強さ・ストレングスとは何か?
S&Cコーチとして現場でより良いコーチングをする為の基盤となる、コーチとしての理念/哲学について、そして"強さ"、"ストレングス"とは何かについての様々な側面からの考え方に触れるコンテンツを選択したプレイリストです。ストレングス&コンディショニングコーチ・パフォーマンスコーチの皆さん、沢山あるコンテンツのどこからスタートしようか?と迷ったら、まずはこのプレイリストをチェックしてください。
コーチング理念の開発の方法
スピードガイことリー・タフトが、若手のコーチ達に提案するのは、自分自身のコーチング理念を開発することの重要性を理解すること。様々な学びの積み重ねから、自分自身にとって正しいと感じることを集積することの大切さです。
ストレングストレーニングとパフォーマンス
ストレングスコーチがインパクトを与えることができる身体的パフォーマンスは、トレーニングの影響が曖昧なタイプのものではなく、はっきりとした明確なもの。ストレングスコーチ、ダン・ジョンのセミナーからの抜粋です。
ストレングス
この記事では、ストレングスの概念、もしくはより重要であるかもしれない機能的運動中の力発生への、より機能的なアプローチについて考察してみたいと思います。常に異なる定義が存在するでしょうが、ストレングスを定義する一つの方法は、外部抵抗を動かす能力、もしくは負荷(ニュートンに従うのであれば、その慣性)を克服するための力を産生すること、といえるでしょう。一般的には、ジムにおけるウェイトがそれにあたります。 そこで、ウェイトを用いることによって、私達が動かしているより大きな外部抵抗、もしくは質量を数値化することは簡単です。実際、それはウエイトの脇に数値形式で表記されています。私達が尋ねるべき質問は、私達の機能的運動において、これは力発生の向上になるのか?ということです(もちろん、それが私達の望むものですよね)。 では、私達の良き友人であるニュートンについて復習してみましょう。ニュートンの“運動の第2法則”は、力発生、もしくはF=MAという公式を定義しています。これは、力(F)= 質量(M)X 加速度(A)です。この公式は、力は2つのはっきりと区別できる方法、A分のM(M/A)、もしくはM分のA(A/M)において、力は産生されるということを示しています。私達は力を測る際に、ニュートン・メートルに換算することはほぼ無いので、この公式の質量要素をただ数値化することの方がはるかに簡単です。そこで、私達の力発生能力計測の単純な方法として、A(加速度)分のM(質量)(M/A)を考察してみましょう。ここでの疑問は、ほとんどのスポーツが高外部抵抗のM/Aなのか、低外部抵抗のA/Mなのか、ということです。これは、断言するにはとても難しい問題ですが、いくつかのスポーツを見てみると、その答えを見つけられるかもしれません。テニスやサッカーのようなスポーツは、低外部抵抗を有するスポーツであり、力を産生するために(A/M)、速度変化により大きく依存しています。これはまた、打撃や投球についても当てはまるでしょう。このような環境下で、大きな質量を動かす能力は私達の役に立つのでしょうか? ヒル曲線(1953年)、すなわち、双曲線の“力-速度曲線”を考察するならば、筋収縮の速度は、負荷に反比例するということを意味しています。、素早い運動においては、ウェイト・リフティングでみられるような大きな筋力は発揮されることは無いということが見てとれます。これは速度の変化や力を産生するためのM分のA(A/M)と関連しているのでしょう。 そこで、私達は、自分のスポーツが上達するために、強くなる必要があるのでしょうか?一つの見方は、ストレングス(M/A)もしくは、筋肥大と体格が大きければ大きいほど良いということ。しかし、私達はこの前述に適合しない競技者達の驚くべきパフォーマンスを日常的に目にするように、競技場においては、しばしばこれに当てはまらないのではないかと思います。機能的背景においては、スピード・ストレングスの副次的分類の方が、より適切なのかもしれません。私達はこれを、高速度で低抵抗に逆らう運動を遂行する能力として定義することでしょう。 スピードと強度を必要とする運動では、最大努力に関連する速筋線維を動員します。