マイクロラーニング
隙間時間に少しずつビデオや記事で学べるマイクロラーニング。クイズに答えてポイントとコインを獲得すれば理解も深まります。
遊びにはリスクが伴う
Play Involves Risk 遊びには、しばしばリスクが伴います。子どもたちは遊んでいるとき、転ばずにどれくらい速く走れるか、けがをせずにどれくらい激しく戦えるか、そして母親を怒らせるまでにどれくらいイライラさせることができるかを学んでいます。彼らは、何度もその境界線を越えることで、どこに境界線があるのかを学ぶのです。行き過ぎてしまうことにはリスクがありますが、一線を越えなかったために可能性の限界を発見することができないというリスクもあります。わたしたちは非常に安全なゲームから始め、歳をとるにつれてよりリスクのあるゲームへと進展します。多くの人々は本当にくだらないことをするようにもなります。生き延びれば、彼らはいくつかの非常に価値のある教訓を得るでしょう(だといいのですが)。 しかしはじめのうちは、遊び半分の探検にはほとんどリスクがありません。赤ちゃんが寝返りやハイハイを学んでいるとき、何かうまくいかなくてもけがをすることはありえません。けがへの恐怖心がなければ、多くの試行や多くの間違いに取り組むこと、そしてどのように協調性を得るかについてたくさん学ぶのは簡単です。しかし、彼らはどのように自分自身を守るかは全く学んでいません。赤ちゃんが立ち上がり歩き始めるとすぐに、運動の中に潜むリスクについての教育が始まります。 はじめの一歩を踏み出そうとしている幼児は、一日のうちに何度も転ぶでしょう。彼らは地面から近くにいて、おしりには守ってくれる脂肪がたくさんあるため、これがけがにつながることはあまりありません。しかし転倒は、痛みをもたらす感覚信号である侵害受容を作り出します。これによって神経系は、身体的脅威に関する証拠を読み取り、守るために痛みが必要かどうかを判断するのです。おしりをけがしましたか?これは危険な状況でしょうか? 他にも転倒によって提起される重要な疑問があります。前向きよりも後ろ向きで倒れた方がよいか?母親の注意を引くために泣くことはいい考えだろうか?今は歩くことをあきらめて、ハイハイに戻るべきなのか?これらの疑問に向き合うことは、様々な種類の運動のリスクや利益を検討する訓練の一種です。 子どもたちは成長するにつれ、小さなけがを引き起こしうる運動で遊び始めます。ソファやベンチから飛び降りる、歩道を走る、あるいは滑り台を滑ることは、よく膝にあざを作ったり手をすりむいたりすることになるでしょう。一回の転倒は一つの学びの機会ですー自分はけがをしたのだろうか、どれくらい痛みが続くのか、バンドエイドは必要だろうか?もしたくさん泣いたら、アイスクリームをもらえるだろうか? 走っていて転んでしまった子供たちが、何を考え、感じているかをはっきりとわかっていないことはよくあります。彼らはまったく何も気にせず走り回っていたのですが、今は泥の中でうつぶせになっています。彼らは大抵親の顔を捜し求めます。もし母親がパニックになっている様子でこちらに駆け寄ってくれば、その子は恐らく泣き始めるでしょう。そしてもし母親が冷静に振る舞い、少し肩をすくめて微笑めば、その子は大抵再び立ち上がって遊び続けます。痛みは常に社会的側面を持っており、子供たちは遊びを通してそれを学び始めるのです。 膝をすりむいたり肘にあざを作ったりして、幾らかの重要な経験を積んだら、子どもたちは自己防衛に関連した運動戦略を洗練させ始めるでしょう。注意深くなり、登山やコンタクトスポーツ、そして悪ふざけを避ける子もいるでしょう。用心に越したことはないというタイプです。それとは逆の道を進む子もいるでしょう:根性なしに栄光なしというタイプです。彼らは6歳を迎えるまでに何度か救急外来に世話になるのですが、スケートボードのより高度な技術という見返りを得るのです。 私は最近、ほとんどが初心者である8歳の女の子たちにサッカーを指導しました。私は少なくとも3回、興味深いことが起きるのを見ました。ある女の子の、太もも、体幹、あるいは腕に突如ボールが当たってしまったのです。彼女はびっくりして混乱しているように見え、その約10秒後に泣き始めました。そして試合を抜けて、落ち着きを取り戻してから、元気になって試合に戻ってきたのです。何が起こったのかというと、彼女は完全に新しい驚くべき感情を経験し、それにどのような意味があるのか分からなかったのだと思います。徐々に彼女はそれが大した問題ではないと学びましたーボールが強く当たっても身体はしっかり耐えることができ、これは痛みを生じるようなものではないのだと。 子どもたち(特に男の子)が10代に差し掛かると、彼らはけんかやアドベンチャー・スキー、そしてアメフトのような、いくつかの非常に危険なもので遊び始めるかもしれません。これらの”ゲーム”のいくつかは、支配的階層の確立を目的とするような競争の性質を持っているかもしれません。いずれにしても、プレーヤーたちには大切な教訓があります。まず、小さいけがとより深刻なけがとを分ける多くの機会があり、これによって身体認知を高め脅威を認識する感覚が洗練されます。すり傷やあざは、捻挫や骨折とは非常に異なります。前者は大体無視されるでしょうが、後者は医者にかかる必要があります。このような判断力を用いたうえで、小さなけがはより耐えられるものになり、気が付かないことさえあるかもしれません。危険な行動のもう一つの教訓は、恐怖心の制御に関するものです。たとえば、正しいスキーの技術(誰かをデートに誘うのによく似ています)には、自信を持って前傾することが必要です。顔面からうつぶせに倒れてしまうかもしれませんが、しばらくの間はそれを忘れなくてはいけません。多くの場合、悪い結果を心配すると、そうなる可能性が高まります。恐れは敵であり、リスクを冒して遊ぶことはそれを克服する一つの手段です。さらに、危険な状況に対処することは、自信や自己効力感を構築します。これらの資質は、慢性的な痛みや障害から守ってくれるものです。 ピーター・グレイ氏は、若い哺乳類は、不安の病への耐性を作る方法として、自らに危険な状況を“投与する”本能を持っていると主張します: 若い哺乳類は、運動スキルを養う遊びやめちゃくちゃな遊びの中で、わざと厄介な、やや恐ろしい状況に自分自身を置いているように見える...。たとえば、彼らは飛び跳ねるとき、着地を難しくさせるような方法でひねって回転する。彼らは、あたかも自分たちで作り出したやや危険な状況の身体的及び感情的課題に対処する方法を意図的に学ぶかのように、中程度の恐怖を自らに与えているようである。 現代世界において、子どもたちがこんなことをする機会はあまりありません。親が子どもたちを、時に何時間も監視しないで木々や野原、道路、あるいは様々な年齢の子供たちの大きなグループの周りで遊ばせたのは、遠い昔のことになってしまいました。今や、親がずっと監視し、管理し、励まし、抑制し、指導し、水分補給をさせて、子どもにとって安全な環境を整えるなど、自分たちの子供を緩衝材でぐるぐる巻きにする以外のほぼすべてのことをしていない限りは、これらの活動は危険なものと考えられています。もしそこに親がいなかったら、子どもが転び、けがをして、ばい菌にさらされ、あるいは自己効力感が一時的に落ちて苦しむかもしれないなんてことはないでしょう。多くの専門家たちが、このアプローチは実際には子供たちの安全性をより低いものにし、より壊れやすく繊細で不安にさせていると信じています。過保護な子育ては、こどもたちをソファのような安全な場所へと追いやり、木登りや自転車、さらには鬼ごっこのような、実際には楽しい活動に取り組めるかもしれない自由な場所から遠ざけるのです。これにより、子どもたちはリスクをコントロールできるということを学ぶことができず、またこのことが10代の不安症率が高まっている要因だと主張する人もいます。無鉄砲で無責任になることは明らかに良いアイデアではありませんが、過保護な子育ては恐怖心にとって有害であり、あなたを健康で剛健にしてくれる運動を妨げてしまうこともあるでしょう。 以上のポイントは、すべて大人に影響を与えるものです。危険の認知は、身体における多くの望ましくない状況の根本です。痛み、疲労、炎症、不安、硬さ、そして弱さはというのはすべて、少なくとも部分的には、身体が弱い、攻撃を受けている、能力がない、壊れている、もろい、けがをしている、脅威に対し脆弱である、という無意識の認知によってもたらされます。リスクのある運動で遊ぶことは、はるかに剛健で強く能力があるというセルフイメージを構築する一つの方法です。また、わたしたちに座る、立つ、走る、あるいは一呼吸をすることさえも、“正しい”フォームでなければやらせまいとする多くの過保護なパーソナルトレーナー及び理学療法士の、善意による逆効果のアドバイスを無視するというのも同様です。
神経炎症:数多くの慢性的な健康の問題に共通する因子
神経炎症とは、神経系の炎症を意味します。新たに発表されているエビデンスは、この神経炎症が慢性痛、筋繊維痛、慢性疲労、鬱、不安、そしてアルツハイマー病などの数多くの複雑な健康の問題において、中心的な役割を果たしていることを示唆しています。この記事では、神経炎症とは何か、なぜ起こるのか、どのように病変を引き起こすのか、そしてその低減のために何をすることができるかについて、いくつかの基本的な情報をまとめています。 神経免疫系 高レベルの観点から見た時、神経系と免疫系は、はっきりと異なる機能を持っています。免疫系の役割は、感染症と戦い、損傷を修復することであり、神経系の役割は、情報を処理し、活動を調整することです。しかし、これらのシステムを詳細に見てみると、これらの活動は濃密に相互関連しており、区別することが難しいものです。身体を組織の損傷から保護するために、これらのシステムが共に働く、痛みの知覚というような状況においては特に。実際、疼痛科学者達は、これらのシステムを神経ー免疫系という1つの名称で呼ぶことも多いのです。 神経炎症の基本的な生理学 神経系の約半分の細胞は、ニューロンのように電気的インパルスを産生しないグリア細胞です。電気的インパルスを産生する代わりに、グリア細胞はニューロンを取り囲み、その位置に固定し、栄養分と酸素を供給し、神経伝達を補助します。脳内においては、記憶の統合を補助することもできます。 ミクログリア細胞は、中枢神経系の免疫細胞で、能動的に感染症や損傷を検索し、病原体を破壊し、死滅したニューロンや破片を除去します。ミクログリア細胞がアクティブな時、これらはIL-6のような炎症性サイトカイン、TNFa、プロスタグランジン、活性酸素種やケモカインのいよって仲介され、神経炎症を起こします(DiSibato 2019)。この炎症は、組織の修復を助ける、感染症と戦う、そして更に学習と記憶を向上するなど、数多くの有効な目的に役立ちます。しかし、これが過剰な場合、あるいは慢性的な場合には、問題を引き起こすこともあります。攻撃的な警察が罪のない市民を攻撃するように、神経炎症は、本来保護すべき組織を損傷し、ニューロンや髄鞘、そして血液脳関門に損傷をもたらすことも可能なのです。血液脳関門への損傷は、特に問題の多いものかもしれません。なぜなら、その機能の一部は、病原体や毒素や免疫細胞が身体の末梢へと流れ込むことから神経系を保護することにあるからです。これは、部位的な怪我や感染症、そして関連する免疫系の活動が脳に影響する結果とならないことを確実にします。過剰なレベルの神経炎症が存在する状態では、血液脳関門の透過性は上昇する可能性があり、炎症をより増大させる毒素やサイトカインの侵入を許してしまいます。 これらの理由により、神経炎症は、数多くの健康状態に関して重要な役割を果たすことが疑われています。短いリストは下記の通りです。 慢性痛と疲労 どのような怪我でも、その部位の近くでの炎症は痛みを悪化させることは知られています。炎症は、侵害受容を感作させ、その発火閾値を低下させ、侵害受容信号を脳に送り出しやすくさせます。脊髄や脳における神経炎症もこれに類似した影響を持ちます。最近のリサーチ(Ji 2018) では、神経炎症は、中枢感作を介して、慢性痛と広範囲に拡がる疼痛を強力に駆動するものであると述べています。 慢性痛は、その一部を、シナプス可塑性と、痛みのある損傷の後の中枢疼痛伝達通路の増大したニューロン応答性の現象である中枢感作によって維持されています。蓄積されるエビデンスはまた、中枢感作はまた神経炎症によって引き起こされていることを示唆しています。。。 神経炎症の特徴は、脊髄と脳にあるミクログリア細胞と星状細胞というグリア細胞の活性化であり、炎症性サイトカインとケモカインのリリースを引き起こします。。。 中枢神経系におけるサイトカインとケモカインの長期的な増大はまた、身体の複数の部位に影響する慢性的な広範囲の痛みを促進します。結果として、神経炎症は中枢感作を介して広範囲の慢性痛を引き起こします。 