多種スポーツのバックグラウンドはアスリートの成功ための機会を改善するか?

すべてのチャンピオンシップゲームやメジャースポーツのドラフトの後には、多種スポーツのバックグラウンドのメリットを支持するデータが浮かび上がります。 高校における多種スポーツのアスリートが、二、三十年前のようには普及していない一方で、専門化に対するサンプリングの長所に関する声や逸話は増えています。 ジョン・スモルツやウェイン・グレツキーのような殿堂入りしているアスリートは、早期のスポーツ専門化への反対を主張するために大きなプラットフォームを使っています。有名な外科医であるジェームス・アンドリュース医師は、両親と子供たちに、一つのスポーツをプレーする危険性に対し警告し、啓発構想の後援さえもしています。 マスターズの勝者、そしてゴルフの次の大スターになる前、ジョーダン・スピースはポイントガードとしてプレーし、素晴らしいピッチャーでもありました。トム・ブレディは高校を出て、モントリオール・エクスポスにキャッチャーとしてドラフトされました。レブロンは、二年生にして州代表のワイドレシーバーの栄誉を得ました。サイズやスピード、爆発性、コーディネーション、そして運動感覚的気づきのような身体特性は、スポーツからスポーツに転移します。 多種スポーツアプローチの正当化は理にかなっている一方で、データは恐らくの維持が多いということを認めることは重要です。これらのアスリートたちは複数のスポーツをプレーしたから偉大になったのでしょうか?あるいは、彼らは素晴らしいアスリートだったから複数のスポーツをプレーしたのでしょうか?恐らく両方の要素が少しずつあるでしょう。考えてみてください。もしワイドレシーバーが、フットボールフィールドでディフェンシブライン脇をを走っていたら、陸上のコーチは恐らく彼を4x100mチームに入れようと興味を持つでしょう。バレーボール選手がネットの上でプレーできるサイズや運動神経は、バスケットボールコートで役に立つかもしれません。サッカーをプレーして発達した持久力は、クロスカントリーに持ち越されるでしょう。などなど…。恵まれたアスリートたちは早期に成功し、それがより多くの競技参加やリクルートメントを促進するのでしょう。 とはいえ、私たちは幅広いスポーツのバックグラウンドを持つことには、FMS理念に関連するメリットがあると信じます。 1) オーバーユースに関連する怪我 早期専門化に関わるすべての潜在的な落とし穴の中で、オーバーユース障害にさらされることが恐らく最も危険でしょう。1,500名の高校生を対象とした、ウィスコンシン州の広く公表された研究では、1種のスポーツに特化したアスリートは、シーズン中に複数のスポーツをプレーする人たちに比べて70%高く怪我に苦しむ傾向があることを発見しました。潜在的な怪我は、野球やゴルフのような回旋するスポーツでよりいっそう高くなります。しかしながら、研究の大部分は、アスリートが一年間にプレーした試合の数や、彼らがどのようにトレーニングをしているかを考慮していないことは言及されるべきでしょう。これらはとても大きな要素です。賢いトレーニングプログラムと正当な競技期間は、オーバーユース障害のリスク減少を成功させることができます。 2) 動作能力 ある動作パターン所有の前駆は、それらの動作パターンを探求することです。広くいろいろな活動に参加する子供たちは、1種のスポーツに特化した(あるいは、さらに悪いことにあまり動かない)子供たちと比べると、広くいろいろな動作パターンにさらされます。動作の多様性と動作能力の関係性は、幼い年齢でも見られます。2016年の研究では、新体操のような動作トレーニングが、平均年齢8歳の子供たちの安定性と物体制御能力を向上したことを発見しています。 加えて、可動性や安定性の制限は、スキルの習得を妨げるかもしれません。マイケル・シーバース博士はこう述べています: 「もし学ぶスキルに含まれる関節に構造的、そして/あるいは生理学的な欠損があるとすれば、モーターラーニングの過程は最大限に起こることができません。スキルの習得は、スキルの反復可能な象徴的な表現を体に覚えさせることではありません。それは、まず身体的な許容量を構築し、それからコーチングとスキルに基づいた認知学習の技術的適用が習得課程を手助けすることができるのです」 3) 運動許容量 垂直跳びを向上させたいですか?もっとジャンプしてみましょう。40ヤード走のタイムを縮めたいですか?研究は、スプリントのスピードを向上させる最良の方法は、スプリントを練習することだと示唆しています。ここでもまた、鶏が先か、卵が先かの謎のようですが、バスケットボール選手がよくジャンプできる理由の一つは、彼らが沢山ジャンプするからです。たとえあるアスリートが、競技としてのバスケットボールをプレーすることがなかったとしても、彼らはそこで培った爆発性からメリットを得ることができるでしょう。たとえそれが、まったく似ているように見えないスポーツであったとしても。例えば、グレッグ・ローズ博士とTPIは、垂直跳びがゴルフの潜在的なスイングスピードの運動徴候の一つであることを発見しました。プロゴルフの長距離打者達の何人かに共通する一つのことはなんでしょうか?彼らは皆バスケットボールのバックグラウンドを持っているのです。 結論として、若いアスリートたちに複数のスポーツをプレーするよう促すことは、成功や怪我の排除を保証しないかもしれませんが、子供たちに複数のスポーツをプレーするよう促すことは、動作の質を向上し、オーバーユースを制限し、運動能力を上げる可能性を持っているのです。

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より耐久力のあるサッカー選手を作るための動作に基づいた洞察

FMSは、MLSからEPLまで幅広く使われています。LAギャラクシー、リバプールFC、そしてバイエルン・ミュンヘンのような人気のあるチームが、シーズンを同じように始めます:FMSスクリーニングです(上はLAギャラクシーのスターストライカーであるズラタン・イブラヒモビッチ選手がディープスクワットをしている様子)。 100%に近い受傷率のために、厚い選手層や練習用チーム、そして“一人が倒れたら次の人がやる”という考え方から利益を得るNFLとは異なり、サッカーは一試合につきたった11~14人しか出場せず、1つの怪我が一シーズンを完全に潰してしまうこともあります。トップのサッカークラブにおいては、破格の移籍金や保証付きの契約が個人評価の必要性を高めています。さらに、クラブは非常に多くのジュニアプログラム(基本的にファーム制度)を持っているので、青年期から成人期まで、何人かの選手の動作を選手キャリア全体を通して監視し向上させることができます。 アメリカンフットボールのようなコリジョンスポーツが最も怪我しやすいものと思われていますが、サッカーもそれほど違いはしません。2006年の研究は、高校スポーツの中で、男女サッカーの傷害発生率がアメリカンフットボールとレスリングに続いて3、4番目に高いことを示しました。サッカーにおける怪我の多くは下肢、具体的には足首と膝の怪我です。 FMSのスクリーンの多くはピッチ上の動作を模してはいませんが、スクリーンでのサッカー選手のパフォーマンスを分析することは、彼らがどう動くかについて役立つ洞察を与えてくれます。 他のスポーツでも、FMSは競技復帰プロトコルとして、プレシーズンテストの中でトレーニングやパフォーマンスの準備度を評価するために使われています。FMS公認ストレングスコーチであるダーシィ・ノーマン氏いわく、「FMSは、その選手がパフォーマンスのために必要なのは何かについて、医療スタッフとフィットネススタッフに共通したコミュニケーションを持たせてくれます。それはまた、なぜ彼らが今動いているような動き方をしているのか、そして動き方を改善することがどのようにパフォーマンスを助けるのかについて、選手とより良い会話を持つための機会を作るのです。」 (ディープスクワットをしているバイエルン・ミュンヘンのゴールキーパー、マヌエル・ノイアー選手) 2011年、FMS公認ストレングスコーチであるベン・ヨース氏は、なぜLAギャラクシーがFMSを使うのかについて素晴らしい記事を書いてくれました。 ディープスクワットで私たちが見る最もよくあるエラーの一つは、選手が股関節でしゃがむことができず、膝を前方に動かしてしまう傾向です。膝がつま先より前方にあるとき、全体重と力はそのまま膝にかかり、股関節と殿筋が本来あるべき方法で機能することを妨害します。これが選手に見られるとき、私たちは問題を修正するためにジムやピッチで選手に行わせるたくさんのコレクティブエクササイズを用意しています。 ピッチで減速する時、膝ではなく股関節に大部分の仕事をさせることが非常に重要です。もし選手がディープスクワットスクリーン中に膝を前方に動かしているなら、フィールド上で動きだしたり止まるときに、それらの同じ問題をいくらか見ることになるかもしれません。 FMS有資格者であるブラッド・パプソン氏は、MLSのフィラデルフィア・ユニオンの理学療法士です。彼は、サッカー選手のためにより適切なリハビリテーションとトレーニングプログラムを築くためにFMSとSFMAを用いることの重要性について書きました。 競技復帰 FMSはよく、アスリートのリハビリテーションの終わりに彼らの競技復帰への『準備度』を判断するために使われています。それは競技をするのに直接的な相関関係を持っているわけではありませんが、アスリートの動作パターンについての洞察を与えてくれます。スクリーンはアスリートの動作パターンの分解、そして耐久力を向上するために継続的な修正が必要な動作パターンを提供してくれるのです。 リハビリテーションの過程の中で、SFMAは、アスリートの痛みに影響しているかもしれない機能的あるいは機能不全な動作パターンかを解釈することができます。機能的なパターンに戻すために、コレクティブエクササイズの戦略が使われるかもしれません。 リハビリテーションの段階が痛みの周期から抜け出したら、アスリートに彼らの動作概略についてより理解を与えるのにFMSが役立ちます。 リハビリテーション アスリートを勝負の舞台に戻そうとしている時、そこには複数のリハビリテーションのカギがあります。痛みと適切な動作は常に関連しているわけではありません。一旦痛みをコントロール出来るようになったら、これらのアスリートがフィールドに復帰するために適切に動けているか確かめていますか? 固有受容器は、より単純に言うなら空間における身体の気づきですが、人のバランスの主な要素であり、身体制御、すなわち運動制御/筋制御は競技復帰への連続体において必須です。何度も、表面上は大したことのなさそうな軽度の足関節捻挫が再発生する。足関節捻挫の約30-40パーセントが再受傷するのです。雪だるま効果のように、軽度の足関節捻挫が結果として動作を損失し、これが膝の怪我の前兆になりうるのです。非接触性前十字靭帯損傷のようなものを防ぐのは不可能ですが、不十分なリハビリテーションがどのように膝の怪我に関わる危険要因を高めているかわかるでしょう。 私たちは、安定性と可動性のバランスの回復を考察しなくてはなりません。グレイ・クック氏とマイク・ボイル氏は、動作パターンを分析評価するためのジョイント・バイ・ジョイント・アプローチの考えを議論しました。それらを単純化し過ぎて害を及ぼさないように、彼らの理論を要約します:我々はどのように各関節が隣接する関節と共に働いているかを評価しなくてはならない。足部の安定性、足関節の可動性、膝の安定性、股関節の可動性/安定性、腰椎の安定性、胸椎の可動性、胸郭肩甲の安定性、そして肩甲上腕関節の可動性が必要なのです。ご覧の通り、隣接する関節が理想的に動くためには、それぞれの関節が特定の特徴を持つ必要があります。 それは、「遠く離れた解剖学的部位における一見関係のなさそうな支障が、患者の主な症状をもたらしている、あるいは関係している」(ウェイナー氏)という、身体部位の相互依存性に直結しています。あなたがプールに石を投げて、その衝撃で大きなしぶきがあがりプール全体に波及効果をもたらすのを想像してください。同じように、足関節の不適切な可動性は膝関節に大きな効果をもたらし、続いて股関節に小さな影響を、そして徐々に身体全体により小さな影響をもたらしていくのです。 サッカーは、要求の多いリハビリテーションを必要とする、多くを要求される活動です。多くの時間を片足、ランニング、そしてジャンプに費やします。これらの活動は、彼らが万全であることを確かめるために、競技に復帰する前に治療の中で練習されることができ、また練習されなければなりません。けがから回復している時、そのような細部にまで細心の注意を払ってくれる治療家を探すことは必須です。 サッカー選手の耐久性を向上するための身体の準備 動的ストレッチ、運動制御、アジリティ、そしてプライオメトリックトレーニングに基づいた神経筋系トレーニングメソッド (NMT)は、素晴らしい理論と共に流行となりました。簡単に練習や試合前のルーティンに適用できる15~20分のウォーミングアッププログラムは、アスリートの準備度と耐久力に重大な影響を与えます。 サンタモニカ・スポーツメディシン・ファンデーションが始めたPEPプログラムは、二年間の研究で、3,000人の14~18歳の女子サッカー選手において一年で88%の前十字靭帯傷害の減少、そして二年で74%の前十字靭帯傷害の減少を示しています。 FIFAは、一般人が簡単に入手できるNMTプログラムを発展させました。FIFA11(www.fifa.com)は、サッカーのコンディショニングプログラムの中でサッカー選手の耐久力の向上と、第二の目標としてパフォーマンスの向上を目的としたトレーニングプログラムを提供しています。このプログラムについての研究は、「FIFA11+エクササイズ基盤のウォーミングアッププログラムは、男女のアマチュアサッカー選手において傷害発生率を低下させることができ、運動制御/神経筋系パフォーマンスも向上することができると示唆」しています。 シンシア・ラベラ医師により開発されたNMTプログラムが、非接触性の下肢傷害の44%の減少、そして非接触性足関節捻挫の34%の減少を示した一方で、カナダの研究者たちはNMTプログラムが13~18歳のサッカー選手において傷害発生率を半分にしたと発表しました。 総合的には、完全なシステムはアスリートの現在の怪我を評価するだけでなく、最初の怪我が完全に回復していることを確認するために、今ある最新の根拠(エビデンス)に基づく実践を用いるでしょう。このシステムは全身の動作分析、リスク評価、機能的トレーニング/テスト、教育的資料を含み、そして弱みを強みに、強みをさらに強力にするための永続するエクササイズプログラムを提供するために調整されるべきです。 結局、「後知恵は、洞察力が防いだはずの怪我を説明する」のです。負け試合をなくすために、一緒に取り組みましょう。

