってみればいいのです。それだけです。それが検査になるのです。ランニングするために、パスしなくてはならないフィジカル検査はありません。走れる状態になったことを示すテストは少なくとも存在しないわけです。ランニングがそのテストになります。カーフレイズ50回や片脚スクワット12回、フロントプランク、何回かの腕立て伏せなどで、走ることができるかどうかを試す必要はありません。ランニング自体が課題であり、そのテストです。膝の“正確”な動きとして勝手に作られたルール基づき、“完璧”なスクワットをする必要はありません。足趾よりも内側に膝が入らないように一生懸命に努力する必要はありません。臀筋が再び発火するように指導する必要もありません。膝蓋骨の想像上のトラッキング障害を矯正する必要もないのです。必要なことは、適応するために自分が必要としているぴったりの刺激を探すことです。 これは、あなたの回復にカーフレイズやプランク、片脚スクワットなどが含まれないと言っているわけではありません。これらすべては、怪我の回復に役に立つでしょう。しかし、これらはランニングと併用することができる補助的エクササイズです。 しかし・・・無茶をしてはいけません。 ランニングが問題を起こしたので、ランニングが回復に役に立つ可能性がありますが、痛みや怪我を起こしたトレーニングを何でもやり続けてよいという意味ではありません。ここでアート(例:推測)と科学が合わさるところです。ランニングに100%戻るためには、100%以下のどこかのレベルから始める必要があります。何かを変え、再構築する必要があります。 注意:トレーニングを控えておいた方がよいという例外もあります。疲労骨折のリスクが高い時がその例です。将来的に、このことについてブログで探求したいと思います。確信が持てない場合はいつでも、この分野の医療専門家と一緒に取り組んでみてください。 エビデンス? リハビリの研究は困難です。エクササイズの研究では、適切なアドバイスや教育をしても身体活動を単にしてくれる比較群を設定することは、ほとんどできません。しかし、私が知っている2つの研究では、きっちり決められたエクササイズ(Hottら。ここクリック)あるいは、歩行再教育(Escuilerら。ここクリック)を行なったグループと、ただトレーニング負荷と身体活動を変えただけのグループを比較しても同じぐらい改善したことを示していました。 ランニングをリハビリとして使用するときの臨床判断 1. 現在、痛みなく何分間ぐらい走ることができますか? では、それを2週間続けてみて、ゆっくり構築していきましょう。もし、10分間しか走れないようであれば、5分間だけ走ってみます。そして、1分間のウォーキングをし、再び5分間走ります。調子が良いようであれば、さらに2~5分走ります。他にも、ランニング量を保つためのコツは、1日2回ほど、今ある痛みの閾値で走ることです。または、今までの週3回の代わりに、今度は毎日走るようにします。しかし、各ランニングは、12分間だけかもしれません。それから、さらに充実したトレーニングにするためには、きつめのフィットネスウォークを加えてみましょう(クリス・ジョンソンのような多くの素晴らしいコーチが提案するように)。重要なことは、ランニングの習慣を途絶えさせないことです。少しだけ変更していき、運動を継続します。そして、ストレスに対して身体は前向きに反応するということを覚えておきましょう。身体への適量のストレスこそが、治癒の媒介となります。 2. どのぐらいの期間、痛みがありましたか? 痛みの期間が短ければ(3週間以内)、練習量を50%減らすだけ、そしてスピードの練習は1~2週間行わなくてもよいかもしれません。これはあくまでも、このような厄介な問題が起きた時の一時的な変更にすぎません。あなたのセラピストやコーチは、トレーニングにおける増悪要因は何であるか、何であったか(時には、生活全般での何かかもしれません)を見つけ出し、これらの問題を一時的に回避するのに十分なだけの簡単な変更をしてくれるはずです。つまり、基本的に“おい、こうやるともっと痛くなるぞ”というのに対し“分かった、それをしないように”といった具合に・・・一時的に。