例えば、ミクログリア細胞は後角の感作に関わることが示されています。ミクログリア細胞の機能を阻害する薬物が、動物における痛みの発展を完全に逆転させることが示されています(Hore 2019)。 炎症は、神経系の痛みに対する、またその他の不愉快な感覚や「疾病行動」に対する感受性を高めます。慢性疲労症候群は、疲労、倦怠感、認知問題(しばしば”ブレインフォグ”と呼ばれるもの)を引き起こすコンディションです。多くの患者達が、ウイルス感染のすぐ後に症状が起こり始めたと報告しています(Van Elzakker 2019)。研究者達は、末梢サイトカインが血液脳関門を交差することによってひき起こされる神経炎症が根源的起因ではないかと疑っています。PETスキャンは、慢性疲労患者の脳内に過剰な神経炎症が存在することを確認しています(Nakatomi 2018)。これに類似した発見が筋繊維痛症患者においても発見されています(Albrecht 2019)。神経炎症は、鬱にも関わっているかもしれません(Troubat 2020)。 神経変性のコンディション 病理学的神経炎症は、多発性硬化症、パーキンソン病、アルツハイマー病において主要な役割を果たしています(Kwon 2020)。 神経炎症の要因 神経炎症の潜在的要因として下記が確認されています: 脳あるいは脊髄へのトラウマ バクテリアあるいはウイルス感染 毒素 大気汚染 喫煙 肥満 感情的ストレス アルコール乱用 不眠症 加齢 自己免疫 (Block 2009); (Miller 2104); (Zhu 2012). このリストを調べると、私達は即座に神経炎症を予防する、あるいは低減させることができるかもしれない、幾つかの方法を確認することができます。これらのほとんどは、私達が皆知っている常識的で一般的な健康に関する注意点です:喫煙を避ける、アルコールを飲みすぎない、体重を制御する、健康的な食餌をとる、十分な睡眠をとりストレスを低減する。脳震盪を避ける。ワクチン接種をすることで長引くコロナウイルス感染症や、その他のウイルス感染症後症候群にならないようにする。 このリストの中で、一般的に十分に理解されていないのは、大気汚染についてです。大気汚染は、とにかく信じられないくらいに私達にとって悪いものであるということを示すエビデンスが、中程度の大気汚染においても容易に計測される有意な影響を伴って出てきています。エキスパート達は、大気汚染が年間700万人の死亡を引き起こすという推定をしています。大気汚染への長期的露出は、神経炎症を引き起こし、血液脳関門を阻害し、IQを低下させ、パーキンソン病やアルツハイマー病のリスクを増大させます。(Block 2009); (Calderón-Garcidueña 2008)。このトピックに関してより詳細に、また大気汚染への露出をいかに低減させるかについての実践的な提案を近日中に書くことを計画しています。 エクササイズはどうなのでしょうか。上記にリストアップしたことの多くを含む、多くの様々なコンディションに対して良いことのように思えるエクササイズは?エクササイズは、ホメオスタシスを促進し、免疫系、神経系、脳を含む身体の全てのシステムのバランスを整える傾向にあります。エクササイズは、末梢の炎症を低減し、炎症サイトカインの表現を低下させ、脳におけるミクログリア細胞の増殖を抑えることが示されています(Kohman 2013); (Seo 2019)。そうなのです。エクササイズが神経炎症を予防し、低減させるかもしれない方法なのです。 上記の解説は、かなり単純化したものであり、この複雑なトピックの表面を僅かに引っ掻いている程度のものであることを記するべきだと思います。さらに、私が上記に記載した疾患の多くは、解説をした介入を伴ってもなお、治療することがとても難しいものであるということは、私達がすでに理解していることでもあります。とはいえ、知識はパワーであり、幾らかの知識があることは無いよりも良いのです。願わくは、リサーチが進むにつれて、私達が神経炎症に関する知識とパワーを増大することを楽しみにすることができますように。 参照 Albrecht, Daniel S., Anton Forsberg, Angelica Sandstrom, Courtney Bergan, Diana Kadetoff, Ekaterina Protsenko, Jon Lampa, et al. “Brain Glial Activation in Fibromyalgia - a Multi-Site Positron Emission Tomography Investigation.” Brain, Behavior, and Immunity 75 (January 2019): 72–83. https://doi.org/10.1016/j.bbi.2018.09.018. Block, Michelle L., and Lilian Calderón-Garcidueñas. “Air Pollution: Mechanisms of Neuroinflammation and CNS Disease.” Trends in Neurosciences 32, no. 9 (September 2009): 506–16. https://doi.org/10.1016/j.tins.2009.05.009. Calderón-Garcidueñas L, Solt AC, Henríquez-Roldán C, Torres-Jardón R, Nuse B, Herritt L, Villarreal-Calderón R, Osnaya N, Stone I, García R, Brooks DM, González-Maciel A, Reynoso-Robles R, Delgado-Chávez R, Reed W. Long-term air pollution exposure is associated with neuroinflammation, an altered innate immune response, disruption of the blood-brain barrier, ultrafine particulate deposition, and accumulation of amyloid beta-42 and alpha-synuclein in children and young adults. Toxicol Pathol. 2008 Feb;36(2):289-310. doi: 10.1177/0192623307313011. Epub 2008 Mar 18. PMID: 18349428. DiSabato, Damon J., Ning Quan, and Jonathan P. Godbout. “Neuroinflammation: The Devil Is in the Details.” Journal of Neurochemistry 139, no. S2 (2016): 136–53. https://doi.org/10.1111/jnc.13607. Hore, Zoe, and Franziska Denk. “Neuroimmune Interactions in Chronic Pain – An Interdisciplinary Perspective.” Brain, Behavior, and Immunity 79 (July 2019): 56–62. https://doi.org/10.1016/j.bbi.2019.04.033. Kohman RA, Bhattacharya TK, Wojcik E, Rhodes JS (September 2013). "Exercise reduces activation of microglia isolated from hippocampus and brain of aged mice". Journal of Neuroinflammation. 10: 114. doi:10.1186/1742-2094-10-114. PMC3848770. PMID24044641. Kwon HS, Koh SH. Neuroinflammation in neurodegenerative disorders: the roles of microglia and astrocytes. Transl Neurodegener. 2020 Nov 26;9(1):42. doi: 10.1186/s40035-020-00221-2. PMID: 33239064; PMCID: PMC7689983. Miller, Alyson A., and Sarah J. Spencer. “Obesity and Neuroinflammation: A Pathway to Cognitive Impairment.” Brain, Behavior, and Immunity 42 (November 1, 2014): 10–21. https://doi.org/10.1016/j.bbi.2014.04.001. Nakatomi Y, Kuratsune H, Watanabe Y. [Neuroinflammation in the Brain of Patients with Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome]. Brain Nerve. 2018 Jan;70(1):19-25. Japanese. doi: 10.11477/mf.1416200945. PMID: 29348371. Ji, Ru-Rong, Andrea Nackley, Yul Huh, Niccolò Terrando, and William Maixner. “Neuroinflammation and Central Sensitization in Chronic and Widespread Pain.” Anesthesiology 129, no. 2 (August 2018): 343–66. https://doi.org/10.1097/ALN.0000000000002130. Matsuda, Megumi, Yul Huh, and Ru-Rong Ji. “Roles of Inflammation, Neurogenic Inflammation, and Neuroinflammation in Pain.” Journal of Anesthesia 33, no. 1 (February 2019): 131–39. https://doi.org/10.1007/s00540-018-2579-4. Seo, Dae-Yun, Jun-Won Heo, Jeong Rim Ko, and Hyo-Bum Kwak. “Exercise and Neuroinflammation in Health and Disease.” International Neurourology Journal 23, no. Suppl 2 (November 30, 2019): S82-92. https://doi.org/10.5213/inj.1938214.107. VanElzakker, Michael B., Sydney A. Brumfield, and Paula S. Lara Mejia. “Neuroinflammation and Cytokines in Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome (ME/CFS): A Critical Review of Research Methods.” Frontiers in Neurology 9 (2019): 1033. https://doi.org/10.3389/fneur.2018.01033. Zhu, Biao, Yuanlin Dong, Zhipeng Xu, Heinrich S. Gompf, Sarah A.P. Ward, Zhanggang Xue, Changhong Miao, Yiying Zhang, Nancy L. Chamberlin, and Zhongcong Xie. “Sleep Disturbance Induces Neuroinflammation and Impairment of Learning and Memory.” Neurobiology of Disease 48, no. 3 (December 2012): 348–55. https://doi.org/10.1016/j.nbd.2012.06.022.