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補助輪はバランス感覚を教えてくれない

補助輪は、バランス感覚を教えてはくれません。補助輪は、初めて自転車に乗るときに、バランスを取るのを少し安全にしてくれるだけです。こういったデバイスは、単純に、失敗が事故に変わることを防いでくれます。補助輪は道具であり、トレーニングではありません。実際、誤った使い方をすると、知覚を阻害し、バランスを学ぶプロセスを遅らせることもあります。 曲がるために、片側の補助輪に頼る子供を見たことはありますか?もし目撃したことがあるのなら、あなたは、子供が実際には忘れなければならない行動を学んでいるのを見たことになります。これは、バランスの取り方を理解する方法ではなく、バランスの取り方を無視する方法なのです。 子供の最初の自転車に補助輪をつけて、車輪がどのように働くのかを見せ、目標を定めて挑戦させれば、学習は促進されます。「この小さい車輪はあなたを支えるためにあるけれど、それに頼らないようにしようね。」と言えば、より明確な学びができ、後に何かを忘れなければならないような状況にはならないでしょう。 知覚と教育に役立つちょっとした素晴らしいツールとして、補助輪の外辺部にテープを貼り、子供に、そのテープに跡がつかないようにして自転車を短い距離走らせます。子供にはただ純粋に楽しんでもらい、自転車に乗って遊んでもらいますが、時々、テープでテストを行います。あなたが見ていない時には、子供はいつもそうするように、ほとんど練習しないでしょう。あなたが送っているさりげないメッセージは、ここにセーフティーネットがあるけど、それを使わないようにしてみよう!なのです。 コレクティブエクササイズを紹介するときもこれと変わりません。これは、エクササイズになる可能性のある、安定性の経験を作り出す場合に特に重要です。あまりにも多くの助けやアドバイスを与えると、感覚運動システムが問題を知覚し、コントロールを取り戻す行動を探し始めることが強いられません。 例えば、四つん這いや片膝立ちでの狭い支持基底面は、実際に狭いポジションというエクササイズになります。人によっては、支持基底面の狭い片膝立ちの姿勢でバランスを取るのに何分間も苦労するでしょう。さらには落胆して、「私はエクササイズを行うためのポジションに入ることさえできない!」と言う人がいるかもしれません。 そう言われたら、こう返すことができます。「とてもよくできていますよ。これはあなたのエクササイズです。能力の限界にチャレンジできています。脳も身体もしっかり働いていて、つながりを作り、ちょうどいい角度を探し出そうとしています。感じて動くことを学び、さらに感じることができています。最適なエクササイズを見つけるのを助けてくれてありがとう。」 フライトシミュレーターは、学生パイロットが四肢や生命を危険にさらすことなく、失敗することができるように設計されています。シミュレーターは、間違いを示して報告し、それが学習につながります。動きの誤りに対する安全な知覚と修正によって、動きの学習スピードは向上します。 一度補助輪を外したら、自転車の乗り方を言語化することはできませんよね?どう感じるかは説明できるでしょうが、どのようにして行っているかは説明できないでしょう。自転車に乗ることは、知覚的で行動的な経験であり、完璧な言語表現やまとまった言語表現をすることには役立ちません。 安定した片膝立ちの姿勢や、しっかりとした片足スタンスも同じです。できる人は、できない人たちが苦労して何とかできるようにするよりも素早く、その方法を説明することができません。 ここで大事なことは、コレクティブエクササイズは、難しくてかつ程よくストレスのかかるものでありながら、常に安全なものである必要があります。 私たちが抱える動きの問題の多くにとって、近代の便利さは部分的に責任があります。適応動作行動は、新しいグループの近代的な便利さが導入される度に、最小限に抑えられます。適応能力の喪失は、専門化につながり、過度の専門化は生命体にとって致命的行為です。現代の便利さは良いことであり、私たちはそれを保つべきですが、運動器具を適応させて、さらに便利にしたらどうなるのでしょうか? もしエクササイズが運動の質に対するストレス因子であるとすれば、動きのパターンは維持されるかもしれません。しかし、現代の運動器具は、通常、質のレベルにかかわらず、量をこなせるように設計されています。これこそが、一般的なエクササイズプログラムの一部として自己制限運動を行なうべき根本的な理由です。 身体運動は、私たちが身体の適応性を維持するための最後のチャンスであり、その適応性を失えば、コレクティブエクササイズによって修正しなければなりません。一旦修正ができたら、より良い運動の選択をすることで、それを維持すべきです。コレクティブエクササイズや一般的なエクササイズは、質と量の両方の領域において管理できるストレスを生み出す必要があり、そうでなければ、かなり本質的な動きを生み出す可能性は低いのです。 アドバンスコレクティブストラテジー アドバンスコレクティブストラテジーは、可動性及び安定性の特性を動きのパターンに取り入れ、調整するのに使うドリルです。必要な可動性と安定性はあるのに、何らかの理由で動きのパターンを行うことができないというのはよくあることです。こういった人は、身体的及び構造的な能力はあっても行動を起こすことができません。点と点をつなぎ、能力を行動へとつなげる助けが必要です。 その人は考えすぎなのかもしれませんし、何かにとらわれていたり、何か間違ったものに集中しているのかもしれません。もちろん、逆のパターンもあり、クライアントまたは患者の心が離れていたり、鈍感になっていたり、姿勢や動きとの同調から外れてしまっているのかもしれません。その人は自然で、本質的、そして基礎的な何かを過剰に働かせているか、そういったものと全くつながりを作れていないかのどちらかです。 アドバンスコレクティブエクササイズは、こういったサイクルを4つの異なる方法で壊します。どれか一つがベストなのではなく、どれでも、動きの基礎を動きのパターンに取り入れて応用するという選択肢を与えてくれます。これらの各テクニックもアドバンスと言えますが、これらはただ動きのパターンを再教育しているだけです。 異なる問題や性格が、それぞれのテクニックに異なる反応を生み出します。前章となる基本的なコレクティブエクササイズを軽視しないでください。これらのコレクティブエクササイズが基礎を作り、スクリーンやアセスメントの結果を変えるのに必要な修正の全てを提供できるかもしれません。 これに続くアドバンスコレクティブストラテジーは、すでに基礎的な可動性と安定性がある状態で効果があるように設計されています。各ドリルやテクニックには、知覚的、行動的システムに働くトリックがありますが、トリックは活動の前に基準がしっかりある場合にのみ有効です。

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あなたの腰は元凶でなく、多くの場合において犠牲となる理由