これらの線維は、力の必要性に従い動員されます。前述のように、この力はM/Aと同様に、A/Mを増大させることができるのです!そこで、M/Aをも動員できるのであれば、私達は速筋線維を動員する方法について、具体的にする必要があるのでしょうか?MoffroidとWhipple (1970年)は、低速トレーニングから高速トレーニングへの移動効果はほとんど無かったということを発見しました。これを、力が筋収縮速度と共に減少するというヒル曲線のデータと結び付けてみると、特異性が適用可能な力の増大に影響を及ぼしているようです。 そこで、私達は力を産生する方法について、具体的にする必要があります。運動、もしくは運動パターンの観点から、この力が産生される姿勢に関してはどうでしょうか?幅広いスポーツにおけるストレングスのために、ストレングス・トレーニングに基づく型通り従来型のジムでのトレーニングが使用されていることから、ストレングスは特異性ではなく、ポジション的に一般的なものとして認識されているということを示しているでしょう。しかし、研究ではこの仮説は立証されていません。Verkhoshansky (1968年)は、運動学的パターンを、特別なストレングス・トレーニングと特定の神経筋プロセスに応じた力発生パターンにおいて、重要なものとして理解しています。SaleとMacDougall (1981年)もまた、“パフォーマンスの向上は、主に神経筋の技能に起因する”と理解しています。彼らはまた、“ストレングスの向上は、トレーニングで使用される運動と同じタイプの運動に対して計測した時にのみ明白である”とも述べています。これら全ては、運動パターンに関連した特定の機能的運動と熟達度が、私達の力発生とパフォーマンスの向上において、重要であるという事実を指摘しているようです。Bompa (2000年)は、“ストレングスの順応は、特定の関節角度に関係しているため、関節可動域を可能な限り大きく使用しなければならない”と述べています。ウェイト・トレーニングをする人たちはこのことを以前からずっと知っていて、インクラインやデクラインを通して、しばしば関節角度を変化させていますが、彼らは矢状面以外の面をほとんど使用していません。異なる面での動作との相互作用と同様に、異なる関節角度が、異なる機能的運動とスポーツの中で発生します。必要であれば、これは関節角度、面、運動パターンに関連した機能的運動が、伝統的な意味で、力発生とストレングスの向上において重要なのかもしれないということを意味しています。 私達はまた、動的で機能的な立位において、非機能的運動に関連する固定された姿勢では、単一面での運動で産生された最大力を再現することはできません。力は、運動が起こる三面すべてにわたって、バランスがとれている必要があり(機能が三次元的であるように)、身体に作用している三次元的な外力にも関連している必要があるでしょう。これはまた、機能的パフォーマンスのための非特異的ストレングス・トレーニングの適用性を減少させることにもなるでしょう。 身体は、力発生とエネルギー・情報効率のために外力を制御し利用する特有の方法を獲得しています。これは、伸長-収縮サイクルを含んだ、求心性筋収縮動作の前の遠心性筋収縮動作の、爆発のためのローディングなのでしょう。機能的運動の圧倒的多数は、打撃、もしくは投球から、椅子からの立ち上がり(上体を伸展する前に前屈をします)に及ぶまで、このプロセスを使用しています。筋肉において張力を作り出すこの動作は、 機能的な力発生に不可欠な神経筋の活性化と、腱のように、より受動的な筋膜構造からの運動エネルギーの蓄積とリコイルのために、伸張反射を生じさせます。私達は、スポーツ持久力に関連した持続的な力発生のために、省エネルギーが必要不可欠であることを知っています。エネルギーが減少するに従い、技能も低下し、障害の可能性も出てきます。 いつもの通り、これは純粋に私個人のストレングスの概念に関する見解です。従来のパラダイムとは異なる見解であり、ストレングス純粋主義者によって共有されることは無いかもしれません。しかし、異なる見解は、私達が愛し大切にしている人体の複雑さを理解するために必要不可欠なのです!
ストレングスはどれだけ重要か?