どのようにして私がランニングを好きになったか
私はこれまで、テニスやスカッシュのコート、サッカー場、野球場などで、スポーツのボールを追いかけて走ることに多くの時間を費やしてきました。しかし、ただ走るためのランニングは、決して魅力的ではありませんでした。ランニングは、他のスポーツのトレーニングとして行うのには良い方法ですが、私にとっては、耐え難いほど退屈なものでした。人々が実際に走ることを楽しんでいると伝えてきても、私には理解しがたいことでした。追いかけるボールもないのに、一体どうして楽しいのでしょうか? でも、それが変わったのです!シアトルでロックダウンが始まって以来、スカッシュをプレイすることができなくなり、私の有酸素運動の主要な手段がなくなってしまいました。そこで、私はもう一度、持続可能なランニングの習慣を身につけることができるかどうかを試すことにしました。現在私は、数ヶ月間ほぼ毎日走っていますが、実は気に入っているのです!以下は、この興味深い、新しい経験についての考察です。 私は驚くほど走るのが苦手です 私は、それなりにちゃんと走れるはずなのです。体型は適切です - 痩せ気味で脚が長い。これまでずっとサッカーとスカッシュをやってきました(有酸素能力が必要な競技)。でも、走りに行くと、球技においては負かすことができそうな人たちに簡単に抜かれます。これは、フィットネスの特異性を示す興味深い一例です。スカッシュやサッカーは、持久力が必要ですが、運動のパターンは断続的/高強度であり、継続的/中強度ではありません。私の走る能力は、最終的には私がボールを追いかける能力に追いつくかもしれないし、追いつかないかもしれません。私は今も急速に上達していますが、いつプラトーを迎えるかはわかりません。 ゆっくり始めることが鍵でした 私は過去に何度も、ランニングを定期的な習慣にしようとし、失敗してきました。週に2回以上走ると、すぐに怪我をしたり、燃え尽きてしまったり、単に非常に飽きてしまったりしていたのです。しかし今回は、ランニングは簡単で、続けることが楽しいとさえ感じており、これは、非常にゆっくりとしたペースで始めていることが大きいと信じています。これは、段階的露出の基本原則を適用することに細心の注意を払おうと意識したことと、マット・フィッツジェラルドの素晴らしい本「80/20 Running」のアドバイスに従ったことによります。この本の主な主張は、ほとんどのランナーは中強度/高強度ペースで走ることに多くの時間を費やし過ぎていて、楽なペースで走ることに十分な時間を費やしていないというものです。この主張は、ランニング、サイクリング、クロスカントリースキーなど、複数のスポーツにおける持久系のエリートアスリートのトレーニング記録を研究したステフェン・サイラーの研究に基づいています。サイラーは、アスリートのトレーニング方法が様々に異なっていても、そこには一つの共通点があることを発見しました:80%は非常に低強度で行われ、高強度なのは20%のみでした。初心者ランナーは中間ゾーン(レースペース)に引き寄せられる傾向がある一方で、エリートランナーは「分極化」トレーニングにより多くの時間を費やします。 この本に書かれているアドバイスを実践してみると、ほとんど歩いているように感じるほどゆっくり走らなければならないことに気がつきました。最初はちょっと退屈でしたが、とても簡単で、持続性があり、そして結論としては...悪くありません。たった数週間の後には、心拍数は低いままでも、スピードは確実に上がっていることに気づきました。非常に小さな努力(ただ続けるということ以外は)で、非常に大きな改善が見られることに驚きました。これは、よく見逃されがちな非常に基本的なポイントである:ほとんどの結果は、壮烈で続けることのできない努力の奮発ではなく、長期的な一貫性からもたらされる、ということを思い出させてくれるものです。 ランニングは懸垂に役立つ? ランニングを始めてから、私はウェイトリフティングをかなり減らしました - 週に数セットだけ、懸垂、腕立て伏せ、スクワット、ランジを行っています。でも、懸垂と腕立て伏せが簡単に感じるようになりました。昨日、懸垂を何回できるか試してみたところ、20回でき、これまでの自己ベストでした(私は52歳です!)。ランニングにより全体的な持久力が向上し、それが懸垂の長いセットにも効果をもたらしたのだと推測しています。私の学びは、「有酸素の基礎」を築くことは、全体的なスポーツパフォーマンスを向上させるための良い前提条件であるという有名な(ただし、議論の余地がある)主張には、ある程度の正当性があるかもしれないということです。 とても気分がいい 昔は、ランニングはいつも私の足や足首、膝に痛みを引き起こしていました。ひどくはなのですが...良くはありません。走った後、自分の足を見ては、「もちろん、ランニングが気持ちのいいわけはない。こんなに骨張っているんだから。」と考えていました。でも今は、私の足は連続で何千回と全体重をかけることに完璧に適したものに感じます。また、私は、よりエネルギーに満ち、覚醒し、より良い集中力を感じています。そして、よく眠れるようになりました。 ランニングの後のビールは、ウェイトリフティングの後よりも美味しく感じます。 でも、サッカーの試合やスカッシュの試合の後ほどではありません。そんなわけないでしょう! この経験から得た私の大きな学び 私は、自分の動きの健康とパフォーマンスを向上させるために、様々な方法を探求することにずっと興味を持っているのにも関わらず、どうにかして非常に低いところにある果実を掴むこと=容易に達成できることを避けてきました – 一貫性を持って、長く、ゆっくり行う持久力トレーニングを。ムーブメントの世界には、探求する価値のある様々な分野があり、それぞれがユニークな利益をもたらすことを思い出させてくれるものでもあります。
脊柱側弯症と腰痛
以前、腰痛と姿勢の関連性を検証した研究を紹介したことがあります。 関連性が発見されたものは数少なく、このことは、前傾姿勢、丸まった姿勢、骨盤の前傾といった姿勢不良を心配するのは当然だという考え方に疑問を投げかけます。 しかし、脊柱側弯症の場合はどうでしょうか? 背骨の側弯は、特に中等度や極度の場合において、腰痛と関連するという証拠がいくつかあるのです。 この記事では、基本的な情報と関連する研究内容をまとめています。 軽度の脊柱側弯症の方にほとんど関係することでしょう。 ある程度の非対称性は正常です 人間の身体には本来、左右非対称な部分があります。 心臓は左側にあり、肝臓は右側にあります。 この違いを補うために、右の肺は左より少し大きく、横隔膜の右側は少し高くなっています。 つまり、呼吸をするたびに、胸郭全体と関連する筋組織は、右と左で微妙に異なる働きをしているのです。 また、人間には利き腕と利き脚があるのが普通で、そのために必然的に左右の構造的な違いが出てきます。 同じ顔の左右のように、特に違いがあるわけでもない部分でも、よく見ると明らかに違いがあったりして、よくみてみると明白な違いを指摘できたりもします。 ここでは、脊椎骨からの良い例を紹介します: 写真提供:ウィキメディア・コモンズ 棘突起がいかに右に曲がっているかを確認してください。 このイメージの他の面においても、また身体構造の他の部分でも、同様の非対称性を見出すことができます。 私のクライアントの中には、このような脊椎の左右差に気づき、脊柱側弯症ではないかと心配される方も少なくありません。 ほとんどの場合、その差は小さく、全く問題あないのです。 側弯症は、比較的大きな左右の非対称性を伴い、人口の3%にしか発症しません。 では、どの程度背骨が弯曲していれば側弯症と呼べるのでしょうか? 側弯症とは何ですか? 重要な変数要素は、特定の部位の椎骨間の最大左右角であるコブ角です。 下の写真は脊椎の写真で、コブ角は上が42°、真ん中が89°、下が47°です。 写真提供:ウィキメディア・コモンズ コブ角が10~30°のものを軽度の側弯症、30~45°を中等度、45°以上を重度と分類しています。 0-10°のカーブは一般的であり、脊柱側弯症とはみなされません。 以下は、中程度の脊柱側弯症がどのようなものかを示す写真と関連するレントゲン写真です。 以下の方々は、それぞれ背中のコブ角が40°です。 写真提供:ウィキメディア・コモンズ。なお、同じような曲率でも、見た目はかなり違って見えることがあります。 ここで重要なのは、上記の写真に見られる湾曲は、軟部組織の非対称性だけでなく、骨格の形状に大きく起因しているという点です。 写真提供:ウィキメディア・コモンズ つまり、脊椎の周りの筋肉や筋膜の引っ張りをどうにかして均等にしたとしても、脊椎は弯曲したままなのです。 背骨がまっすぐになってしまうと、関節はニュートラルポジションにならなくなります。 これらは重要なポイントです。なぜなら、大人になれば骨格の形はそれほど大きくは変わらないからです。 側弯症はどのように発症し、何が原因なのでしょうか? 側弯症は通常10歳から20歳の間に発症し、男性よりも女性に圧倒的に多くみられます。 大半の症例は特発性と呼ばれ、原因が不明であることを意味します。 少数派は先天性、または稀な神経筋疾患によるものです。 側弯症は通常、思春期に発見され、成人するまで進行し、その時点で弯曲の程度はより安定します。 曲線が大きい場合にはより進行しやすい傾向にあります。 骨格が成熟した後、カーブは1年に約1°の割合で進行するという弱い根拠もあります。 脊柱側弯症と健康 脊柱側弯症に関連する健康上の問題としては、肺機能、腰痛、セルフイメージに関する心理的問題の3つが挙げられます。 これらのトピックに関する最初の調査はかなりネガティブなものでしたが、最近の更新はより勇気づけられるものです。 この研究は、特発性側弯症の治療を受けていない成人の大規模なグループを数十年にわたって追跡調査したもので、アイオワ研究と呼ばれるものです。 最新の研究結果は、重度の側弯症患者117人を対象とした50年間の追跡調査から得られています。 参加者の平均コブ角はかなり高く:胸椎80°、胸腰椎90°、腰椎50°でした。 これらの人々の健康状態が、正常な脊椎を持つ対照群と比較されました。 全体的な所見として、側弯症グループはかなり良好で、コントロールグループとそれほど変わらないということでした。 以下はその具体的な内容です: 腰痛 :脊柱側弯症のグループでは61%が腰痛を訴えたが、対照グループでは35%にとどまった。 痛みの強さと持続時間を考慮すると、群間の差はより小さくなった(合計スコアが6に対して7)。 肺機能:側弯症グループでは22%の人が息切れを起こしたのに対し、対照グループでは15%であった。 死亡率: 側弯症群では対照群に比べ2%低い。 障害とうつ病:脊柱側弯症群でやや多い。 他の多くの研究でも、脊柱側弯症の人は腰痛になる確率が若干高いことが分かっています。 弯曲のレベルが高いほど、痛みのレベルも高いかどうかについては、さまざまなエビデンスがあります。 これらの研究のほとんどは、青少年を対象としています。 脊柱側弯症が痛みを引き起こすのは、脊椎の構造的な非対称性が原因だと思われがちですが、その関連性はまだ解明されていません。 実際、特発性側弯症の青少年は、痛みの調節機能が低いことが最近わかっています。 脊柱側弯症と身体機能 脊柱側弯症の方の中には、スポーツで安全に競技を行うことや、激しい運動をすることが制限されていると考えている方もいるかもしれません。 この考えを具体的に検証する研究を私は知らないのですが、それを疑問視する例を考えるのは簡単です。 私自身、エリートゴルファーやダンサー、体操選手など、中程度の側弯症の治療を行ってきました。 史上最高のアスリートの一人であるウサイン・ボルトには、背中の側方弯曲が40°もあるそうです。 写真提供:ウィキメディア・コモンズ パワーリフティングのラマ・ガント選手は、脊椎に大きな弯曲を持ちつつ、デッドリフトの世界記録を更新し、自分の体重の5倍以上の重量を持ち上げた最初の人物となりました。 