ある人が腰が悪いと伝えたとしても、多くの場合その人は間違っています。腰に痛みがあるかもしれませんが、しかしそれはいつも彼らが「悪い」腰をもっているというわけではありません。腰痛、特に腰椎領域は、多くの場合身体の他の部位に制限があることに起因しているのです。腰部は元凶ではなく、腰部は犠牲者なのです。 グレイ・クックの言葉を借りると、「腰痛は症状であり、診断名ではないのです」。 さらにグレイが言うには: 腰痛は症状であって、それは硬い股関節や悪いリフティング動作、骨癌といったあらゆることから起こりえます。多くの場合、腰痛は、身体がどこかの部位の機能不全を代償していることに起因しているのです。 もしあなたが脊柱のリハビリをし、安定させ、またトレーニングしようとしても、脊柱が代償しなければならない原因 −股関節伸展の欠如、片側の股関節内旋の欠如、片側の脚のバランス能力の悪さ、胸椎の可動性の悪さ− に目を向けなければ、あなたは脊柱を守るための良い仕事をしていないことになります。あなたは、ネガティブな点を取り除いたほうが良くなる状況に、プラスなことを加えようとしているのです。 ゴルフ、テニスや野球などの回旋系のスポーツを例に挙げます。スイングするためには、身体が大きな回旋を行う必要があります。この回旋は胸椎と股関節を使って達成されるように意図されていますが、これらの部位が動かないとなると、アスリートは腰椎の部分でごまかして回旋を行おうとします。 これは腰椎の役割ではありません。 シャーリー・サーマンによる「運動機能障害症候群の診断と治療」という本の中で、著者である彼女は、”腰部の回旋の全体的な可動域は…およそ13度である。Tの10番からLの5番までの各部位間の回旋は2度ずつとなっている。一番大きな回旋の可動域はLの5番とSの1番の間で5度。”と述べています。 したがって、もし、腰部に頼って回旋を行っているのであれば、あなたはけがを誘発しようとしているのです。 腰部をけがにさらすような代償動作は、ジムの中でもよくあります。もしあなたが、デッドリフトやケトルベルスイングを行うときに脊柱の安定を維持できるだけの十分なヒンジ動作がなければ、身体は腰部を伸展へと強いり、よりけがをしやすい状態にしてしまいます。 マイク・ボイルは次のように言っています: 「最も簡単な言葉でいうと、身体は最良なことではなく、簡単なことを行うのです。」 これは、一般的にジョイント・バイ・ジョイントアプローチと呼ばれている、局部的な相互依存の概念を理解することが重要である例です。 腰痛によって不便さを感じたり何らかの機能障害がおこったりした時、誰かが責任をもって評価しリハビリを行うことがなくても、その状況から非常に簡単に回復できるでしょう。 しかし、あなたが何をするかといえば:もうゴルフをしなくなるでしょう。ランニングをすることを諦めるでしょう。この先ずっとジムで行わないリフティング種目があるでしょう。より快適にしてくれるマットレスを常に探しているでしょう。 多くの場合、より楽なるために、あなたはただ生活を切り詰め、制限をかけますが、より機能的であることには程遠いものです。痛みは無くなりますが、引き起こさないようにしているためであり、リハビリをしたからではありません。 もし、あなたの行動が運動パターンに影響を与えていないならば、あなたの行動は何をしているのでしょう? 腰痛について最も責任のある行動とは、治療に走ることではなく、脊柱の安定性を求める前に要因を完璧に、客観的にそして一貫的に考え出そうとすることです。 運動全体の観察は、医学的な診断には関係ないが通常の機能の回復に関連している制限を明らかにすることで、医療的な焦点を向け直し、広げることができるでしょう。私たちは「発信源vs原因」というアイディアを検討することができます。従来の整形外科的な特殊な検査は「痛みの発信源」を明らかにします。しかし、「原因」は多くの場合、他の一つまたは複数の部位の可動性や運動制御の不足であり、医学的な検査のみに基づいて推測するのは難しいのです。SFMAの診断は「原因」を示し、一方で医学的な診断は「痛みの発信源」のみを示すのです。 SFMAは、機能不全を痛みの主な根源から切り離して治療しなければならないという、局部的な相互依存と呼ばれる概念に基づいています。痛みを伴うある身体の部位の機能不全と、身体の他の部位の機能不全とを関連づけている数多くの研究があります。これらの最適な例として、腰部痛に関連した股関節の障害や、首や肩の痛みに関連した胸椎の障害があります。痛みの発信源から離れた部位を治療し、そして身体の他の部位の機能を回復させるということはこの概念を支持しているのです。

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FMSによる傷害予測と最初の意図

ファンクショナルムーブメントスクリーンの点数が、傷害発生の予測と直接的に関わる、という誤解は一体どこで生じたのか?システム開発者であるリー・バートンが、ムーブメントスクリーンを開発した際の意図をわかりやすく解説します。

ファンクショナルムーブメントシステムズ 5:44

秘訣

私たちの分野のエキスパート達の成功を考える時に、見落とされている一つの情報があります。あなたがコーチであれ、トレーナーであれ、またはリハビリの専門家であれ、この要素は強い影響力があるため、私はそれを秘訣と呼ぶことにします。 私の特に好きな何人かのストレングスコーチと共に仕事をしている時に、まず私はこの思考プロセスを始めました。このアイディアを要約するために私の頭に浮かんだ言葉が、「私の知る最高のストレングスコーチたちは、実際には弱点を上手に管理する人である」です。また、このコンセプトは理学療法士やカイロプラクター、アスレチックトレーナー、パーソナルトレーナー、スポーツのコーチにも当てはまります。 とびきり最高のコーチは、彼らがトレーニング及び教育する人たちの長所を単に見つけ出すだけではなく、彼らの弱点を見極めさらしだすのです。それだけでは終わりません。最高のコーチは弱点を優先し、その制限を取り除くための行動の順序を作り出すのです。彼らは、弱点や欠陥、機能不全に注目することで完全性とバランスを目指して努力するのです。 これは、筋力を維持したり、平均的な能力をより優秀なまたはエリートな能力に発展させたりすることに注意を向けないということではありません。それは単に、スポーツパフォーマンスやフィットネスにおける成功、そして完璧なリハビリを制限するのは、確認されていない、または確認済みでも管理されていない弱点や制限であるということです。 多くの人がDragon Doorのロシアン・ケトルベル・チャレンジ(RKC)の象徴としてパベル・サッソーリンを知っています。ケトルベルの技術と科学を探求するにつれ、多くが私のロシア人の友人の顔を目にすることでしょう。しかしながら、パベルのコーチングや教え、そして総合的な知識はケトルベルを扱うことを超越しています。 パベル・サッソーリン 私は度々、私の読者に「The Naked Warrior(裸の戦士)」という、パベルがアスリートを分解し、単肢の対称性適正能力へと還元するという彼の著書を読むように求めます。また、彼は重量を使わずにトレーニングするアスリートやフィットネス愛好家、身体の四肢すべての根本的な適正能力を向上させようとする人を指す「裸の戦士」というコンセプトを提唱しています。このような人は重量を使ってトレーニングする前に、対称性や自体重での動作を完璧に行うことに焦点を当てるのです。パベルは、左右それぞれの脚で片脚ピストルや片脚スクワット、及び左右それぞれの腕での片腕プッシュアップもできるようになることを私たちに求めます。バランスの取れた発達につながる自己制限的な活動を提供する賢いコーチの素晴らしい例ではありませんか。 バランスの取れた筋力を表すこれらの芸当ができるかできないかが目標ではありません。「ピースフルウォリアー:癒しの旅」という本の中のダン・ミルマンの言葉を引用するならば、これが戦士を育てる方法なのです。自体重を扱う能力や対称性を段階的に養い、自身の制限を改善しようとすることが目標…進むべき道なのです。 パベルは首尾一貫したフィードバックを提示します。これらの動作を行うことはできますか?もしできるならばウェイトトレーニングに進みましょう。できなければ自分自身が負荷になります。より良い能力を開発すれば、それから次の質問をすることができるでしょう。 レイチェル・コスグローブとアルウィン・コスグローブ リゾルトフィットネスのアルウィン・コスグローブとレイチェル・コスグローブは、コレクティブの計画を実行するときに、スクリーニングとテストから得られた動作の情報と代謝の情報をクライアントの代謝的必要性に取り組むためのプログラムへと簡単に取り入れてしまいます。彼らは、深刻な量の体重を減らさなければならない人の多くは、より高い代謝の効率性を達成するための過程において、整形外科的な問題や、筋骨格系の制限を経験していることに気づきました。 彼らの、スクリーニングやトレーニングそしてコレクティブといった動作における細部への気配りが、潜在的な問題がプログラムを組むための妨げになる前に取り除きます。彼らのプログラミングの素晴らしいところは、セットやレップ、さらにはエクササイズの選択といったことと必ずしも結びついていることではなく、彼らの弱点や制限、そして問題点をそれらが起こる前に予測する能力にあるのです。 マイク・ボイルマイク・ボイルの片脚の筋力に対する熱意は、「裸の戦士」の中でパベルが推奨することと相似しています。マイクは、片脚の適正能力を達成するために全く異なる方法を用いますが、彼のメッセージは論理及び理由の代弁であり、なぜなら彼はアスリートを本当に向上させるストレングスコーチだからです。彼は片脚の適正能力は、バックスクワットの重量を50ポンド(約22 kg)増加するよりもスポーツパフォーマンスにおける傷害予防により大きく貢献していると理解しているのです。 初めてマイクに出会った時、彼はFMSが何かもわからないのにもかかわらず、FMSにおいて常に高いスコアをもたらすコーチングの直感とプログラミングの視点を露わにしました。これは、彼のインターンが行う分析を簡潔化し、より大人数のグループに対してより信頼性を高めるムーブメント・スクリーンのような手段を持っていないにもかかわらず、彼が非対称性や制限、基礎的な弱点といった動作の適正能力に対する注意をすでに持ち合わせていることを物語っていました。 ジョン・トリン ジョン・トリンとジェフ・フィッシュは、非常に親しい私の友人達であり、図らずともNFLのヘッドストレングスコーチでもあり、そして彼らのプレーヤーたちができることよりもできないことに対して多大な興味を持っています。彼らは計画的にスクリーニングや測定、パフォーマンスの統計から得られたデータを用いて各プレーヤーの一番の弱点である箇所に焦点を合わせていきます。彼らは絶えずデータを掘り下げ、動作とパフォーマンスの指標が最低基準に満たない選手を探していきます。問題を見つけ、ポジティブな変化をもたらすための戦略を提示します−そして彼らは非常に優秀なのです。 ジェフ・フィッシュ 彼らの選手たちは、この二人が仕事にとりかかった途端に、より高いレベルのコーチングが存在していることを理解します。彼らは、「アスレチックボディ・イン・バランス」という私の最初の本の最後を結んだ時に引用した言葉を思い出させてくれます。 「いかなるコーチも彼が知っていることで試合に勝つことはできません。彼のプレーヤーが何を学んだかが重要なのです。」 ポール "ベア” ブライアント それほど昔ではありませんが、ストレングスコーチは、アスリートの特定のポジションまたは役割に応じて、事前に用意されたエクササイズプログラムを処方していました。これはその当時、完全に論理的に思えました。しかし、全米フットボールリーグ(NFL)においては、プレーヤーたちは時折異なるポジションに移ることもありました。これは別のポジションでプレーできるように、彼らのトレーニングが即座に変わることを意味しているのでしょうか?彼らがうまくいかないのであれば、別のポジションに変更することもありませんでしたし、競技に対して備えるために、事前に準備されたトレーニングが無くても、もともと活躍していたわけです。 私たちが学んだのは、個々のトレーニングの需要は、根本的に弱点に対して取り組むべきであり、身体性についての漠然とした意見であるべきではないということです。一旦弱点が改善されたら、より特定の目標に応じたスポーツに特異的、または活動に特異的な方法を探し求めるべきです。弱点が効果的に管理され、制限が取り除かれ、そして非対称性のバランスが取れたと実際に言える人は何人位いるのでしょうか?そうでない限りは、スポーツに特異的及び活動に特異的なトレーニングが、パフォーマンスの向上に対して最も適した方法ではないのです。弱点を根本的に取り除き、鎮静化しておくことは永久的な役目であり、そのため、それをプログラムの一部とするのです。 土台にあるひび割れを取り除くことは、構造の強さを向上させる最善の方法です−すでにある建物に、単に階層を追加するのではなく、新らしく建てる前に土台を強化するのです。 物理療法における臨床的な技術を上達させるにつれ、私はこの原理を応用しようとしました。患者の訴えに取り組むだけでなく、原因要素となりリハビリの進展を妨ぎ得るその他の制限を探します。 クレイグ・リーベンソン Dr. ブラディミア・ヤンダは、症状に関連する、またはリハビリの努力に対する効果を減少させる多くの未検出の機能不全は、現代人において明白であると私たちに教育してくれました。彼の生徒であるDr. クレイグ・リーベンソンは、今日もこのメッセージを引き続き説いています。シャーリー・サーマンは、リハビリにおける筋バランスと効率性についての考え方を開拓しました。Dr. ジェームス・シリアックス は、私たちに人間の動作を首尾一貫して分解し、彼が損傷と呼ぶ、特定の組織の問題にたどりつくための系統的な方法を示したのです。 グレッグ・ローズ 今日、カイロプラクターや理学療法士は連携し、Selective Functional Movement Assessment(SFMA)と呼ばれる同じ動作の見方に同意しています。Dr. グレッグ・ローズ及びDr. カイル・キーゼルは、SFMAの発展に必要不可欠な存在でした。一人はカイロプラクター、もう一人は理学療法士とまったく異なる経歴を持っていますが、彼らは治療の方法の志向とそれぞれの教育的な経歴を脇に置き、完全に合意した上で共通する動作の見方と原理にたどり着いたのです。 グレッグは、世界で最も進んだバイオメカニクスの分析手段を利用することができます。カイルは身体の深部を見るために診断用の超音波を用い、筋活動を動作に関連付けます。しかし、リハビリに対して最も効率的な努力を行う時、彼らは二人とも動作の欠陥を分解することにたどり着いたのです。 カイル・キーゼル 一言でいえば、この二人の治療家は、単に症状を改善しようとしているのではありません。彼らは、症状を引き起こす動作を見極めるだけでなく、患者が訴えていることに直接に関係していないように見える機能不全的な動作をも見分けようとするのです。彼らは、人間のシステムにおける機能不全は、症状と同じくらい重要だと考えています。これを行うことで、症状を管理するだけでなく、予後不良を継続させ、リハビリを停滞または逆行を引き起こし得るリスク要因を、取り除くこともできるのです この科学は、局所的相互作用と呼ばれ、どのように身体の一部位の機能不全が別の部位の症状を引き起こし得るかを表すことの科学的な名称です。 要するに、これらの治療家達は、単に自分の責務の範囲に着手するだけではないのです。治療家は、痛みを取り除くはずです。減量のエキスパートは、クライアントの減量を助けるはずです。ストレングスコーチは、私たちをより強くするはずです。しかし、彼らの専門の目標だけに集中するのではなく、彼らは、私たちが考慮しなかった多くのことを管理することで、それらの目標を達成することにたどり着いたのです。小さなことが大きな違いを産み、偉大なる人たちはそれを理解しているのです。私たちの分野の最前線にいる人たちを見習おうと努力するにあたり、彼らのちょっとした秘訣を忘れないようにしましょう。 要約すると、私が知る最高のトレーナー、教師、コーチや治療家は、根本的には弱点を管理する人です。根本的な制限因子を見極め、それを管理するのです! そしてそれこそが重大な秘訣なのです。

