 
              痛みの理解とサポート
痛みを抱える患者さんへの運動療法は、理学療法士にとって重要な課題です。身体的な痛みだけでなく、心理的な要因も大きく関与するため、単に身体的なアプローチだけでなく、患者さんの行動変容を促すような心理的なアプローチも必要となります。このプレイリストでは、痛みと運動療法の関係性を深く掘り下げ、患者さんの痛みを軽減し、機能回復を促すための多角的なアプローチについて解説しています。
 
    	疼痛の理論
Bridging the Gap From Rehab to Performanceより抜粋 私達が身体の痛みへの対応方法を理解しようと研究を深く掘り下げると、痛みの発生経路のメカニズムを説明するいくつかの潜在的に矛盾する理論があることに気づきます。 神経線維:身体は、中枢神経系が情報を解釈するために、外界からの情報を伝達する求心性神経線維の広大なネットワークで構成されています。神経線維の直径はさまざまで、神経の絶縁性および保護性の鞘である髄鞘の量もさまざまです。このような異なるサイズと絶縁性のため、情報が末梢から中枢神経系に移動する速度は、刺激される求心性神経に応じて異なります。つまり、中枢神経系に異なった時間で情報が到達するのです。 痛みには多くのシステムが関係していますー いくつか例を挙げれば、末梢神経、中枢神経、自律神経、解剖学的な構造系、大脳辺縁系、心血管系などがあります。私たちが理解していない脳の領域はまだあり、すべてを網羅する決定的、かつ包括的な疼痛モデルはありません。 とはいえ、これらは最も人気のあるいくつかの理論の概要となります。 特異性理論 マックス・ヴォン・フレイは、1895年に最も初期の疼痛理論の1つである特異性理論を開発しました。この理論は、個々の疼痛受容体が脳内の特定の疼痛中枢に信号を送信し、それから、熱いフライパンから手を素早く引き離すというような、適切な運動反応の指示を送り返すと述べています。この理論は、特定の疼痛システムがあるという仮定に基づいています。 この概念の単純な分かりやすさは心が和むのですが、反証されています:脳には特定できる疼痛中枢はありません。この理論はまた、痛みの心理的側面や、私達の以前の経験によってさまざまな疼痛刺激に対して過敏になっている側面を認識していません。 パターン理論 1920年代後半から1930年代初頭に、ジョン・ポール・ナフェとヨハネス・シャイダーは、痛みを感知して反応する確立したシステムはないが、疼痛受容体は他の身体システムと共有されていることを示唆しました。この理論では、脊髄において刺激の特定の組み合わせが形成され加算した場合にのみ、脳が疼痛信号を受け取り、これは、反応のプリセットパターンの遂行につながります。 パターン理論の問題の1つは、脳の役割を過小評価しており、単に受容体からのメッセージの受信者と見なしていることです。今では、身体が痛みにいかに対処するかについて、脳ははるかに複雑で動的な役割を果たすことがわかっています。 ゲート理論 この疼痛研究の次の題目は、感覚制御理論です。これは、ゲート制御の考えに基づいています。 1965年にロナルド・メルザックとパトリック・ウォールによって開発されたゲート制御理論は、ドアに指をバタンと挟んだとき、その指を逆の手で包んだり、口に入れたり、撫でたり、痛みを和らげるために何らかの行動をとるという考えです。 熱、冷たさ、感触、痛み、振動などのすべての末梢感覚は、末梢神経の刺激によって伝達されます。この神経の刺激は脊髄に伝達され、十分に顕著であれば、情報は処理のために脳に伝達されます。痛み感覚は、A-デルタ繊維およびC-繊維としても知られる侵害受容器の疼痛線維によって運ばれます。これらの信号は、脊髄の後角に送られ、2次ニューロンを刺激してから、外側脊髄視床路を介して脳に送られ解釈されます。この方程式に何らかの触感を加えると、A-ベータ繊維も刺激されます。 タッチのセンセーションもA-ベータ繊維を介して脊髄へと伝わり、脊髄後角の抑制介在ニューロンを刺激し、A-デルタ繊維およびC繊維によって刺激された求心性情報を介して脳に伝わる痛みのセンセーションを低減します。より“少ない”痛みを感じるのです。これは、私達がドアで指を挟んだ後に、素早く指をぎゅっと掴んだり撫でたりする理由であり、脳によって知覚される痛みのセンセーションを実際に低減させます。 ゲート制御理論は多くのシナリオで非常に理にかないますが、侵害受容器(痛みの感覚受容器)が刺激されていないのに、それでも人がまだ痛みを感じる場合を説明しません。 条件付き疼痛調整 条件付き疼痛調整理論は、あなたが兄の仕打ちで経験したかもしれません。幼いときに腕が痛いので泣いていたことを覚えているかもしれません。あなたの兄はその逆の方の腕を叩き、「よくなった?もう腕が痛いこと考えていないだろ。」と言いました。 この例は、痛みが痛みを抑制すると述べている条件付き疼痛調整理論を要約しています。 