「Movement Longevity / 動きの健康寿命」対面イベント・参加費は¥1,650〜 詳細はこちら

立位での股関節外転&内転アセスメント

ベン・コーマックが、上半身の動きで下半身の動きを駆動することで、立位での前額面における股関節の動き(外転&内転)の運動キャパシティーを評価する方法をご紹介します。

ベン・コーマック 6:49

知識は力なり ー 腰痛を患っている人たちが知るべきこと

ここに、腰痛を患っているみなさんに知ってもらいたい情報を紹介します。初めて腰痛を経験する人、または何年にもわたって腰痛を患っているみなさんへ。 腰痛についての情報 腰痛はよくあることです。毎年最大20%ぐらいの人は、毎年何回か腰痛を経験する可能性があり、なんと私たちの80%は、生涯のうちに腰痛を何回か経験するようです。実際、腰痛を経験したことのないという方が珍しいかもしれません。 腰痛は6週間ぐらいまで長引くことがあります。これは、みなさんが予想する以上に長いかもしれません。ですから、少し長引いたからといって過度に心配する必要はありません。たった数日で治まる痛みが多い一方、長引くこともよくあるのです。 長期的に続く腰痛を患い、そのことで多くの問題を抱えている人がみなさんの周りにもいるとは思いますが、実際には通常より長く継続する腰痛を患う人は約10%から25%です。つまり、腰痛が6週間以上は続かないという望みは高いということです。 肩や足首、膝の痛みのように他の身体部位の痛みと何ら変わりはありませんが、腰痛はより以上に心配される傾向があります。 痛み自体は正常であり、怖がることではありません。痛みは、私たちを守ってくれる防御機構なのです。これなしで生きていくわけにはいかないのです! 腰部にしても他の身体部位においても、痛みは身体的状況を正確には反映してくれません。たいした損傷がないにも関わらずひどい痛みに襲われることもあります。紙で指を切ってしまったことやハチに刺されたことを考えてみてください。強烈な痛みではありますが、それほど損傷を負ってはいないのです。 診断 腰痛において診断を下すことは厄介なことが多いですが、患者はたいてい答えを求めます。助けるために必ずしも明確な答えが必要であるということではありません。 分かっていることとして: 腰痛の圧倒的多数、実に99%は重症ではありません。残りの1%は骨折や癌が考えられるにしても、頻度としては大変まれなことです。 約10%は、椎間板や神経など特定の組織に絞り込めます。 これらの統計から、その腰痛が「すべり症」や神経障害である可能性は少ないことを示しています。これらの用語をよく理解しないまま腰痛の原因として安易に口にする人が多く見受けられますが、それでは解決になりません。 セラピストは、腰痛がその10%に当てはまる問題であるかを調べるテストをします。筋力や知覚、反射テストだけではなく、神経や神経根の臨床テストもあります。 MRIのみから診断するのは大変困難です。多くのMRI所見は、痛みを持たない人にでも存在するからです。つまり、画像と伴に臨床テストが不可欠なのです。 MRIの所見は、痛みを映し出すことはできません。 ですから特定の組織や病理に絞り込むことは、9割は不可能です。狭いスペースにさまざまな無数の組織があり、それらがもし刺激を受けたり炎症を起こしたりしているならば、その影響はひとつの組織には収まらないでしょう。 炎症は良いことです。これは身体がしっかり機能しており、修復の役割を果たしていることを意味しています。 医学的見解から、この種の腰痛はいわゆる“非特異的”と呼ばれ、重大な問題はないということで、私たちはこれを前向きな診断と考えるべきです。かなり痛いですけれども。 “非特異的”という用語は、組織に対してという意味であり、あなた自身に対して非特異的であるとか、あるいは原因がないということではありません。あなたの痛みは必ず本当に存在しており特異的なのです。 非特異的な痛みに厳密な病名を付けることができなくても、たいてい運動に対し良好な反応を示すので、効果的な処方ができないとか腰痛が発症した原因についての基本的な説明ができないということではありません。 その他の要因 さまざまな多くの要因(あなたが考えたこともないような多くのこと)が、腰痛に影響することがあります。 このことは、腰痛が別の生き物であるかのようにあなたは感じるかもしれませんが、恐らく、潜在的なすべての要因についてまだ知らされていなかったか考慮していなかったからかもしれません。 これら他の要因には、異常な睡眠、仕事と家族など生活から来る多くのストレス、この痛みは決してなくなることはないだろうという感情、腰痛に対するネガティブな考えや、日常的な活動を行うことに対してのネガティブな気持ちなどがあります。 脊柱の姿勢や骨盤の傾き、小さい筋が発火していないとか、腰痛を起こしている部位の位置を戻す必要があるとか、そういうことではないかもしれません。どうしてそのようなことが言えるのでしょうか? 私たちは、このようなことを嫌というほど勉強してきました。 このような説明をあなたがセラピストから受けたとしたならば、そのセラピストはこの分野の最新の研究に精通していないのかもしれません。これまでに、たくさんの意見を提供され、そして、たいていそれは混乱を招くだけだったでしょう。ここで、この分野の科学的データを認識する必要があります。 治療 残念ながら万人の腰痛に効く魔法のような治療はありません。 ひとつの問題だけとは限らず、いくつか異なる問題が同時に起こっているかもしれません。小さな痛みでも、あなたを過敏にさせるような他の要因によって増悪するかもしれません。 セラピストは、基本的なアドバイスを提供したり、より専門的な介入が必要であれ他のセラピストを紹介したりすることができます。 数時間や数日間など短期的に役に立つさまざまな治療法はたくさんありますが、自分の回復を単に他人の手に委ねてはいけません。そうなると長い目で見ると悪化させることが分かっています。 短期間であれば増悪するような活動は避けなくてはならないかもしれませんが、いずれはその活動に必ず戻るようにしましょう。長期的には何も制限するべきではありません。違うことを言う人がいても気にしないでください。 腰部を保護する必要があると感じている人も、結果的には悪化させるかもしれません。 自分にとって何が効果的か、また何が悪化させるかを学ぶことは、腰痛に対処する上で重要です。あなたのセラピストがそれを行う手伝いをするべきです。 運動やエクササイズも効果的かもしれません。 残念ながら、腰痛に効く魔法のようなエクササイズはありません。何でも楽しめそうなものを見つけ、行ってみてください。ピラティスでも筋強化トレーニングでも、友達とスポーツをしたり、ただ単に公園へ散歩にでかけたりするだけでもいいのです。 強くなるために、あるいは体力をつけるために自分を追い込まなくてはならないと思わないでください。でも、時には疲れるほど身体を動かしてみるのもいいでしょう。身体はその動きに慣れてきます。 運動やエクササイズは、身体に自信を取り戻してくれます。身体的問題を治すよりも、このことの方が回復のカギとなるかもしれません。 長引く腰痛 持続する痛みに対して一般的に使用される用語に慢性疼痛があります。慢性という言葉には「悪化する」という意味は含まれていません。実は、3ヶ月以上続く疼痛を表す一般的な用語です。 もしあなたが自分の痛みや回復に対してとてもネガティブな考えをしたり、特定の行動を避けたりするなど活動面での振る舞い方を変えてしまうとすれば、腰痛に対する私たちの反応が、どのぐらい長引かせてしまうのかに影響するかもしれません。 持続的な腰痛を防御機構として捉えることもできます。このような場合、痛みが役割を果たし過ぎているということになります。 痛みは正常で好ましいことですが、これを赤ワインによく似田母野として捉えることもできます。少量であれば素晴らしいものですが、素晴らしいものでも飲み過ぎては二日酔いになってしまいます。 最近では持続的な痛みを、身体の状態を単に反映する反応ではなく、防御機構そのものの問題と捉えています。 痛みに関与するメカニズムを治そうとすればするほど、痛みを強く感じるのです。ジムで上腕二頭筋を鍛えているのに似ています。筋肉と同様に、防御機構も順応することができ、これまで以上に保護してくれるようになるのです。 このことは、これまで痛みを感じることがなかったようなことが、今や痛みを感じさせ、これまで正常であったことにとても過敏になり得ることを示しています。 以上のことすべては、あなたの症状の改善は見込めないと言っているのではありませんが、痛みの「スイッチを切る」というような単純なことではないということです。