私は、私たちがストレングスを理解するのにはまだ遠い道のりがあると思っています。 私たちはストレングスが重要であることは知っています…。 しかし、私たちが通常行うほとんどのことは、度が過ぎていると感じます。 私たちは、もしある程度のストレングスが良いものならば、より多い方がより良いに違いないと思っています。 上司がデータを見たがる時、私達は問題にぶち当たります:彼らは、私たちのプログラムや、ストレングス&コンディショニングコーチとしての存在が妥当であることを証明するため、ウエイトルームでの数値が上がってきているのを見たいのです。全てのアスリートが同じような数値を示す必要はありません。 しかし、あなたは体操選手は強くないと言いますか?対戦相手を手当たり次第にノックアウトできるフェザー級のファイターは強くないのですか?彼らはウエイトルームではあまり秀でてはいないかもしれませんが。 痩せて見えるけれども、ゴールに向かうのを誰にも止められないバスケットボール選手はどうでしょうか?彼女はストレングスを持っていないでしょうか? 現在のストレングスにおける理解は数値に基づきすぎていて(実際は誤った数値なのですが)、私たちはストレングスがパフォーマンスや健康に本当は何を意味しているか見えなくなっていないでしょうか? 100を9.7秒で走ることができるものの、その他のスプリンターよりもウエイトを挙げることができないスプリンターは、強くないと考えられるべきなのでしょうか?私たちの教科書的な視点では、答えはイエスです。しかしパフォーマンス基準では、答えはノーでなくてはなりません。彼の持つストレングスは、異なる定義であるかもしれませんーしかし間違ってはいけません…それもまたストレングスなのです。 こう言いましょう。私は約30年間ストレングス&コンディショニングプロフェッションの中で、全競技のアスリートが出すウエイトルームでの身体的な数値が年々“より強く”なるのを見てきました。そしてまた、信じられない酷の怪我の増加も、さらには非接触型傷害も見てきました。 私たちはストレングス、そしてそれに対する身体の反応について、本当に理解しているのでしょうか?たしかに力出力で計測し、あらゆる種類のデータを与えることができますが、私たちが追及しているこの高レベルなストレングスが、どのようにスポーツ中の純粋なアスレティックレスポンス(運動反応)に影響するのか理解しているでしょうか? 女子サッカー選手が、リアクティブカット中のフットコンタクトをする瞬間により強い筋収縮ができる能力をもっと高めることーそれが私たちの求めていることでしょうか?それは役に立っているのでしょうか?それに対し、とても良いストレングス、そして素晴らしい身体認知とフットコンタクト中の感覚を持つサッカー選手がいるーけれども彼女には当たる瞬間に関節を中心に維持し安定させ続けることができるほどの力がないとしたら。 私たちにはわからないと思います…しかし心の奥底ではわかっているのだと思います。 私たちは厄介者になりたくないのだと思います。聞いたことからさまよう者。壁に掲示されたウエイトルームでの数値を正当化できず、アスリートたちの才能が試合に勝つのに十分であることを願う者…そして私たちは言うのです、ほら、我々のチームは500パウンドのスクワットをしなくても勝つのですよ、と。 多くの場合において、私たちには、正しいと“考えている”ことを行う忍耐力、あるいは度胸がありません。私たちはウエイトルームで厳しく追い詰め過ぎることのリスクを知っていますが、ひとりぼっちでそのうち結果が出るのを待たなくてはならないよりも、主流の群れに従っている方がキャリアにとって良いわけです。 私が決定的な答えを持っていないことは分かっています。しかし、非常に強い直感を持っています。私の何年もの経験、試行錯誤、証明された結果、それらが一つの物語を伝えてくれます。この物語は、ストレングスが重要であると伝えています。どのくらいの速度でそれを生み出せるかはとても重要ですが、高レベルのパフォーマンスをもたらすために、その重要さは常にチェックされ、アスリートが発展させなくてはならない繊細な”感覚”とのバランスを保たなければなりません。私の物語は、ストレングスはパフォーマンスを妨げるのではなく助けなくてはならないと伝えています。 賢くトレーニングしましょう!
