システム論的視点からの慢性疼痛 パート3/4

連結性 複雑適応系の異なる要素すべての関係性は、個々の要素そのものよりも重要です。たとえば、人間の脳の素晴らしい知性や複雑性は、これらの連結性のおかげです。実際、宇宙に存在する原子の数よりも人間の脳に存在する神経細胞の起こりうる連結の数の方が多いのです。それ自体が一つの世界であり、まるで数百万羽の鳥の群れのようです。 ケガのようにストレスの大きい事象においては、主なサブシステム(神経系、免疫系、内分泌系)の連結性は、反応が全身性であり、包括的であり、高度な協調性を持つことを確実にします。この連結性は、反応を司っているネガティブフィードバックループとポジティブフィードバックループの関係をきわめて複雑なものにします。 下記に、主な要素の防御的作用をごく簡潔にまとめ、それらの連結を表した図解を載せました。 神経系の基本的な機能は、末梢からの情報を収集し、脊髄と脳にその情報を伝達し、受信した情報を処理し、分泌腺や筋などといった特異性の高い身体部位に指令を送ることによって身体を制御することです。身体の防御という面では、これは脅威を予知し、検知することであり、防御的な動きや痛みの経験を意識するといった、身体を保護しようとする反応を引き起こします。このプロセスは、驚異的な正確さと特異性、差別化をもってほとんど瞬時に起こります。 内分泌系もまた情報信号系です。しかし、神経系とは異なり、その効果はゆっくりと即効性はなく、標的の範囲はずっと広く、特異性も低いのです。なぜなら、さまざまな分泌腺(松果腺、下垂体、副腎など)から循環器系へのホルモン分泌を介して作用するからです。ホルモンは、闘争・逃走反応を引き起こす状況を生き抜くための生理学的覚醒を起こすことにより身体を守っています。緊急事態が過ぎると治癒と回復を促進する状態にするためにホルモン変化が起こります。 免疫系は、身体内環境の危機の検知や対処の役割を担っています。―― 侵入微生物を感知し死滅させたり、ケガを治癒させるための炎症を起こさせたりします。 繰り返しますが、これら3つの体系の相互作用は非常に複雑であり、その詳細についてはこの論文(英文)で説明されています。ここでの議論のほとんどは、高度に専門的で、運動療法や手技療法の治療家にとって、直接的に実用的なものではありません。相互作用の種類を覚える必要もあまりないのですが、ただ3つの体系の強い相互関連性を全般的に理解するために、ここで拾い読みをする価値はあるかと考えます。 関連性の図です。 慢性疼痛を引き起こす4つの体系調節異常 この論文は、慢性疼痛を引き起こすであろう4つの調節異常を定義しています。 生体リズムの乱れ。人間は概日リズムに従って食べて、寝て、活動します。これは、ホルモンの変動によって調整されています。これらのリズムは乱れたり、調節異常を来したりすることがあります。実際、睡眠障害は慢性疼痛を含む多くの健康問題と関連性があります。 フィードバック機能障害。上述したように、ポジティブフィードバックループとネガティブフィードバックループの調節異常は、アロディニアまたは自己免疫疾患を引き起こすことがあります。 不完全な回復。ストレス因子は同時に多くの体系に影響を及ぼします。急性または慢性のストレス因子のレベルが過剰であれば、最も弱い体系は、ストレス反応を完結するためのリソースを使い果たしてしまい、壊れてしまうのです。もしくは、体系がストレス因子への反応として、それ自体の設定値を変更し、その後正常挙動に戻ることができないかもしれません。例として、心的外傷後ストレス障害における過覚醒的警戒と過剰反応があります。 サブシステム間の協調性。ひとつの体系が調節異常に陥ると、その体系と他の体系との協調性も異常になります。 実用的な活用 ここまで読んでいただきありがとうございます。これらの情報を基に何をするべきか悩んでいらっしゃいますか? 個人的には、 システム論的視点は健康の問題を考えるのに興味深く魅力的な方法だと考えています。盲点となり得る部分が現実として見えてくるようになるからです。いくつかの点で希望を抱かせてくれるとも感じています。思いつくままにいくつかの例を紹介しましょう。 単純な疼痛と複雑な疼痛 単純で局所的な痛みもあれば、複雑で広範囲の痛みもあります。 背中にナイフが刺さって痛みがあることを想像してください。原因は単純です。誰かがそこにナイフを刺したのです!そして解決も簡単です―ナイフを抜けばいいのです。一般的な疼痛には、このように単純なものもあります。たくさん走った後に足が痛くなるのであれば、解決は簡単で、ランニングをやめて休めばいいのです。また、腰部が痛いのは、その部位に負担がかかりすぎるような動作の悪い癖があるからかもしれません。この場合、単に動きの習慣を改善すればいいだけです(単純なようで必ずしも簡単ではないかもしれません)。 しかし、残念なことに、痛みの多くはそう単純ではありません。長期間患っている腰痛があるとしましょう。その痛みは、動作や身体構造の病理学とはっきりした関係がなく起きるとしたならば、痛みの原因はより広範囲かつ複雑であることが考えられます。つまり、ひとつの因子が原因なのではなく、身体の主な体系間(免疫系、内分泌系、神経系)の関係性がバランスを崩すことにより痛みが起きるのです。この種の広範囲における調節異常が原因となっていることが知られている、糖尿病やうつ病、不安症、過敏性腸症候群、睡眠障害、自己免疫疾患、線維筋痛症、心的外傷後ストレス障害、慢性疲労などの疾患があればなおさらです。 これらのコンディションと関連する痛みには、痛みのある局部的な領域にのみ焦点を当てる治療ではおそらく効果が現れないでしょう。問題はそこではないからです。ピーター・オサリヴァンが述べたように、特定できない腰痛の“特効薬理論”を探し求めることは諦めるべきです。そうではなく、問題はサブシステムではなくスーパーシステムに関わるために、より複雑で広範囲のレベルに焦点を当てた介入を試みるべきなのです。食事や睡眠、運動、マインドフルなストレス低減法などがあります。これらは例えれば先に瓶に入れておくべき“大きな石”であり、姿勢を改善したりコア強化をしたりする、いわば小さな砂粒は、そのあとで集めればよいのです。 多くの人にとって、食事や睡眠、運動、ストレス対処には十分な改善余地があります。身体のさまざまな体系すべての連結性と慢性疼痛との潜在的な関係をもっと深く理解できれば、改善に向かってもっと積極的になるかもしれません。

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システム論的視点からの慢性疼痛 パート4/4

実用的な活用(続き) 局部的な問題も複雑でありえる もし、反復性ストレス障害のように明らかに動きが関係する問題に対して、休息することや動作のパターンを最適化することで改善しないならば、その痛みはある程度、局部的な複雑性に関与しているかもしれません。たとえば、腱炎や足底筋膜炎、テニス肘のような反復性ストレス障害は、非常に小さい領域の治癒や修復過程の調節異常が関与しています。 システムの観点から見れば、これらの症状を、局所の修復システムの適応能力を凌ぐ程の頻度と強さを持つストレス因子によってもたらされた、組織の質の位相シフトとしてとらえることができます。つまり、ということです。興味深いことに、(休息を除いた)最適な治療は、たいてい遠心性のエクササイズです。少量の損傷を起こすことで治癒過程が再スタートし、フィードバックループの滞りをなくしたり、あるいは体系を動揺させることで、そのバランス状態を取り戻します(ボールを小さいくぼみで押し動かし縁を越えもうひとつのくぼみに入ることを想像してみてください)。 過敏な人もいる 脅威に対して防御反応を調整しているスーパーシステムは、その感度を上げたり下げたり設定できます。 過敏な人にとって、ケガや仕事のストレス、病気、睡眠不足、不適当な食事などの脅威のある刺激があるときはいつも、強い防御反応が現れます。さほど大きくないストレスに曝されるだけでも、疲れや体力減退、筋肉痛を感じ、または元気がなくなると感じます。こうした人の多くは、人生の中で重大なトラウマに苦しんだ経験を持っています。 一方で、重大な脅威に直面したにもかかわらず、防御システムに安定が保たれる人もいます。このような人は、マラソンを走ったり、交通事故に遭ったり、1週間に80時間も働いたり、双子を生んだりしても、エネルギーレベルを落とすことなく、元気で健康で、普通に日常生活を送ることができます。まったく何もなかったかのように! 皆さんやクライアントが、この連続体のどこにいるかを把握しておくことは良策と考えます。そうすれば、その人の脅威に対する感受性のそれぞれのレベルに合わせた適切な介入を計画することができるからです。私のクライアントのなかにも、彼ら自身が特に過敏であることを理解しておくことで役立った人がいたと思います。理解することで彼らは、些細なストレスへの対処にも困難を覚える自分自身にあまり批判的にならなくてすみます。彼らが経験する痛みと疲労感は実際に存在するもので、気のせいではありません(たとえ、友人や家族が疑っても)。自分が過敏であるのを把握しておくことは、ストレスレベルを自己規制できるよう賢く管理するのに役立ちます。 他の役に立つ考えとして、感受性レベルは変化するということがあります。それが悪い方向へ簡単に変化してしまうとのは明らかでしょう。劇的なトラウマによって、防御システムの行動に位相シフトが起き、過度に警戒したり、過剰に反応したりしてしまうのです。しかし、休息やストレス管理、段階的なストレスの露出、健康全般の改善によって、過剰警戒システムは、より適切な設定値にゆっくりと戻ることができます。残念ながら、これは一晩で起きるような速い変化ではありませんが。 漸進は非線形 複雑系はしばしば非線形で変化するため、その漸進も非線形であることが予測されます。つまり良くなるということは、2歩前進したら1歩後退という問題なのです。短期間で明らかなプラスの変化は見つけにくいですが、長期的な時間枠でとらえると、漸進のパターンは明らかになるでしょう。 これらのパターンを広い視野に置いておけば、短期間の挫折で勝利を得られる計画を放棄しなくてすみます。さらに、位相シフトの考え方を心に留めておくとよいでしょう。ゆっくりと長くボールが縁を越えるように押し続けていれば、いずれ縁を越え、そしてその過程で大きな加速を経験するのです。 社会的スーパーシステム ひとりの人間は、通常、より大きな社会システム(家族、職場、地域)の一部であり、それらは複雑に相互関連しています。人間は社会的つながりの中で進化し、それゆえに、痛みを含む防御機構は、周囲の人に助けを求める行動を起こすようにデザインされています。もしあなたが、多大なストレス要因に継続的にさらされ、自分の仕事に虚しさを感じ、高い評価など望むべくもない社会状況の中にいたら、将来、苦痛を経験する見込みは増大します。 結論 現在のヘルスケアシステムは、急性のケガへの対処に関しては素晴らしいものですが、私たちが現在直面している、最も重大な健康問題である広範囲の全身性で複雑な問題(肥満、糖尿病、慢性疼痛など)への対処はまだまだです。 システムの観点から見れば、これらの問題の本質についてより理解を深めることができます。そして、願わくは、薬やクコの実、フォームローラーなど特異性の高い介入によってこれらの問題を解決することはできないということを気づかせてくれることでしょう。率直で非特異的ですが、全身性の健康の調節に有効な方法とは、食事、運動、睡眠、ストレス調整です。これら基礎的なことは、特効性や即効性のある治療に目を奪われて見逃されがちです。