ベン・コーマック 3642字

痛みの教育:実際どの程度の神経科学が必要ですか?

痛みの教育は多くの場合、治療過程の必要不可欠な要素となってきました。当然そうであるべきで、どのようなことが身体に起きているのかを人々に理解してもらうことは必須です。痛みについてより理解してもらうために最も使われている方法のひとつは、痛みの神経科学と生理学を基にしています。 場合によっては、これが、患者にとって痛みをより深く理解するに充分であることもありますが、では神経科学は必ずしも必要でしょうか? これらの側面を含まない情報をもって説明した方が、多くの患者にとって分かりやすいかもしれません。 果たして、神経科学を基にした方法で痛みの経験を的確に説明し、その痛みを経験している人を認識することができるのでしょうか? 講義室満員の人たちに向かって、痛みの神経科学を神経解剖学と生理学的プロセスをいろいろ交えて標準的な説明をすることはできるでしょう。しかし、もし、その講義室にいる人たちと個人的に対話したならば、痛みに関連した彼らの経験に大きなばらつきがあることに気がつくでしょう。 経験としての痛み つまり、痛みのセンセーションがどのように発生するか、そして、痛みを取り巻く不可解なことの多くを神経科学で説明できるかもしれませんが、それが経験自体を完全に説明できるのでしょうか? やはり人間は単なる部品の寄せ集めではなく、そうだからこそ個性が存在するので、一般的でおおざっぱな説明は、痛みはすべて同じであるということを暗示しているのではないでしょうか? 神経科学を基にしたアプローチは、主観的というより客観的な見方かもしれません。しかし、たぶん主観的な見方こそが、人々の人生に及ぼす痛みの影響を最も説明してくれているのです。 じっくり考えるべき問題は、構造解剖学とそれに対する損傷は、神経解剖学や生理学で説明できるように痛みを適切に説明できないのか否か? 間違いなく損傷と痛みという単純化された関係の通念に間違えなく風穴をあけることにはなりますが、その人や周囲の人たちの健康に大きな影響を与えるような経験と行動反応の説明には充分ではないのではないでしょうか?  私たちは、脳の画像や閾値に達して発火する侵害受容器や脊髄後角の感受性などを取り上げてスクリーンに映し出すこともできますが、それによって人々の持つそれぞれ異なった経験を識別することができるのでしょうか? 私の考えでは、痛みとは数値化やレベル化したり質問表に記したりできるような単なる感覚ではないということを多くの人に知ってもらいたいと思います。それは、いろいろな意味で私たちの存在を台無しにするような経験でもあり、私たちの存在のさまざまな局面が痛みの経験に影響を及ぼすこともあるのです。 痛みは、単なる身体的なものをはるかに越え、私たちの健康全般や情緒状態に影響しますが、これはまったく正常な現象です。たとえば、メンタルの健康も、私たちの健康状態の一部であり、身体的健康と同じように浮き沈みがあります。私たちはたいていメンタルの健康に対してより不名誉な烙印を押しがちですが、この痛みの経験の一面に関して、平常心でいられないということは、いたって正常であることを知ってもらう必要があるでしょう。 私たちは、落ち込んだり、その痛みでどうなってしまうのか心配したり、回復への期待を大きく失ったりします。このような状況の捉え方は私たちの個人的な経験を形成します。そして、人によっては、これらの側面に取り組むことが回復のカギになるかもしれません。 個人における痛みの現れ方を形成するいくつかの点をまず理解するためのとても便利な方法として、コモンセンス(常識)モデルがあります: Leventhal ここをクリック Hale ここをクリック Bunzli ここをクリック 痛みが持つ意味 痛みに関連する意味合いや、感情や行動における変化、信念構造など、これらは痛みの経験をその個人特有なものにします。これらによって、その人の経験は他の人のものと異なるものとなるのです。このことが、似たような強度かもしれない痛みでも、痛みを上手く対処できる人もいれば痛みによって生活に支障を来す人もいる理由なのです。 神経科学は、この経験に関与している単なるひとつのプロセスにすぎないと言えるでしょう。しかし、その体験の最前線にいつその人を置き去りにして、セラピストと彼らの持つ情報が主役になっているのではないでしょうか? 人々が痛みに与える様々な意味付けを理解してもらうために、私が使っているとても分かりやすい、“燃料計”の例え話があります(それでも、完璧な説明とは言い切れないことは覚えておいてください!)。 痛みと燃料計の両方を、警告として考えることができます。これらの警告に私たちがどう反応するかは大きく異なります。燃料計の話で言えば、計測針がエンプティー(空)を指し示していてもまったく気にしないで運転する人がいますが、それは、自分の車を熟知していてあとどのぐらい運転できるかを正確に知っているからでしょう。