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運動制御がすべて

運動制御の重要な構成要素は筋緊張であり、そして不適切な筋緊張について特に話していきたいと思います。 理学療法とリハビリテーションの観点からは、非常に多くの場合、筋の硬さや筋力不足だけを必ずしも所見するわけではありません。 筋の硬さとは、実際の信頼のおけるブレーキシステムがないために、身体がパーキングブレーキを用いるということであることがほとんどです。身体に備わるブレーキシステムは運動制御と呼ばれ、それは入力、情報処理、そして適切な出力に対して繊細にチューニングされています。そのシステムのどこか−動作のどこか、そのコーディネーション、タイミングや対称性のどこか−に欠陥が現れているときに機能不全が所見されます。 身体は生き残るために作られており、もともとの作動が損なわれているような状況では、あなたをペースダウンさせ、そしてトラブルから身を守るためのパーキングブレーキシステムを単に作り出そうとします。このパーキングブレーキは、疲労やケガ、他の構造体の保護、そして痛みを回避するような場合においても作動します。あなたはコントロールを向上させたかもしれませんが、同時にエネルギーを浪費し、効率性を失ってしまいます。筋力不足という問題もはっきりと残ったままです。それは多くの場合で身体の不調です;身体全体にわたっており、独立したものではなく、今日立ち上がって動き回れば簡単に治せます…そして明日はもう少しだけ多く動きます。しかし、独立した箇所の筋力不足はただの筋力不足であることは稀です。 一つの筋、または筋群の独立した機能抑制は、ケガや、病気、あるいは機能不全の結果としての神経学的な問題としてリハビリにおいて診断されるのが最善です。私の話している微細で目立たない機能抑制とは、筋が姿勢や動作パターンを取るために適切な筋緊張のレベルを実行できないことです。ここでの私たちの本当の問題は、単に筋の硬さや筋力不足について話すとき、それが筋の問題だと考えて話が本質からはずれてしまうことです。非常に多くの場合で、それは神経支配の問題なのです。 もし、深部筋膜をはじめ以前のけがによる表層の傷痕や瘢痕組織にわたる全ての組織が硬くなるとき、筋は単にシステム内の欠陥を保護するために、早すぎるタイミングで収縮するか、それどころか著しいレベルの安静時の筋緊張を保つように命令を受けます。この筋の硬さは、他の組織からの信号によってではなく、すでに治った以前に受けたケガからも残っているのです。筋は治ったことなどまったく知らないのです。 子供が、脚を骨折し、完全な可動域と筋力、さらに動作のスクリーニングでまずまずの結果で理学療法を終えたのですが、早歩きやランニング時に脚を引きずり続けるところを想像してください。なぜでしょう?癖になっているからです。インプットは正しいのですが、痛みに悩まされた習慣的なライフスタイルやリハビリが、実際にそれ自体が問題である脚を引きずって歩くということを作り出してしまいました。新しい機能不全のパターンができあがったのです。脚を引きずることは、ストレスを軽減し、ある程度のモビリティを維持するため、けがの後には機能的です。ストレスを軽減する理由がなくなったとき、脚を引きずらせる問題が解決した時に、それは機能不全となるのです。 脚を引きずる理由となったけがは治りましたが、脚を引きずることはなくならない−これは情報処理の問題です。不必要な筋の硬さや、関節のモビリティの乏しさ、または組織の伸長性が悪いといった不適切なインプットが、実際に、私たちが筋の硬さと考える保護的な筋緊張を引き起こします。そのような代償作用がなくなった後でも、庇うという癖が残ってしまうのです。 柔軟性やモビリティが問題であるときに、筋緊張の高まりに対して取り組む最善の方法は、動作パターンを見ることです。動作パターンの中に答えがあるのです。それは、私たちにモビリティや柔軟性の問題を引き起こしているとは思えないようなその他の問題の全てを示してくれます。 同じように、私たちが筋力やエクササイズのルーティーン、負荷そして動作パターンの向上によって解決しようとする筋力不足は、多くの場合で機能抑制でしょう。機能抑制は自然にリセットされることはあまりありません。私たちが自身のシステムをリセットするまたは単純に代償動作をとるという選択肢がある時、私たちはしばしば代償動作をとります。 コレクティブエクササイズは、代償動作を行う上での生物学的な必要性を理解し、通常は退行性の発達動作パターンを作り出すことで、代償動作を行う機会を取り除くという方法論です。全てを機能的な足のポジションで行うよりも、まずは、私たちが立てるようになるために行った動作パターンや姿勢−寝返りや這い這い、膝付き、膝立ち、そして四つ這い、に戻るのです。動作を追加することで、それぞれのレベルでの姿勢や動作パターンが次のレベルへの漸進に足るかどうかを示すのです。 これらの動作パターンは、立位という代償動作だけしか行えない姿勢に移る前に、実際に問題を強調できます。私たちは、多くの場合で柔軟性の問題を局所的に測定でき、筋力の問題も局所的に測定できますが、最終的には、これを引き起こしている運動制御システムがあることを理解しなければなりません。 運動制御システムはインプット、情報処理、そしてアウトプットをコントロールします。信じられないかもしれませんが、チェックする最も簡単な方法は、単にアウトプットを見ることです。もし、動作パターンが許容できるレベルの質であれば、その特定の動作パターン、型、そして姿勢において利用可能な身体のリソースをあきらかにするためにその動作パターンに負荷やストレスをかけ始めましょう。 もし、動作パターンが崩れるようであれば、その動作パターンの理解を検証しなければなりません。悪いインプットにつながるモビリティの問題があるのでしょうか?もしくは、安定性や運動制御の悪さにつながる情報処理の問題でしょうか? 私たちはこれらの問題を見つけ、治療し、改善することができます。これらの問題を、筋を見ることではなく、不適切な筋緊張を引き起こす動作パターン(またはその欠如)を見ることで管理することができます。覚えていてください、筋の硬さと筋力不足は同じ問題を現し、それはその一連の連続体の両端にあるということだけなのです。 不必要な筋緊張の強さは、表面的には、モビリティが悪く、なんとかしなければならないように見えます。何かがそれを引き起こしているのか、それとも単にクリーニングが必要なハードドライブに染み付いた癖なのでしょうか? 筋力不足には、実際トレーニングのセットやレップのみを必要としているのでしょうか、それとも筋力不足は、代償動作につながる不適切なモビリティや運動制御、もしくは非効率な動作パターンによって引き起こされているのでしょうか? それらの代償動作は、身体のどこかに存在する、今まで何年も見つからなかったモビリティや運動制御の欠如によるのか、それとも単にハードドライブ上にある擦り落とすだけでよい何かなのでしょうか? これらを簡単に見つけるには、私たちにはシステムが必要です。しかし、執拗に、局所的な筋の硬さや筋力不足について話している限りは、見落としてしまうでしょう。月を指差すことは月を示すようにデザインされていると良く言われてきました…多くの人はただ指を見てしまうのです。 不適切な筋緊張は、システム内の不調和を表す象徴です。この不調和は、適切に処理されたインプットの問題か、もしくは不適切に処理される適切なインプットのいずれかによります。 どちらによるものかを見つけ出すには、クリーンで体系的な方法でそれに取り組む必要があります。なぜならば、それがいつも明確であるわけではないからです。決まり文句的な答えは、不適切なインプットと不適切な情報処理がおそらくどの状況でも起きていることであるとなるでしょう。 これはある程度は本当かもしれませんが、あなたのアクションポイントは散開し、介入に対するフィードバックループはありません。一方で、もし誰かの股関節における運動制御の悪さが足関節のモビリティの欠如によるものと考えるのであれば、ソーシャルメディアを閲覧する必要もなく、その質問に簡単に答えることができるでしょう。足関節のモビリティを少しだけ改善し、その後股関節の運動コントロールを再チェックしましょう。もし足関節のモビリティの問題がインプットを悪くし、股関節の運動コントロールの悪さや一般的な筋力不足を引き起こしているのであれば、それが答えになるでしょう。もしそうでなくても、あなたは答えを得るでしょう。 この演繹法は、ファンクショナルムーブメントスクリーンの背景にある「ソースコード」です。もし、それが、モビリティまたは運動制御のどちらの問題か知りたいのであれば、テストしましょう。私たちがファンクショナルムーブメントスクリーンを作り上げた理由はこれです−自身のために。私たちは同じ疑問を持ち、そして論理的な回答を伴うぴったりなシステムを見つけることができなったのです。私たちはスクリーニングやシステムを開発するために始めたわけではありません…ただ競争上の優位性が欲しかっただけです。もし、何が不適切な筋緊張を作り出しているかを知りたいのであれば、それをうまく見つけるためのいくつかのアセスメントを私たちは備えています。もし、運動制御を信じられないくらいの効率性と機能的なテストで測定したいのであれば、それもありますよ。 私達は、動作の測定システムを、しっかりとしたフィードバックループができるように取り入れるように試みます−個々のコレクティブまたはプログラムの変更に集中する必要があるかどうかを知るために。  どのような時にも、これらの動きの一つが大きな違いを生み出すでしょう。生物学的なシステムにおいて何が壊れているか−身体か環境か−を理解することは良い科学を証明するものであり、そして運動行動を追跡していくことはエクササイズとリハビリテーションにおける出発点になります。 私たちはファンクショナルムーブメントシステムです。エクササイズの会社ではありません。 私たちは、動作を観察し、そしてあなたのプログラムやリハビリ、特別なパフォーマンストレーニングに依存している人たちに対するフィードバックを作るためのより良いツールを提供します。ムーブメントスクリーンや測定、評価を行うのに時間がかかることは事実です。悪びれる必要はありません、なぜなら行動計画をたてるためにより多くの時間をかけるべきだからです。評価に費やした時間は、リハビリや動作の改善そして身体の向上において試行する手間を省いてくれるのです。 大工の古いルールがあります:二度計測して切るのは一度だけ。 新しい測定のツールが紹介され適切に調査されたとき、その人たちの専門の実践の場においてよりしっかりしたフィードバックループを取り入れない理由は2つしかありません。 1. 新しいツールを信頼していない。さらなる記事や投稿は、彼らに信頼を与えることはできません…それを実践する必要があります。 2. 彼らの方法が基準値に良い影響を与えることができるという確信がもてないのです。それは私たちが皆直面する問題ではないでしょうか?