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システム論的視点からの慢性疼痛 パート2/4

ホメオスタシスとストレスとホルメシス 変化する環境に対応して均衡状態を保つために、複雑適応系は変化します。 ホメオスタシスは、生命の基本条件や最低条件を供給する均衡状態のことです。もし、身体が体温や体液量や血圧を一定値に保ち、ホメオスタシスを維持しなければ、死んでしまいます。 アロスタシスは少し異なるコンセプトで、環境に適応するために状態を変化させる動的プロセスです。よって、理想的な均衡状態とは、静的ではなく、常に動的に変動しているのです。 ストレスは、体系のバランスを崩す外的要因や内的因子に反応するために、リソースを使うプロセスです。たとえば、ケガはストレス反応を起こすストレス因子です。ストレス反応には、たいてい警告、抵抗、回復の3段階があります。 ホルメシスとは、少量の特定のストレス因子が有益で、多量であればかなりの有害を及ぼす時に起こります。 エクササイズは、最も良く知られているホルメシスの一例です。適量、つまり多過ぎず少な過ぎずの量が、ストレス反応系を調整、規制し、より健康的にし、将来遭遇する同様のストレス因子に耐えられるようになるために役立ちます。あまり良く理解されていませんが、このルールは、毒物や暑さ、寒さ、不安、菌などを含むほぼすべてのストレス因子にも適用されます。このように、健康は必ずしもこれらのストレス全般を限りなく除外すれば得られるというものではないのです。それよりも、多過ぎず少な過ぎず適量のストレスを求めるべきなのです。 ストレスレベルがちょうど良いかクロスフィットのコーチが確認している ストレスの時間が長過ぎたり強度が強過ぎたりすれば、リソースを補充するより速くストレス反応がリソースを使い果たしてしまうでしょう。下記で述べるように、こうなると回復不能(疲労)またはストレスがかかっているサブシステムの調節不全に陥ります。 状態や位相の変化 ストレス因子や、その他の環境からの入力に反応するために複雑系が変化できる、あらゆるパターンを表すために複数系理論家たちは「状態」という言葉を使います。これらの変化はたいてい非線形であり、つまり体系への小さな動揺が大きな変化を生むかもしれないし、大きな動揺がほんのわずかな変化しか生まないかもしれません。 著しく非線形な変化は位相シフトと呼ばれています。たとえば、水は気温が下がるとどのように反応するか考えてみます。気温が80°F(26.6℃)から40°F(4.4℃)に低下しても、水は冷たくなりますが、ほぼ同じ物質のままです。しかし、気温がここからさらに15°F(−9.4℃)低下すれば、位相シフトが起こり氷に変わります。 アイスキューブの位相シフト アロディニア(組織の損傷を伴わない痛み)のような特定の慢性疼痛は、ケガへの反応を担うスーパーシステムの行動の位相シフトとして理解されます。 誘引因子 中枢制御なしで複雑系はどのようにホメオスタシスを維持し、ストレスに対し適応反応しているのでしょうか? どのようにして制御は“出現する”のでしょうか? 誘引因子の概念に答えの一部があります。複雑系は、ほぼ無数の異なる状態へとそれ自体を変化させることが可能ですが、複雑系が引き寄せられるある特定の状態が存在します。これらの状態を誘引因子と呼び、安定性を提供します。 次から次へと変化する動的体系が、どのようにある特定の状態に惹き戻されるのか、一般的な比喩を用いて説明しましょう。不均等な地面の円形のくぼみ、または深いくぼみにボールがあるとしましょう。ボールを押したら、ボールはくぼみの中を無秩序に転がったり弾んだり動き回りますが、そのうち最終的にはくぼみの底に落ち着きます。このくぼみが誘引因子であり、ある限られた範囲内にボールを保持しようとします。不均等な地面に落とされたボールは、広めのくぼみに引き寄せられ、そしてそれが深いくぼみであれば、逃げ出すことが難しくなります。 痛みに関しては、体系が引き寄せられる誘引因子を痛覚感受性の正常値と考えることができます。ケガはその体系を動揺させ、損傷部位の周囲の感受性を(末梢性炎症と中枢性感作によって)即座に上げてしまいます。しかし、しばらくするとその体系の感受性は基準レベルに引き戻されるはずです。 では、ボールが強く押されくぼみの縁を越え、他のくぼみに入ったとしたらどうでしょう? これが位相シフトで、これは新たな誘引因子を確立します。 重篤なケガは、損傷部位が治癒した後でも痛覚感受性の規準レベルが正常に戻らないほどに、痛みの警告システムを乱すことがあります。慢性局所疼痛症候群(CRPS)は、防御スーパーシステムの重篤な調節異常を起こす位相シフトの一例です。 フィードバックループ 誘引因子の一部はフィードバックループによって作られます。フィードバックループは、ある時点での体系の状態がフィードバックし、それが次の変化を誘導するといったパターンです。フィードバックループはポジティブにもネガティブにもなりえます。 ネガティブフィードバックは、体系がある方向への変化を検出すると、それとは逆方向への変化を促進します。たとえば、サーモスタットが温度の上昇を検出したら、ヒーターをオフにする、またはその反対もありえます。つまりネガティブフィードバックループは、安定性に貢献するのです。 ポジティブフィードバックループでは、ある方向への変化が、それと同じ方向への変化を促進するように反応します。これは基本的に悪循環を起こします。暴動での群衆の動き、または畜牛の群れの暴走を想像してみてください。あっという間に制御不能になってしまいます。 ポジティブフィードバックループは、身体に非常に素早い変化をもたらします。これは、緊急時の対応に必要なことです。ポジティブフィードバックループは体系を均衡とは逆の方向へ動かすため、通常、均衡の崩れを防ぐ包括的なネガティブフィードバック体系の制御下にあります。 では、ケガに対して適切に反応するために、ネガティブフィードバックループとポジティブフィードバックループがどのように連携して働くのか例を挙げてみましょう。まず、ポジティブフィードバックループは危険に対して感度を急激に上げていきます:組織の損傷は炎症を起こし、侵害受容器の感度を上げ、より頻繁に発火するようになります。侵害受容器の発火が増えることで、神経性炎症が起こり、これによってさらに侵害受容器の感度を上げます。更に、侵害受容器レベルの上昇は脊髄後角を感作し、結果的に侵害受容器のメッセージをより脳へ報告するようになります。 このポジティブフィードバックループはケガに対する正常な反応で、緊急時の反応を開始するために必要な素早い変化を起こすのに役立ちます。ある時点で(特に損傷が治癒した後)、ネガティブフィードバックループがこの一連の過程に加わり、痛みの悪循環と炎症が継続しないようにしなくてはなりません。 ネガティブフィードバックループが疼痛レベルの安定化に役立つ方法のひとつとして、下行性調節を介すものがあります。この方法では、脳がオピオイド様物質を脊髄に送り、痛覚の信号を送らないように脊髄後角を抑制します。手を氷水に浸けることのように、ある種の長時間続く痛みによって(またエクササイズや、おそらくフォームローリングなどによって)下行性抑制は確実に誘発されます。興味深いことに、顎関節症や過敏性腸症候群、線維筋痛症など慢性疼痛に悩まされている多くの人には、下行性抑制を活性化してしまう問題があります。システム論的視点から、彼らのネガティブフィードバックループは、ポジティブフィードバックループを抑制するために働いていないということになります。 アロディニア、偏頭痛、そしてさまざまな自己免疫疾患において、ポジティブフィードバックループが大きな役割を果たします。このような症例では、体系は刺激によってあっという間に制御不能になってしまいます。