一方、ガソリンスタンドに大急ぎで向かう人もいるでしょう;まったく同じ状況への反応がこれほどまでに異なるのです。恐らく、以前にガソリンが尽きて困った経験が記憶にあるのかもしれませんね? 状況が違ったならば、それも影響していたでしょうか? 気にしなかった人たちでも、他の人の車を運転していたならば、感じ方は異なっていたのでしょうか? 痛みを個別化する 教育は、人に施すものというよりも、その人たちと一緒に行うべきものです。 臨床で直面する重要な側面のひとつは、その人が痛みと関わってきた個人的な経験の道のりです。彼らの話や治療過程、そして最終的に痛みの経験全般を適切に説明するために、私たちは痛みについて分かってきている多くの情報をどのように利用すればよいでしょうか。 多くの人は自分が抱えている問題に対しての何らかの説明を切望している、と質的研究は述べています。彼らは診断をして欲しいのですここをクリック&ここをクリック。たいていの場合、これは不可能なので、物語りの共有が重要となります。これによって、彼らが感じている痛みやそれによる影響についてより深く知ることになります。代替となるその人のポジティブな物語を作り出すことを助けることと、単に痛みについての情報を与えることの間には大きな隔たりがあります。 情報を大量に浴びせるよりも、痛みに関わる情報は、2人の間で交わされる対話に結びつくものを選択的に利用するべきです。医療コミュニケーションに対する否定的な反応や批判の多くは、医療従事者が人の話を聞いてくれない、そして、人と話をするというよりは、一方的に話すばかりであるなどということです。汎用的に情報を活用するにはリスクが伴います。 痛みを患っている人に役に立つ比喩表現についてのすばらしい論文を紹介します。ここをクリック 教育には数多くの部分がある 彼らが体験していることについてその人を指導する方法はたくさんあります。そのひとつに、特に臨床医が痛みをどう捉えているかという観点から捉えた神経科学があります。しかし、それは、その人の教育経験の一部としてどのぐらい必要なのでしょうか? 回復までの通常のタイムラインについての基本的な情報は、認知や行動に影響を与えるかもしれません。多くの物理的要因や活動と痛みとの関連性の欠如を理解することは、知覚や行動に影響を与えるかもしれません。腰痛の最近の症例がここにあります。ここをクリック 腰痛において、受動的対処の増加や自己効力感の低下などここをクリック マイナスのことばかりに注目するのではなく、プラスに転換していくこと: 目標 大切にしている活動 期待 マインドセット 回復力 受け入れ 持続可能性 要点をまとめると、患者のメッセージにはいくつかのカギとなるものがある(もちろん私の控えめな意見ですが): 痛みは経験であり、単なる感覚ではない 痛みは単に身体的なものではなく、健康や情緒の状態にも影響し、そしてそれは正常である 痛みが長引くと感情要因がより強くなってくるかもしれない 私たちがどう考え、どう感じるかによって回復に直接影響する 損傷を受けたり感作されたりする解剖学的構造自体より以上に、人間ははるかに複雑である マイナス要因だけでなくプラス要因にも注目する

ベン・コーマック 4129字

負荷 vs スキル

片脚での運動に負荷をかけることと、片脚での運動スキルでの運動スキルを発達させることの相違と、そしてリハビリやパフォーマンス向上のためのトレーニングにおいて、これら二つの要素に共に取り組む方法をベン・コーマックが解説します。

ベン・コーマック 7:12

胸椎:運動制御と動きのストラテジー

ベン・コーマックのセミナーから。胸椎の最適な運動制御と運動能力を開発し維持するための戦略をご紹介します。是非お試しください。

ベン・コーマック 5:41

脊柱の姿勢が腰痛の要因となるのか?

ベン・コーマックが、脊柱の姿勢が腰痛の要因となり得るのか否かについて、2つのリサーチに基づいて解説をしています。これらのリサーチのエビデンスは、今までの思い込みを覆すものになるかもしれません。 Spinal curves and health: a systematic critical review of the epidemiological literature dealing with associations between sagittal spinal curves and health Christensen et al J Manipulative Physiol Ther 2008 Relationship between mechanical factors and incidence of low back pain Nourbakhsh et al J Orthop Sports Phys Ther 2002 Sep

ベン・コーマック 7:45

患者はどのくらい頻繁にエクササイズをするべきか?