誰にでも身体的な限界はあり、身体に十分な負担をかければ遅かれ早かれその限界にぶつかります。 この限界を決める生物学的要因は、何百、何千とあるのです。 脊柱側弯症の有無は、時には関連する要因になることもありますが、多くの要因の一つに過ぎず、重要でないことが多いのです。 エクササイズと脊柱側弯症 側弯症の治療は、弯曲が中等度から重度に進行している場合、進行を防ぐために通常、思春期に行われます。 治療には、装具、手術、特定のエクササイズが含まれます。 これらの異なる方法の有効性については、大きなテーマであるため、ここでは詳しく触れません。 しかし、ここではエクササイズに関する一般的な考えを述べます。 特定のエクササイズが脊柱側弯症に有効であることを示唆するエビデンスは、一般的に質が低いものです。 エクササイズに対する身体組織の反応についての私の一般的な理解に基づいて、特定のエクササイズが脊椎の弯曲に大きな変化をもたらすとしたら、驚きを隠すことができません。 例えるなら、弯曲の短辺側の組織を伸ばし、長辺側の組織を強化することで、背骨をまっすぐにしようとした場合を想像してください。 ストレッチは可動域を広げることができますが、これは筋肉に物理的な長さを加えるというよりも、ストレッチに対する神経系の耐性を高めることによって引き起こされていると思われます。 同様に、弯曲の長い側の筋肉を鍛えれば、短くする能力は高まるかもしれませんが、物理的に短くなることはないでしょう。 いずれにせよ、背骨の左右の軟部組織の構造を変えることに成功しても、骨の構造は曲がったままです。 したがって、非対称的なストレッチと強化に焦点を当てたエクササイズによる変化は、おそらく構造的というより機能的なものでしょう。 これはエクササイズ全般について言えることです。 筋肉をつけたり、脂肪を減らしたりすることはもちろんですが、運動は構造よりも機能を変える可能性がはるかに高いのです。 そのため、エクササイズの方法を決める際には、見た目をどうするかではなく、何ができるようになりたいかということに最も重点を置く必要があります。 屈曲、伸展、回旋、側屈に動ける、良いモビリティを持った背中にしたいのであれば、モビリティの向上に努め、弱点に時間を割くようにしましょう。 背中を強く安定させたいなら、機能的な強さと安定性を鍛えましょう。 何かをするときに痛ければ、そのことを回数や強度を抑えてやってみるなどして、少しずつ能力を高めていきましょう。 これらの一般的な常識は、脊柱側弯症のある人にもない人にも当てはまります。 脊椎の弯曲が大きい人には、個々に特有の配慮が必要でしょうから、その限界を理解している専門家に相談すべきです。 しかし、前述したように、誰にでも身体的な制限はあり、側弯症もそのひとつに過ぎないのです。 リサーチを読んでの私の考えでは、脊柱側弯症は重要ではあるものの、多くの人が考えがちなほどではないということです。 参照 Weinstein SL, Dolan LA, Spratt KF, Peterson KK, Spoonamore MJ, Ponseti IV. Health and function of patients with untreated idiopathic scoliosis: a 50-year natural history study. JAMA. 2003 Feb 5;289(5):559-67. doi: 10.1001/jama.289.5.559. PMID: 12578488. Agabegi SS, Kazemi N, Sturm PF, Mehlman CT. Natural History of Adolescent Idiopathic Scoliosis in Skeletally Mature Patients: A Critical Review. J Am Acad Orthop Surg. 2015 Dec;23(12):714-23. doi: 10.5435/JAAOS-D-14-00037. Epub 2015 Oct 28. PMID: 26510624. Weinstein SL, Dolan LA, Spratt KF, Peterson KK, Spoonamore MJ, Ponseti IV. Health and function of patients with untreated idiopathic scoliosis: a 50-year natural history study. JAMA. 2003 Feb 5;289(5):559-67. doi: 10.1001/jama.289.5.559. PMID: 12578488. Mayo NE, Goldberg MS, Poitras B, Scott S, Hanley J: The Ste-Justine idiopathic scoliosis cohort study. Part III: Back pain. Spine. 1994, 19: 1573-1581. Ramirez N, Johnston CE, Browne RH. The prevalence of back pain in children who have idiopathic scoliosis. J Bone Joint Surg Am. 1997;79:364–8 Sato T, Hirano T, Ito T, Morita O, Kikuchi R, Endo N, et al. Back pain in adolescents with idiopathic scoliosis: epidemiological study for 43,630 pupils in Niigata City. Japan Eur Spine J. 2011;20:274–9. Théroux J, Le May S, Hebert JJ, Labelle H. Back Pain Prevalence Is Associated With Curve-type and Severity in Adolescents With Idiopathic Scoliosis: A Cross-sectional Study. Spine (Phila Pa 1976). 2017 Aug 1;42(15):E914-E919. doi: 10.1097/BRS.0000000000001986. PMID: 27870807. Asher, M.A., Burton, D.C. Adolescent idiopathic scoliosis: natural history and long term treatment effects. Scoliosis 1, 2 (2006). https://doi.org/10.1186/1748-7161-1-2 Teles AR, Ocay DD, Bin Shebreen A, Tice A, Saran N, Ouellet JA, Ferland CE. Evidence of impaired pain modulation in adolescents with idiopathic scoliosis and chronic back pain. Spine J. 2019 Apr;19(4):677-686. doi: 10.1016/j.spinee.2018.10.009. Epub 2018 Oct 19. PMID: 30343045. Thompson, J., Williamson, E., Williams, M., Heine, P., & Lamb, S. (2018). Effectiveness of scoliosis-specific exercises for adolescent idiopathic scoliosis compared with other non-surgical interventions: a systematic review and meta-analysis. Physiotherapy, 105(2), 214–234. Weppler et al. (2010). Increasing Muscle Extensibility: A Matter of Increasing Length or Modifying Sensation? Physical Therapy. 90 (3): 438–49.
モビリティのためのリーチング
機能的なモビリティに取り組むための興味深く楽しい方法があります:単に何かに向かってリーチすること。 ステップ1:立ったり、しゃがんだり、ランジしたり、四つ這いになったり、床の上で様々なポジションで座ったりするなど、幅広い活動に役立つ何らかのポジションに入ってみてください。 ステップ2:床の上での接触ポイントを維持しながら。手でリーチする想像上の点を選びます。 長さと精度に関して、全てのミリ単位がカウントされることを想像しながら、しっかりとリーチします。 この基本方式でさまざまなバリエーションを使って試してみると、足首、股関節、背椎、肋骨、肩など、ほぼすべての関節で可動範囲に挑戦することができます。 通常、機能的なパターンを形成する組み合わせで、多くの関節分節を一度に動員することになります。 たとえば、ベアクローリングのポジションに入るとしましょう:スクワットポジションで床に足裏をつけ、足の前で手のひらを床につけるようにします。ここから、他のサポート3点の接触を維持しながら、右手をできるだけ前にスライドさせます。 あなたが広い領域をペインティングしていると想像して、できるだけ多くの異なる点に右手をスライドさせてみてください。 足首、膝、股関節、背中、肋骨、肩の機能的なモビリティに挑戦することになるでしょう。 重要なこととして、さまざまな動きがうまく調整されている必要があるため、全体的なボディコーディネートに対するチャレンジとなります。 より簡単な動きのセットとして、椅子に座っている間に同じことを試すように、右手をできるだけ遠くに、下と上、前後、左右へとリーチしてください。 骨盤の少なくともどこか一部を椅子につけたり、足を床に固定したりしながら、各ミリ単位がカウントされるかのように、想像上のターゲットにしっかりとリーチしてください。 これにより、動きに関わる遠位の部分も含まれるようになるため、肋骨と骨盤は肩と一緒に働きます。 どこにリーチするかによって、骨盤と背骨は屈曲し、伸展し、側屈し、回旋します。 多くの人が機能的で現実的な動きのように感じることに気づきながら、さまざまな動きの可能性とどのように感じるかをすべて探索してください。 足の位置、姿勢、椅子の接触などの微妙な変化を加えて、良いまたは有用なだと感じられるものを繰り返します。 なぜ、ランダムなポイントに手を伸ばすと、協調性や親しみを感じる動きになるのでしょうか? 私達の祖先である霊長類は木の上で生活しており、無造作に木の枝に手を伸ばすことに多くの時間を費やしていたのです。 私達の身体は、遠く離れたものをつかむ手のニーズに応えるためによく組織化されています。そのため、手を伸ばすと、特に長く伸ばしたポジションで身体が調整される傾向にあります。 リーチをする時、身体は知的な方法で長くなるのです。 立っている状態でのリーチングゲームでは、様々な制約の中で、壁からどれだけ離れても接触できるかを確認します: 壁の低い位置や高い位置にリーチをする。 両足を壁に向けてリーチする。 両足を壁に対して右に向けたり左に向けたりしてリーチする。 カウンターバランスのために後ろ足を上げることをよしとする。 フェンシング選手やダンサー、スカッシュ選手のように、様々なヒップヒンジやランジのポジションを取ります。 足は、特に登ったり、よじ登ったり、這ったりするように、手で何かを掴んでバランスを取るような姿勢で、リーチをするのに使うことができます。 立位で足をリーチして遊ぶことで、股関節の潜在的な可動域をすべて簡単に試すことができます。 