トッド・ハーグローブ 3386字

システム論的視点からの慢性疼痛 パート1/4

慢性疼痛は複雑で紛らわしい問題です。 ケガと深く関わる急性疼痛とは異なり、慢性疼痛は組織の損傷とは無関係なことが多く、睡眠や気分、思考、感情など多様な要因によって誘発されるようです。また慢性疼痛は、肥満症や不安症、うつ病、過敏性腸症候群などほかの健康問題と関連しています。 システム理論について学ぶことにより、慢性疼痛の複雑さと、その他の多症状障害との関連性をより深く理解することができるでしょう。私は最近、システム論的視点から疼痛とストレスについて議論した素晴らしい論文を2点見つけました。これらのリンクでこれら論文の全文を読むことができます。ここ & ここ 基本的な考え方は、ケガに対する防御反応を調整する“スーパーシステム”が調整異常となり慢性疼痛が引き起こされるということです。スーパーシステムは、さまざまなサブシステム、とりわけ神経系、免疫系、内分泌系などの動的相互作用に起因しています。 次に、このシステム論的視点からの慢性疼痛について学べることを簡潔かつ詳細に記述します。何より重要なことは、この慢性腰痛に対して私たちに何ができるかです。 まず、ちょっとした警告として、この論文はやや長めです。しかし、私がこれまで書いた中で最も有意義な記事のひとつと言えます。要点を解説するためにたくさんの写真やぴったりの例を挙げています。ですので、コーヒーでも用意して、人間の健康に関わるあらゆることについて深く理解することができるこの興味深い概念を学んでみましょう。 複雑適応系の定義 体系とは、ひとつの統一体を作るために相互に影響を及ぼし合う要素の集合体です。 複雑系は、相互に作用し合う複数の要素で構成され、それは個々の要素の行動の総和より更に複雑な集団的行動を生み出します。たとえば、経済や生態、気象、交通量、鳥の群れ、魚の群れ、個々の作用因子などの行動は単純ですが、これらが相互に作用し合うことにより、とても複雑にもかかわらず秩序立ったパターンを作り出します。 生命体のような複雑適応系は、環境に反応するだけではなく、目的を持ち主体的に行動するものです。よって、複雑適応系は、ある程度の作用や知性を持っています。 ハチの巣や昆虫社会、免疫系を例にとると、それぞれの場合、一つ一つの個体にはその体系の単純な挙動パターンにロボットのように従う役割がありますが、相互作用によって高い知性と適合性を持つ集団行動を生みます。 知性が体系の個々の要素から生じるのでなければ、この知性はどこから発生するのでしょうか? 中枢制御の出現と欠如 単体系の行動は、中枢コントローラーによって支配されています。たとえば、住宅暖房システムではサーモスタットがヒーターのオンやオフを制御します。 複雑系では、特定の領域で制御されているわけではありませんが、あらゆる異なった部分の複雑な相互作用から制御されます。たとえば、シロアリの巣は、信じられないほど洗練された建築プロジェクトですが、この建築方法を知っているシロアリは1匹もいません。そうではなく、個々の単純な行動のアルゴリズムに従って行動します。 シロアリは、ガウディがいなくても彼らのバージョンのサグラダファミリアを建てることができるのです。 これは、人間の知性の本質に関するダニエル・デネットの見方を思い起こさせます:知性が脳内のどの領域に存在するのかは特定できません。認識のための魔法のパワーや知覚データを受信するホムンクルスが組み込まれた“万能組織”が脳にあるわけではないのです。そうではなく、細菌よりとりわけ賢いわけでもない数十億の小さな細胞における複合体相互作用によって認識は発生するのです。 同様に、痛みの警報システムを調整する知性は、必ずしも神経系に収まっているとは限りません。そうではなく、免疫系や内分泌系など身体の他体系と神経系との相互作用から発生します。痛みを生み出す知性は、身体をはじめ脳の全領域に広く分布しているので、誰かを直ちに痛みから解放してあげられるような中枢制御スイッチはないのです。ですから、体系の全体としての行動を変える必要があります。 ネスト化(入れ子構造) 複雑適応系は、入れ子構造になっています。つまり、それはサブシステムで構成され、それらはさらに小さなサブシステムで構成され、またそれらはそれぞれのサブシステムを持つといったように続きます。たとえば、神経系は、脳や脊髄、末梢神経で構成されていて、これらはそれぞれ異なるタイプの細胞で構成されています。 各々のサブシステムはさまざまなレベルの作用や知性を持っています。たとえば、一つの神経細胞は、隣接するどの神経細胞とシナプスで連結するか、ある意味“決める”ことができます。シロアリが掘る場所を決められるように。 入れ子状になった体系における分類体系のさまざまな階層に注目してみましょう。複雑系のそれぞれの階層にクローズアップしたりズームアウトしてみます。全体の中のごく一部の行動について考察することは、それが単に一部の行動に過ぎないことを念頭に置いておけば、還元主義的でも欺瞞でもありません。 多くの場合、この層ばかり治療されています。 では、痛みの原因を調べる際、仮に侵害受容器に焦点を当てるとします。これらは、痛みの警告スーパーシステムの中でも比較的賢くないロボットのような小さいサブシステムですが、ある程度の知性があり、特定の危険を脳へ報告するかどうか“決める”ことができます。局部的な炎症や過敏性を抑えるために非ステロイド性抗炎症薬を服用することにより、この意志決定行動を変えることができます。 脊髄後角は、もっと動く部分のある複雑なサブシステムですから、より知性と作用があると言えます。ここで侵害受容性シグナルを末梢から受け取り、それから脳へ伝達するか決定します。末梢神経のように、脊髄後角の感度も調整することができます。たとえば、脳は下降調整することで脊髄後角の感度を下げることができるのです。 脳のような上位の階層であるスーパーシステムを見てみると、痛みに対する制御と知性はかなりの高位階層であることに気がつきます。知性が特定の領域に存在するのではなく、素晴らしく複雑に絡み合った連携網にあるという理由から、変化を生み出す際に、単純にスイッチをオンオフするということはありえません。そこで、なぜ複雑系はその行動を変化させるのか?という問いかけに導かれるかもしれません。