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遊ぶ、練習する、それともトレーニングする−どれをいつするか?

近頃、トレーニングに対する多くの誤解が存在しています。これらの3つの言葉をとってみましょう−遊ぶ、練習する、そしてトレーニングするという言葉について考えてみて、これらが私たちにとって何を意味するのかを考えてみましょう。 遊ぶ(プレイ)とは、私たちが多くの場合でスポーツをすること、または様々な環境で子供が遊び場で行う思いつくままのアクティビティ−何かをしながら思いついたままに走り回る、よじ登る、くるくる回る、または彼らがしたいあらゆること、のどちらかと関連づけるものです。 そして、バスケットボールのピックアップゲームに始まり週末のゴルフからプロのスポーツにわたる全てのことといった、スポーツにおけるプレイという言葉の隠された定義が存在します。 練習の考え方は比較的簡単です。私たちは通常自然に持っている能力以上に必要となることを練習し、これは、そのことが、スキルを必要とし、そのスキルを練習する必要があることを意味します。 さて、私たちの遊び/プレイの捉え方と練習の捉え方とについて考えてみると、これらのどちらもが、私たちが慣習的にトレーニングと呼ぶものと同じガイドラインの多くをあまり持っていないことに気がつくでしょう。私たちは遊び/プレイや練習ではセットやレップについて話すことはありません。基本的に、私たちは特定のアクティビティで飽きるまで遊び、そしてほかのアクティビティを選ぶのです。 遊び/プレイは感情によって導かれ、非常に無作為です。しかし、かなり没頭します−誰かのジムでのトレーニングよりも遊び/プレイにはかなり真面目に取り組むでしょう。 それについてさらに詳しく説明させてください。子供たちが遊び場の雲梯や平均台で遊んでいる時、彼らは思いついたまま遊んでいます。彼らは世界レベルの体操選手になろうとしているのではありません。彼らはそのバランスを取るというアクティビティに没頭していて、ジムで単調にこつこつとトレッドミルでジョグをしながらヘッドフォンを聴いていることで、何かトレーニングをしたと考える人よりもはるかに真面目に取り組んでいます。 遊び/プレイの没頭するという部分は無条件に素晴らしいことです。そのマインド&ボディの経験は、私たちが成長し、異なる環境で私たちの身体を使うということを学んでいく中での神経機能の発達システムの一部なのです。遊びとは、私たちが練習したいと思うぐらい大好きなアクティビティを見つけるまで行うように作られたものなのです。一度それらを練習したならば、自らの状態を引き上げ、それらの組織化されたトレーニングをしたくなります。遊びとは全ての出発点なのです。 その一方で、練習は、再び没頭しなければならないものの一つです。重要なのはアクティビティに対する才能ではなく、アクティビティの練習の仕方に対する才能であることから、これをベストの中のベストから学びます。「計画的な練習(deliberate practice)」という言葉を調べてみてください。それは、適切なフィードバック、適切な時間、そして細部へのこだわりを伴った練習です。 遊びと練習は、私たちのトレーニングに含める必要のある二つのものです。実際のところ、私は、トレーニングを誰かの身体能力を向上させるための組織化した方法として保存します。 しかし、もしベースラインを設定しなければ、組織化した方法など存在しません。 ベースラインについては、私たちはファンクショナルムーブメントスクリーンとYバランステストを開発しました。パフォーマンステストを使用します。最大挙上重量のテストも行います。3レップテストも行います。スプリントスピードのテストやアジリティ、持久力テストも使用します。あらゆる種類のテストがありますが、どれくらいの人たちがたった今バッグを持ってトレーニングするためにジムへ向かっているでしょうか?まじで?何をトレーニングしていますか?ベースラインから向上するために取り組んでいますか? 誰も「練習または遊ぶためにジムに行きます」とは決して言いませんが、私は、毎日ジムに来て、ほとんど…遊んでいる人が大勢いると思います。彼らはあるアクティビティに没頭します。誰かが新しいことをしているのを見て、それでしばらくやってみようとします。副産物はトレーニングですが、彼らは実際にはただ遊んでいるだけなのです。 インターネット上に多くのトレーニングが上がっているのを目にしますが、ベースラインを載せていないため、トレーニングの効果があるかはわかりません。彼らの目標が何かも私たちには教えてくれていません。それはただの思いつくままのアクティビティなのか、または数字があるだけなのです。「私はこれだけの回数できました。あなたは何回できますか?」 それはおそらく科学の最適な応用方法ではないでしょう。 来る日も来る日も、ジムやトレーニング施設、または外に出かけることがあるかもしれませんが、自分自身に問いかけなければなりません:あなたは遊んでいるのですか?練習しているのですか?トレーニングしているのですか? 三つ全ては私にとって大きな意味を持ち、三つ全てに私たちに身体の向上におい対して非常に重要な役割があります。 Ed Thomasが教えてくれたように、人々は、かつてスキルを練習するためにジムに行き、トレーニングはその副産物でした。それは、子供たちが本当にアクティビティを楽しんでいる時に私たちが目にするものです。ここでの持久力は副産物ですが、トレーニングにおいて、持久力は焦点になります。 もし、私たちがあるエクササイズやターキッシュゲットアップを練習するトレーニングを週に一回設けたらどうでしょうか?どのくらい重く、あるいは何回行うということではなく。文字通り完璧のために−専門家についてトレーニングする、またはパートナーと共に行い、お互いをビデオに撮り合い、ビデオをみかえし、エキスパートのものをビデオで見て、そしてアクティビティの練習をするということです。 ただ単にアクティビティを行なっているのではなく、それを練習しているのです。正確性とテクニックの側面、それら全てが改善していくでしょう。トレーニングが副産物になりますが、肝心なのは何かについて上達することです。 その他の方法としては、調整が可能な状況、自己制限している状況、を作り出すことです。Erwan Le Correと私は、私たちが書いたExploring Functional Movement Projectにおいてたくさんそれを行いました。その分野において、Erwanは天才だと私は思います。MovNatでErwanが行う多くのことは、自然の中でのただの大人遊びのように見えるかもしれませんが、そうではありません。Erwanは、私の知る他のコーチ達と同様に、瞬時にグループのことを把握し、そして参加している皆が必要なことを得られるようにアクティビティを完全に調整が可能な状況へと変える能力を持っています。 まぁ考えてみてください。もしかしたら遊びの日をリカバリーの日とすることができるかもしれません。もしかしたらトレーニングの日を一日放棄して、私たちが熟練していない、または上達できればと望むアクティビティのための練習日を設けるべきかもしれません。 ケトルベルが、ある人の練習のプログラムに含まれる前に、その人のトレーニングプログラムに含まれたのは非常に残念なことでした。その人は正確性、細部への注意、アライメント、そしてテクニックの熟練さといったことが欠けていて、これらのことすべてはRKCの本質なのです。 スナッチテストは、ただあなたが実際にいくらかの練習をしたかを見るためであり、そしてその動作に対して効率的かどうかを見るためです。一回や二回は本当に良くみえますが、30回目あたりになるとフォームが崩れてきます。あなたは、何をしますか?お腹から後ろに反りますか?唇を噛みしめてやり抜きますか?もしくは「よし、ペースを上げよう。アライメントを保とう。テクニックを維持しよう」と考えながら自身の効率性に頼りますか? 春になるにつれ、冬の筋肉に積もった埃を払って、そして自身をトレーニングし、他の人をトレーニングする私のチャレンジを次に挙げます:今年やろうとしていることをする。遊ぶ日を設ける。それはワークアウトになるでしょう。スキルの練習をしているように見えるかもしれませんが、一つのアクティビティから他のアクティビティへと思いつくままに移りながらただ楽しむのです。 遊びにおいては、スタンドアップパドルボードはいつもやりがいがあり、非常に魅力的です。そうです、私は遊んでいますが、近いうちにレースに参加することはないでしょう。パドルを使ってレースをしていた日々は過去のものですが、パドルボードは大好きです。 練習においては、デッドリフトに取り組んでいます。ファンクショナルエクササイズのDVDを出し、その中で私がデッドリフトについての多くのアドバイスを行ったばかりですが、それは私が完璧なデッドリフターであるということではありません。デッドリフトにおけるいくつかの目標がありますが、最初の目標はフォームを洗練させることです。私は、近いうちにBrett Jonesに会うので、そこでいくらかの批評をもらえることでしょう。 そしてトレーニングにおいては、修正の必要のあるいくつかの動作パターンを選ぶか、向上させたい身体能力の目標を選びましょう。これらの限界をしっかりと押し上げるために、週に1日か2日、トレーニング日を設けましょう。質を伴って動作パターンを向上させようとする、またはエクササイズ、スピードまたは持久力のトレーニングにおいてより熟練するようにしましょう。 考えてみてください。遊ぶ、練習する、トレーニングする。これらそれぞれを、あなたがトレーニングする人そして自分自身の両方のために敬意と誠実さを持って定義づけることができるべきなのです。