強さとは? パート1/2
ダン・ジョンとリー・バートンと共に作成した「Essentials of Coaching and Training Functional Continuums」(機能的連続体のトレーニングと指導方法の要点)のDVDを見返してみて、私たちが強さについて頻繁に言及していることに気がつきました。 私が強さは大切ではないと言っている、と考える人も多いのではないかと思うがゆえに、これは、私が取り上げてきたものの中でも最も偏向したトピックかもしれません。 しかし、私は強さが大切でないとは言っていません。 私が言っているのは、強さという言葉は、その言葉が本来持っている伝達能力と説明義務を十分に発揮していないということです。 強さを身体発達の要素と考えると、強さには明確さ、生命維持活動に必要な値、標準値などが欠如し、行動指標になりません。皆が論議はしているけれども、それぞれが考える価値基準は異なっています。強さが基礎であるならば、なぜ視力(1.0)や血圧(120/80)のように標準値を持つことができないのでしょうか?標準値を持つことはなぜそんなにも難しいのでしょうか? 標準値を持つことが難しいのは、総体的な強さ−持続性のない目先の見解−の前に、特定の強さを考えたいからです。長期的な特定の強さへの基盤は、堅固で、包括的な土台になります。 強さや柔軟性といった言葉は、人の意志の強さや適応性、あるいは身体の特性を言及するときにも使うことができます。この記事の目的としては、間違いなく強さの身体的特性について話しています。それでもやはり、私は強さという言葉に対する強い愛憎関係を持っているのです。 強さという言葉を聞いたとき、重量挙げのような重いものを持ち上げる力を思い浮かべますか、それとも、仕事の受容能力を思い浮かべますか?正直に答えてください。 私は人生の大半の期間において、強さは重りを持ち上げる能力だと考えてきました。しかし必ずしもそうではないときもあったのです。 田舎のコミュニティで育った私は、強さは仕事の受容能力だと考えていました。やがて高校、および大学でウエイトルームを使うようになり、強さは重りを持ち上げる能力だと考えるようになりました。そして今、プロとして25年間、強さに関する教育、失敗、黙想を繰り返してきて…強さは仕事をする能力だという考えに戻りました。 あなたが、パワーリフティングやオリンピックの重量挙げのような競技をしているのなら、それに集中するべきでしょう。でも、仕事の受容能力が大事なスポーツをしているのなら、ウエイトリフティングは必ずしも強くなるための唯一の方法ではありません。しかし、ウエイトリフティングは適切なパターンで行えば、強さを築き上げる上でとても重要な方法となります。ウエイトリフティングが主ではないスポーツにおいて、ストレングスコーチは、次の2つの質問を投げかけるべきです。 強化されるべき重要なパターンは何か? それを達成するために必要な最低限の容量は何か? 仕事の受容能力という言葉は、軍人アスリート、シニアゴルファー、さらには10歳の体操選手まで誰にでも当てはめることができます。仕事の受容能力とは、一定の時間を通して、疲労に屈せず姿勢や動作を持続できる能力です。全てのアスリート、および、身体動作が関わる趣味に熱中している全ての人は、疲労が技術の正確さや技能の発達を邪魔する瞬間に直面したことがあるはずです。 もう少し噛み砕いて説明しましょう。反復回数について考えるならば、完璧にこなせる回数は、定性的な強さの採点基準においてAまたはBです。完璧にこなせない回数ならば、DかFになります。完璧にこなせているかどうか判断できない場合は、永遠にCの状態から抜け出せません。 あなたは今日、完璧にできない動作を何回行う時間がありますか?基準となる尺度や量に対する質の尺度がなければ、仕事の受容能力の価値を真に測ることはできません。これに関しては、自信を持って言えます。 私たち指導者は、アスリートや活発に運動する人たちを強化して、彼らが行いたい運動ができ、欲しい技能が身につけられるようにしたいと思っています。疲労に対して包括的あるいは基本的な抵抗力がなければ、技能の発展−運動能力や複雑な動きを要求する活動−を望むことはできません。疲れてくると、固有受容器の感覚や、集中力、スムーズな動き、呼吸、生理機能が阻害されます。疲労は全ての要素に影響を及ぼします。 こういった苦しい状況は、練習環境として良い基盤ではありません。練習と言う言葉を使ったのは、技能の向上を目指しているときは、技術的な正確さが大事だからです。トレーニングについて語るときは、最低限の技術的正確さを保ち、正確さを失う前にどれだけの量をこなせるかを見ています。 誤解しないでください。私は、強さは高尚な言葉だと考えていますが、あまりにも広範囲に浅い意味に使われていて、強さについて議論する必要があるいかなる状況においても、強さが何であるかについて、意見が一致することはありません。よりふさわしい定義がないことから、私は、謹んで、強さは仕事の受容能力であると定義したいのです。 強さが仕事の受容能力であるのなら、もう強さと呼ぶのはやめましょう。