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フォームローリングの効果 パート3/3

6. フォームローリングは広汎性侵害抑制調節に効果があるのか? (続き) 痛みの専門家であるロリマー•モズリーは下降性調節とDNICは脳にとって、末梢がある特定の刺激によってもたらされる危険を“勘ぐる”方法であると見なしています。例えば、もしも末梢が特定の部位に大量の機械的脅威があるという情報を伝達したら、実際末梢に何が起きているかさらに豊富な情報にアクセスできる脳が、その問題はあまり深刻ではないと判断するかもしれず、そのために脳への侵害受容信号の伝達の抑制します。 線維筋痛、過敏性腸症候群、そして顎関節症などの多くの慢性痛はDNICメカニズムの不全に関係した特徴があることを証明する重要な研究があります。 痛みの抑制というDNICの有効性は、反対刺激は鎮痛作用があるという期待に大きく依存しています。この興味深い研究のなかで、研究者達は被験者の手を氷水の中に浸し、電気刺激で腓腹神経にショックを与え、そして本人の痛みのレベル報告に加えて脊柱の侵害受容活動レベルを計測しました。重要なのは、被験者は2つのグループに分けられたことです。最初のグループは “鎮痛グループ”と呼ばれ、氷水に浸すことが電気ショックの痛みを軽減させると教えられました。もう1つのグループは“痛覚過敏グループ”と呼ばれ全く逆の話をされました –氷水への浸水は脚の痛みを悪化させると。 鎮痛グループは、ほとんど痛みや脊髄の侵害受容活動に変化のなかった痛覚過敏グループに比べ、77%痛みの軽減を報告し、脊髄の侵害受容活動の低下も報告しました。言い換えれば、緩和の期待はDNICが機能するか否かを決定する非常に大きな要素だったということです。 ではこれらをまとめてみましょう。DNICはパワフルではありますが、別の部位に痛みを起こすことによって1つの部位の痛みを軽減する一時的な方法です。身体からの危険信号を無視する脳からの判断に依存しています。不快な刺激からの効果の期待が重要な役割を担っているのです。 フォームローリングには、その主要な効果はDNICを作り出すことによって起こるという仮説に合致するいくつかの側面があります。フォームローリングのルールその1は、痛みのあるポイントを見つけて、しばらくそのポイントでキープするということ。いくらかの痛みを作る必要があるのです。もちろんその痛みはたいてい、不快感が何かしらの形でプラスになるという脳の判断と一致するタイプの感覚となる “良い痛み”であり、それがDNICを促すのです。 フォームローリングは圧がかかる範囲だけではなく、他の範囲も同様に痛みの緩和を起こします。人はまた筋性防衛や拘縮、そして動作の代償パターンを作りやすい侵害受容活動の抑制によって容易に説明できる、動きやすさを感じやすくなります。 さらに、フォームローリングはしばしば一時的なものであり、繰り返しおこなわれる必要があります (そしてしばしば、次回は強度を上げることになります。脳内の薬棚に依存してしまうのでしょうか?)。これはCNS調停されたメカニズムであることを示しています。 これが、私のフォームローリングについてのお話です。フォームローラーを臀部に置き、有意な侵害シグナルを起こしします。脳がこれを受け取り “OK”というような答えをする。臀部は私に、今身体で危険が起きていると伝えてきます。しかし私はこれは治療的状況であるということがわかっています。トレーナーが言っていたから。そこで、危険に関するこれら全ての会話をブロックするため脊髄に何らかの薬を流し込んでみましょう。そしてこの感覚を怪我ではなく“良い痛み”にします。薬が痛みを軽減し、その結果動作も一時的に向上するのです。 納得できますか? フォームローリングの実践的な意味合い さて何人かはこれを読み、“誰もフォームローリングがどのように働くかは関係ない、興味があるのはこれが効果的であるということだけだ”と仰るでしょう。そしてある意味それで良いのですが、この(どのように働くかということに対する)興味の欠如は、効果をもたらす本来のメカニズムを理解することで達成されるセラピー効果のポテンシャルを無視しているということなのです。 もしフォームローリングが本当にDNICによってのみ効果があるとするならば、おそらく自分でつねったり、手を冷水に浸けたりして同じ効果を得る方が簡単でしょう。もしかすると、これによって、効果を得るために重要な期待を台無しにしてしまうかもしれません。 フォームローラーが純粋にDNICに基づいて効果をもたらすかもしれないと考慮した場合、ここにもう一つの興味深い疑問が沸き上がります。もし結果が一時的な効果だけだとすると、なにか段階的な効果はあるのでしょうか?答えは「時と場合による」だと私は考えます。痛みの緩和と動作向上は、向上できるかもしれないチャンスの扉を開きます。もしあなたが一時間でも調子が良くなったなら、それは通常では行えない動作トレーニングや新しい技術の習得、あらたな容量の構築、そして特定の動作に関連して認知された危険の回避に十分な時間を与えてくれるでしょう。これは永続的な効果をもたらすかもしれませんが、もちろんあなたが怠けてしまうと、この効果はおそらく一時的になってしまうでしょう。 フォームローリングについてもう1つ質問があります。もしフォームローリング効果の主な要因が脳内の薬棚を解放することならば、これには依存性があるのでしょうか?証拠はありませんが、本当に憂慮すべきパターンを見てきています。ある人がフォームローラーによって緩和を経験すると、それが次はラクロスボールを使うようになり、木製ボールを使うようになり、ついには緩和を達成するため鋼鉄を使い、青アザが出来るまで行うようになってしまう!このようなケースを防ぐにためにも、フォームローリングがどのように効果をもたらすかを知るのは良いことなのです。

トッド・ハーグローブ 2502字

フォームローリングの効果 パート2/3

4. フォームローリングはトリガーポイントを取り去るのか? 多くのフォームローリングの支持者が、適切な手順には“トリガーポイント”の発見を伴い、そのポイントでしばらくキープすると説明しています。フォームローリングはトリガーポイントを治す手段なのでしょうか? 注目すべきは、トリガーポイントという言葉は人によって異なったことを意味するということです。ある人にとってそれはただの痛みのポイントであり、他の人にとっては特定の病状を表しています。医学的な定義では、例えば触診において筋の痙攣反応を引き起こす明らかに緊張した帯中の過剰に敏感な小魂などの要素に関わっています。トリガーポイントは局部の化学的炎症の原因となる筋細胞内での何らかの代謝異常や、圧迫した際の他の部位への原因不明の関連痛が原因だと考えられています。 控えめに言っても、トリガーポイントは物議を醸しています。実際に存在するか否かについてかなり論議されています。確実に特定されるか否かは、また別の論議です。そしてそれが効果的に治療されるかどうかもまた別です。沢山の推奨される対処法があります – ストレッチ、PIR、針治療、押圧等。私には、これら全ての論議に対処する時間や、アプローチする知識などはありません。 ですが以上に述べた不確実性をもとにすれば、フォームローリングがトリガーポイント除去に効果があると信じる気にはなれません。あまりに多くのうやむやな疑問があり過ぎるのです。トリガーポイントセラピーの専門家は、全ての痛みのスポットがトリガーポイントというわけではなく、全てのトリガーポイントが臨床的な関連があるわけではなく、そしてその識別や治療には訓練と専門知識を要すると教えてくれるでしょう。ですから私は、点在するトリガーポイントをフォームローラーでショットガン的に対処するのは適切なトリートメントだとは思わないのです (トリガーポイントは存在していて、圧によって対処されると仮定して)。 5. フォームローリングは固有受容器の刺激を促すのか? フォームローリングは固有受容的向上に役立つといった意見をたびたび耳にします – ゴルジ腱器官や筋紡錘、またはルフィニやパチーニ(パチーノやデニーロのようなイタリア人の名前のようですが)のような筋内や筋膜の機械的受容器を刺激するものです。これは筋や筋膜の張力を緩めたり、脳が局所の感覚や動作地図を認識するきっかけとなるプラスの効果を促す可能性があります。 これはとても説得力があり、正しい方向に向いていると思います。ですが、これがなぜ人々がフォームローリングを好きなのかを説明する主なメカニズムであるとは考え難いのです。もしもこれらの機械受容器の刺激がフォームローリングの効果を説明するのなら、なぜファンクショナルムーブメントの一環としてストレッチをして身体を動かし、これらの器官により強い刺激を与えないのでしょうか?ターゲットの筋群や筋膜に対しそれほど多くの動きやストレッチをもたらさないフォームローラーが、スクワットやランジ、またはリーチングよりも多くの固有受容的刺激を供給できるでしょうか?そうは思えません。 おそらくフォームローリングがもたらすものは、今までにない新しい固有受容的刺激です。目新しいことは素晴らしいですし、多くの潜在的利益もあります。もしあなた脳に変化を求めるならば、脳の注意を引きつけることが必要不可欠となるのです。しかし他にも必要なことがあります。脳が注目する何かに関係する情報を脳に与える必要があるのです。脳は、あなたがどうやってスクワットやランジ、そしてヒップヒンジなどのファンクショナルパターンを使って身体を動かすのかに注目します。フォームローリングから送られる情報がこれらのタスクに関連しているのでしょうか?脳は、ただそれが新鮮というだけではその情報に興味を持ちません。その情報はまた、動作の問題解決に役立たなければならないのです。なぜ神経システムは臀部に押し付けたラクロスのボールの感覚に注意を引かれるでしょうか? 6. フォームローリングは広汎性侵害抑制調節に効果があるのか? これは私のお気に入りの見解です。そしておそらくこれは読者が最も精通していないメカニズムでしょう。それが何なのか、その働き、そして私がなぜこれはフォームローリング (そしてその他多くのマニュアルセラピー) の潜在的効果だと考えるのか主な理由をここに説明します。 広汎性侵害抑制調節(DNIC)は脳が侵害受容 (身体から生じる危険信号) の“強度”を調節する“下降性調節”のいくつかあるバリエーションのなかのひとつです。DNICとは脳が脊髄から脳へ向かう侵害受容信号を抑制することです。 DNICは、手を氷水に浸した時のような持続する侵害受容入力によって誘発されます。抑制が拡散すると、局所だけでなく、遠位部からも侵害受容を抑制します。言い換えると、例えば脚が痛い時、手をしばらく氷水に入れれば、結果として生じたDNICはその手と脚の痛みの軽減へと導くのです。痛みのある箇所に別の痛みを作り出して対抗するダイナミクスは多くのセラピストの成功を説明することができるもので、時に反対刺激と呼ばれています。もちろん効果は一時的です。 DNICの効果はどれほど強力なのでしょう?とても強力です。兵士が戦闘で四肢を失った時、緊急事態が続く限りおそらく痛みを感じないのはDNICが主な理由です。デビット•バトラーはDNICを“脳内の薬戸棚”と表現しています。