^_^ もし、あなたが痛みを何ヶ月間も抱えていたとしたら、異なる考え方が要求されます。回避するアプローチではなく、実際、違和感があっても走ることから始めます。ここでは、これまでの数ヶ月間ずっとトレーニングを抑えていたと仮定します。ここで何を活用しようとしているかと言うと、私たちに備わっている素晴らしい適応能力です。あなたが感じている痛みは、どちらかというと過敏な神経系によるものであり、組織の損傷によるものではあまりなさそうであるという考え方です。私たちは、あなたが訴える症状と組織にある“問題”との間にズレがあると考えます。ですから、私たちは痛みに対して配慮しますが、単純にそれに従うことはしません。しかし、覚えておいて欲しいことに、もし、組織に“損傷”があったとしても、その組織を治癒させるための刺激は、たいてい物理的負荷であることがほとんどです。ただ、プラスの変化をもたらす適量のストレスを見つけ出すことです。 3. どのようなトレーニングが最も苦になりますか? 急性疼痛においては、回避するアプローチを一般的にとります。もし、スピードワークが苦になるようであれば、軽いランニングと代えます。もし、それが長距離ランであれば、長距離を中距離ラン2回に代えるかもしれません。または、長距離ランのペースを下げて、同じ長さの時間走るかもしれません。短期的には、回避していることになりますが、休息をとった後、再び増悪するような運動をゆっくりと戻していきます。これが触媒として機能して適応が起こります。そして、再びランニング負荷に耐えられる準備をしてくれます。
腰痛に関して脊柱屈曲を心配する必要があるのか? パート2/2
腰部を屈曲した状態で物を持ち上げたり、腰椎を屈曲した状態で負荷をかけることは腰痛の要因となる。というのはすでに定説のようになっていますが、そもそも腰椎屈曲とは?ニュートラルを維持するとはどういうことなのか?腰椎屈曲は本当にそれほど恐るべきことなのか?グレッグ・リーマンが複数のリサーチをベースに解説をします。
腰痛に関して脊柱屈曲を心配する必要があるのか? パート1/2
腰部を屈曲した状態で物を持ち上げたり、腰椎を屈曲した状態で負荷をかけることは腰痛の要因となる。というのはすでに定説のようになっていますが、そもそも腰椎屈曲とは?ニュートラルを維持するとはどういうことなのか?腰椎屈曲は本当にそれほど恐るべきことなのか?グレッグ・リーマンが複数のリサーチをベースに解説をします。
痛みを伴う活動を行うことは安全か:"露出"と"保護"の議論を探る パート2/2
4. 組織に損傷がある時でさえ、痛みを詮索することは安全です。 ハムストリングスを断裂してしまっても、リハビリプログラムの一環として痛みを伴う運動をすることができます。ハムストリングスの治癒を助け、強くするためにも、臨床医の研究者は、痛みを伴うハムストリングスのエクササイズを明示的に選択します。これで痛みが増大するのではなく、わずかですが機能の回復に関与します(ここを参照)。 腱障害がある場合にも同じことが言えるでしょう。意味のある活動を実行することで、たとえ不快感を起こしてしまっても、有害な影響は見られないでしょう(ここを参照)。 これは、ただ自分自身にムチを打って、感じることを完全に無視するということでしょうか? いいえ、あなたはゆっくりと耐性を高めていき、快適で安全(つまり、自分自身にダメージを与えていないことを知っておく必要があります)であると感じ、24時間にわたって反応をモニタリングするのです。その後、数日間痛みが増してこなければ、不快感を呼び覚ますことに自信を持てるようになります。 5. 神経障害性疼痛さえも詮索できるかもしれません。 この投稿のタイトルに、“露出”と“保護”とありますが、つまり何だと思いますか? あなたが回避している痛みや恐れを伴う活動でも、それが意味のある活動であれば、有益になることがあるのです。(ここを参照してください) 6. 私たちは痛みを伴う活動に慣れることができます。 慣れとは、痛みを伴うことでも行うことによって、時間の経過とともにゆっくりと安心できるようになることを意味します(これは感覚適応と呼ぶこともできます)。みなさんは、このようなことを毎日目にしています。