ターゲットに対して前向き、背中向き、横向きの状態から、足を伸ばして壁のいろいろなところを触ってみてください。 バランスをとるために、手を好きなだけ使ってください。 足を持ち上げてハードルをクリアしたり、高い箱やテーブルの上に乗せたりすることができます。 床に沿って足を遠くにリーチすると、様々なランジポジションになります。 これは結果として、支持脚の筋力トレーニングになり、モビリティの多くは安定性とバランスに関わるものであることを示してくれます。 腕立て伏せの姿勢で、片方の手を床に沿って前に滑らせ、もう片方の腕で転ばないようにすることで、同じ効果を得ることができます。 坐骨も「リーチ」することができます。 これらの機能の一部は、座ることができる表面と接触をとることですから、椅子に向かってリーチすれば、自然な動きが生まれるでしょう。これは、多くの人たちがスクワットをするように言われるとぎこちないフォームでしゃがんでしまうのに、座るようにと伝えるとごく自然にしゃがむ人が多い理由です。 調節可能なスツールにお尻を下げてみてください。 簡単ですか? シートを低くしたり、遠ざけたり、近づけたり、左右に動かしたりします。 足の置き方を変えてみましょう:密着させたり、大きく離したり、かかとを上げたり下げたり、非対称の位置も含めてみます。 片方の座骨をタッチして、もう片方はタッチしないようにします。このシンプルなゲームを使って、スクワットの可能性の全貌を探ることができるのです。 スタガードポジションになり、後ろの膝を地面に、あるいは前の手を前にあるポイントに伸ばすことで、ランジを探索することができます。 また、目は物を見るために「リーチ」することができます。 上下左右に視線を向けることで、体幹全体、さらには骨盤や脚の協力を得ることができます。 ベアクローリングの姿勢になり、手と足を床にしっかりとつけて、両脚の間を上下に、水平線の向こうを左右を見ます。 これは全身の総合的な運動能力への挑戦です。 私は毎日、スカッシュの試合やワークアウトのウォームアップとして、リーチングスタイルの動きで遊んでいます。 時間をかけて、どの動作が最も効果的に感じられるかを見極め、そしてそれらがよりダイナミックでチャレンジングになるようにスピードアップしていきました。 リーチングで遊んでみて、何が現れてくるかを試してみてください。
肩の健康のためのハンギング
最も過小評価されている肩のエクササイズ... 人間にとって健康的な運動で、あまりやらないものを1つ選ぶとしたら、それはハンギングでしょう。肩はぶら下がったりスイングしたりするように作られていますが、これらの動きがエクササイズプログラムに含まれていることはほとんどありません。プルアップにも同様の利点がありますが、それほど自然で単純ではなく、簡単に許容できるものではありません。 私たちの遠い先祖は、何百万年もの間木々の上で生活していたので、沢山の枝を掴んでいました。木々の中で移動するには、長い腕で枝から枝へとスイングする「腕渡り」が最適な方法です。テナガザルは時速35マイルまでの速度で腕渡りができます。これはウサイン・ボルトが走れるよりも速い速度です。人類の祖先はずっと昔にこの木から下りてきましたが、私たちには、肩が非常に柔軟で、腕が長く、手首が回旋し、手を組み合えるなど、腕渡のために進化した解剖学的特徴の多くが残っています。 ぶら下がったりスイングしたりすることの自然さは、これらの動きを自発的に始める幼い子供たちを見れば容易にわかります。 ちょっと気がかりですが、興味深い。 手の届く範囲にバーがあれば、そこにぶら下がるようになり、通常、体幹を整え安定させるために膝を上げた姿勢になります。次にスイングですが、これは足を前後にポンピングすることで行います。子供が雲梯の近くで遊んでいると、ほとんどの子供がコーチをしなくても、やがて手から手へとスイングすることを学びます。競技や正式な練習に関わっていない限り、彼らがプルアップをやり始めるのを見ることはないでしょう。しかし、ぶら下がったりスイングし達するのは、走り回るのと同じくらい自然なことなのです。 多くの運動指導者、トレーナー、さらには外科医でさえ、バーからぶら下がることは肩の健康に最適で、肩の痛みの治療にもなると推測しています。提案されているメカニズムは、敏感な組織の圧縮やインピンジメントを避けるために、関節にスペースを作ることです。 これらの主張を裏付ける質の高いエビデンスは確認していませんが、個人的な経験から、バーにぶら下がっているのは本当に気持ちがいいことはわかっています。私は最低でも毎日1分以上、手の届くところにバーがあれば、ほぼいつでもぶら下がっています。自由で、強く、動きたくなるような気分にさせてくれます。同じことを言う人をたくさん知っています。ぶら下がると気分が悪くなると言う人はいないと思います。ですから、肩の動きを良くし、気分を良くしたいなら、ぶら下がるハンギングは、私の「試してみる価値のあるもの」リストに載っています。 ハンギングとスイングの遊び方についてのアイデアをいくつかご紹介します。最良の結果を得るには、より難しい動きに移る前に、十分な時間をかけて簡単な動きを探求し、慣れるようにしてください。そして、気持ち良くない場合は、やらないこと! 体重を軽減する 素晴らしい握力や総合的体力を持っているのでなければ、以下に説明するほとんどの動きは、実質的体重を減らす方法を見つけることで、より簡単で生産的になります。つまり、足にいくらかの荷重をかけるのです(バーが高すぎる場合は、スツールや椅子を使用します)。 手の位置を色々試す 手の位置を色々と試しながら、自分が一番心地よく、力を発揮できる位置を探してみてください。ほとんどの人にとっては、手のひらを前に向け、両手を肩幅に広げる位置でしょう。親指の位置を試すこともできます。猿のように親指を指と一緒に動かしてみてください。 肩甲骨の動きで遊ぼう 今、ぶら下がっている状態で、肩甲骨をコントロールする筋肉の働きに注目してください。受動的で、肩が耳まで上がりますか?それとも、より能動的に肩を低く保っていますか?肘を伸ばしたまま、この2つのポジションをゆっくりと往復することで、ぶら下がりながら能動的な肩と助銅的な肩の違いを感じることができます。どちらの立場が正しいとか間違っているとか考えないでください...ただ、ぶら下がる方法が違うだけで、どちらも快適なはずです。どの選択肢を選べば、より長くぶら下がることができるのでしょうか?おそらく肩が解放されている状態でしょう、それほど働かなくても良いから。 緊張のリリース 次に、肩を受動的な状態にし、筋肉の緊張をほぐして、身体ができるだけ「長く」なるようにします。背骨と尾骨を床に沈めるようにして、肋骨と椎骨の間のすべてのスペースが広がるようにします。緊張しているスペースを見つけて、それを手放せるかどうか確認してみましょう。 遠位の骨をつなぐ筋膜のスリングや「トレイン」に興味があるなら、これが簡単にそれがどこにあるのか、何をしているのかを実感できる方法です。手と肩をつなぎ、肩と骨盤をつなぐ張力の連鎖を感じてください。特に脇の下を動くところで感じてください。前部(胸筋と腹筋)を通るプルのラインがよりはっきりと感じますか?それとも背中(広背筋と背中の筋肉)?ぶら下がるのを一旦やめて、歩いてみて、肩の可動性、姿勢、呼吸への影響を感じることができるかどうか確認してください。 微妙な動きで遊ぼう 足、膝、骨盤、頭の位置を少し調整することで、ストレッチを感じる場所を変えることができます。例えば、ぶら下がったまま、ゆっくりと膝を上方に動かし、腰と膝が椅子に座るような姿勢になるようにします。そうすることで、骨盤の後傾と背骨のわずかな屈曲を促します。パターンをよりはっきりさせるには、頭を恥骨に向けて見下ろすようにします。これはぶら下がったときのストレッチを感じる場所にどのような影響を与えますか?現在、どの筋連鎖がより多くのサポートを提供していますか? 今度は逆の動きで、足と膝を少し後ろに移動させ、背骨が伸展するように促します。頭を戻して上を見るようにすると、パターンはより明確になります。肩から骨盤にかけてのつながりの感覚に、改めて注目してください。今度は2つのポジションをゆっくり往復して、その違いを実感してください。また、膝や足を左右に少し動かして、微妙な回旋や側屈の効果を感じてみるのもよいでしょう。足を左に動かすと、どちらの手がより圧を感じますか?どちらの脇の下がより伸びていると感じますか? これらの動きを使って、体幹のほとんどすべての筋肉の可動性と統合を探ることができます。歩いて離れてみたところで、効果を感じることができるかどうかを確認してください。 スイング 上記の動きをよりダイナミックにするためには、足と膝をより速く、リズムよく前後に動かし、少しスイングし始めるようにします。膝を曲げた状態と伸ばした状態で試して、比較してみてください。これが簡単に感じられるなら、前方へのスイングからジャンプで降りる遊びもできます。または、バーに向かってジャンプして最初のスイングを開始します。左右にスイングすることもできます。 足でリーチする バーからぶら下がっている間、ターゲットを選び、足でリーチしてタッチします。枝にぶら下がっていて、次の足場を探す必要があると想像してください。必要に応じてスイングの勢いを利用してください。 時間を決めてのハンギング 上記のすべての動きで遊ぶことは、驚くほど強さへの挑戦になります。数ヶ月間、プルアップをやめて、ぶら下がりやスイングで遊んでいたのですが、プルアップテストをしたら17回を達成しました(私にとってはいつもよりいい感じです)。 持久力をテストする方法は次のとおりです。自分の全体重でどれだけ長くぶら下がることができるかを確認します。または、30秒間ハングアップしてからプルアップを試し、さらに30秒間ぶら下げてから、もう一度プルアップしてみてください。このプログレッションは、ストレングスコーチのダン・ジョンが推奨しているもので、5回は立派な数字だと言っています。 片腕バリエーション 上記のすべての動きを片方の腕で同様のバージョンで実行できます。そして、さらに。片方の腕が空いているので、空いている手でターゲットや架空の枝に自由に手を伸ばすことができます。ぶら下がっている肩で起こる回旋に注目してください。まるで雲梯に手を伸ばしているかのように、前後に手を伸ばして探索してください。安全を確保するために、足からしっかりとサポートしてください。上記のすべての動きに慣れていて、体力、可動性、協調性に自信があるなら、最終テストの準備はできています。遊び場で雲梯を見つけて、3年生と同じくらいに素早く渡ってみてください。
静かな眼差しとコーディネーション