トッド・ハーグローブ 2320字

フォームローリングの効果 パート1/3

フォームローリングはとても人気があります。アスレティックトレーナーはこれをウォームアップの1つとして取り入れています。理学療法士はこれをよく“短縮した”組織の伸張性を改善する為にトリートメントプランの一環として使っています。 フォームローリングが与える効果があるとして、その効果に関してのエビデンスは、わずかしか実証されていません。しかし筋力の低下を伴わない短期間での可動域の改善を導くことはいくつかの研究で明らかになっています。(これはとても興味深いことです。なぜならストレッチングの介入は可動域の改善と共に筋力とパワーの低下が見られる傾向にあるからです)。 この記事の目的はフォームローリングが何に効果的であるか否かを問いかける為ではありません。何らかの形で誰かに役立つことを推測できると思っています。それが何かしらにおいて良い効果がない限り、マイク•ボイルのような知性のある数多くのトレーナー達がそれを誉め称えていることは信じ難いことですから、この記事の目的の為に、疑わしいことは好意的に解釈していこうと思います。 この記事における問いかけは以下の通りです:もしフォームローリングが実際に痛みを軽減したり可動性を改善できるのであれば、そのメカニズムは何なのでしょうか?私には説得力のある一般的な解釈は見つかりませんが、私がとても好きな (あまり一般的ではないですが) 解釈がひとつあります。なぜフォームローリングに効果があるのか、私のお気に入りも含め様々な見解における批判的分析を挙げていきます。 1. フォームローリングは“組織の質を高める”のか? これはたいてい、組織のどの“質”についてなのかの特定なしでよく耳にする質問です。フォームローリングはピザ生地を伸ばすロールスティックのように、組織のコブを拡げられるものを想像している人達がいるのだと思います。この見解は科学者ではなく、たいていは一般の人達へ向けられたものなので、細かい部分が欠けていることについて大目にみることはできます。おそらく向上される質には筋膜の癒着、またはトリガーポイントが関与しているのでしょう。こういった、特に以下のような主張を取り上げてみたいと思います。 2. フォームローリングは筋膜を伸ばすのか、または“溶かす”のか? どういうわけか人々は、フォームローリングは組織を変化させることで働くと思い込む傾向があります。正直なところ、なぜか理由はわかりません。フォームローラーは身体にある他の全ての組織に圧をあたえ、そしてそれら全てが動きや感覚を制御しているCNS (中枢神経系)と繋がっているのです。CNSこそフォームローリングの後に目を向けるべき最も明らかな場所だとは思いませんか? いえ、常に筋膜でなければならないのです。 ですが筋膜は手強い組織です。もちろん興味深い順応特性はありますが、結局のところ目的は身体の丈夫な構造を形成するためです。フォームローラーに多少よりかかっただけで構造を劇的に変化させることに、本当に説得力があるのでしょうか?私達は、それよりももっと強いもので作られているはずです。もし筋膜が多少の圧を受けるたびにゆるんできたり、伸張されたり、または “溶ける”のであれば私達はかなり壊れやすい生物となるでしょう。岩の上に座るたびに私達のポステリアチェーンは伸びてしまうでしょう。ですから私にとってフォームローリングが身体の重要な構造組織を伸ばしたり、溶かしたりするというアイデアは、常識テストに合格するものではないのです。 そして、さらに重要なことは、リサーチもこのアイデアを支持していないということです。成熟した人の結合組織の永続的な変形を引き起こすのに必要な圧の度合いを見つけ出そうとしたリサーチもいくつかあります(リンク&リンク)。結論として、もしあなたが永続的な変化を求めるならば(ポール・イングラムが記しているように)“拷問をする”準備をしなければいけません。スチームローラーであればひょっとするとですが、フォームローラーでは無理でしょう。フォームローラーが一般的によく使われる場所、たいてい身体の最も強い部位 – 腸脛靭帯、腰筋膜、足底筋膜等 –の部位ではこういった変化は起こりません。 3. フォームローリングは筋膜の癒着をはがせるのか? おそらくフォームローラーは鋼鉄よりも強い腸脛靭帯を伸ばすことはできないでしょうが、異なる筋群の滑走を妨げる筋膜癒着をはがすことはできるでしょうか?先程引用した研究では、マニュアルでの圧は鼻の筋膜を変化させるのに十分だろうということです。鼻にフォームローリングをしている人はあまりいませんが、大筋群の間にも鼻の筋膜と同じくらい弱くて変化が起こせるような、ほんの小さな癒着があるかもしれません。 これもまた、非常に推測的に思えます。それらの癒着がどこにあるのか?どの角度がそれをはがす為に有効なのかをどうやって知るのでしょうか?フォームローラーは筋膜に拡散的な方法で力を伝達する、非特異性の道具です。粉砕!筋膜の作用の1つは力の拡散ですから、ここで特定のポイントをターゲットにするのは難しいでしょう。加えて、圧の角度は常に真っすぐです。フォームローラーには、組織の層を他の組織の層からスライドできるような、正確な斜めの力の供給する能力があまりないのです。 フォームローリングが筋膜の癒着をはがすという考え方のもう1つの問題は、たいてい、その効果が一時的なことです。フォームローリングをした後、しばらくの間は効果を実感できますが、翌日や下手をするとその日中に、同じ部位に再びロールが必要だと感じるのです。もしも効果のメカニズムが筋膜癒着を取り除くことであるならば、何故その作業を繰り返す必要があるのでしょうか?筋膜が再びくっついてしまったのでしょうか?一時的効果の性質は、構造的なものではなく、神経システムが関係しているメカニズムを強く示唆しています。

トッド・ハーグローブ 2494字

筋が張っていると感じるのはなぜ? パート2/2

筋の緊張にどのように対処すればいいか? (続き) 単純に張りを感じるケースのほとんどの場合、原因ははっきりしています。長時間同じ姿勢で固まっていたり同じ動きを繰り返したりしていると、部位によっては侵害疼痛を引き起こす血流不足や代謝ストレスを緩和させるために姿勢を変えたり筋の休息が必要となります。たとえば、車または飛行機の中やパソコンの前で何時間も過ごすとします。本能的に、ストレッチをしたり動いたりせずにはいられなくなります。そうすることにより、たいてい張り感や不快感は軽くなります。 当然のことながら慢性の張りを訴えるクライアントの多くは、このような簡単な対策はすでに試していて効果が得られなくなっています。張り感は何時間も何日もずっと続いたり、いつでも構わず現れたり消えたりし、姿勢や動きとの関係は少ないようです。 このようなケースでは不快感の要因は、その部位への血流を増やそうとする必要性に応じて末梢性または中枢性感作になる神経系がより深く関与しているのかもしれません。これらは、局部的な炎症、副腎感受性、後角の感受性の上昇を通して起こりうることで、もしかしたら、ある特定の環境(たとえばコンピューター)とある特定の感覚(最悪の気分)の結びつきを学習したことによって起こるのかもしれません。 では、どのようにこの感受性を下げればよいのでしょうか? この質問に対する簡単な回答はありません。もしあるのであれば、慢性疼痛の問題はすでに解決されているはずですが、まだ誰もどうすればよいか分からないのです。しかし、仮に張り感が痛みの軽症型であるという私の考えが正しければ、その扱いは少し楽になるはずです。 慢性の張り感に取り組むためによく使用されるいくつかの方法を下記に列挙します。そして、各方法について上記に述べてきた観点からの考察を添えています。推奨しているいくつかの事柄は多くの人が行っていることと正反対であることに気がつくでしょう。 ストレッチ 私たちは、しばらく縮めていた筋を本能的にストレッチし、それはたいてい瞬時に楽にしてくれます。 しかし前述のように、慢性の張りに苦しんでいる多くの人は、すでにこれを試みており解決には至っていません。このことは、悪い力学というよりは感受性の亢進の問題であるということを示唆しています。 ここで問題になるのは、簡単なストレッチが効かないならばもっと激しいプログラムが必要であると多くの人や多くのセラピストさえも考えてしまうことです。 このどうしようもない股関節屈筋群はまだ張っている感じがする。 これは、もし問題の根源が組織の短縮や癒着であれば理解できます。しかし、もし問題の根源が実際は感受性の上昇であれば、激しいストレッチはかえって問題を悪化させてしまうかもしれません。一方で、ストレッチは鎮痛や弛緩作用があるとされています。 結局、ストレッチは張りを治す良い方法でしょうか? 何事も共通して言えますが、もし気持ち良いのであればやってみればいいし、そうでなければやめればいいというのが私の考えです。 張りに対する軟部組織アプローチ 短縮した軟部組織を伸ばしたり、癒着を剥がしたり、筋膜を緩めることなどを目的にする多種多様の軟部組織治療(深部組織マッサージ、フォームロール、グラストン、ART、IASTM)が存在します。これはほぼ不可能であることは、私も他の多くの人たちも指摘しています。 しかし、これらの療法で感受性を下げ、張り感を軽減することはできるでしょうか? 当然、侵害刺激の下行性抑制を活発化させることにより軽減できます。これは、健康利益をもたらすと期待される疼痛刺激の効果として広く知られています。 しかし、もちろんこれらの療法自体が侵害刺激を生み出し、感受性を上昇させてしまう傾向もあるのです。個人のもつ体質やその他さまざまな要素による絶妙なバランスです。繰り返しますが、もし気持ち良いのであればやってみればよいのです。これはひとつの選択肢であって必須ではありません。一時的なものであり、実施する理由を忘れないでいるべきです。 筋の張りのための運動制御 さまざまな種類の運動療法は、基本的に運動制御へのアプローチです。つまり、動きや姿勢、呼吸パターンを改善することにより、より効率よくなり、ずっと居座り続ける緊張を取り除き、弛緩方法などを修得します。 習慣を変えることは難しいですが、特に緊張が特定の姿勢や動きに関係するような時には、この対策は試す価値があります。もちろん、状況がより複雑であれば、運動制御のみで問題を解決するとは期待できません。 エクササイズとレジスタンストレーニング ストレングストレーニングを筋の緊張と関連づける傾向があります。エクササイズの最中に筋はもちろんかなりの緊張状態になります。遅発性筋肉痛により次の日になって身体のこわばりを感じる人もいるでしょう。ストレングストレーニングが筋を短縮させ柔軟性を低下させるという(誤った)考え方もあります。 これらは、根も葉もない話です。実際、全可動域を使ったストレングストレーニングは、おらくストレッチ以上に柔軟性を増加させます。筋内の局部的な適応が起こることで、持久力を向上し、代謝ストレスに耐え易くすることもできます。また、エクササイズには鎮痛効果もあり、神経系を過敏にする炎症を抑えることもできます。 個人的な逸話になりますが、私がヨガを行っていた頃、今よりもっと柔軟性がありましたが、常にハムストリングスは張っていると感じていました。その後、ヨガをやめケトルベルスウィングをかなりやり始めました。私の前屈はやや減り、ハムストリングスをかなり使っていたにもかかわらずハムストリングスの張り感は消えていました。その代わりに得たのは機能的な強さと能力の感覚です。これが、ハムストリングスが伸ばされることに関する危機感を減らしたのではないかと思います。 もちろん、ストレングストレーニングで筋を酷使した後、回復させなければ、それらは過敏になり、こわばり、痛くなります。しかし、適切なトレーニング量(適応が起きるのに十分であり、また完全な回復を妨げたりケガを引き起こしたりしない程度)であれば、より健康的で強くなれるでしょう。そうです、もちろんこわばりも少なくなります。 結論 こわばりを感じたならば、それは単なる感覚であり、積極的な構造的解決が必要な組織の短縮という物理的状態では必ずしもないこと覚えておいてください。他の感覚と同様に、過敏であればより強く感じることになります。また、他の種類の感受性と同じように、体調全般や筋力、気づき、運動制御、健康を改善すれば感受性も下がるでしょう。