熱いお湯がはねてきても平気な料理人や、熱いシャワーに慣れてくる自分、鋭いエッジに指が慣れてくるロッククライマー、レンガを割る武道家、鼠蹊部に関して文句を言わないサイクリストなどを考えてみてください。 慣れについての素晴らしいことは、疼痛刺激の初期にはより多くの痛みを感じるかもしれませんが(セッション内感作と言います)、時間が経つにつれて痛みが少なくなることです(ここを参照)。 そして、どうなると思いますか? 痛みを呼び覚ますと事態は悪化するぞ、と言われ、それを信じると− 本当にそうなってしまうのです。感作が起こると信じさせられると、慣れるという反応を失う可能性があるのです!!! (ここを参照)。だから、動くことに対して楽観的になりましょう– あなたの驚くべき適応能力とそのプロセスを信じましょう。あなたは素晴らしく可塑的なのです。 注意事項 時には後退することもあり、負荷を減らしたり、今行なっていることを変えたりする必要が確実にあります。(このように後退する必要があるかもしれない人たちはEndurance Copersと呼ばれます− ここを参照)。 そして確かに、治癒させるために保護する必要がある組織レベルの症状が見られる痛みもあります(例えば、ランナーにおける疲労骨折)。しかし、あなたと同じように痛みの問題を理解してくれている誰かと一緒に取り組むのであれば、露出と活動を再開することが、あなたにとって最適かもしれません。痛みを伴うランナーに関して言えば、ランニングをリハビリとして利用することがあります(詳細はこちら)。 意味のある活動を避けてきて、どんどん小さくなってくる箱の中に身を置いている(またはセラピストにそのように提案された)人にとっては、おそらく露出はより適切な方法でしょう。 非常に簡単に言えば、私たちの信念、恐れ、心配は、何よりも役に立つかもしれないことをする妨げになります。そして、それらと同じ信念、恐れ、心配は、本来行うべき健康的なことでさえ苦痛にしてしまうことがあります。これは、かなりの悪循環です。 あなたは、本質的にあなたらしくいることをやめてしまい(バイオグラフィカルサスペンション「伝記の一時停止」と呼ばれています-ここを参照)、回復に役立つことをストップしてしまいます。やっと、あなたが箱から抜け出す時がきましたね? まとめと今後について 痛みを感じているとき、私たちはしばしば運きの牢獄に閉じこもってしまいます− 小部屋のようなスペースはどんどん狭くなります。私たちは自分たちができること、できないことについて考え過ぎ、安全な動きついて役に立たない独断的な規則に従い判断してしまいます。ある特定の動きは身体に悪いことであり、長期的なダメージを引き起こすと私たちに指導する動きの専門家たちに耳を傾けてしまい、結果的に自分自身の身体を信じなくなります。 私たちは運動に対して悲観論者になり、役に立たない規則を持った監視によって許される活動を支配される小さな部屋で生活するようになります。そして、そのような小部屋に閉じこもってあなたが人生を送れば、ますます外に出るのが難しくなります。 ですから、恐怖を感じるかもしれませんが、自信を持って大胆に活動を再開することが、私たちにできる最善のことかもしれません。生き始める前に完全に痛みがなくなるのを常に待っていたら、私たちはいつまでたっても人生を再開できないでしょう。 意味があるにも関わらず回避されてきた活動を再開することは、あなた自身の回復力を立証できる方法です−過敏症や疼痛をもたらす自分自身の根深く不合理で過度に保護的な部分に、実際は驚くほど適応力があるということを納得させるために。 いくつかの方法で、自分がまだできることを明らかにしていきます。怖いかもしれませんし、痛みを伴うかもしれません。良い日もあれば悪い日もあります。しかし、成功を積み重ねるうちに、それは最終的にあなたがかつて閉じ込められていた牢獄をなくしてくれるでしょう。 理論的には単純に聞こえますが、実行することはいろいろと難しいかもしれません。あなたの回復への道のりを助けてくれる医療専門家はたくさんいます。そして、意味があるにも関わらず回避されてきた活動を再開することが、最良のプログラムであるはずです。グッドラック。幸運を祈ります。
痛みを伴う活動を行うことは安全か:"露出"と"保護"の議論を探る パート1/2