強さとは? パート2/2
私の中では、強さは仕事の受容能力−スペースを保ち、動作を行うために筋緊張を用いる能力−に欠かせないサブカテゴリーです。筋肉を使って、可動域、姿勢、空間のなかで自身をコントロールするポイントを保ちます。強さは、損傷を与えうる力や、バランスを崩し、振り落とされるような外部からの力への抵抗を指します。さらには、関節を最大効率(上記で述べた最低有効な用量)で動かすことで、仕事を行うことを可能にする筋緊張です。 その仕事は、一定の基準を満たしていなければなりません。そうでなければ、それは無駄な動きで、自然は経済的ではないものを受け入れません。大きな枠組みでみれば、正確さを失ったその追加の5回を無理やりこなすことは、ほとんどプラスにならないでしょう。あなたはパートナーよりも多くの回数を行ったかもしれませんが、一流のアスリートは決して超えようとしない一線を超えてしまったのです。 ウエイトリフティング以外のスポーツにおいて、重りを持ち上げること以外に価値や可能性を見いだせないリフティングの何がいいのでしょう。 たとえば、ある人が海軍に入隊するために、パリス島でUSMC(アメリカ軍海兵隊)のブートキャンプに参加し、トレーニングを経験したとしましょう。これは本当の話ですが、私の友人も何人かパリス島へ行っていて、帰ってくると、行く前とはかなり違う外見になっていました。 彼らは皆、ウエイトルームで鍛え、坂道を走り、身体を強靭にするために様々なことを行い、来るべき任務に備えます。しかし、このブートキャンプで彼らが経験するのは、10マイル(約16km)のハイキングであれ、バッグを背負った状態での10マイルハイキングであれ、かなりの数の懸垂、腕立て伏せ、脚上げをするのであれ、自分自身の身体を持ち上げ、体重や背中に背負った道具を、上手にコントロールすることが目的でした。 ウエイトルームで行うことは、何セットやろうが、何回やろうが、どの筋肉グループを徹底して鍛えようが、それ自体が差になることはありませんでした。ウエイトルームの外での環境こそが、彼らが全てをつぎ込んで、能力を発揮しなければならない場でした。あなたが、リフティングを行う理由が、ウエイトルームの外で評価される何かの受容能力を上げることならば、リフティングを行う時間が、仕事の受容能力の発展を邪魔しないようにしなければなりません。 いつも笑ってしまうのですが(あなたもきっとそうでしょう)、「あなたの強さを表すものを教えてください」と聞くと、みなさん5年前にできた1回の最大拳上重量や3回の最大拳上重量を答えるのです。 こんなこと言いたくはありませんが、5年前の自分と今の自分は違います。これはほぼ全ての人に言える事です。強さは、仕事の受容能力の一つの評価として、数字で、科学的に表されるべきです。だから私はいつも「評価をするために使うテストの練習をすれば、そのテストは指標として意味のないものになる」と言っています。 マラソンは、仕事の受容能力が軽くて長い代表例で、ファーマーズキャリー(訳注:農夫の運搬動作に似た重量運搬トレーニングのこと)は、仕事の受容能力が重くて短い代表例です。どちらの活動も、適切に行うために、姿勢や動作パターンを習得する必要があります−バランスのとれた適切な姿勢、身体に負担のかからない経済的なパターンを−。 SAT(訳注:アメリカの大学進学適正試験)のようなタイプのテストに対する対策を中学二年生で始めて、高校二年生になるまで毎月SATの模擬テストを受け続けても、そのSATの点数が大学での最初の一年間の成功(本来SATを通して計ろうとしているもの)を表すとは思えません。 ちょっとの間、練習をして、誰かに「デッドリフトをこれだけできるから私は強い」と言ったとしたら、「では坂道をどのくらい走れますか?」「あなたのファーマーズキャリーのフォームはどうですか?」「懸垂を何回できますか?」などと返されるかもしれません。これらはあなたの強さを試しているわけではありません。これらは強さの狭い定義を試しているにすぎません。 ほとんどの普遍的な真実は言葉で完璧に伝達することはできませんが、正確な言葉があれば、少なくとも人々の共通経験として評価されます。私たちが現在使っている強さという言葉の扱い方を取りはらって、文字通りなくして、痛めつけて消してしまえば、仕事の受容能力を重視するようになるでしょう。それこそが私たちがウエイトリフティングを行うそもそもの理由です。仕事の受容能力に価値を置くようになれば、強さと言う、最初から誤って使われ卓はなかった言葉によりふさわしく、使いやすい定義が生まれるでしょう。
ストレングスとは何か?パート1/3
このNHLのストレングス&コンディショニングコーチ、サイモン・ベネットとミショールのスカイプインタビューでは、トレーニングジムの中でも強さと、氷の上のゲームにおける強さは、必ずしもイコールではないことが取り上げられています。本当の強さとは、何を指すのでしょうか?