“腰痛を治すためには、どのエクササイズが最適ですか?”という質問の後に、よくある質問のひとつが・・・ “患者はどのくらい頻繁にエクササイズをするべきでしょうか?”です。 私たちが覚えておかなければならないことのひとつとして、“どのくらいの頻繁に”または頻度は、強度と努力度に連動しており、したがって休息&回復の必要性にも繋がるということがあります。そして、研究で報告されないことが多く議論中である要素のひとつは、強度なのです!! 私たちは、3x10や5x5など何でも設定することはできますが、強度が伴わなければ、セット数とレップ数はあまり意味を持ちません。 強度と努力度はしばしば同じ意味で使用されますが、これらを区別する厳密な違いがあるとすれば、強度はより客観的に測定を行うことができる(例:ランニング中の心拍数)一方で、努力度は自分自身がそれをどのぐらいきついと感じるかです。ですから、ボルグスケールで表す自覚的運動強度(RPE)は、直近の動作心拍数に関連付けるように設計された主観的な尺度です。よって、厳密にはまったく同じとは言えませんが、私の見解では、強度と努力度には深い関係があり、臨床においてRPEは、簡単でベーシックな強度の尺度として使用できます。 だからと言って、すべての運動がきつい必要があるという意味ではなく、患者の現在の感受性に合わせる必要があるかもしれません。より低い強度であれば、より定期的に行うことができ、怖くない範囲で動くだけで十分という人も多いかもしれません。しかし、漸進する必要もあるでしょう。ここで、多くの運動療法のプログラムが失敗に陥るところです。ひとつのエクササイズ/量を求めてしまうのです。 エクササイズの最新のデータに基づいて、私の個人的な信条は、強度や頻度などの量の方が、人によっては運動の種類よりもっと重要であるかもしれないということ! エクササイズの目的は何ですか? 実際、どのエクササイズをどのくらいの量、どのくらいの頻度で行うかを、臨床的な根拠で判断する必要があります! さて、“一般的なエクササイズ”の方が“特定の”エクササイズよりも優れているのかどうかについいての議論はかなりありますが、これらふたつが厳密に何であるにしても、私の個人的な考えは、なぜそれをするのか何らかの根拠が常にあるべきだということです。“少し運動をやってみなさい” と言うのは分かりやすい答えではあるものの、この場合、腰痛に対するベストな答えとは残念ながら思えません。 では、目的は何か?多くの場合、主に2つのタイプがあります。どちらかというと身体的な適応を目的にするもの、または、痛み/機能を目的にするものがあります。 身体的な適応面の根拠から始めましょう。 ストレングス さて、ストレングス(強さ)とストレングスニング(強化)はしばしば同じ意味で使用されますが、異なったものかもしれません。実際、力の生産を増やしたり、ストレングスを向上させたりするには、強度の高いエクササイズとより高いレベルの努力度をある程度必要とするかもしれません。セット数とレップ数はたいていプログラムに組み込まれていますが、前述したように強度は考慮されていません。ストレングスのプログラムのバリエーションを行うことはできますが、十分な強度がなければなりません。したがって、強度が高いトレーニングの場合と同じ休息は必要ないばかりか、同じ効果も得られない可能性もあります。ここでの負荷は、5レップでストップしても、もうあと5レップ行える、というように、レップ数を決定づけるべきものです。なぜなら、負荷が小さ過ぎれば実際に効果がないからです。 私たちのプログラミングに対する見解は、ストレングスと筋肥大によって変わってきますが、ここでは強度が重要であるため、頻度も重要となるわけです。 負荷/組織耐性 共通の目的として、ある部位がもう少し負荷に耐えたり活動を行なったりするために “ストレングス(強化)”をするという考え方があります。よくある間違いは、痛みを伴う動きや活動や負荷に耐えられない理由を、過剰な負荷が原因であると思い込んでしまうことです。負荷はとても包括的な用語で、もし、この負荷が痛みを起こすのであれば、痛みを伴ういかなる動きや関節の痛みは、その負荷に“耐えられない”状態であると言うことができます。これは、基本的な相関関係で、因果関係であると言うのは間違いです。 あまり詳しく分かっていることではありませんが、一般的に重い負荷、高い強度と低い頻度が推奨されますが、負荷への耐性が組織にのみ見られる単なる現象とは考えられません。 場合によっては、耐性を構築するに十分な刺激だけになるように負荷を取り除いていくような、負荷に対する耐性を構築するアプローチが、効果的かも知れません。つまり、引き算なのに足し算になるわけです。症状を悪化させる負荷を取り除きながら、身体を動かし続けるのです。特に限られた強度のエクササイズにおいては、妥当で理論的な解釈です。 また、あなたが提供する運動処方が、その人が行なっている他のこととどのように調和していますか?これは、私たちが頻度を設定するための理由付けにもつながるはずです。非常に活発な人たちで、エクササイズ量が問題になっているかもしれない場合には、強度が低く頻度が高いエクササイズを行うことで効果があるかもしれません。 