トッド・ハーグローブ 2845字

筋が張っていると感じるのはなぜ? パート1/2

なぜ筋が張っているように感じるのでしょうか? それは筋が短いということ? リラックスできないということ? 私たちはこれに対して何ができるのでしょうか? 筋が張っていると感じる理由とその対応の仕方について、いくつかの私見を紹介します。 張りは力学的状態だけではなく感覚である 誰かが、ある部位に張りを感じると言う場合、異なるいくつかの訴えを指しているかもしれませんから、それを探るように心がけます。 可動域の悪さのことを言っているのか? または、可動域は正常でも動きの最終域で違和感を覚えるのか、それとも動かすために余計な力が必要なのか。 または、実際の問題は動きにあるわけではなく、その部位がまったく弛緩してくれないかんじがあるのかもしれません。 もしくは、その部位は基本的に弛緩しているにもかかわらず、はっきりしない違和感、つまり痛みとまでは言えない不快感があるのかもしれません。 この曖昧さは、張っていると感じるのは単なる感覚であって、過度の緊張やこわばり、短縮という物理的または力学的性質ではないということを意味しています。これら一方がなくてももう一方が存在することもあり得るのです。 たとえば、ハムストリングの張り感を訴えるクライアントが大勢いますが、前屈してみると簡単に手の平を床につけることができるのです。一方、ハムストリングに張り感をまったく感じなくても、前屈してみると手が膝すら越えることができないクライアントもいます。張り感は可動域の正確な測定にはなり得ません。 また、筋の実際の緊張や硬さ、または“こり”の存在を正確に反映しているわけでもありません。クライアントが張っていると感じている部位を私が触診すると(仮に上部僧帽筋とします)、たいてい彼らは「すごく張っているのが分かりますか?!」訊ねてきます。 たいてい私は次のように言います: うーん・・・いいえ、周りの組織と同じ感じですよ。 そうは言っても、その部位が張ったように感じて不快な思いをされていることは十分理解しています。 私も張り感は好きではありませんので、それを改善するお手伝いをしたいのです。しかし、張り感があるということは、ある部位が本当に物理的に張っているということとは異なるのです。このことは納得していただけますね? 実際、ほとんどの人は納得してくれます。そしていささか興味深く思うでしょう。みなさんにこのことを理解してもらいたいのです。なぜなら、張りを治すつもりですでに立てた見当違いの計画、つまり強引なストレッチや筋膜の圧壊、癒着剥離などを再検討するきっかけになるかもしれないからです。そうすれば、ラクロスボールを胸郭の途中まで押し付けるようなことよりも、もう少し控えめなアプローチを考慮したいと思うでしょう。 筋は実際張っていないのに、なぜ張り感を感じるのか? では、筋は物理的に弛緩しているにも関わらず、なぜ張り感を感じるのでしょうか? 例えとして、痛みをとりあげられると思います。組織の損傷がなくても痛みが存在することがあります。なぜなら、痛みは脅威の知覚から生まれ、その知覚は必ずしも現実と一致するとは限らないからです。痛みは本来、警告であり、そこに本当の危険が存在しなくても作動してしまうことがあるのです。 同様の論理が張り感にも通用するかもしれません。その感覚は、身を脅かす状況が筋に起きていて、動きを正す必要があるということを無意識に私たちが知覚している時(それが正しいか間違っているかは別に)発生します。 では、この張り感が私たちに警告しようとする身を脅かすような状況とは何でしょうか? 確かに、緊張があるということだけではないようです。むしろ筋は緊張を作り出すようにできています。また、筋がほぼ完全に弛緩しているにも関わらず、筋に張り感を覚えることがしばしばあります。 ですから、緊張自体は身を脅かすものではなく、適切な休息や血流の欠如こそが、身を脅かすもので、それが代謝的負荷を起こしたり侵害受容器を化学的に活性化してしまったりすることがあります。張り感が私たちに警告しようとしているのは、緊張の存在ではなくて、緊張の頻度または血流不足(特に血液を必要とする神経において)なのです。 私はこの点を考慮して、張り感とは、痛みとまで呼べない軽い痛み、つまり痛みのバリエーションとしてとらえています。実に煩わしいものです。そして張り感には、明らかな特性や特徴があり、休息中の姿勢を変えてみたり、体を動かしてみたり、ストレッチしてみたりなどの動機を与えます。これは、じっとして動かないようにしていようと思わせる痛みは異なります。おそらく、痛みはその部位を動かすなという警告で、張り感は動きなさいという警告といえるのかもしれません。 筋の緊張にどのように対処すればいいか? 身が脅かされていると神経系に知覚させる多くの“入力”、つまり痛覚や思考、感情、記憶などのひとつを変えることによって、痛みを治療するのと同じように張り感も治療できると考えます。 痛みのなかには、動きや姿勢の癖との関連性がとても明らかなものがあります。これは「こうすると痛いです。そして、もっとこうするとさらに痛くなります。これをしなくなれば、痛みも減ります」などと言われれば分かりやすく、このような場合には、動きや姿勢を改善することによって、痛み(動きによって起こる機械的侵害疼痛)の主な要因を減らせるため効果的であることが多いのです。 一方、ほかにも痛みの原因はたくさんあります。特にもっと複雑な慢性疼痛では、痛みが特定の動きや姿勢にさほど関係しない代わりに、時間帯や睡眠時間、情緒状態、ストレスレベル、食事、日々の運動、あるいは原因不明な要因の変動に関係します。このような時は、動きによって起きる機械的侵害疼痛が痛みの主な要因ではなさそうです。それよりも末梢性と中枢性の感作がより関与している可能性があります。 張り感についても同じように捉えることができると思います。