ストレングスとは何か?パート2/3
NHL(全米アイスホッケーリーグ)のトップレベルの選手達に必要とされるストレングスとは?ベンチプレスやスクワットがどの位挙げられるか?というような強さは、試合での成功につながるのか?NHLのS&Cコーチ、サイモン・ベネットとViPRの創始者ミショールが、 競技に特有なストレングスの要素を動きの特性を語ります。
ストレングスとは何か?パート3/3
NHL(全米アイスホッケーリーグ)の選手達はシーズン中、組織のモビリティー、安定性を確実にするためにどのようなことをしているのでしょうか?スクリーニングの取り入れ方や、軟部組織のコンディショニング、動きのトレーニング等、他のスポーツにも共通する要素もありそうですね。
ストレングスの定義
「ストレングス」についての以前の記事は、その言葉のより良い、そしてより適切な定義を作り出すという挑戦をもって終わりました。 Merriam-Webster(英語辞書)に掲載されているストレングスの名詞としての定義を見てみると、一番初めに出てくる意味は「強いという特性や状態、力の発揮や持久力の容量」です。力の発揮と持久力についてより掘り下げてみるとき、私達はワークキャパシティ:仕事許容量という言葉を用いることになるでしょう。 私がそもそもストレングスという言葉に挑んだ理由は、私がLee BurtonとDan JohnとともにEssentials of Coaching and Training Functional Continuumsに取り組んでいて、Jon TorineやAlwyn Cosgroveといったストレングスコーチから、ストレングスのコンセプト全体をとりだし、それを強く押し出してみることで、ワークキャパシティが生み出されるかというコメントを引き出していたからです。ストレングスを単なるウエイトトレーニングの連続としてではなく、そのような方法で用いれば、私達は皆、自身により高いコミュニケーションと責任の基準を設定することができると思っています。 パワーリフティングが自身のスポーツであるがためにウェイトトレーニングを行うのでない限り、あなたはそれ以外の効果のためにウェイトトレーニングを行なっているでしょう。単にフィットネスのためやスキーシーズンに備えるため、ブートキャンプに備えるため、または他の趣味や身体活動のためであれ、ワークキャパシティによってより多くのスキルを向上させることができる、なぜなら疲労に対するより大きな耐性があるから−あなたの練習時間は量だけで満たされるのでなく、統合性も備えるものになるでしょう。 もしウェイトトレーニングをすることなくワークキャパシティを評価することができたのであれば、あなたはウェイトトレーニングの必要性について大いに主張できるでしょう。もし、ワークキャパシティを評価するためにウェイトトレーニングをする必要があるのであれば、ウェイトトレーニングをせずとも筋力が強い人を除外してしまっているでしょう。もし良いテクニックでウェイトトレーニングを行うことが必須であるならば、公共の体育館などで趣味でトレーニングをする多くの人たちを除外してしまうでしょう。 何を実践するかを知るためにテストをするのです−テストを実施することができるようにということではなく。 Danと私がこのトピックについてEssentials of Coaching and Training Functional Continuums の中で取り組み始めた時、露わになった最大の問題分野、障害そして論点は自体重能力と運動パターン能力に続いて、負荷をかけたパターンへと進むという事実です。 生物学的には、そのようにはなりません。赤ちゃんは自身の最大負荷を持ち上げようとする前にものを持ち運びます。キャリーを伴う最大下のエクササイズは、実際には本来のそして生物学的な発達において、新しく習得した負荷パターンで物を持ち上げることを単に繰り返すことよりも好まれるのです。 ムーブメントスクリーンにおいて機能不全的なパターンを持つ人たちが、改善案をたててそのパターンの様に見えるエクササイズに飛び込んで行く時、「ちょっとした問題」が起こるのです。もし、私がその欠陥を作り出すことに何らかで関わっていたのであれば、公に謝罪します−なぜなら自体重においてのみ評価されるべきであるパターンに恣意的に負荷をかけるべきではないからです。 