私は、持続的な痛み(そして痛を生じやすくするいくつかの特徴)を持つ人として、また20年間のキャリアを持つセラピストとして、意味のある活動を再開し、(時には)痛みを伴うものであっても運動することに賛成の立場です。持続的な痛みを持つ多くの人にとって、それが安全であることだけではなく、なによりも回復に役立つことが重要だと考えています。この投稿で、あえて痛みを呼び覚ますことに賛成である理由を説明します。 これは、私が患者にも他のセラピストにも教えていることですが、私はしばしば痛みについて驚くほど複雑で博識な質問を受けます。痛みのメカニズムについてよく読んでいる患者やセラピストが、痛みを出してしまうことで中枢性感作(CS)と呼ばれるものにつながるかどうかを尋ねてきたことがありました。実に良い質問です。彼らは、持続性の痛みがしばしば過度に神経系を敏感にしてしまうことを認識しており、痛みを伴う活動を行うことによって、その敏感な神経系がさらに敏感になることを当然のことながら懸念しています。この質問に答える前に、まずは中枢性感作(CS)について話しましょう。 CSの正式な定義は次のとおりです: “中枢神経系の侵害受容ニューロンの正常または閾値以下の求心性入力に対する反応性の増加…異痛症(痛みを伴わない刺激で感じる痛み)や広範囲の痛覚過敏など特定の徴候や症状は、その存在を示唆している可能性がある”(参照はこちら)。 この概念は、痛みや苦痛が実際の組織の状態とほとんど関係がないことを理解するのに非常に役立ちます(つまり、かなりの痛みでも組織の問題とはほとんど関係がない)。主な意味は、しばらく痛みを感じた後、次のようになる可能性があるということです: 通常は痛みを伴わない活動を行うことで痛みを経験し、 以前は痛みをわずかにしか感じなかった活動で多くの痛みを感じるようになる 中枢性感作(CS)は、すべてのボリュームを上げてしまいます。また、片頭痛、頭痛、むずむず脚、胃のトラブルの原因ともなる可能性があり、システム全体の問題であることを示唆しています。 いくつかの独自の実験室での研究は、痛みを伴う刺激を人に加えると(侵害受容器が作用されると仮定します)、数時間から最大24時間にわたって痛みの反応が上昇することを示唆しました(リンクはここ)。これは、痛みで痛みを感じやすくするという単純な考え方です。 ですから、中枢性感作を回避しようとしたり、既存の中枢性感作を悪化させたりしないために、痛みを避ける必要があると考えるのはかなり論理的です。 しかし、それはおそらくほとんどの場合、間違っていると私が言えば、皆さんは驚くでしょう。実際、中枢性感作のある人でもない人でも、回復するためには、痛みを伴う活動を続ける必要があります。 不快感や痛みを伴う活動を選択することが受け入れられ、しかも有益であるかもしれないという、さまざまな痛みの症状に関する異なる研究分野を見てみましょう。 1. 運動は鎮痛剤 たとえば、私があなたに何か痛みを与えたとします。その痛みは運動によって短期的に減るでしょう。これは運動誘発性鎮痛と呼ばれます。問題は、この能力はたいてい慢性痛でない人に見られるということです。一旦慢性痛になると(たとえば線維筋痛症など)、この能力は鈍くなる可能性があります(参照はこことここ)。痛みを和らげてあげなければならない人たちが、この能力を失ってしまうとは、ある意味皮肉なことです。 でも、待ってください、希望があります。これは単に短期間の現象です。慢性痛がある場合でも、運動や活動は長期的に役にたつものです− ただ、短期的な“ランナーズハイ”が得られないということです。 他の人がワークアウト後にどれほど爽快感を感じるかをあなたに伝えてくる時、あなたはその高揚感が得られないがために相手をにらみつけるかもしれません。でも、心配しないでください。あなたは正常な人なのです。活動中の痛みが少なくなることを期待するべきではありませんし、逆に痛みが増えたと感じるかもしれませんが、長期的に見れば適応することができるようになります(参照はこことここ)。 結論 - 活動で痛みを起こしてしまうことは、短期的には避けられないかもしれませんが、長期的には有益になるでしょう。 2. 