進行の妨害&段階的なアプローチ もし運動療法が、ストレングスなどの物理的変数だけだったら、どんなに簡単なことなのでしょう。しかし、残念ながらそうではありません。パラメータを操作するだけでしたらそれに越したことはないのですが、クリニックにいる人なら誰でも分かると思いますが、その人がどのように反応するかが、本来の検査なのです。 フィットネスの理論的なパラメータではなく、本来ならば、強度、頻度、痛みの相互作用によって進行していくべきです。また、感覚としての痛みだけでなく、痛みに対する人それぞれの信念やそれに応じた行動にも考慮する必要があります。 段階的な活動とエクササイズは、どちらかと言うと、痛みへの慣れに関連している概念であり、段階的な露出は、恐怖や破局的行動などの認知的な要因に影響します。身体能力と痛みへの耐性に基づいたパラメータ以外に、本当の意味でのパラメータはここにはひとつもありません。したがって、頻度というものは、実際にトレーニングをしてみないと、その前に設定するのは本当に難しいことです。これは、私たちが慣れなければならない、セラピー特有の不確実性の側面ですが、これまでの痛みの経緯とエクササイズへの関わり方によって進めていくことができるでしょう。 段階的な活動とエクササイズ これらは、もともと慢性疲労の改善を目指したアプローチですが、痛みにも同様に適用できます。ここでも強度が重要です。段階的なレベルをより強度の高いものに上げていく場合、休息を長くして頻度を減らすことが重要になるかもしれません。運動習慣を構築するのであれば、強度を低くし頻度を増やしていきます。 段階的な露出 段階的な暴露は、痛みや実際の身体的変化というよりも、動きに伴う恐怖や不安などの認知的な要因という点で少し異なります。しかし、頻度も、同様に重要です。真の露出のセッションは、肉体的および感情的に疲れるため、精神的に疲労します。自宅で追加的に実施しすることで強化したい場合、頻度とそれぞれ個人の疲労レベルに関しても考慮する必要があります。 活動をする根拠 異なる2つの目的で、この私の根拠がどのように効果があるかここに示します。私は強度を設定するために努力度のレベルを目安にするようにしています。なぜなら、それは、さまざまなエクササイズ/活動で臨床的に簡単に使用できるシンプルな主観的尺度だからです。そして、これには、自覚的運動強度(RPE)が適していると思います。ところで、強度と努力度は同じものではありませんが、一般的に、エクササイズの強度が高ければ高いほど、特にやればやるほど、より高い努力度が必要になります。 フィジカル 適応とレップ数/セット数/強度に関するデータは、90年代に私が教えられたものと比較して確実に変化していますが、それでも私は強度が身体的な適応を起こすカギであると思います。強度が高いほど、より多くの休息が必要になるため、頻度は2~3回/週しかできないかもしれません。ボディビルダーは、身体の各部位を異なる日にトレーニングする点で賢明でした。そうすることで、最大限の回復を得ることができると同時に、全体的なトレーニングのニーズにも対応できるのです。 したがって、おそらく少なくとも7/10の自覚的運動強度(RPE)が必要です。あなたがストレングス(力の生産)を求めているなら、それなりの強度になるように、ウェイトを増やすべきだと思います。 耐性は、比較的軽い負荷ではあるものの強度を保つためにレップ数を増やすという点で異なるでしょう。もし、私たちが、さまざまな活動や負荷の種類や負荷をかけるトレーニング道具へのアクセスのしやすさなど、様々なことを考えるならば、強度の設定のための負荷とレップ数の調整で済み、ずいぶんと助かります。覚えておきたいことに、これら全てはその人の現在の感受性レベルとも関連しているので、反応に基づいて調整する必要があります。 段階的 ここでの私の理由付けは、動く習慣をどうやって体得するかです。習慣というものは、強度よりも頻度によって構築されます。 そういうことで、価値を見出だすことや、価値に結び付くものを確認しましょう。私たちは物事を常に楽しむ必要はありませんが、継続して行うためには、それらを行うことの価値を見つけなくてはなりません。その人の痛みに対する反応はどうなのか、たとえば痛みを誘発する活動の種類や痛みの感じやすさ、どのぐらい動くとそうなるのか(過敏になる)などの情報を集め徐々に全体像を理解します。 つまり、私たちは提供される反応に従わなければなりませんが、私でしたら、強度を低くし(3~5 RPE)、 頻度は毎日か1日おきに設定するでしょう。毎回行われる活動/エクササイズは同じである必要はないことを覚えておきましょう。 重要なこととして、最初から最後まで同じ頻度と強度で設定するべきではありませんが、頻度と強度を上げていくためにも低い設定から開始する必要があるかもしれないことを覚えておくことです! キーポイント 単にいくつかのエクササイズを行うことは、最終的に多くの運動プログラムが失敗する理由かもしれません。 セット数とレップ数にも、強度/努力度が必要です。 強度は、達成したいことに関連し、頻度は強度によって決定します 。 試行錯誤であることがよくあります。 慣れましょう!