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最小値を管理する

時々私は、最小値も投稿しない限りは、最大値を投稿することをやめるようにと人々に言いたくなります。物事がインターネット上に投稿されるのか、ジムの壁に掲示されるのかに関わらず、私たちは常に、自分の強みを投稿し、どういうわけか弱点を報告することは怠ってしまうようですー他人にも自分自身に対しても。トレーニングにおいて、数字を見て、最大値を投稿するという状況に陥るのは簡単です。得意なことをより多く行い、得意ではないことあまり行わないのは人間の性質です。 私たちがうまくできないことの1つが、可動性、安定性、または動きの重要な要素である場合、これは問題になる可能性があります。また、弱点や制限が基本的なパフォーマンスのパラメーターである場合にも、問題として現れることがあります。まずは、私たちは最小値を管理するよりも、最大値を投稿することにはるかに熱心であることに同意しましょう。また、私たち、エクササイズおよびリハビリテーションの専門家が、見通しを失うことがありえるのであれば、私たちの専門知識を信頼し、任せてくれてる人々が、自らの最小値を管理することに熱心ではない時、注意を払わなくてはならないということにも同意しましょう。 最大値を投稿するというフレーズの意味を明確にすると、これは重量挙げやランニングのタイム、あるいは、成功を実証する何らかの身体的測定値などになるかもしれません。しかし、私たちの多くは、最小値も持っており、特定の可動性のテストや、安定性のテストではうまくいかないこともあるかもしれません。長時間にわたる持久性活動においては素晴らしい人が、インターバルトレーニングや高強度のバーストは苦手な場合があります。上半身のリフティングの数値は素晴らしく、下半身のリフティングの数値はとても低い人もいます。彼女は、Yバランステストで非対称性を示している。彼は、FMSのスコアが非常に低い。人間の性質は、私たちが最もポジティブな特性を注目するように気を引いています。しかし、才能を伸ばすことの特質は、最小値を攻めることなのです。コーチングとトレーニングの本質は、事実を正しく捉えつつ、最小値を管理することです。複数の殿堂入りコーチ達が、上手にできることではなくー下手ではなくなったことの全てが大事であるということを何らかの形で表現しています。 トレーニングおよび自己啓発に興味がある方には、2冊の本をお勧めします。Talent Is Overrated (邦題:「究極の鍛錬」)と The Talent Code(邦題:「天才はディープ・プラクティスと1万時間の法則でつくられる」)です。 これらの本は両方とも、自身をコーチングしている個人や、コーチ、トレーナー、教育者を含む専門家が成功するための点と点をつないでいます。 どちらの本でも共有されている共通の脈絡は、私たちが認識を発達する方法と実践する方法についてです。大半の人が、最大値をアイデンティティの一部としていますが、本当に才能のある人は、最小値も同様にアイデンティティの一部であることを明確に理解しています。 実際、最小値は通常、最も弱いリンクであり、私達の最も優れた特性よりも結果に影響を与えます。 可動性に関する課題、安定性の問題、パフォーマンスの難点、技術やテクニックの欠陥であれ、最小値は通常、パフォーマンスをコントロールする制限を表しています。 これらの制限が、一旦取り除かれる、または少なくとも管理されると、大幅に改善した技術習得、遥かに良いパフォーマンス、さらに優れた耐久性を得ることができ、非効率なトレーニングを行う無駄な時間も削減されます。 最小値は効率性を奪い、価値のあるトレーニングの時間を無駄にします。 多くの場合、最小値は実際には実態が不明です。 私と私の親しい仲間であるリー・バートン博士を追って、ファンクショナルムーブメントスクリーニング(FMS)のセミナーに参加してもらえれば、あなたの目前でこの筋書きを明らかにできます。私たちの聴衆は、聡明で鍛えられた個人で占められています。こういった人々の大多数は、自分のスクリーンの結果に驚きます。彼らは、このスクリーニング技術が、最も切実な最小値または最大の弱点として指摘しているエリアを聞くと、さらに驚きます。 熟練されたトレーニングとコーチングも私たちを最小値に近づけていることがあり、スクリーニングとテストは、私たちの真の可能性を奪っている問題を明らかにする、最も体系的で信頼できる方法になり得ます。 自身でトレーニングをするのなら、トレーニングの記録帳に最大値と最小値の両方の短いリスト持っておくべきです。 コーチとトレーナーの皆さん、歴史上最高のコーチは、アスリートやクライアントの最大値と最小値の両方について優れた見解を持っていることを覚えておいてください。 これら両方の情報のピースが一緒になって、専門家が問題や可能性を理解することを助けてくれるのです。単純にアスリートの強みを利用するだけで、弱点に取り組むことで完璧な進歩または運動性に挑戦させることをしないのは、コーチングの初歩的ミスです。 長所と短所の両方をすばやく評価し、トレーニング時間の大部分を弱点に充てるのが、熟練したコーチまたは賢いメンターです。 それはあまり楽しくなく、実際威圧的なものですが、長期的には、私たちが達成できるトレーニング、および教育の最も完璧な形です。 見渡してください。 ジムやインターネットで自分の最小値について投稿する人はあまり見当たらないでしょう。 最大値を投稿し、ワークアウトの習熟度を議論している人達が見つかるでしょう。 しかし、もし彼らがあなたの助言を求めるのなら、あなたは、それらの最大値を改善するのを助ける最良の方法を知っています。 単純に、注目を最小値に向け直し、すべての数値が向上するのを見守るのです。この視点は、消防、軍のオペレーター、または学童のグループなど、大きなグループを管理する場合には不可欠です。 幅広い属性にわたって能力の最低レベルを明らかにし、グループ全体で各属性において許容可能な最低レベルを超える数値を達成させることは、グループ全体にとって、より有益であり、より役に立ちます。 グループをスクリーニングするとき、私たちの主な目標は、完璧な動きのスクリーンを見つけることではありません。目標は、できるだけ多くの人がカット点(最低限許容できるFMSスコア)、リスクの最小レベル、を達成することです。これこそが、グループまたはチームの指導をすることのすべてです。誰も置き去りにしないでください。まず、最小値に取り組みましょう。最大値は放っておいてもなんとかなります…そして、あなたは自分がそれを投稿したいことを知っています!