ゴルフやビリヤード、バスケットボールなど、ターゲットを持つスポーツにおいて「静かな目」がもたらす効果については、興味深く、しっかりとした研究結果があるようです。その結果、熟練者は初心者に比べ、より早く、より長くターゲットに視線を固定し、ヒット時にはミス時よりも長く視線を固定することがわかりました。知覚と行動がリンクしていることを示す、もうひとつの例として、私はこれを興味深いと思っています。自分の身体をコントロールしたいのであれば、神経系を流れる感覚情報の内容やタイミングをコントロールする必要があります。球技においては視覚情報が重要であるため、適切なタイミングで適切な場所に視線を移動させることは基本的な技術になります。しかし、視線コントロールは、「ボールから目を離すな」といった単純な決まり文句を除けば、ほとんど訓練されることもなく、検討すらされません。 私の好きなスポーツ(本当にスポーツなのだろうか?)の一つであるビリヤードで、静かな目がどのように働くかの例を紹介します。世界チャンピオンであるコ・ピン・イのビジュアルフォーカスをチェックしてください。彼は見逃さないという感じがするでしょう?ショットを打つ前の彼の目の動きはこのようなものです。ショットに身を乗り出し、練習ストロークをリハーサルしながら、目線はキューボールとナンバーボールの間を行ったり来たりして、正しい角度を確認します。そして、ナンバーボールに視線をロックし、1~2秒間、完全に静止します。この短い静寂の時間を経てからのみ、彼はショットを打つのです。偉大なプレーヤーはビリヤードをプレイするために様々なテクニックを使いますが、一休止と静かな目はほぼ普遍的なものです。 クワイエットアイ・静かな目という言葉は、ジョアン・ビッカースがバスケットボール選手のフリースロー時の視線固定について研究した後で、作り出した言葉です。エリートのシューターは、サブエリートのシューターよりも早く、長くフープに視線を固定することを発見しました(400ミリ秒に対して972ミリ秒)。また彼女は、エキスパートは静かな目の時間が短いとミスしやすいことも発見しました。これに続く研究で、トラップ射撃、ビリヤード、ゴルフのパター、サッカーのPKなどでも同様の結果が得られています。また、静かな目のトレーニング(アスリートが行動する前に特定のターゲットに長い視線固定を使うよう指示する)は、パフォーマンスの向上や運動学習のスピードアップにつながることが分かっています。また、静かな目のトレーニングは、リラックスを促し、プレッシャーによる息が詰まる感じから守る効果があります。 この情報からは、いくつかの興味深いことがわかります。ひとつは、「ボールから目を離さない」ということは、考えるほど単純ではないということです。これは練習すれば上達する高度な技術です。目の動きは筋肉の活動によって制御されており、他の筋肉の活動と同様に、適切なタイミングと他の動きとの協調が必要です。 2つめに、目、身体、マインドの間には深いつながりがあるということ。目が上を向いていれば、まるで目が目標に到達するのを助けようとするかのように。背骨を伸展する筋肉が反射的に促進されます。 目線が下を向けば、屈曲を促します。そして、目が静まる時、身体もマインドも静まるのです。これらの関係は、その逆も然りです。マインドが不安であれば、目も身体もあちこちに飛びがちです。視線を意図的にコントロールすること(瞑想で呼吸を意識するのと同じ)は、飛び跳ねるシステムをコントロールし続けるための最も単純な方法のひとつかもしれません。 3つめは、静かな目でプレーしている時、的を射る確率が上がるだけでなく、より良いテクニックを身につけることができるということです。その理由として考えられるのは、意識の焦点をボールに移すことで、身体から意識を遠ざけることにもなり、それが有効であることです。ヴィッカーズの説明の通りです:「目がデータを提供すれば、運動系は何をすべきかを知る」。 このことは、ガブリエル・ウルフの「内的注目」と「外的注目」の研究とも密接に関連しています。つまり、私たちは体外の出来事に集中しているときに、より良いパフォーマンスを発揮するということです。ウルフは、内的注目が「『通常』運動を制御するはずの自動運動制御プロセスを妨害する」と説明しています。 これに対して、外的注目は、「意識的な制御の試みによる干渉に制約されることなく、自然に自己組織化する」ことを可能にします。 簡単に言うと、静かな目は、分析による麻痺や息詰まりの防止に役立つのです。 よりダイナミックな環境でも、静かな目はまた重要であり、さまざまなタスクにおいて、目がはっきり見えるように頭を安定させることが良い技術の一部であると思います。例えば、チーターのスプリントテクニックの特徴は、脚を動かすために背骨が狂ったように上下に振動しても、頭は安定したカムのように同じ高さで揺るがないのです。バスケットボールやテニスなどのスポーツでは、頭を水平に保ちながら、相手やボールなどの目標に視線を合わせることで、簡単にベストなラテラルシャッフルのテクニックを見つけることができるのではないかと推測します。 ビリヤードやゴルフで静かな目を持とうとした個人的な経験では、静かな目は、技術的な複雑さをかなり簡略化することができます。私は自分の技術を過剰に分析する傾向があり、手の圧力や手首の屈曲、スイング軌道について考えてしまいます。生体力学的な変数の数は圧倒的であり、意識してコントロールすることは不可能です。しかし、ボールがホールに入るのをイメージして、ボールに目を向けるだけなら、比較的簡単なのです。シンプルだけれど、簡単ではない。可視化と静かな目を維持するには、メンタルの努力が必要であり、自動化されるべきプロセスに干渉することから気を逸らしてくれます。
マインドフルネスとムーブメントに関する考え
動きや感じ方は、思考や感情など、頭の中で起こっているすべてのことに影響されます。ですから、特に自分にとって重要な動作や姿勢の時に、時々自分の精神状態を観察してみるのもいいかもしれません。 例えば、ランニングのストライドの質、仕事中の座り心地、フォーマルな社交の場での肩の緊張などに興味がある場合:これらの出来事に関連して、今、私の心の中で何が起きているのか?と問いかけるべきです。 注意深く観察してみると、いろいろなことが一度に起こっていることがわかるかもしれません。あなたの脳は、ある意味、大きな部屋で人々が同時に話しているようなものです。耳を傾けると、面白いデータが集まるかもしれません。 例えば、腰部を痛めたばかりで、瞑想のクラスで学んだばかりのマインドフルネススキルを適用しようとすることを想像してみてください。あなたは、様々な「声」を聞くことになります:身体の痛みの感覚(「痛い!」)、ケガの原因についての考え(「2週間で治る筋損傷だ」)、恐怖や不安の感情(「このケガは一生治らない」)、似たような出来事の記憶(「前回これが起こったときは悲惨だった」)、奇妙な連想(「Huluでゲットバックを見ることを忘れてはいけない」)というような。 教養のある大人のような声もあれば、怖がりの子供のような声もあります。直接会話しているものもあれば、勝手に脱線しているものもあります。ある者は最前面で叫んでいて、ある者は背景でかろうじて聞き取れる程度に。そして、それら全体は刻々と変化しており、あなたがそれをどのように観察するかによって、非常に大きな影響を受けるのです。 マインドフルネスは、ネガティブな声が小さくなったり、会話がよりクリアで統一されたものになったりすると効果的かもしれません。あるいは、物事が単に混乱するだけかもしれません。このようなことが起こっているのを目の当たりにして、さらに一歩下がって、自分がこのマインドフルネスといものを正しく行っているかどうか、目の当たりにしている自分を目撃するのかもしれません。もしかしたら、正しく行っていないと判断して、あなたを悪者にしてしまうのかもしれません。 内観は複雑でどこか奇妙な体験であり、潜在的なメリットとコストがあります。特に、瞑想、ヨガ、武術、太極拳、フェルデンクライス・メソッドなど、優れた教師による体系的な練習の一環として使用すれば、時間をかけて上手になることができます。 以下は、フェルデンクライスのレッスンでマインドフルになろうとした私自身の体験談です。このレッスンでは、床に横たわり、身体のさまざまな部位を明確にイメージするボディスキャンを行います。 例えば、右肩の床への接触、肩関節の位置、床に対する肩甲骨の平坦さなどを感じてみるのもいいかもしれません。そして、左肩についても同様の観察を行い、違いがあるかどうかを確認するのです。ポイントは、これらの状況を判断することなく、ただ観察することです。 私はこれを行う時、左右の違いがよりわかりやすくなります。例えば、私の右肩は左肩より低く、また床からより傾いています。更に微妙な観察としては(練習して初めてわかったのですが)、私は非対称性を認識したときに面白い反応をします:床の上でごそごそして、非対称を修正することが多いようです。例えば、右肩がより左肩のようになるように動かすかもしれません。 さて、なぜそんなことをするのでしょう? 頭の中で交わされる「会話」に注目すると、「左右非対称は良くない、修正すべきだ」というごくかすかな「声」を聞き分けることができました。この声は、私の身体に関する「私」の意見を反映しているわけではないし、実際、「私」はこの声が間違っていることを知っています。床に横たわった時に、片方の肩がもう片方の肩よりほんの僅かに高いということが、どうして問題になり得るのでしょうか。この考え方が意味不明でも、私の心の中のどこかには明らかに理に適っていると考える部分があるのです。そして、私のこの部分は、ほとんど聞こえないような声で話しているにもかかわらず、私の筋肉をコントロールする力を持っていて、床の上で自分を調整させることになるのです。これは興味深い。 その「声」は、どのような経緯で、どこからそのアイデアを得たのでしょうか?何年も前に、姿勢が悪いと痛みが出るとか、左右非対称は姿勢が悪い証拠だ、という話を聞き始めたのがきっかけだったと思います。一時は意識的にそう信じていたのですが、関連する研究を見た後で、すっかり考えは変わりました。少なくとも私は、意識的なマインドを変えました。私のマインドの他の部分は説得されたままで、それが勝手に私の姿勢をコントロールし続けたのです。 この声を意識するようになってから、その影響を察知しやすくなり、そのコントロールを制限することができるようになりました。そうすることで、自分の身体がリラックスし、心地よく、本物であると感じることを助けてくれます。これが深い変化や重要な変化だと示唆しようとしているわけではなく、これは、単にちょっとしたことなのです。ただ、私の頭の中では、このような小さなことが他にもたくさん起こっていて、時間が経つにつれて、それらを発見することのメリットは積み重なっていきます。
抗炎症薬は慢性疼痛のリスクを高めるか?
炎症は急性および慢性の痛みの主な原因であるため、私達は、それを取り除きたい。しかし、炎症にはそれなりの理由があります。炎症は身体の健康を守る基本的な生理機能であり、何十億年も前から進化してきたものです。ですから、炎症プロセスを阻害することは、好ましくない副作用をもたらすかもしれません。 この考察は、負傷後に損傷した身体の一部を氷で冷やすのが良いのかどうかという最近の論争を説明するものです。アイシングの論理は、痛みの原因となっている炎症を抑えることです。しかし、そこには反論もあります:炎症が治癒プロセスを開始させるので、炎症を妨げると治癒が遅れるかもしれない。この懸念は、例えば、エキセントリックエクササイズ後の筋肉の治癒をアイシングが遅らせるという研究で実証されています。このため、RICEを考案した人物を含め、多くの専門家達がRICEの頭文字である「I」の価値を疑問視しています。 急性疼痛からの回復に対する抗炎症薬の効果に関する新しい研究を検討する際には、この背景を念頭に置く必要があります。その結果、抗炎症剤が好中球の増殖を妨げる可能性があること、そして好中球が何らかの形で痛みを解決するプロセスの開始を助けるため、これは悪いことかもしれないということがわかりました。以下はその詳細と引用です。 この研究は3つの証拠に基づいています: 1) 急性腰痛患者における免疫系活動の経時的解析 2) 筋骨格系を損傷した齧歯類への介入 3) 腰痛と非ステロイド性抗炎症薬の使用を長期にわたって追跡したUK Biobankのデータの解析。 研究の最初の部分では、腰痛を発症した急性期の人98人の免疫系活動を評価し、3ヵ月後に再度評価しました。痛みから回復した人もいれば、そうでない人もいました。グループ間の顕著な違いのひとつは、急性期における好中球の活性化レベルが回復グループにおいて高かったことです: これらの結果は、筋骨格系疼痛の急性期における炎症反応の上方制御が、慢性痛の発症に対する防御機構として重要であることを示している。活発な炎症反応、特に好中球によって制御される炎症反応が痛みの消失に寄与している。 研究の次の部分で研究者達は、好中球の活性化と慢性疼痛のリスクに対する抗炎症薬の効果を齧歯類で検証しました。彼らの推測は、抗炎症剤が好中球の活性化を阻害し、それが筋骨格系の痛みを長引かせるのだろうというものでした。そして、それが彼らが発見したことです。