ベン・コーマック 4567字

どのようなエクササイズでも患者の役に立つのか?

本当の疑問は、「私たちはエクササイズの処方にどれだけ特異的であるべきか?」ということであるべきかもしれません。(この記事は壮大なブログになりえましたが、私は簡潔で読みやすいままにしておくことにしました!) 私たちは常に特異的であるべきというのが私の意見です。 さて、これはかなりキッパリとした主張なので、少しニュアンスを加えたほうがいいでしょう。 一部の人たちにとって、特異的いう言葉は、特異的なエクササイズを特異的な問題に対して用いるべきであるということを意味します。 治療の世界では、ある特定の問題を改善するための「ベスト」なエクササイズとして持ち上げられながらそれを成し遂げていないエクササイズがそこら中にあります。腰痛に対する腹横筋のアクティベーションエクササイズや膝の痛みに対する内側広筋エクササイズなどを思い浮かべてください。このような形で特異的になることは、現在の私たちの持つエビデンスの基盤では保証されていないようです。 私たちは、筋力や可動域のような一種の身体的性質に対して特異的になることもできます。多くの場合で、筋骨格系の痛みに関しては、ある特異的な身体的性質を追い求めることでもより良い結果をもたらさないようであることを目にします。特異的であることが重要であるいくつかの例があるので、これらは後ほど説明します。 私は大胆に、そして危険を犯して、私達が身体中のあちこちに持っているような、非特異的な痛み(原因を特定できないという意味)は、おそらくエクササイズに対して非特異的なアプローチが必要であるということを主張します。これは、一つの身体/生態運動の質に集中した一つのエクササイズや一つの種類のエクササイズを強く勧めることができないということです。 では、なぜ特異性の必要性があるか? これまで私が述べてきた全てのことは、特異的であることに本当の必要性がないということに向けられているように思えます。それは、私たちがエクササイズをとりあえず何でも処方して、そこから良い結果が得られることを期待できるということでしょうか? 私はそうではないと思います。 エクササイズの実施は何らかの理論を基にするべきであり、結果を考慮しながら始めるべきです。 私たちは、どのような特異的な効果をエクササイズから得たいのでしょうか? これはその人と、その人の現在の問題または目標によって特異的となるでしょう。これは、理論づける方法は常に特異的ですが、その実施はいつも同じとは限らないということを意味します。 そのため、エクササイズやプレゼンテーションの種類に特異的になるよりも、私たちの目の前に立っている人に対して特異的になるのです。 何を求めるか? 痛みの軽減は、エクササイズの処方によってあなたが成し遂げたい成果かもしれません。 ここでは、多くの種類のエクササイズが鎮痛効果を引き起こす可能性があるように思えます。アイソメトリックが現時点でのおすすめですが、ウェイトトレーニングと心肺持久力トレーニングの両方も鎮痛反応を引き起こす可能性があります。 私は、いまだに全てに対する短期的な反応の有用性について少しどっちつかずの立場にいますが、一部の患者のグループには医療的な必要性がみて取れます。 エクササイズの実施によって達成したい多くの様々な成果があり、人間の機能の多くの様々な要素に影響を与えることができることがわかります。 物事を少し簡単に、そしてより整理するために、いくつかの大雑把なカテゴリーを作ることができます。 組織のキャパシティ これは、腱や筋といった特定の組織の耐性になりえますが、いまだにこれについての病理と痛みの関係性は完全に解明されていません。 手術後に筋力に取り組む必要性があるといった、特定の生物運動特性に対する必要性が確かに見られるような明確に定義されたシナリオもあるかもしれません。 信念構造 身体組織に焦点を当てたエクササイズや動きの観点から離れ始めるにつれ、エクササイズに関する信念のコンセプトがより重要になります。 恐怖回避といったコンセプトや、露出を基本としたセラピーに注目が集まり始め、そしてそれはもっともなことであり、特に実際に人々を動けるようにするというそれらの役割がますます理解され始めています。 動きに対して非常に特異的になる必要があるかもしれませんが、その動きはおそらく各個人に対しても非常に特異的でしょう。 順守 もし、そもそも実施されないのであれば、エクササイズやその目的が何であろうと関係ないかもしれません。 これが、非特異的であることが実際にはなかなか特異的であるという非常に良い例です。 私たちは次について特異的でなければならないでしょう ロケーション 器具の種類 好みと楽しさ 人々が再び運動するようになるためには。 運動のストラテジー 私たちが痛みの原因であると信頼して見ている多くの特異的な運動の「問題」をはっきりさせる事は難しいことでした。 痛みの経験の背後にあるメカニズムに対する私たちの理解は広がっており、運動ベースの方法を用いるもっともな理由として、特異的な動きと痛みを分離するというような現代的なコンセプトを目にしますが、これらも各個人に対して非常に特異的であるように思えます。 多すぎる、または少なすぎる多様性は痛みや痛みのメンテナンス、そして怪我に関係しているかもしれません。またはしてないかもしれません!なんとも言えないのです。 単に動くということが多くの人に必要なことかもしれません! 特異的になる−あなたのデータはどこに! これは、人々に共通して目的にする特異性がないということではなく、それらは明確に定義される必要が確かにあるということです。その例が、ACL再建のリハビリでの競技復帰かもしれません。患者が、大腿四頭筋の筋力とホップパフォーマンスでもほぼ同等に10%以内の復帰の基準を達成したときにより良い成果が示されてきました。ハムストリングの怪我の予防で、コンセントリックな筋力トレーニングよりもエキセントリック収縮の特異的な利用も目にしました。 ここでの鍵は、あなたが特異的になっているのであれば、それを裏付けるための何らかの形のデータを持っているということです。 特異的な反応に対して用心深さを保つ 全てのエクササイズは個別の反応を与え、それは実施すれば良いわけではありません。多くのエクササイズに関する研究は、二グループ間の統計的に有意な差やばらつきを見るために、二つの異なるグループの平均を比較することを基本としています。 このタイプの分析が効果の傾向を指し示してくれる一方で、実際にはエクササイズに対する個別の反応については僅かな見解しか示してくれないため、あなたの理論的なプロセスによって成果を得ることをただ期待するよりも、その人の反応をモニタリングすることが重要です。 エクササイズはその人を改善または悪化させる、または変化がないかもしれません。多くのエクササイズ介入が目覚ましい結果を残さないということを理解することは重要です。実際の効果は多くの場合で臨床的に意味のある最小の変化量(MCID)あたりです。MCIDとは、患者が自身にとって重要だと思うであろう最小限の差のことです。この数字は研究ごとに異なりますが、一般的には11段階の0から10の視覚的アナログスケール(VAS)で2のあたりになります。 私たちは常に、患者の特異的な反応をもとに、エクササイズの種類や処方量を調整できるようにしておかなければなりません。 要約 私たちは常に特異的である必要があります いつも同じ方法ではありません エクササイズから「何を得たいか?」を常に自問する 生物−精神−社会のスペクトラムに渡って多くの異なる影響があります 特異的になりたいですか?データを用意しましょう! あなたのエクササイズの効果については常に用心深くいましょう

ベン・コーマック 3402字

ショルダープレスで色々試す

ショルダープレスというシンプルな動きを、動きの制約要素の高い道具を使って行う場合、動きの制約要素の低い道具を使って行う場合、身体を固定して行う場合、身体を緩めて連動する場合など、様々な条件を変化させることでどう変わっていくのか?動きの多様性、変動性についてベン・コーマックが解説するビデオです。