トッド・ハーグローブ 2547字

悪い姿勢は腰痛を起こす? パート2/2

なぜ、痛みと姿勢には関連性がないのでしょうか? 上記のエビデンスは驚きであり、常識を覆すものです。なぜ痛みと姿勢に関連性はないのでしょうか? 姿勢が痛みにさほど関係ないのはどうしてなのか、少なくとも説得力のある理由をここに3つ挙げます。 1. 時間の経過とともに組織はストレスに適応する 悪い姿勢が痛みを発生させるという仮説は、特定の部位に過剰な機械的負荷がかかるという考えを基にしています。これが微小損傷を起こし、時間の経過とともに累積されます。これにはうなずけますが、組織には負荷への適応力があることが考慮されていません。 ウェイトリフトで負荷のかかる筋が強くなるのと同様に、特定の姿勢によって、関節や靭帯、腱も局部的なストレスに耐えられるように適応するのです。[1] 2. 組織の損傷と痛みはイコールではない 姿勢が痛みとは関係のない二つ目の理由として、悪い姿勢が組織の損傷を生むことがあっても、組織の損傷と痛みは同等ではないということがあります。 痛みを伴わない多種多様な組織損傷の罹患の研究は数多くあります。これらは、背中や肩、膝に痛みを伴わない人のかなりの割合 (20-50%) が、椎間板の膨隆や回旋腱板の断裂、半月板損傷などを患っていることを一貫して示しています。[2] つまり、30歳以上の人のMRIを撮影すると、それがどの部位でも、たとえ痛みのない部位であったとしても、著しい損傷を見つける可能性は非常に高いのです。 なぜでしょう? 痛みは複雑で、組織の損傷は痛みを起こすひとつの原因にすぎません。[3] よって、姿勢が何らかの形で長期的な組織損傷を起こしたとしても、必ずしもそれが痛みという結果になるとは限らないのです。 3. 人それぞれ “悪い”と思われる姿勢が痛みとは関係がないという三つ目の理由は、身体の構造が人それぞれ異なるからです。実際に人の骨格を見てみると、骨の形や脊柱の弯曲にかなりの差異があることが分かるでしょう。非対称性や不規則性は当たり前であり、例外ではありません。 ある程度、骨のサイズや形が、立ったり座ったり動いたりするために最も効率の良い快適な姿勢を決定づけるのです。ですから、ある人にとっては“機能不全な”アライメントでも、別の人にとっては最適なのかもしれません。 このような個体差があるわけですから、自分の姿勢を他の理想的なモデルと比較し矯正しようとすることは、本質的に問題があります。 姿勢を心配する代わりに何をするべきか 上記のエビデンスでは、痛みの治療や予防の方法として、ある理想的なモデルに合わせて静的姿勢の誤差を見つけ出そうとすることは、時間の無駄かもしれないことを示唆しています。 では、姿勢がそれほど重要ではないとすると、休息時や運動時の身体のアライメントについて全く気にする必要はないということを意味しているのでしょうか? 答えは“ノー”だと私は思うのです。 1. 大きな力が加わる時には正しい姿勢がとれているか確認 姿勢についての研究が、生体力学とフォームの良さはどうでも良いということを示していると誤解しないでください。激しい運動は、単に座ることや立つこととは異なり、適切なアライメントで行うことに、さらに注意を払う必要があるでしょう。 動かず座っているときや立っている間、関節にかかる機械的負荷はとても小さいものです。しかし、身体は長年の間、一日何千回もこのような習慣的な負荷を受け、そしてそれに対応するためにうまく順応します。 一方、高重量のデッドリフトなど負荷の大きいエクササイズでは、機械的負荷が非常に大きく、これら特定の負荷に身体が順応する機会もあまり多くなかったことでしょう。 高重量のデッドリフトでは姿勢やアライメントが重要になります。ジャンプから着地する時や、スプリントやウェイトリフトなど大きな機械的負荷が加わるような運動をする時にも重要です。これらの場合、身体にかかる負荷を分散させ、ケガのリスクを減らし、パフォーマンスを向上させるためにも、生体力学と脊柱のアライメントが理想的であるかを意識的に努力し、または確実にするために指導することが賢明です。 2. 動きを改善しよう 立位や座位が外見上どうであるかよりも、どのように動くかがより重要です。職場で胸が凹み丸くなって座っていても心配いりません。しかし、オーバーヘッドリーチやローテーション、オーバーヘッドプレスなどの機能的な動きができるように、胸部の完全な伸展可動域を保つことを忘れないようにしてください。 3. 姿勢のバリエーションを広げよう 同じ姿勢で何時間も座ったり、何時間も立ったりしなくてはならない人は多いものです。もし、これがストレスや痛みを生むようであれば、姿勢を少しだけ変化さるようにした方が、常に“完璧”な姿勢をとるよりも快適であり得策です。姿勢を変化させることによって、体重を支持するストレスをいつも同じ部位に集中させるのではなく、いろいろな部位に分散させます。頻繁に休憩をとり、常に動いているようにしましょう。ある特定の姿勢が腰痛を悪化させる場合、他の選択肢を試してみましょう。 良い姿勢なんて忘れよう:良い動きのことを考えよう まとめると、静的な姿勢を理想に沿うように変えようと心配しすぎないことが肝心です。悪い姿勢が腰痛の誘因ではなさそうです。その代わりに、快適な姿勢をとり、常に動き、身体の機能を向上するように努力し、負荷の高いエクササイズを行う時はアライメントやフォームを正しくするようにしましょう。 参照文献 1. http://en.wikipedia.org/wiki/D...'_law 2. http://www.bettermovement.org/... 3. Melzack, Katz (2012) Pain. Wiley Interdisciplinary Reviews: Cognitive Science Volume 4, Issue 1, pages 1–15, January/February 2013. http://onlinelibrary.wiley.com...