ファーマーズウォークやフロントラックキャリー、オーバーヘッドキャリー、またはターキッシュゲットアップの一部分やその動作全体といった、非常に簡単な動作に負荷をかけた状態で持久力と統合性がどうであるかを見るべきです。もしこれらの垂直と水平方向のキャリーを高く評価することができるのであれば、対称及び非対称的なキャリーを高く評価することができるのであれば、負荷をかけた状態でその人の統合性がどれだけ持続するかを示すであろうと私は考えます。 キャリーのベースから、私達は左側と右側のワークキャパシティ、前側と後ろ側のワークキャパシティ、そして上部と下部のワークキャパシティの配分のバランスをその人に取らせるために必要な適切なエクササイズを探すことができます。バランスの取れた身体を求めるとき、私達は全体を4つに分けます。Yバランステストを見ることで、私たちの考えがどこからきているかがわかるでしょう。 随分と前に私が書いたMovementという本の中で、私はスタビリティという言葉に挑み、私たちがスタビリティという言葉で行っていることの全ては、実はストレングス−小さい筋群に対するセット数とレップ数のことであると記しました。スタビリティとはそういうものではありません。 スタビリティとは、ストレングスというよりもタイミングのことであり、そのため、運動制御という言葉で代替すれば非常にうまく意味が通じるのです。なぜなら、あなたが運動制御の欠如を見つけたときに、あなたはその運動制御を教えることを行うため、それはあなたの目的を保ち、要点を得る手助けとなります。スタビリティの欠如を見つけた時、あなたは単にどの筋群がこの動作をコントロールするか、そして何セットそして何レップでそれを再獲得できると思うかを単に問うことでしょう。 ピアノを演奏できるまでに何セットそして何レップの指の屈曲が必要だと思いますか? その質問に答えはなく、なぜならそれは間違った質問だからです。ピアノを演奏することは、タイミングとコーディネーションを生み出し、それらはあなたがピアノを演奏できるように運動制御を生み出します。それは運動制御のレベルにおけるストレングスに関することではありません。それは負荷をかけた状態で、統合性を伴ったアライメントに関することなのです。 これが、キャリーがあなたにもたらす効果です−姿勢が正しければほぼ自動的に起こります。もし開始時の姿勢が正しければ、あなたの仕事は、1分~3分間持続するキャリーのサイクルを判断することです。負荷を適切に調整します。姿勢を適切に調整します。ムーブメントスクリーンにおいて「1」が一切ないようにします−もしあるならば、あなたはおそらく深刻な運動制御の問題または根本的なモビリティの問題があるでしょう。これらがあるならば、あなたが目的としているものがわかるまで、運動制御を追い求めるべきではありません。 もしスタビリティという言葉をやめて、運動制御という言葉で置き換え、そしてストレングスという言葉をやめてワークキャパシティという言葉で置き換えても、誰かを怒らせることがないとよいのですが。ストレングスの全体的な主旨は、象徴となるような言葉を作り出すことではなく、私たちが目的として追い求めるものにするということです。 ワークキャパシティは私たち人間の努力において目的として追い求めるものであり、ストレングスはワークキャパシティを補助する重要な特性なのです。適切な時と適切な場所において、ウェイトトレーニングはワークキャパシティを向上させる最も効果的なものの一つですが、もしウェイトトレーニングが不適切な副作用を引き起こしたり、何らかの理由でワークキャパシティを害してしまったりしたりするときは、ストレングスは無意味な言葉となります。誰もがストレングスがあると言えるのです。 ストレングスやスタビリティといった言葉の尊さを守りましょう。少しの間、スタビリティやストレングスのトレーニングをすることで私たちが得たいものにより正確な名前をつけましょう。それらを運動制御やワークキャパシティと呼びましょう。不要な、または複雑な副作用を持つことなく一つの特性の向上や効果を私たちが示せるような計測値や数値を持たない言葉の陰に隠れないようにしましょう。 この記事が、誰かを怒らせてないといいのですが。もし私があなたに頭を柔らかくして考えるよう挑戦したのであれば、それは私自身と私の仕事に対してより誠実でいようとするために、私がこの言葉に向かい合い始めたときに私が自身に課した挑戦と同じなのです。