ファンクショナルムーブメントシステムズ 2836字

スクリーニングのアート:失敗、フィードバック、そして成功

スクリーニングにはアートがあります。 スクリーニングは、一切の課題無しに行われなければなりません。私達は、人々がエクササイズやアクティビティを評価する方法を変えようとしているのではありません。人々が医学的処置を評価する方法を変えようとしているわけでもありません。 私達は単に、「あなたがどのように動くか?さらなる機会を経て自分自身でより良くすることできるか?その機会を解釈する手助けが必要か?あなたの問題はどこにあるか?」と尋ねようとしているのです。 スクリーニングを作り上げることで、実際、私達は、場当たり的な失敗となり得るかもしれないものによる残酷な結果を生じさせる可能性のある将来の経験からあなたを守ろうとしているのです。もし、スクリーニングをパスできなければ、それはそれで失敗ですが、何も失ってはいません。あなたは、なぜパスできなかったか、それがどういう意味か、そしてどのようにしてそれを変えることができるかを学ぶ機会を得たのです。 スクリーニングは、非常に単純なムーブメントを行うようにしなければなりません。嘘をついてより悪くできたとしても、嘘をついてより良くする事はできません。 ファンクショナルムーブメントスクリーン(FMS)に含まれる動きは、過度に単純化され、エクササイズの専門家にはほぼ初歩的なもののように思えます。それらはどんな子供でさえも行うことができるべきであるもののように思えます。 これらの推測は、非常に事実に近いものです。 一方で、これらの動きは、高齢者を対象にしている健康管理の専門家にとっては過度で野心的のように思えるかもしれません。なぜでしょうか?それは、私達が、彼らは彼ら自身の若い頃と比較した時にそれほど上手くできないことを理解しているからです。しかし、加齢した目でも視力検査表を読んでもらいます。多くの場合で結果が悪くなることがわかっていますが、その低下の度合いや生涯を通じた変化率についてはわかりません。 視力検査におけるスコアが良くないことで誰かが傷つくわけでもなく、実際には問題を予防することになるかもしれません。同様に、FMSのスコアが悪いことで誰かが傷つくわけではなく、実際には次の動作を基準としたアセスメントのための明瞭さや方向性、そして論理的な判断を作り出せるかもしれません。 私たちを大人にするための動きを学習する土台は、全ての子供が共通して習得している単純な動きに代表されます。成長の発達的順序を見た時、子供は予測可能な段階を経験していきます:ハイハイ、プランク姿勢をとる、膝立ち、ブリッジ、歩く、そして走る。それに加えて、子供たちはジャンプや、ものを運ぶ、そして登るといった動きを形成していきます。彼らはこれらを、マニュアルや説明動画無しに行います。彼らはこれらを、先生やコーチがいなくてもやってしまいます。彼らはそれを非常に一貫した、そして予測可能な方法で行います。予測不可能な要因は、生涯を通じたこれらの能力の低下なのです。 人生にはいろいろなことが起こり、そして優先順位が設定されます。環境は多種多様であり、私達は私たちの周りの人や環境の変化、そしてのチャレンジするという私達自身の内的欲求(またはリスクや失敗への恐れによるチャレンジしないという私達自身の内的欲求)に応じて、皆僅かに異なる道筋を通っていきます。 もし、率直な質問を最も単純な方法で尋ねるとしたら、私達は「この旅路を始めた時に持っていた動きの学習経路を今も持っていますか?」と聞くでしょう。 もし、あなたが「いいえ」と答えたなら、私は何が欠けているかを知りたいのです。それらは、再考する分野を示し、指導が起こることを期待できる前に、学習の土台を再獲得する助けとなります。エクササイズにおける大きな、大きな間違いについて考えてみてください−私達は、皆がエクササイズを教わるべきだと仮定します。もしすでにそれができるのであれば教える理由はありません。もしできないのであれば、それは教わっていないからなのか、それとも学習することができないからなのか?と自問しなければなりません。彼らに学習環境がなかったのか、それとも彼らは補助やフィードバックがないと学ぶことができないのでしょうか。 動きのスクリーニングは、間違った習慣や悪いエクササイズプログラムを受け入れた、単により良い教えを必要とする人たちを、プログラムが良くても周りの人と同じ比率で学ぶことができない他の人たちから区別するようにできています。彼らの現在の学習の状態は公正で、明確で、そして実行可能なフィードバックを与えてはいないのです。 難しくせずに、正直なフィードバックループを作りましょう。人間のパフォーマンスと活動のキャパシティ−特定の環境における人間のスキル−についての質問をする前に、学習プロセスにおける支障に対する測定ツールを用意しておくべきです。あなたが基礎的な運動パターンを完了できないのであれば、あなたには特定のエクササイズや用具、または新しいプログラムでさえも必要であるかはわかりません。なぜなら、あなたには学習障害があるかもしれないからです。私達はその学習障害が長期的なものになるか、それとも短期的なものになるかを調べる必要があります。 動きのスクリーニングは、独学であっても、学習するための十分な動作の機能を有している人たちと、停滞して外からの介入無しにはそれ以上進むことが難しいであろう人たちを区別します。医学的漸進や体重を減少させようとするとき、そしてその他の環境の中で機能しようとする中において停滞してしまった人たちを見かけます。彼らは壁に打ち当たり、それ以上変化することができないのです。時には、外からの介入でさえも大した助けになりません。 ムーブメントの分野、私たちの分野で、私達はもっと上手くできると思います。 人間の脳は究極の学習システムです。私たちがコンピューター工学を使ってする多くのことは、人間の脳の神経ネットワークの素晴らしさを基にしています。それを台無しにすることができる唯一のものは、悪いインプットです−脳はそれに対して何もすることがありません。コンピュータ界の用語で言うと、それは「ゴミを入れたら、ゴミが出る」です。しかし、そのインプットが一貫した、そして有効的なパターンを作り出すことができる限り、脳はそれらのパターンから学ぶことができ、新しい環境に上手く適応できるのです。 人間の学習の最初の実証はムーブメントです。私達はそれをより良くスクリーニングするべきです。 そしてより良くとは、単純に、そして率直にと言う意味です。 適切に反応できるように上手く動きましょう。 応じて適応できるように頻繁に動きましょう。

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かつてない最も難しいチェックリスト

かなりの時間をかけて作り上げてきたチェックリストをあなたに差しあげたいのですが、それは私の最近のいくつかの投稿をまとめたものです。自分自身の仕事に対して私をより客観的にさせるために、チェックリストが私をより良くしたことは間違いないでしょう‐私が成功した時も失敗した時も。それは、私がエクササイズとリハビリの専門家として、自身の決断を明確にする組織的な取り組み方を作り上げる助けとなりました。 あなたが誰かの怪我や病気、疾患または手術からのリハビリをしているかにかかわらず;あなたがフィットネス、スポーツまたは何らかのパフォーマンス向上やタクティカルゴールに対して身体のトレーニングをしているにかかわらず、あなたは動作を用いてそれらを行なっています。 あなたは動作を補完するために(そうだといいのですが)エクササイズを用いていますが、それは彼らがエクササイズを続けられるためではなく、彼らが力を入れている活動を行えるためにです。ほとんどの運動愛好家は、目的や熱中しているフィットネスの活動があります。望むべくは、これらがカロリーを消費するためだけでなく、つながりや参加するという経験であるように。「また次回これができることを楽しみにしています!」といったフレーズを聞くことでしょう。 誰かがそこへたどり着くための最良の道筋を探すことを手助けすることが私のモチベーションです。もしそれが、それほど重要であり、そして私が専門家であるならば、私はその道筋から逸れないためのチェックリストが必要です: 自立性を作り出しているでしょうか? 私がしていることは持続可能でしょうか? 啓発教育法に沿っているでしょうか? きっちりとした客観的なフィードバックループを持っているでしょうか? さて、第1の質問を見て、自立性について話しましょう。もし、誰かが自身の残りの人生において健康であり続けるために私が必要であるならば、それはそれで良いでしょう。 残りの人生において、zメンテナンスのための理学療法やカイロプラクティックが必要になる人もいます。パーソナルトレーナーがいなければ(モチベーションか自己破壊のどちらかといった何らかの理由で)健康を維持することがおそらくできない人がいます。 しかし、全体像を見てみましょう。もし、フィットネスの屋台骨−私たちの国が成り立つべき健康の土台−に変化が必要であれば、私達は、数名の熱心なフィットネス愛好家とリハビリが必要な数名のみをそのシステムに完全に依存させることが可能になります。まず、それは持続可能ではなく、そして2つ目に、それは彼らが自身を管理する本当の助けとはなっていません。覚えていてください、教育のゴールは自立なのです。 教育のそれ以外の全ての面では、私達は読み書きと適格性について話していますが、私達は身体についての読解力を持って高校を卒業したでしょうか?誰かがあなたが見たことのない本や、もしかしたらあなたが考えたことのないコンセプトを突きつけられたとしても、あなたは最低でもその資料を吸収し、それが好きかどうか判断するための読むスキルを持っているでしょう。あなたは、税金を払い、請求書を支払い、騙されることなくあなたが必要なものを購入するための数学のスキルを持っているでしょう。 しかし、身体についての読解力となると、健康管理システムやフィットネスのシステムは私たち皆に付け込んでいると私は思っていて、なぜなら、本当にフィットネスの教養があったり、健康の教養があったりする人はいないからです。新しい環境に入った時、私たちのほとんどは何をしたらよいかわからず、そして、問題は私たちの多くは自身の能力を見誤るが故に始まると私は思います。やりすぎて失敗するか、やらなさすぎてに結果を出せないかのどちらかなのです。 現在のフィットネス業界の最大の問題は、自身の身体能力をかなり少なく見積もり、負荷または運動コントロールに対するチャレンジを作り出すスキル:チャレンジの比率に興味を持たない人たちです。 彼らは上達することはなく、そのためエクササイズを行うことやトレーニングすることをやめてしまいます。 そのほかの大きな割合はおそらく、自身の身体能力を過大評価し、死ぬまで怪我と回復の間を行ったり来たりします。咀嚼できる以上に食いちぎる、または生存するのに足りない量をかじり取るかのどちらかです。そこに最大の問題があるのです。 以前の記事で、スキル:チャレンジの比率について述べましたが、私はその考え方を継続する必要があると思います。人々が身体活動に対してモチベーションを保つ最良の方法の一つは、彼らが熱中しているところでフロー状態に入れる、またはそこに近づかせる何かを見つけることです。その時点で、彼らは自身がしていることのエキスパートとなって限界を突き詰めることができるか、または私たちが彼らを目標に近づけるためのチャレンジを作り出したかのどちらかです。 スキル:チャレンジの比率は非常に重要です。それはリハビリを行う人達に、可能な限り完全に自立させようとするための、私たちの理想的な目標であるべきです。正常に戻っていなくとも、彼らはルーティンに従うか、または何が向上できて何が向上できないかを明確に理解することで健康を維持することができます。彼らは自立しています。また事故や不運な再発がない限り私は必要ないでしょう。 次に、私は、もし私のクライアントやアスリートが研究休暇を取りたい、またはアフリカに狩猟旅行に行きたいとのであれば、私がいなくても問題なくやっていけると思いたいです(ストレングスコーチまたはパーソナルトレーナーとして)。私は、彼らの現状を評価し、彼らのスキル:チャレンジの比率をよく評価し、そして別のフィットネスの軌道に乗せる助けとなるためにいるのです。 未来のトレーナーは、レップ数を数えたり、週に3回の予約を取ることを思い出させることをそれほどしないと思います。彼らは、何百人もの人を管理するでしょう:クライアントの財力や目標、ニーズそしてライフスタイル次第で、一部は一年に3回だけしか訪れず、一部は月に3回訪れ、また一部は週に3回訪れるでしょう。 第2の質問:私たちのしていることは持続可能でしょうか?時間とリソースがこの個人から取り上げられたとしても、彼らは自身のフィットネスのレベルを維持できるでしょうか?不景気な時は、ほとんどはジムのメンバーシップやパーソナルトレーナートレーナーの費用をキャンセルするでしょう。彼らはケーブルテレビやインターネットをキャンセルするよりずっと以前にそうすることでしょう−断言します。 あなたの健康やフィットネスは経済的に厳しい時に生き残ることができますか?フィットネスに捧げるための有意義な時間やお金がない時、体力を維持していられますか?退役した海兵隊に話しをしてみてください。彼らは少しのスペースと時間を見つけられる場所があれば、プッシュアップやプルアップ、エアースクワットやジョギングで解決するでしょう。少しもお金がかかりませんし、他の活動の合間の少しの時間が必要なだけです。 私たちの多くは、ジムで実際に使う時間よりもその行き帰りにより多くの時間を使います。さらに、ジムでの時間は実際に私たちをそれほど適応性のあるものにする訳でもありません−それは私たちの現在の限界を気づかせ、そしてそれに立ち向かうよりもその中で練習をさせるのです。どんな環境でもトーニングする方法を見つけるか、またはどのような環境でも活動的になる方法を見つけましょう。そして、あなたが自身のトレーニングをチェックしたい時は、あなたの活動レベルによってあなたを健康以上に保っていることを示すのです。 第3の質問:あなたがしていることは、啓発教育法に沿っているでしょう?あなたがしていることをするための科学的な根拠はありますか?それは効果がありましたか? 私は以前、連続体をマッピングすることについて話しました。連続体とは、シンプルな運動パターンから複雑な運動パターンへと誰かを安全に漸進させることです。第3の質問は、背景の全ての知識を含み、それが個々の特定の経歴と結びついた時、よく計画され、考え込まれた啓発につながります。 最後になりますが、第4の質問:あなたが自身の「でたらめ」を信じないためのフィードバックループがありますか?これはあなたを良くするだけでなく…それを他の誰かが信じ込まないようにするのです。 私は、まず何よりも、私のチームと私自身を良くするためにファンクショナルムーブメントシステムを作り上げました。フィットネスとリハビリの業界にいる少数の新人たちが、私たち自身と私たちの教育に対してより高度なフィードバックループで挑戦してきました。私達は−より多くのリソースを与えられたからではなく、私たちが持っていた限られたリソースの中でより工夫に富んでいたため、より良くなったのです。私たちは予算によって制限を受けることは決してありません。 もし、私が誰かの目標を達成する手助けをしていないのであれば、私はそれを知りたいと思います。もし、彼らがこれを自立してできないのであれば、私はそれを知る必要があります。私は、それが持続可能ではなく、そして啓発教育法から遠ざかった時に知る必要があります。 私は他の誰かが見つける前に、自身の間違いを知りたいのです。それを一貫して達成するために、私は職業的に、そして倫理的に自身のハードルを上げなければなりません。私は、きっちりとしたフィードバックループを持つ必要があり、そして、それらがいつの日か私のプライドを傷つけるとしても自身の間違いを認める必要があるのです。 質問をもう一度見てみましょう: 私がしていることは自立性を作り出しているでしょうか?私はそれを達成したでしょうか? 私がしていることは持続可能でしょうか?それはそのようにうまくいったでしょうか? 啓発教育法に沿っているでしょうか?私は最後までやり遂げましたか? きっちりとした客観的なフィードバックループを持っているでしょうか?私は質問に対して可能な限り専門的な誠実さを持って答えているでしょうか? これらの質問を自身に問いかけ始めましょう。これらは、かつてない最も難しいチェックリストでしょうが、そのおかげであなたははるかに良くなるでしょう。