さらに、好中球を注射するとこの影響はなくなり、炎症に影響を与えない鎮痛剤では同様の影響は見られませんでした: [抗炎症薬]による炎症の急性治療は、投与中の疼痛行動を効果的に減少させ、[しかしなが]神経障害性、筋筋膜性、特に炎症性の疼痛状態の解消を大幅に延長させることを確認。抗炎症作用のない3種類の鎮痛薬(ガバペンチン、モルヒネ、リドカイン)は、疼痛エピソード(アロディニア)の持続時間全体に影響を与えることなく、短期間の鎮痛効果を発揮した。 研究の第3段階は、UKバイオバンク・プロジェクトから提供された腰痛に関するデータの分析でした。その結果、腰痛に非ステロイド性抗炎症薬を使用している人は、慢性疼痛を発症するリスクが高いことがわかりました: その結果、急性腰痛症患者が非ステロイド性抗炎症薬の使用を報告した場合、非ステロイド性抗炎症薬を服用していない場合に比べ、慢性腰痛症を発症するリスクが1.76倍高いことを発見した(P = 2.0 × 10-5)。 抗炎症作用のない鎮痛薬を服用している人では、慢性腰痛の発症リスクの上昇は認められませんでした。 以下は、著者の視点から見た調査結果の全体的な意味を要約した引用です: 私達のデータは、急性疼痛エピソードの後に慢性疼痛に移行するのを、能動的な生物学的プロセスが防いでいることを示唆している。 私達の発見は、炎症プロセスの開始がその解消を促すという観察と一致しており、したがって、適切な炎症反応が始まらないことが慢性疼痛につながる可能性がある。 この結果から、急性痛の段階では、活発な免疫プロセスが適応をもたらし、急性腰痛症(または顎関節症)の患者では、このような炎症反応の障害が慢性痛の発症リスクを高めることが示唆される。 この研究からのエビデンスは、私にとって説得力があるように聞こえましたが、私はこの分野の専門家ではなく、論文の質について確かな評価はできませんし、論文に対する批判も読んでいません。しかし、この研究にはいくつかの注意点があります(ところでこれはほぼ全ての研究に適用されるものです。 第一に、これは1つの研究にしか過ぎず、再現される必要があります。第二に、興味深い結果を持つ研究は、再現されないか、再現されてもエフェクトサイズが小さくなる傾向があります。第三に、免疫系は非常に複雑で、様々な要素が関与しているため、(a)抗炎症薬はおそらく好中球の活性化に影響を与える多くの因子の一つに過ぎず、(b)好中球の活性化はおそらく急性慢性疼痛からの移行に影響を与える多くの因子の一つに過ぎない、ということです。 とはいえ、これは興味深い結果なので、私は今後の研究を楽しみにしています。そして今度怪我をして痛み止めが必要になったら、アドヴィルよりもタイレノールのボトルに手を伸ばすかもしれません。
痛みと運動のモデル
痛みを理解するためのモデルは様々なものがあります:神経マトリックスモデル、生物心理社会モデル、ルイス・ギフォードの成熟有機体モデル、オニオン・スキン・モデル、生物医学モデルなどです。また、運動学習や身体トレーニングには、制約に基づくモデル、動的システム理論、ロシアの様々なスポーツ科学モデル、非線形教育学などがあります。 私は、これらのモデルの相対的なメリットに関する議論をよく目にしますが、それは良いことです。しかし、私があまり良くないと思うのは、あるモデルにある欠点や制限があるから致命的な欠陥があると人々が主張することです。あるいは、このモデルを使えば必ずエラーになる、とか。あるいは、現在のモデルが抱えている問題は、私たちの考え方に完全かつ根本的な革命を起こす必要があるとか。このような議論は、脳に関するモデルに関して特によく見られます、というのも、脳というのはモデル化するのがかなり難しいものですからね。 すべてのモデルは少なくともある程度は必然的に間違っている、というふうに私は捉えています。しかし、まだ役に立つモデルもいくつかあるのです。私たちは、特定のモデルがどのように私たちを迷わせるかを意識する必要がありますが、いかにそれが洞察を提供してくれるかも理解する必要があるのです。 モデルを構築することは、世界を体系的、組織的に理解しようとする際の基本的な部分です。世界には細部や複雑な要素が多すぎて、一度にすべてを理解することはできません。ある現象を本当に理解するためには、ある本質的な部分に焦点を当て、他の部分は無視する必要があります。 例えば、力に対する大きな物体の動きを理解するためには、その物体の質量と速度、そして物体に加わる力の大きさと方向に注目します。しかし私たちは、物体の色や形、あるいは摩擦の影響など、本質的ではないけれども非常に現実的な細部を無視します。その結果、力は質量に加速度をかけたものに等しいというような単純な方程式を持つモデルが出来上がります。 モデルが正確な予測を行うかどうかを確認することで、モデルの精度をテストすることができます。もしそうなれば、あるいは私たちが説明しようとしている出来事に対するより良い理解とコントロールにつながれば、それは成功なのです。モデルの限界を指摘し、他のモデルの方が優れているかどうかを議論し、既存のモデルに改良を加えるなどして、さらなる進歩を遂げることができます。 私たちはモデルの精度と実用性を向上させることはできますが、それらが世界を完全かつ正確に表現することはできません。世界を完全にモデル化するためには、別の世界を作らなければならないのです!それは不可能であり、どうせ何の役にも立たないでしょう。つまり、モデルは現実を映す鏡ではなく、単純化された鏡映なのです。ですから、それらは、少なくともある程度「間違っている」のです。 でもまた、それらが信じられないほど役に立つこともあります。 ニュートン力学は、惑星のような大きな物体の動きを驚くほど正確に予測することを可能とします。しかし、物体が非常に小さかったり、光速に近い速度で動いていたりする場合には、正確に事象を説明することができません。このような状況下では、一般相対性理論や量子力学といった別のモデルが必要になります。つまり、ニュートンの「法則」は普遍的なものではありませんが、私たちが普段関心を持っている「中間の大きさ」の世界では正確さを維持するのです。 ショーン・キャロル(非常に賢い物理学者)の新著『The Big Picture』からの引用です: 宇宙を記述するための私たちの最善のアプローチは、単一の統一されたストーリーではなく、さまざまなレベルで適切なモデルの相互接続シリーズです。それぞれのモデルには適用できる領域があり、それぞれのストーリーの本質的な部分として登場するアイデアは、「本物」と考える権利を有します。私たちの課題は、いくつかの基本的な考え方に基づいた、安定した信念の惑星を形成するために組み合わされる一連の説明を組み立てることです。 私たちの基本的な存在論、つまり世界について最も深いレベルで語るための最良の方法は、極めて疎なものです。しかし、私たちが世界について語るための基本的でない方法の一部である多くの概念(より高次の、巨視的な現実を記述する有用なアイデア)は、「本物」と呼ばれるに値するものです。 ここでのキーワードは「役に立つ」ということ。世界について語る上で、役に立たない方法は確かにあります。科学的な文脈では、このような役に立たない方法を「間違っている」とか「間違っている」と言います。すべての科学理論は、世界について語る方法です。世界は存在するものであり、起こるものですが、私たちはその世界について語り、さまざまな方法でその物語を語ることによって、膨大な洞察を得ることができます。 同意します! 人体は、既知の宇宙で最も複雑な物質組織のひとつです。それを理解するためには、モデルを構築し、比喩を使い、抽象的な表現を用いなければなりません。そのためには、ある種の詳細を無視し、単純化した絵を作り、誤解を招く可能性のある比喩に依存する必要があります。でも、私たちに選択肢はないのです!モデルと比喩は、身体を理解するために不可欠な思考ツールです。脳はコンピューターか?心臓はポンプ?腎臓はフィルター?神経は電話線?ある意味ではイエス、ある意味ではノー。 それぞれのモデルは、独自の洞察と盲点を持つ、世界を見るための異なる視点です。例えば、運動や痛みを筋骨格系、神経系、代謝系、免疫系、内分泌系などの観点から見ることができます。ミクロの視点で個々の細胞の挙動を考察することも、ズームアウトしてより大きなシステム間の関係を全体像として把握することもできます。ある視点は、様々な目的にとって非常に有益であり、一般的に、見ている対象物の正確な認識を促します。これらの視点は素晴らしい。他のものは、完全に間違った方向を見てしまうかもしれません。これらの視点は最悪。しかし、痛みや動き、あるいは人体におけるその他の出来事のような多次元的な現象の完全な理解を提供できるひとつの視点は存在しないのです。
痛みは感覚か知覚か?
数年前から、痛みは「感覚」なのか「知覚」なのかという議論がソーシャルメディア上で断続的に起こっています。私が考えるそれぞれの側面は以下の通りです: 痛みは知覚ではなく感覚である、と主張する人はごく少数です。 これに対して、多くの人が、基本的に、これらの用語が関連文献でどのように定義されているかの反対であると答えています。 さらに大きなグループは、この議論を遠くから眺めながら、それが実質的な意味を持つのかどうか、現実的な意味を持つのかどうか疑問に思っています。 この投稿は、主に3番目のグループに向けて書かれたもので、次のように主張しています: この議論は本質的なものでも、実用的に重要なものでもありません。痛みの生理学、痛みの原因、痛みの治療方法に関する意見の相違は含んでいません。そうではなく、この議論は意味論的なものです。 この議論は、感覚と知覚という用語が慣例的にどのように定義され、使用されているかを記述した教科書を見るだけで、簡単に解決できます。 これらの教科書は、痛みを知覚と呼ぶことは完全に適切であり、痛みは感覚であるが知覚ではないと言うことはあまり意味がないことを明らかにしています。 いずれにせよ、これらの言葉は本来曖昧なものであり、しばしば同じ意味で使われるものなので、実践においてどのように使うかはそれほど重要ではありません。 これらの点を裏付ける広範な証拠のレビューをお望みであれば、ご一読ください。文字通り「感覚と知覚」と呼ばれる教科書が少なくとも8冊あることをご存知でしたか?以下に、少なくとも3冊の教科書からの引用を掲載します。 感覚と知覚の定義 以下は、オンライン講座「心理学入門」の「感覚と知覚」と題されたページからの引用です。このページでは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、固有感覚、触覚、痛みを司る生理学的プロセスについて、大まかな概要を提供しています。主な用語の定義は以下の通り: 感覚は、感覚受容器が感覚刺激を感知することで起こります。知覚は、それらの感覚を組織化し、解釈し、意識的に経験することを含みます。 別のオンライン教科書からのほぼ同様の定義はこちらです: 感覚とは、刺激を感知して神経活動に変換する過程と定義されます。知覚とは、過去の経験に基づいて、感覚情報をどのようにフィルターにかけ、整理し、解釈し、その刺激に関する意識的な経験を作り出すかということです。 シュワルツとクランツによる『感覚と知覚』という2017年の教科書にも、似たような、しかしもう少し詳細な区別が書かれています: 感覚とは、私たちの感覚受容器に物理的な刺激が登録されることを指します。つまり、感覚とは、目や耳や皮膚から始まり、脳の高次中枢で終わるプロセスの、最も初期の段階なのです。感覚は、光、音波、機械的振動などの物理的刺激を神経系における情報に変えます。これに対して知覚は、知覚過程の後期的な側面を指します。具体的には、知覚とは、感覚入力を意味のある意識的経験に変えることです。 シュワルツの教科書には痛みの章があり、そこにはこう書かれています: 痛みとは、実際に組織が損傷している、あるいはその恐れがあるという知覚と不快な体験です。侵害受容は感覚受容体の活性化です。 