活動することで痛いからといって、侵害受容を作り出しているわけではありません。 冒頭で、痛みを伴う活動で侵害受容が生み出され(組織が“危険”または“刺激”信号を脊髄、または脳へ送る)、結果的に中枢性感作を引き起こすかどうかについて議論しましたが、覚えていますね。でも、あなたが痛みを伴うことをしたとしても、侵害受容が起こっているかどうか知る由もないのです。 侵害受容の増加と何の関係もない他の要素が、痛みを起こすことがあります。このように痛みは複雑です。信念、恐れ、不安、学習はすべて、あなたが感じる痛みに影響を与えますが、侵害受容とは何の関係もありません(ここを参照)。これが持続的な痛みの厄介なところです。そのうち、害のない動きや姿勢が痛みを引き起こすことがありますが、それは組織のレベルで何らかの問題が発生していることを意味するものではありません。 3. 侵害受容器が刺激されても、中枢感作が起きないことがあります。 慢性痛になる前に、非常に痛みを伴う活動をしたことがありますか? そうであると私は確信します。アスリートは、そのようなことを定期的に行なっているわけですが、中枢性感作は誘発されません。生活にも同じような事例がありますね。(具体的に言うと、水曜日の夜、私は25kmも自転車をこぐはめになり、サドルが合わず私の老体は悲鳴をあげました)。 また、私たちは保護する手段として侵害受容を日常的に経験していることも分かっています。堅い椅子に座っているとき、あなたは自然に体重をシフトし動くでしょう。これはおそらくお尻の組織に潰瘍ができないよう保護するために動かす侵害受容の作用です。この場合、侵害受容は保護的で継続的です(ここを参照)。
張っている筋についての力学的な議論は、痛みに関しては意味をなさないのはなぜか パート2/2
筋や関節の硬さや制限を気にしないための力学的な議論(つづき) 理由3:関節の“硬さ”は、関節に不必要な、あるいは過剰な緊張を与えているわけではない。 これはよく聞く話です。 硬くなった筋が脊椎の感受性の高いエリアを“引っ張っている”とか、疲労骨折は“引っ張って”しまったからという考え方。 あるいは、前腕の屈筋群を緩めて、感受性の高い肘の腱を“引っ張る”のを止める必要があるなど。ですから、セラピストはその筋を“リリース”し、関節や腱、ストレス骨折に負荷をかけないようにしようとします。あるいは、リラックスして関節の緊張やストレスを軽減させる方法を指導することもあります。 これは、痛みを持つ人にとって魅力的なことで、感じていることと一致することが多いからです。 私たちは、身体が硬いと感じます。張っているような感じがして、動くと引っ張られるような感じがします。 筋や関節が固まって、それをほぐす必要があると考えがちです。そして、このような介入によって痛みが和らぐこともありますが、それは感受性の高い構造へのストレスを減らしたからではないと、私は考えます。これにはいくつかの問題があります: A) 私たちは、自分が感じることを常に信用できるとは限りません。 身体は時に嘘をつきます。 特に痛みがあるときは。 痛みは、私たち自身や自分の関節や筋の感じ方を乱してしまいます(それが前回の記事の要点でした)。このことは、下記のBruscoら(2020)の研究にもあります。 彼らは、6週間の静的ストレッチの後、関節可動域が増加し(ストレッチ耐性)たが、関節の硬さに変化はなく、その後身体が伸びた感じ、つまり硬さが少なくなったと感じました。客観的な評価では、硬さに変化は見られなかったにもかかわらず。実際に関節の硬さを変えることなく、感覚を変化させたのです。 痛みがあっても本当は張っていなかったり、あるいはそれほど硬くなかったりということは(やはり例外はあると思いますが、特に自然か意図的か分かりませんが、身体が防御やブレースをしたとき)、実は余分な力が関節にはかかっていないということになります。 ストレッチを感じたたら合図するように伝えてあります。硬さに変化はないにも関わらず、長期間のストレッチの後では、合図が遅延しています。 B)正常の姿勢では、動きに対する抵抗(=硬さ)があまりない。 