ベン・コーマック 4:48

腰痛でも活動的であり続けるアドバイスを擁護する

最近、腰痛の際に積極的に活動し続けるというアドバイスに対するエビデンスの欠如をめぐっていくつかの議論がありました。私は個人的に、アクティブであり続けるというアドバイスには大きな価値があると信じており、その理由をここに記します。 まず、これはコクランのメンバーからのものです: 「中程度の質のエビデンスは、急性腰痛の患者において、ベッドで安静にするようにとアドバイスを受けた場合と比較して、活動を続けるようにとアドバイスを受けた場合の方が、わずかに痛みの改善と日常の活動を行う能力が改善する可能性があるが、坐骨神経痛の患者は、2つのアプローチ間にほとんど、または、まったく差異がない、と示唆しています。」 エビデンスベースに関して現状を強調することが重要です。つまり、痛みがわずかに軽減するという中程度のエビデンスがあり、これが腰痛に対する他の多くの最新の推奨/治療と現時点ではほぼ一致しているということです。 さて、私の意見も少しお伝えしましょう! 私の意見として、アクティブであることは、治療ではありません。人間によくありがちな状態...腰痛を持っていても、人間らしくあることと、生活を続けていくということです。 信念について 私たちはもちろん、あまりにも痛い場合には安静にする、無理をしない、という考え方(こちらもエビデンスがあるわけではありませんが)を悪者扱いするつもりはありません。しかし、腰痛には休ませるという見解が主流となっていることや、活動が腰痛にとって問題になるかもしれないという信念を多くの人が持っていることも分かっています。 このことは、プラスにもマイナスにも痛みに影響を与えることについて、人々の意見を集めた以下の2つの論文でクローズアップされています。 ダーロウ2014 - 腰痛についての信念:クライアント、臨床医、コミュニティの合流点 セッチェル 2019 - 腰痛を軽減するものは何ですか?患者の視点についての定性的研究 また、組み合わせて読むと興味深い2つの最新の論文があります。まず、これまでに腰痛を患ったことがある人の視点から、腰痛の再発の誘因は何かという自己報告があります(どちらかというと、どう認識しているかという調べ?)。ここで彼らは、身体活動と動きが再発の大きな原因だと挙げていることを発見しました。 コスタ2019 - 腰痛を再発させる誘因となるものは何か?個人的視点の内容分析 次に、同じ題材ではありますが、被験者たちに6週間にわたって3〜7日間隔で異なった方法(縦断)で報告を求めた調査の論文があります。その結果、身体活動は腰痛の再発にそれほど関連していないことを発見しました。 スーリ 2018 - 急性腰痛の発症時に身体活動は再発を誘発するか? 何が腰痛の誘因になったかをその人たちに覚えておくように求めると、単純に非難の矛先が身体活動に向かってしまうかもしれませんが(特に他のものが考慮されていない場合)、再発がかなり最近(3-7日)の場合や異なった報告の選択肢が提示された場合、身体活動と再発の関連性は低下するようです。 これは私にとって、腰部にまつわる社会的信念と活動との関係を浮き彫りにし、ヘルスケアにおけるこの考えを可能な限り打ち消すべきであるということを強調しています! プラスのメッセージについて 私たちが人体や痛み、身体活動に関して抱いているマイナスの信念を克服することは、ヘルスケアの相互作用の目標であるべきです。マイナスなメッセージが過多であり、私たちはプラスなメッセージも必要としているのです。 活動を続けるようにとアドバイスすることは、そういうメッセージだと思います。あなたの身体を信頼し、物事を続けてください、あなたは大丈夫です!これは、強く、シンプルで、重要なメッセージであるというのが私の見解です。 急性腰痛に対して短期的にできることはそれほど多くないというのが現状であり、アドバイスと不安を取り除いてあげることぐらいが、私たちにできることです。 しかし、私たちの短期的な態度は長期的に影響を与える可能性があるのでしょうか? 短期 vs 長期 データが確実にありそうなものとして、痛みに対する低い自己効力感や腰痛と共に生活を送る能力などは、長期的な腰痛のアウトカムといくらか関係がありそうです。(他の筋骨格系の症状でも明らかなように)。 フォスター -2010の論文では、痛みの自己効力感が低いことが、6か月の時点における身体障害のアウトカムの悪化に関連していることがわかります。問題は、腰に対する私たち自身の態度、そして他の人の態度が私たちの行動にどのように影響するか?ということです。考えてみる価値があるかもしれませんね? 活動的な状態を維持するようにアドバイスすることから読み取れる重要なメッセージ 痛みと危害はイコールではありません - 特にそれによって悪化することがなく、許容できるレベルであれば、ある程度の痛みを伴っても動かして問題ありません。痛みは、私たちの体内で何が起こっているかを示す信頼できる指標にはならないのです。 安静は最善の治療ではありません - 腰を休ませても、単純に回復するという可能性は低く、短期間では腰の反応を大きく変える可能性はほとんどありません。 活動は悪くありません - 活動は単に痛みや損傷に関連していません。実際、あなたが楽しむ活動を制限することは、実はあなたの人生に与える腰痛の影響をより悪いものにしてしまうかもしれません。