この引用文は、それを明確に示していると思います: 痛みを知覚と呼ぶのは適切です。 侵害受容を感覚と呼ぶのは適切です。 痛みは感覚であって知覚ではないと主張するのは意味がありません そのため、ターシャ・スタントン、ロリマー・モーズリー、ミック・サッカーといった痛みの専門家は、侵害受容が必ずしも痛みにつながらない理由を説明する際に、この用語を使っています。 しかし、後述するように、文脈によっては「痛みとは不快な感覚である」というように、痛みを感覚と呼ぶことに問題はないと私は思います。というのも、感覚と知覚という用語は、長い歴史の中で使い方が変化してきたものであり、本質的にあいまいで、しばしば同じ意味で使われているからです。 定義はあいまいで、それほど重要ではありません どの教科書を見ても、感覚と知覚という言葉は本来曖昧なものであり、両者の間に明確な線引きはないことが明らかです。 なぜないのでしょうか?それは、神経系のあらゆるレベルで起こっている膨大な数のさまざまな生理学的プロセスを包含し、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、痛みなど、世界に関する私達のすべての意識的経験を支配しているからです。そのため、このような事象を特異的かつ正確に特定することはできません。 そうではなく、これらは私たちの意識体験を支配する神経階層に関する基本的な事実を説明するために使われています。感覚受容器に近い「ボトム」エンドでは、情報処理は比較的単純で、反射的で、単峰性です。脳に近い「トップ」エンドでは、情報処理がより複雑になり、統合され、多峰性になっていきます。この区別は神経系を理解するのに役立ちますが、感覚と知覚という言葉を具体的に使うのには適していません。 この点については、ゴールドスタインとブロックによる『感覚と知覚』という別の教科書で説明されています。イントロダクションでは、感覚と知覚の区別について言及されていますが、その後すぐに、その区別を明確にしています: 両者の間に明確な線引きはありません その言葉には長い歴史があり、時代とともに進化してきました。 リサーチは、感覚のデータのフィルタリングと組織化は、変換のほぼ直後に始まるということを示しているため、現在の傾向としては、知覚という言葉をより多く使い、感覚という言葉をより少なく使うようになってきています。 本書では、あるプロセスを感覚と呼び、他のプロセスを知覚と呼ぶことは、私たちの感覚体験がどのように生み出されるかを理解する上で何の足しにもならないという立場をとっており、そのために本書全編を通して知覚という用語のみが使われています。 感覚は知覚心理学の初期に議論されましたが、やがて研究者達は感覚という言葉を使わなくなりました。ですから、感覚は歴史的に重要なものですが、私たちに関する限り、感覚を通して世界をどのように経験するかを理解することは、すべて知覚に含まれます。 同じようなことは、フォーリーとマトリンの『感覚と知覚』という本(まだ他にも!)にも書かれています: 心理学者達は、本のタイトルを無理なく「知覚」に短縮できるとはいえ、この2つの用語の境界があいまいであることを認めています。 ゴールドスタインとブロックも、感覚と知覚の用法にはさまざまな慣例があり、多くの場合、用法の善し悪しはないことを認めています。 科学的権威達が、意識的経験について言及するときでさえ、感覚という言葉をしばしば広義に用いるのは、このためです。例えば、痛みを「不快な感覚」と表現する研究を見つけることができます。もちろん、「痛みの知覚」についての論文を見つけることもできます。どちらの使い方でも、読者はそのフレーズが何を意味するのかわかるために問題はないのです。 しかし、科学文献に次のような記述を見つけることがあり得るとは思えません:「痛みは感覚であるが知覚ではない」。というのも、この発言は紛らわしいし、これらの用語の歴史について私たちが知っていることを考えると、意味をなさないからです。 ですから、その発言は避けることが最良であると思います。 クライアントとの会話はどうでしょうか? これが、痛みを知覚と呼ぶべきではないと言っている人たちの最大の懸念だと思います。彼らはそれぞれ、クライアントに自分の痛みは知覚だと言うことは、非難することになりかねないと主張しています。これは、痛みの責任はクライアントにあるとか、痛みの原因はクライアントの心理的な弱さにあるとか、痛みは組織の損傷や侵害受容とは関係ないといったことを暗示しているのかもしれません。 ある種のクライアントは、自分の痛みが知覚であると聞いて傷つく可能性があるようです。他の人にとっては、この考えが力づけるものになるかもしれません。いずれにせよ、これは痛みを科学的にどう表現すべきかという問題とはまったく別の問題です。 クライアントと痛みについて話す方法と、同僚と痛みについて話す方法、あるいは科学論文の中で痛みについて話す方法とは、異なる必要があるかもしれないということは、論議の両側にいる誰もが認めるところでしょう。 後者の目的のために、上記の資料がお役に立てば幸いです。
不快感のない痛み
疼痛失象徴は、苦痛を伴わずに痛みを経験する、稀で興味をそそる症状です。疼痛失象徴のある人が怪我をした場合、その人は侵害刺激の強さと場所を感じることができ、その感覚を「痛み」と表現するでしょう。しかし、彼らは痛みを不快なものとは感じておらず、痛みを避けようという意欲もありません。専門用語で言えば、痛みの「感覚的区別」の次元は存在するが、「感情的動機づけ」の次元が欠落しているということです。なぜこのようなことが起こるのでしょうか?疼痛失象徴は、感情や意欲を司る大脳辺縁系の障害によって起こります。 これに言及する理由は、この研究で、扁桃体にある痛みに特化したニューロンの集団を抑制することによって、基本的にマウスに疼痛失象を与えることに成功したことが報告されているからです。(これを指摘してくれたPainScience.comのPaul Ingraham氏に感謝します)。 この研究は興味をそそられるもので、痛みの知覚がどのように働くのか、そして私達がいつかそれをよりよく理解するようになるにはどうしたらいいのか、多くの洞察を与えてくれます。以下はその詳細と関連性のある引用です。 痛みにおける扁桃体基底外側核の役割 研究の著者達は扁桃体基底外側核(BLA)に関心を持っていましたが、なぜなら、これが損傷すると、疼痛失象徴が生じることが知られているからです: 扁桃体は、恐怖や痛みの際の反応など、神経情報の価数コード化に関連する情動反応や自律神経反応に決定的に寄与しています。扁桃体基底外側核(BLA)の損傷は、有害な刺激が検出・識別されたままであるにもかかわらず、不快な刺激が知覚されず、回避を動機付けないという稀な現象を引き起こします。 さらに、BLAは慢性疼痛にも関与しているようです: BLAは、慢性疼痛中に活動の強まりを示し、そして...扁桃体における神経活動の亢進と機能的結合の変化は、慢性疼痛の発症と並行して起こることから、BLAは病的な疼痛認知の形成に重要な役割を果たしている可能性が示唆されます。 この主張を支持する脚注は、Vania Apkarianらによる研究を参照しています。 BLAの活動を画像化 著者らは、複雑なイメージング技術を用いて、さまざまな刺激に対するBLAのニューロンの活動を評価しました。彼らは、ニューロンの特定のある一部(「神経アンサンブル」と呼ばれる)が、不快な刺激時には活性化するが、そうでない刺激時には活性化しないことを発見しました: このアンサンブルは、マルチモーダルな反応を示すニューロンと、侵害受容を選択的にコードし、他の感覚情報はコードしないと思われるユニークなニューロンから構成されていました... 重要な発見のひとつは、このBLA侵害受容アンサンブルがより活性化すると、疼痛行動の増加が予測されることで、BLAの侵害受容処理が疼痛行動の大きさに影響することが示唆されました。 この発見は私にとって興味深いものであり、なぜなら、私の理解では、脳内に「痛みのサイン」を見つける他の試みでは、痛みに特異的な領域は特定されていないからです。おそらくこれは、脳のどの部分が慢性疼痛にとって最も重要なのかを正確に理解するための一つの進歩なのでしょう。 BLA抑制と痛みに関連した行動 BLAの神経アンサンブルの活動が痛みの原因となっているかどうかを調べるため、著者らは複雑な技術を用いてBLAの活動を抑制しました。その結果、BLAを抑制したマウスは、不快な刺激から反射的に身を引きましたが、刺激を避けようとする意欲は低いことがわかりました。著者たちはこのように結論付けています: このBLA侵害受容アンサンブルは、情動的に不活性な侵害受容情報を、動機的保護的疼痛行動の選択と学習に必要な情動シグナルに変換します。 BLA抑制と慢性疼痛 次に著者らは、慢性疼痛と、軽いタッチや低温のような無害な刺激に痛みが引き起こされるアロディニアの発症におけるBLAの役割に注目しました。 慢性神経障害性疼痛の特徴は、アロディニアと痛覚過敏の出現で、この2つの病的知覚状態は、それぞれ、無害な体性感覚刺激に対して嫌悪が生じ、有害な刺激に反応して増悪することです。私達は、この病的な知覚の切り替えは、BLAコーディングの不適応な変換に起因するのではないかと仮説を立てました。 坐骨神経を損傷したマウスでは、軽いタッチに反応して神経アンサンブルが活性化しますが、損傷していないマウスでは不活性なままであることが発見されました。 これらの結果は、慢性疼痛状態におけるアロディニアの出現におけるBLAの役割を示唆しています。 そこで科学者たちは、神経アンサンブルを抑制することで、坐骨神経損傷によるアロディニアを防ごうと試みました。その結果、侵害刺激に対する反射的反応は減少しませんでしたが、その他の痛みに関連する行動は劇的に減少しました: 神経障害性TRAPhM4マウスにCNOを注射しても反射的過敏性は変化しませんでしたが、刺激の強さやモダリティにかかわらず、神経障害性の情動・動機づけ行動の大幅な減少が観察されました。 さらに、坐骨神経を損傷したBLA抑制マウスは寒さを避けませんでしたが、これは神経障害性損傷のある状態において正常な行動ではありません。 神経障害性TRAPhM4マウスにCNOを投与すると、低温室と中程度温度室の間でほぼ完全な無関心が生じました。 著者たちはこのように結論付けています: BLAの侵害受容アンサンブルの神経活動を阻害することは、感覚的な要素を変えることなく、痛み体験の感情的な側面を軽減するのに十分なのです。 結論 最後に、調査結果の意味を要約した論文からの引用をいくつかご紹介しましょう: より大きなBLA侵害受容アンサンブルの中に、一般的な嫌悪をコードする集団とは異なる、純粋に侵害受容に特異的なニューロン集団が存在することは、価数情報に付随する「痛みタグ」を計算し、割り当てる能力があることを示唆しています。... 侵害受容脳回路におけるこの重要な節は、侵害受容情報の評価を提供することで、痛み体験の形成に重要な役割を果たし、その結果、痛みに関連する保護行動を内発的に動機づけるのです。 そして、この研究が人間の慢性疼痛に与える影響について: 慢性疼痛の臨床管理は依然として困難な課題であり、疼痛の種類を問わず実質的な緩和をもたらす包括的な戦略が緊急に必要とされています... この発見は、病院に関係なく、報酬に影響を与えることなく、そして重要なことに、侵害刺激の検知と局在確認のために必要な反射と感覚識別を保存したままで、痛みの不快感を選択的に減少させることができる慢性疼痛治療法の開発を可能にするかもしれません。 私はこの結果を、痛みを理解しコントロールするための還元主義的で脳を中心とした技術が進歩している可能性を示す、心強い兆候だと考えています。これは、論文を読む際の「わぁ、痛みはこんなに複雑なんだ」とか、「私達が知っていると思っていたよりも、私達はもっと知らないことがあるんだ」というようなことが主な結論である、あまりにも一般的な経験からの歓迎すべき変化です。