つまり、たとえ身体が硬くても、安静時の姿勢から動き始めるまでは余計なストレスがかかっているか“分からない”ので、硬いからといって関節に余計なストレスがかかっているとは言えないということを意味しています。 ですから、もし余計な硬さがあったとしても、それはごくわずかで、大きな可動域で動き始めたときに初めて現れるものなのです。私が五十肩になったとき、発症前の最大可動域の約70%程度動かすまで、肩が硬くなっていることに気づきませんでした。 日常生活での動作では問題がありませんでした。 硬さが現れたのは、ROMの最終域に近づいたときでした。 仮にいつもより硬いとしても、だからどうなのか? 硬さは、ちょっとした負荷に過ぎなく、 その負荷やストレスは、私たちにとって良いものです。私たちに適応を引き起こしてくれるのです。 多くのスポーツ科学者は、関節や腱が硬くなることは良いことだという主張しています。 それは、パフォーマンスの向上につながることも多く、筋力トレーニングは硬さを増加させ、筋力トレーニングは、痛がある人に効果がある選択肢として世界的に認められています。 筋の硬さや張りを気にし過ぎることの害はある? ほとんどの人にとって、まったく害はありませんが、人によっては、それが頭から離れず固執傾向になることがあります。 そういう人たちはいつも、その張りを減らし、筋を“リリース”してくれるだれかを探してしまったり、何時間もかけてストレッチをしたり、フォームローリングをしたり、マッサージを受けたり、病的でもないものを変えようとするのです。それは、鼻の穴のどちらか正しい側で呼吸しようとするようなものです。手に入らないものを追いかけてしまうのです。 では、なぜ硬いと感じるのでしょうか? 硬さの捉え方を変える方法は、みなさんがすでに知っていることです。痛みがある。敏感になって痛みを感じている。そうすると、筋が関節を動かすために能動的に働いたり、筋が伸張されたりするような通常の動作でも、刺激を受け痛みを伴うものになります。筋は賢くありません。引っ張ることしかできないただのロープです。 腰を反らすと、その位置まで腰の筋が引っ張ります。前屈になれば腰の筋は引っ張られます。どちらの場合も、筋は、筋の付着部分とその周囲の組織に張力を発生させます。あなたが張りを感じるのは、筋が引っ張られるからです。 それが筋の唯一の仕事なのです!引っ張られるという正常な感覚なのですが、痛みがある人には、それが問題に感じることがあります。さらに、それが問題だと思ってしまうと、それが本当の問題になってしまうのです。引っ張られる感覚は、ここでは本当の問題ではないのかもしれず、注目したいのは知覚過敏や痛みを引き起こしているものは何かということです。 例のごとく、例外はあります。 次回の記事では、役に立ちそうな動きの変え方(例えば、よりリラックスする)についてお話します。 理由4:可動域の拡大は安静時の姿勢に影響がなく、動的な姿勢(キネマティクス)にも一貫した影響を与えない。 筋のROMについてはどうだろう? これはちょっと前、31年前に研究されましたが、私たちは未だにこのくだらない研究を推進しています。 骨盤の前傾と股関節の伸展可動域との間に関連性がないことを示した研究があります(リンクはこちら)。 ここでは被験者がランナーでした。しかも、21年前の古い研究です。この戯言を推進する人は、こんなことを調べるためにもっと時間を費やしたいのかもしれませんね。これらの著者は、トーマステストで測定された股関節の伸展角度は、ランニング時の骨盤の前傾とは関係がないことを調べました(参考文献はこちら)。 また、ハムストリングのROMを増やしても腰椎の姿勢は変わらないということも判りました(参考文献はこちら)。 そういえば、先ほどオリジナルの下位交差症候群の理論は、骨盤前傾は筋力と関係があると示唆すると言いましたね。これについても、研究の結果、何の関係もないことが分かっています(参考文献はここ、ここ、&ここ)。 注意点は、モビリティトレーニングや可動最終域に近い動きかもしれません。 例えば、私の肩の屈曲に制限があるとして、何かを取ろうと肩の高さよりも上に腕を伸ばした時、動きの最終可動域に達してしまうので、目的のものを取るために脊柱をさらに伸展させなくてはならないでしょう。肩を数ヶ月間ストレッチすれば、頭上のより高いところまで手が届くようになり、腰を反らす必要はなくなります。 