ベン・コーマック 2349字

あなたとあなたの患者が運動をすべきである根拠に基づいた10の理由

わたしたちは、運動は素晴らしい、ということを知っていますよね? なんとなくは知っているでしょう。 運動がわたしたちにとって良いものだということは、一般的に多くの人が知っていますが、問題は、それが個人レベルで彼らにふさわしいということを知っているのか、そしてそれが彼らの問題の正しい解決策なのか?ということです。 その一般的な情報を個人に適用する、これは全く異なることなのです。これらのことがわたしたちにとって良い、というこの考えはかなりあいまいな、わたしたちが新聞でちらっと見かけたり、あるいはコーンフレークを食べながらニュースで半分聞いたことがあるかもしれないことの一つかもしれません。 人々はまた、何が彼らにとって正しい治療法かについての考えを構築します。これは彼ら自身によるインターネット上での徹底的な調査(そうでしょうとも!)や、友人や家族から、あるいは過去のセラピストによる治療から得たものでしょう。このことは彼らを救うためにすべきことや、おそらくすべきではないことについての非常に強い考えにつながることがあります。 これらの信念が、介入に関する入手可能な最良のデータと常に合致するとは限りません。この典型的な例が、運動には腰痛への効果を上回るリスクがあるという信念です(ニュージーランドの人々の55%)。この統計は、こちらのDarlow氏の2016年の論文から抜粋しました。 わたしたちは運動が腰痛に有効になりうること、確かに特効薬ではありませんが、特に低コストでリスクも低いため、包括的な治療計画内で私たちが自由に使える最良の手段の一つであると知っています。 信じていることと期待されること わたしたちが信じていることは、わたしたちの期待すること及び行動を駆動します。過去10年間にわたり、予測される期待は、回復における予後因子として重要性を増しています。それらは、最終的に結果に影響を与える、治療計画内の私の参加及び行動に影響するかもしれません。もし私が何かを信じていなければ、私がそれをする可能性はほとんどありません。 どうしたらこれに対抗できるでしょうか?私の意見ですが、わたしたちの持つ最良の道具は、人々を阻害しているかもしれない信念に対抗するために使える、質の良い情報です。信念に影響を与え始めるために重要なことは、またしても私の意見ですが、あまり強く挑発するのではなく、十分に証明された情報を用いて人々に伝えることです。私の気に入っているフレーズの一つは、「かつてわたしたちはそう考えていたんですが、常に新しいことを学ぶ中で、最新の研究が示唆しているのは…」です。 ここに挙げるのは、わたしたちが患者やクライアントに痛み及び健康における運動の役割について情報を与え始めるのに使うことのできる、ということはもちろん最終的に痛みにも影響を与える、ちょっとした情報です! 人々に情報を与えることは、ただあなたがどれほど賢いかを示すためではなく、実際は行動を変えることを意図しているものであり、どうなるかを監視することが非常に大事であるということを覚えておきましょう。 1.運動は我々が筋骨格系の痛みに用いる最も根拠のある介入の一つである 2017年のPLOS one(サイト名)にあるこの論文は、多くの筋骨格系の問題に対する介入としての運動には、中程度から強い効果があると示しています。これは、それらの問題には電流を流したり、注射(鍼)を打ったり、あるいは元の位置に戻す必要があるという信念とは対照的です。 私のセラピストは、私にいくらかの運動をくれただけです。ええ、そうです。彼らは科学的根拠に従ったのですから! 2.運動は身体を悪化させない 非常に多くの人々が、身体をちょっとした機械として見ています。働けば働くほど、部品を交換しなくてはならない。これは本当でしょうか?まったくもって違います。身体は、ポジティブにもネガティブにも刺激に順応する有機的な生命体です。私たちがもっと(無理のない範囲で)活動的になればなるほど、私たちは強くなるのです。活動的でなくなればなくなるほど...おわかりでしょう。 典型的なよくある信念は、わたしたちの椎間板は、使うほど摩耗してしまうというものです。Battie(2009)によるこの著名な研究では、椎間板変性の主な原因を特定するために双子を調べました。彼らは「椎間板の変性は主に加齢と、機械的傷害による“摩耗”やけがによる」ものの結果であるという、一般的に抱かれた見解は、この一連の研究では支持されなかった」と示唆しています。 2017年のこの研究では、回旋筋腱板の損傷がある場合、その損傷の悪化は単純に活動水準と関連していないらしいということがわかりました。事実、彼らは痛みの発生が実際にはより低い活動水準に関連していると示唆しています。 もし私がランニングはひざを痛めるのだと告げられるたびに1ポンドもらっていたら、私はお金持ちになっているでしょう。このマラソン選手の研究では、彼らは非ランナーよりも半月板の異常が少なかったことを示しました。 3.運動は実際背中の椎間板をもっと健康にしてくれるかもしれない! 最近の2つの研究では、活動の椎間板に対する好ましい効果が示されました。第一に、この2017年の研究では、より活発な活動が、MRI上のより健康的な椎間板と関連していることを示しました。 第二に、この2016年の論文です。ランナーは、非運動群に比べ、より肥大した椎間板を持つことが示されました。著者らは、ランニングは実際椎間板を強化すると示唆しており、ここの因果関係を推測できるかどうかは不明ですが、これは活動が摩耗を引き起こすというよくある信念とは反するものです。 4.活動は痛み止めである この研究では、より活動的な高齢者は、CPM(Conditioned Pain Modulation:疼痛を抑制する能力)を検査した際、より優れた内因性の疼痛抑制メカニズムを持っているということを示しました。簡単に言うと、これは、より活動的であればあるほど、自然な鎮痛メカニズムが優れていたということです。もちろん、それはとても素晴らしいことですよね。 5.運動は一つの抗炎症剤である この研究では、定期的な身体活動が、侵害受容器感作を減少させることができる抗炎症サイトカインであるインターロイキン10の増加を引き起こしたと示しました。 ここでの注意点は、この研究は動物集団にて行われたものでしたが、わたしたちも知っている通り人間には運動不足と急性及び慢性両方の痛みとの間に関連性があるため、そのつながりはより調査する必要がありそうです。 6.運動不足は慢性的な痛みと関連している この大規模研究は、レクリエーショナル的運動と慢性的な痛みとの関係を調べました。高齢者及び若年者の両方を調査し、研究者たちは、両グループにとって運動への参加が慢性的な痛みの軽減と関連していたことを発見しました。その運動の頻度、継続時間、及び強度にも一つの関連性が見られました。 7.慢性疾患の主な原因としての運動不足 この総合論文は、運動が、わたしたち哀れな人間が苦しんでいる35個の慢性疾患に対する主な予防法であるということを論証しています。これは筋骨格系の分野に携わるわたしたちの多くが対処しなくてはならないであろう範囲を超えていますが、全身的な健康のための運動の重要性も示しています。 8.運動はメンタルヘルスにもかかわる わたしたちは、精神と身体がまさに切り離せないものであることをますます理解しています。身体的な健康と精神的な健康は人間の中で密接に関連しており、さらに...運動はメンタルヘルスの向上にも一役買っているのです。この論文は、メンタルヘルスと運動に関連するであろうメカニズムについて調査しています。 この無作為化比較試験では、有酸素運動と様々な心理的健康の指標について調査しました。著者らは、運動群を支持する群間有意差を発見しました。 9.長生きしたいですよね? この論文の筋力トレーニングは、65歳以上の成人における死亡率の低下に有意に関連していることがわかりました。しかし、実際に現在のガイドラインを満たしているのは、この年齢層の中のごく一部です。 10.より健康的な心臓を持とう この15年間にわたる前向き研究は、身体活動が循環器疾患の予測因子であることを発見しました。 まとめ これらのトピックに関連する研究は他にも非常にたくさんありますが、いくつか選んでみました。身体活動や運動が、心臓から頭、そして痛みまでも、様々なレベルでわたしたちに影響を与えているということをはっきり示していると思います。 運動しましょう 運動しましょう 運動しましょう 運動しましょう

ベン・コーマック 3731字

ムーブメントと負荷

この動きは正しいか正しくないか。このフォームは良いか悪いか。この動きは機能的か非機能的か。というように、ムーブメントをバイナリーに、二元的に判断しがちな傾向がありますよね?こういった二元的な見方にとらわれないようにしよう!とベン・コーマックが提案するビデオをチェックしてみてください。

ベン・コーマック 4:38