トッド・ハーグローブ 2352字

悪い姿勢は腰痛を起こす? パート1/2

悪い姿勢は腰痛を起こすとか、腰痛を治すには姿勢を改善しなさいという意見を、恐らくみなさんは聞いたことがあるのではないでしょうか。理学療法士やカイロプラクター、パーソナルトレーナーなどからのこのような意見を、インターネットの至る所で見つけることができます。Googleで“姿勢と痛み”と検索すれば400万件もヒットします。 こんなに多くの姿勢監視員がパトロール中ですので、遅かれ早かれ権威ある監視員にあなたの姿勢も注意を受けるでしょう。 たとえば、比較的背中が丸く(後弯)なっているとしたら、“上位交差症候群”があると言われるかもしれません。これは、肩が前方へ丸まり、胸が凹み、頭が前方に出ているというパターンです。一般的な“矯正”としては、胸のストレッチと左右の肩甲骨の間の筋群の筋力強化があります。 また、腰の反りが比較的大きい(前弯)としたら、“下位交差症候群”があると言われるかもしれません。これは、骨盤が前方に傾き(骨盤前傾)、腹部が前に出っ張っているというパターンです。多くの人が推薦する矯正としては、腹部と臀部の筋力強化と股関節屈筋群のストレッチ、そして1日を通して腹部を凹ましたりコアを活性化し続けるというものです。 ほかにも頻繁に耳にする考え方として、非対称性が痛みを生むということがあります。たとえば、セラピストは骨盤のアライメントの捻りや歪みを見つけ出し、矯正しようとします。なぜなら、それが背骨を回旋させたり曲げたりしてしまうことを心配するからです。また、一方の下肢長がもう一方より長いことなどを気にするセラピストもいます。それは、その下肢長差が骨盤の左右の高さを変えてしまうからです。 これらの考え方には直感的な訴求力があり、また、数多くの専門家たちから提唱されています。しかし、これらにはエビデンスの裏付けがあるのでしょうか? 姿勢を分析したり、理想的なアライメントとされるものと比較し歪みを矯正することに時間を費やすべきでしょうか? これらの疑問に答えることに役立つ、いくつかのエビデンスをみてみましょう。たいていの書籍や論文からは知り得ないことかもしれませんが、痛みと姿勢測定との関係に注目している研究が数多くあります。しかし、ほとんどの研究で関連性は一つも見つかっていません。では、みてみましょう。 研究によって姿勢と痛みの関係に何があるか分かったのでしょうか? 腰痛と姿勢の関連性を探るリサーチでは、一般的にいくつかの異なる研究設計を使います。 横断研究では、研究者らは被験者となる人を、腰痛ありと腰痛なしのグループに分けます。そして、下肢長差や骨盤の傾斜、腰椎、胸椎、頸椎の弯曲度など骨盤と脊柱のアライメントを計測する方法として、X線画像や放射線写真などを使用します。これらの計測後、研究者らは、腰痛ありと腰痛なしのグループで姿勢に顕著な差があるかどうか調べます。 前向き研究では、研究者らは腰痛なしのグループの姿勢を分析し、ある特定の姿勢の被験者が将来的に腰痛を発症する可能性が高いか低いかを調べます。 これらの研究の結果が完全に明確ではないにしても、ほとんどの研究では、悪い姿勢が腰痛を起こすという主張を裏付けしていません。下記に代表的な所見をまとめます: 下肢長差と腰痛の関連性はなかった。 [1] 重度、中度の腰痛と腰痛なしの3つの男性グループの合計321人において、腰椎前弯や下肢長差に顕著な差はなかった。[2] 頸椎の弯曲の測定値と頚部痛に関連性はなかった。[3] 腰痛ありと腰痛なしの600人を対象にした腰椎の前弯と骨盤の傾き、下肢長差、腹筋とハムストリングと腸腰筋の長さにおいて顕著な差は見られなかった。[4] 非対称性の姿勢、胸椎の過剰後弯、または腰椎の過剰前弯をもつ10代の若者において、姿勢が“良い”他の同年代の若者と比べ、大人になってから腰痛を発症する傾向はなかった。[5] 妊娠中に腰痛の弯曲がより増加した妊婦に、より腰痛を発症する傾向はなかった。[6] 無理な姿勢を強いられる職業に従事している人だからといって、腰痛レベルが高いということはなかった。 [7] 脊柱アライメントの測定値と痛みとの間に関連性があるという研究はあるものの、この法則には例外がある。[8, 9] エビデンスの重要性を示す代表的なものは、おそらく痛みと姿勢の関連性を扱った54件以上もの研究を分析した2008年のシステマティックレビュー[10]でしょう。しかし、研究の質は全般的に低く、また矢状面(前後)における脊柱のアライメント測定と痛みの関連性を支持するようなエビデンスにはなりませんでした。 上記のリサーチでは、姿勢と痛みの間に何らかの相関性が存在するとしても、それは弱いことを示唆しています。腰痛との相関性因子として、エクササイズや仕事への満足感、教育レベル、ストレス、喫煙などが顕著に影響するという研究が数多く発見されていることを考慮すれば、この結果は特筆すべきものです。[11] もし痛みと姿勢の相関性が存在するとしても、因果関係を証明するものではありません。痛みが悪い姿勢の原因となっていて、その逆ではないのかもしれません。これには、かなり真実味があります。腰痛を起こすような溶液を注射された人は、無意識のうちに違う姿勢をとろうとするようです。[12] 驚きですよね!! さらに、もし悪い姿勢が腰痛に関与しているにしても、姿勢は矯正されるものであると結論付けるには無理があります。しかも、“悪い姿勢”を正すことで腰痛が軽減されるという保証もありません。 参照文献 1. Grundy, Roberts (1984) Does unequal leg length cause back pain? A case-control study. Lancet. 1984 Aug 4;2(8397):256-8. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/6146810 2. Pope, Bevins (1985) The relationship between anthropometric, postural, muscular, and mobility characteristics of males ages 18-55. Spine (Phila Pa 1976). 1985 Sep;10(7):644-8. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/4071274 3. Grob, Frauenfelder et al. (2007), The association between cervical spine curvature and neck pain. Eur Spine J. 2007 May; 16(5): 669–678. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2213543/ 4. Nourbakhsh, et al. (2002) Relationship between mechanical factors and incidence of low back pain. J Orthop Sports Phys Ther. 2002 Sep;32(9):447-60. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pu... 5. Dieck, et al. (1985) An epidemiologic study of the relationship between postural asymmetry in the teen years and subsequent back and neck pain. Spine (Phila Pa 1976). 1985 Dec;10(10):872-7. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pu... 6. Franklin, et al. (1988) An analysis of posture and back pain in the first and third trimesters of pregnancy. J Orthop Sports Phys Ther. 1998 Sep;28(3):133-8. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pu... 7. Lederman (2010) The fall of the postural–structural–biomechanical model in manual and physical therapies: Exemplified by lower back pain. CPDO Online Journal (2010), March, p1-14. http://www.cpdo.net/Lederman_The_fall_of_the_postural-structural-biomechanical_model.pdf 8. Chaleat-Valleyed, et al. (2011) Sagittal spino-pelvic alignment in chronic low back pain. Eur Spine J. 2011 Sep;20 Suppl 5:634-40. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21870097; 9. Smith, O-Sullivan, et al. (2008) Classification of sagittal thoraco-lumbo-pelvic alignment of the adolescent spine in standing and its relationship to low back pain. Spine (Phila Pa 1976). 2008 Sep 1;33(19):2101-7. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18758367. 10. Christensen, et al. (2008) Spinal curves and health: a systematic critical review of the epidemiological literature dealing with associations between sagittal spinal curves and health. J Manipulative Physiol Ther. 2008 Nov-Dec;31(9):690-714. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pu... 11. Papageorgeoui, et al. (1997) Psychosocial factors in the workplace--do they predict new episodes of low back pain? Evidence from the South Manchester Back Pain Study. Spine (Phila Pa 1976). 1997 May 15;22(10):1137-42. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pu... 12. Hodges, Moseley (2003) Experimental muscle pain changes feedforward postural responses of the trunk muscles. Exp Brain Res (2003) 151:262–271 http://cdns.bodyinmind.org/wp-...

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運動制御に関するシステム論的視点 パート2/2

位相シフトと運動パターンの変化 複雑系理論家たちは、複合システムが自ら変化できるように、あらゆる方法を示すものとして“状況”という用語を使用します。状況の変化はたいてい非線形であり、体系への小さな入力が大きな出力を生み出すかもしれないし、または、その逆もあり得るということを意味しています。 著しく非線形な変化は位相シフトと呼ばれています。たとえば、水は冷たくなってもそれほど変化しませんが、もっと温度が低下すると突然、位相シフトが起こり、氷に変わります。 運動制御の位相シフトのひとつの例をお見せしましょう。馬が常歩のスピードを上げても、基本となる脚の協調運動パターンは変わりませんが、限界速度に達すると運動パターンは速歩へと急速にシフトします。スピードをさらに上げても歩法はしばらく変化しませんが、最終的に駈歩へシフトしていきます。 みなさんも歩行中に同じような経験をすることがあるでしょう。交差側方の動きをなくして歩いてみてください。つまり、肩や腕を一切動かさずに歩くか、左右の肩が反対側の股関節や脚の方へ回旋しないようにしてみることです。 では、歩行スピードを上げてみましょう。スピードがある程度上がると(ジョギングへ移行しなければならない位)、肩と腕が骨盤と逆の方向に動き出すのが分かります。速度の変化によって、位相シフトが歩行の交差側方の運動パターンへと変化したのです。その変化は急速に生じ、無意識に起こります。 運動パターンをどのように変えるか 運動を教える立場から見ると、これは興味深いはずです。私たちはクライアントの運動パターンを変化させようとしますが、最も興味深い変化は、位相シフトそのものにあります。つまり、本当の意味での質的変化は運動パターンの中に見られるのです。 ダイナミックシステム理論の観点では、運動行動に起きる位相シフトは、本人が変えようとするこれといった意図がなくても、また指導者の特別な指示がなくても起こりうるということに注目しています。むしろ、タスクや環境の本質が変わることにより、変化は容易に発生します。周りを見てみると、この指導方法の例を至る所で目にするでしょう。 たとえば、ベアフットランニングは、裸足で走ることによってランナーのフットストライクパターンを自発的に変えるという事実に基づくことで最近注目されています。直接的な指導や“運動学習”がなくても、深く習慣づけられた運動行動が、環境や動作の制約を変えるだけで簡単に変更することができることを示しています。 多くの、よく知られた運動介入は、まさにこの考えに基づいています。ダン・ジョン氏が有名にしたゴブレットスクワットを考えてみてください。 後方に腰を下ろし、胸を上げたままスクワットするようにと指導する代わりに、単に胸の前にウエイトを持たせスクワットさせることができます。この新しい課題要求によって、特別な指導をしなくてもスクワットパターンはたいてい素早く改善します。 もうひとつの例として、グレイ・クックが実施している反射性神経筋トレーニング(RNT)と呼ばれるコレクティブエクササイズがあります。これは次のように作用します。仮にスクワットした時に両膝が内側に崩れてしまう人がいるとしましょう。クックは、ゴムバンドを膝に回し、さらに内方へ膝を誘導し、“間違ったパターンを強調”をします。この新たな制約は、瞬時に膝を外方へ向けるように促します。一切の言葉がけも必要ありません。 ランニングの話に戻りましょう。ランニングの歩数を増やすことによって、踵接地パターンがどのように変化したか、クリス・ジョンソンのこのビデオを観てください: ここでも、特別な指導がないにも関わらず運動行動の位相シフトが瞬時に起こりました。 ここで、EXOSのパフォーマンス教育ディレクターであるニック・ウィンクルマンについても触れておくべきでしょう。彼はこうした考えをパフォーマンスの背景に応用し素晴らしい成果をあげています。 結論 つい話が脱線しすぎてしまう恐れがあるので(特に内的キューイングよりも外的キューイングの方が有効であるというガブリエル・ウルフの議論では)、そろそろこの投稿をまとめましょう。 今後の投稿では、運動パターンのアトラクターウェルズや制御パラメーター、安定性、柔軟性、変動性など、もっとダイナミックシステム理論の概念を再考察しようと思います。しかしここでは、今回この投稿からひとつ覚えておいてほしいことを提案します。 人間は、複合システムで自己組織化できる素晴らしい能力を持っています。ぴったりのモチベーションや環境、やらなくてはならない課題を与えたら、たいていの場合スピードと効率性を伴って、良い動きの解決策を見つけてくれるでしょう。コーチの適切な役割は、人にどのように動けと指示することではなく、学習に適した状況を作り出すだけにして、あとは口を出さないことです。 この指導のモデルは、実はとても常識的なことであり、最も優秀なコーチや指導者の多くは、直感的にこれを実施しています。ダイナミックシステム理論は、このアプローチがなぜ有効であるか説明するのにぴったりな理論モデルであるかもしれないので、私はそれについての学習や執筆を続けています。

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