これを姿勢の変化と呼ぶこともできますが、それは特定の関節の可動最終域に到達したときにのみ関係するものです。 この最後の例は、次回の記事で取り上げる予定です。 可動性と硬さが痛みやケガに関係するような例を探すつもりです。 この記事は、ちょっと極論になりつつありますが、硬さや可動性は決して関係ないと言う絶対論者にはなりたくありません。それでは不公平で不正確になってしまいます。また、ストレッチやフォームローリングが決して役に立つものではないとも言いたくはありません。それもまた正確ではないでしょう。 それでは、また次回お会いしましょう。
臀筋の活動抑制を心配する必要はない パート2/2
歩行やジョグ、スプリントやランジなど様々な活動における臀筋の活性の度合いはどの程度なのか?リサーチのデータに基づいて、歩いている時やブリッジをする時に臀筋が働いているのを感じられないとしても、あたなは正常ですよというメッセージをグレッグが届けてくれるビデオのパート2。
張っている筋についての力学的な議論は、痛みに関しては意味をなさないのはなぜか パート1/2
従来の理学療法は、その人の機能的“欠陥”を探し出し、その欠陥が痛みの原因であることを示唆してきました。 欠陥とは一般的に、身体機能や状態が平均値から外れていることを指します。 典型的な例は、立位の姿勢がニュートラルから外れていることです(例:頭が前に出ている、骨盤が平均より前傾している、筋力が弱い、可動域が平均より小さいかもしれないなどです)。 あらゆる種類の痛みの問題を説明するために、十分な裏付がないにもかかわらず非常によく引用されるものに、下位交差症候群があります。この完全にでっち上げられた、裏付けのない“機能障害”は、股関節の屈筋群と背筋群が硬く、腹筋と臀筋が弱いために痛みを感じるのだと示唆します。 そして、これが理論上(しかし根拠はない)、骨盤の前傾を引き起こしているというのです。 このことについては以前にもたくさん書きましたので、そこで説明されるような痛みのおとぎ話を再びするつもりはありませんが、ここで提案されている悪霊のようなものに関して、筋や関節の硬さがほぼ無関係である理由についてお話したいと思います。 つまり、下位交差症候群を支える考え方は、つじつまが合わないのです。 この題材は私にとって真新しいものではありません。 私が初めてソーシャルメディアで問いかけをしたのは1998年のことで、このトピックに関するものでした。 回答は、心配する必要はないとのことでしたが、いまだに私たちはこの議論をしています。 筋や関節の硬さや制限を気にしないための力学的な議論 理由その1:姿勢と痛みは関係ない これについてのみ議論をして、そこでストップしても良いのかもしれませんしなくてもいいのかもしれません。一般的に、静的な姿勢(骨盤の前傾、腰椎の前弯、前方頭位、”スマホ首”)は痛みと関係ありません(スマホ首の批判はこことここから、前方頭位についてはここから、またはトッド・ハーグローブのとても良い記事がここにあります)。 確かに、長時間立っていると痛くなることがありますし、背中が反り返っていると、何かに足をかけて背骨を丸める方が気持ちいいですよね。 素晴らしい。 バラエティがあるということは良いことなのです。また、コンピュータの画面に向かって、前かがみになっていれば、背筋を伸ばして座った方が気持ちいいでしょう。 しかし、その逆も然りです。 しばらく背筋を伸ばして座っていると、丸くうずくまると気持ちいいものです。 あなたの身体は頑丈です。 なぜ、骨盤が前傾しているからといって気にする必要があるのでしょうか?論点は腰にかかる負荷が大きくなるということですが、だからなに? 負荷は良いヤツなんですよ。 負荷やストレスは、私たちに適応を引き起こさせるものです。 だから私たちは運動するのであり、スクワットやジャンプ、ランニングが良いものとされているのです。立っている、座っているだけでは、背骨にかかる負荷は非常に小さいものです。私たちは非常に高い負荷に耐えることができるのに、腰が少し反り返りちょっと負荷が増えたからとパニックになるのでしょうか? また、股関節の屈筋が”張っている”と一般的に考えられています。