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ストレングスの定義

「ストレングス」についての以前の記事は、その言葉のより良い、そしてより適切な定義を作り出すという挑戦をもって終わりました。 Merriam-Webster(英語辞書)に掲載されているストレングスの名詞としての定義を見てみると、一番初めに出てくる意味は「強いという特性や状態、力の発揮や持久力の容量」です。力の発揮と持久力についてより掘り下げてみるとき、私達はワークキャパシティ:仕事許容量という言葉を用いることになるでしょう。 私がそもそもストレングスという言葉に挑んだ理由は、私がLee BurtonとDan JohnとともにEssentials of Coaching and Training Functional Continuumsに取り組んでいて、Jon TorineやAlwyn Cosgroveといったストレングスコーチから、ストレングスのコンセプト全体をとりだし、それを強く押し出してみることで、ワークキャパシティが生み出されるかというコメントを引き出していたからです。ストレングスを単なるウエイトトレーニングの連続としてではなく、そのような方法で用いれば、私達は皆、自身により高いコミュニケーションと責任の基準を設定することができると思っています。 パワーリフティングが自身のスポーツであるがためにウェイトトレーニングを行うのでない限り、あなたはそれ以外の効果のためにウェイトトレーニングを行なっているでしょう。単にフィットネスのためやスキーシーズンに備えるため、ブートキャンプに備えるため、または他の趣味や身体活動のためであれ、ワークキャパシティによってより多くのスキルを向上させることができる、なぜなら疲労に対するより大きな耐性があるから−あなたの練習時間は量だけで満たされるのでなく、統合性も備えるものになるでしょう。 もしウェイトトレーニングをすることなくワークキャパシティを評価することができたのであれば、あなたはウェイトトレーニングの必要性について大いに主張できるでしょう。もし、ワークキャパシティを評価するためにウェイトトレーニングをする必要があるのであれば、ウェイトトレーニングをせずとも筋力が強い人を除外してしまっているでしょう。もし良いテクニックでウェイトトレーニングを行うことが必須であるならば、公共の体育館などで趣味でトレーニングをする多くの人たちを除外してしまうでしょう。 何を実践するかを知るためにテストをするのです−テストを実施することができるようにということではなく。 Danと私がこのトピックについてEssentials of Coaching and Training Functional Continuums の中で取り組み始めた時、露わになった最大の問題分野、障害そして論点は自体重能力と運動パターン能力に続いて、負荷をかけたパターンへと進むという事実です。 生物学的には、そのようにはなりません。赤ちゃんは自身の最大負荷を持ち上げようとする前にものを持ち運びます。キャリーを伴う最大下のエクササイズは、実際には本来のそして生物学的な発達において、新しく習得した負荷パターンで物を持ち上げることを単に繰り返すことよりも好まれるのです。 ムーブメントスクリーンにおいて機能不全的なパターンを持つ人たちが、改善案をたててそのパターンの様に見えるエクササイズに飛び込んで行く時、「ちょっとした問題」が起こるのです。もし、私がその欠陥を作り出すことに何らかで関わっていたのであれば、公に謝罪します−なぜなら自体重においてのみ評価されるべきであるパターンに恣意的に負荷をかけるべきではないからです。 ファーマーズウォークやフロントラックキャリー、オーバーヘッドキャリー、またはターキッシュゲットアップの一部分やその動作全体といった、非常に簡単な動作に負荷をかけた状態で持久力と統合性がどうであるかを見るべきです。もしこれらの垂直と水平方向のキャリーを高く評価することができるのであれば、対称及び非対称的なキャリーを高く評価することができるのであれば、負荷をかけた状態でその人の統合性がどれだけ持続するかを示すであろうと私は考えます。 キャリーのベースから、私達は左側と右側のワークキャパシティ、前側と後ろ側のワークキャパシティ、そして上部と下部のワークキャパシティの配分のバランスをその人に取らせるために必要な適切なエクササイズを探すことができます。バランスの取れた身体を求めるとき、私達は全体を4つに分けます。Yバランステストを見ることで、私たちの考えがどこからきているかがわかるでしょう。 随分と前に私が書いたMovementという本の中で、私はスタビリティという言葉に挑み、私たちがスタビリティという言葉で行っていることの全ては、実はストレングス−小さい筋群に対するセット数とレップ数のことであると記しました。スタビリティとはそういうものではありません。 スタビリティとは、ストレングスというよりもタイミングのことであり、そのため、運動制御という言葉で代替すれば非常にうまく意味が通じるのです。なぜなら、あなたが運動制御の欠如を見つけたときに、あなたはその運動制御を教えることを行うため、それはあなたの目的を保ち、要点を得る手助けとなります。スタビリティの欠如を見つけた時、あなたは単にどの筋群がこの動作をコントロールするか、そして何セットそして何レップでそれを再獲得できると思うかを単に問うことでしょう。 ピアノを演奏できるまでに何セットそして何レップの指の屈曲が必要だと思いますか? その質問に答えはなく、なぜならそれは間違った質問だからです。ピアノを演奏することは、タイミングとコーディネーションを生み出し、それらはあなたがピアノを演奏できるように運動制御を生み出します。それは運動制御のレベルにおけるストレングスに関することではありません。それは負荷をかけた状態で、統合性を伴ったアライメントに関することなのです。 これが、キャリーがあなたにもたらす効果です−姿勢が正しければほぼ自動的に起こります。もし開始時の姿勢が正しければ、あなたの仕事は、1分~3分間持続するキャリーのサイクルを判断することです。負荷を適切に調整します。姿勢を適切に調整します。ムーブメントスクリーンにおいて「1」が一切ないようにします−もしあるならば、あなたはおそらく深刻な運動制御の問題または根本的なモビリティの問題があるでしょう。これらがあるならば、あなたが目的としているものがわかるまで、運動制御を追い求めるべきではありません。 もしスタビリティという言葉をやめて、運動制御という言葉で置き換え、そしてストレングスという言葉をやめてワークキャパシティという言葉で置き換えても、誰かを怒らせることがないとよいのですが。ストレングスの全体的な主旨は、象徴となるような言葉を作り出すことではなく、私たちが目的として追い求めるものにするということです。 ワークキャパシティは私たち人間の努力において目的として追い求めるものであり、ストレングスはワークキャパシティを補助する重要な特性なのです。適切な時と適切な場所において、ウェイトトレーニングはワークキャパシティを向上させる最も効果的なものの一つですが、もしウェイトトレーニングが不適切な副作用を引き起こしたり、何らかの理由でワークキャパシティを害してしまったりしたりするときは、ストレングスは無意味な言葉となります。誰もがストレングスがあると言えるのです。 ストレングスやスタビリティといった言葉の尊さを守りましょう。少しの間、スタビリティやストレングスのトレーニングをすることで私たちが得たいものにより正確な名前をつけましょう。それらを運動制御やワークキャパシティと呼びましょう。不要な、または複雑な副作用を持つことなく一つの特性の向上や効果を私たちが示せるような計測値や数値を持たない言葉の陰に隠れないようにしましょう。 この記事が、誰かを怒らせてないといいのですが。もし私があなたに頭を柔らかくして考えるよう挑戦したのであれば、それは私自身と私の仕事に対してより誠実でいようとするために、私がこの言葉に向かい合い始めたときに私が自身に課した挑戦と同じなのです。

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