繰り返しになりますが、股関節の屈筋群が腰にかける負荷は、私たちが運動するときに腰にかける素晴らく大きな負荷に比べれば、ほんのわずかです。 理由2:筋の硬さは、姿勢の良し悪しを決める判断材料としては弱い 姿勢というのは、筋の硬さや緩みで決まるというより、むしろ習慣のようなものでしょう。 あるいは骨格によって決まるものでしょう。 仮に、筋が姿勢に関与しているとしても、なぜ硬さやその硬さを解消しようとすることがほぼ無関係なのか、その理由をお話しします。 まず、関節の硬さの定義は、関節の動きに対する抵抗です。 これは、筋、腱、関節包、またはあらゆる結合組織によって生じる可能性があります。一般的には、関節を可動範囲で動かし、加えた抵抗力やROMを測定します。 そして、その2つを座標の点で表すと、関節の硬さ曲線が得られます。 下の表では、2本の曲線が見られます。 赤いカーブは青いカーブよりも硬いことを示しており、 その関節を曲げるには、より大きな力が必要です。最初はほんのわずかな力で関節を大きく動かせることに注目してください。 なぜなら、ほとんどの関節では、動き始めはそれほど硬くないからです。 硬さが増すのは、動作の後半です。 もしストレッチによって関節の硬さが減少すれば、曲線は右にシフトします。つまり、同じ力でより大きいROMが得られることになります。 しかし、驚くべきことに、長期的なストレッチプログラムを行っても、そのような現象はあまり見られません(当然ながら、この点についての研究結果は様々です)。 “張っている”または“硬い” 筋は、関節を何らかの新しい静止位置に引っ張ることが考えられます。例えば、股関節の屈筋群が硬いと、立っているときに骨盤を前方に“引っ張る”ことになります。このことは、長期的なストレッチ療法を行っても、可動域は広がりますが、関節の硬さは変わらないことが多いということです。 多くの研究が、組織には力学的な変化がないため、実際には関節の硬さは変わらないことを示唆しています(ここにレビューがありますが、例外もあることを知っておいてください。何事も単純に割り切れる問題ではありません)。 つまり、安静時の関節の硬さに変化がないのであれば、姿勢の変化を引き起こすほどの構造上の“引っ張り”の変化はないということです。 私たちは、常に関節の硬さを変えることなく、関節の可動性を変えることができるようです(ここでもいくつかの例外があります -この素晴らしい博士論文を見てください 。足首を24週間ストレッチすると硬さがわずかに減少しますが、ハムストリングを24週間ストレッチしても硬さに変化がないことを示しています。どちらもROMが増加しているにもかかわらず)。 つまり、ストレッチによって構造的な変化が起こるのではなく、神経系が変化したのです ・・・ストレッチに対する耐性が向上したに過ぎないということです。つまり、関節の可動性は増すが、ある姿勢において少ない力で骨を引っ張っているわけではありません。それが“硬さ”なのです。 注意: “硬さ”における変化を示している研究がいくつかありますが、その数は少なく、研究間で一貫性がないようです(Pubmed勘弁してくれ)。そして、可動性を変化させる主な手段は、神経系の適応であるようです。 繰り返しになりますが、股関節屈筋をストレッチすると、可動性が変わるかもしれませんが、長期的には硬さが減るわけではありません(短期的な硬さは減る、つまり数分間)。 つまり、長期的にストレッチやモビリティワークを行っても、股関節の屈筋群が骨盤を前方へ引っ張る力を弱めるわけではないので、姿勢が変わることはないのです。 このことは研究されています。 ハムストリングスをストレッチしても、ランニング時の運動学(動的姿勢)には変化が見られません(参考文献:こちら)。股関節の屈筋群をストレッチしても、可動性の変化は見られるますが、ランニングの運動学に変化は見られません(参考:こちら)。しかも、ストレッチとストレングスを行っても、機能的タスク中の姿勢に劇的な変化は見られません(参考:こちら)。 私たちは、糸を緩めたり締めたりしていろいろなポジションに“引っ張る”ことができる操り人形ではないのです(なんと、10年前にも同じことを書きましたね)。