2つの侵害刺激が同時に適用されます。2つ目の刺激は最初の刺激と同じ領域にありますが、同じ場所ではありません。 2つ目の刺激は後角によって処理され、最初の侵害刺激を抑制することができます。この理論は持ち堪えており、痛みを軽減するための様々なテクニックを適用する場合、単にその領域の近くに触れることが、正確な場所と同じ程度に効果がある理由なのかもしれません。 痛みの神経マトリックス 他の痛みの理論は、痛みの発生部位に位置する局所組織と末梢神経に重要な役割を割り当てています。対照的に、痛みの神経マトリックスの観点は脳の役割を強調し、中枢神経系(CNS)の構成要素に焦点を移します。この理論では、痛みは実は脳の出力であり;末梢侵害受容刺激以外の痛みに対する複数の影響が重要です。 痛みの神経マトリックスは、痛みの感覚を作り出すという脳の決定を強調し、末梢組織からの入力を減少させますが、末梢神経系の関わりを否定しません。末梢神経への不快な刺激は、痛みの感覚を作り出す上で依然として大きな役割を果たしますが、全体像を提供するものではありません。 この理論は、幻肢痛、線維筋痛症、非特異性腰痛、および侵害受容刺激は存在しないが痛みの感覚が持続する他の慢性疼痛状態をより良く説明することができます。 痛みの意味合い ロリマー・モーズリーは疼痛の理論に影響力のある人物であり、この非常に複雑なトピックに関する、楽しくて簡単な概要のために、彼のビデオ、Pain 「痛み」を強くお勧めします。モーズリーは、痛みは意味合いを保持していると説明しています:個人的な。私が経験する痛みは、同じような侵害受容刺激と同じ診断があったとしても、あなたが経験する痛みではありません。痛みは生理的なものよりも心理的な現象かもしれません。 たとえば、私達が浜辺を歩いていて、二人とも鋭いものを踏んだとしましょう。二人とも顔をしかめますが、私は歩き続けることができるかもしれません。しかし、もしかしたらあなたは以前に足を切ったことがあり、その傷が感染し、入院して2週間抗生物質を摂取する必要があったかもしれません。あなたは私に車まで抱きかかえることを要求するか、助けを呼ぶことを要求するかもしれません。私たち双方にとって同じ経験ですが、鋭い何かを踏んだ刺激を解釈するための異なる基準枠をを伴っています。 同じ診断を持つ人を扱うときは、痛みの認識が大きく異なる可能性があることを念頭におく必要があります。診断の客観的所見に基づいて、ある人の痛みを判断することはできません。時には壊滅的な傷害を負いながら、最小限の痛みを感じる人もいれば、軽度のハムストリングの緊張があり、重度の苦痛で脚を引きずる人もいます。 痛みは主観的で個人的なものです。 2人の人の間で同じ侵害受容刺激が同じ知覚感覚または経験をもたらすと推測することはできません。
 
    	痛みの教育:実際どの程度の神経科学が必要ですか?
痛みの教育は多くの場合、治療過程の必要不可欠な要素となってきました。当然そうであるべきで、どのようなことが身体に起きているのかを人々に理解してもらうことは必須です。痛みについてより理解してもらうために最も使われている方法のひとつは、痛みの神経科学と生理学を基にしています。 場合によっては、これが、患者にとって痛みをより深く理解するに充分であることもありますが、では神経科学は必ずしも必要でしょうか? これらの側面を含まない情報をもって説明した方が、多くの患者にとって分かりやすいかもしれません。 果たして、神経科学を基にした方法で痛みの経験を的確に説明し、その痛みを経験している人を認識することができるのでしょうか? 講義室満員の人たちに向かって、痛みの神経科学を神経解剖学と生理学的プロセスをいろいろ交えて標準的な説明をすることはできるでしょう。しかし、もし、その講義室にいる人たちと個人的に対話したならば、痛みに関連した彼らの経験に大きなばらつきがあることに気がつくでしょう。 経験としての痛み つまり、痛みのセンセーションがどのように発生するか、そして、痛みを取り巻く不可解なことの多くを神経科学で説明できるかもしれませんが、それが経験自体を完全に説明できるのでしょうか? やはり人間は単なる部品の寄せ集めではなく、そうだからこそ個性が存在するので、一般的でおおざっぱな説明は、痛みはすべて同じであるということを暗示しているのではないでしょうか? 神経科学を基にしたアプローチは、主観的というより客観的な見方かもしれません。しかし、たぶん主観的な見方こそが、人々の人生に及ぼす痛みの影響を最も説明してくれているのです。 じっくり考えるべき問題は、構造解剖学とそれに対する損傷は、神経解剖学や生理学で説明できるように痛みを適切に説明できないのか否か? 間違いなく損傷と痛みという単純化された関係の通念に間違えなく風穴をあけることにはなりますが、その人や周囲の人たちの健康に大きな影響を与えるような経験と行動反応の説明には充分ではないのではないでしょうか? 私たちは、脳の画像や閾値に達して発火する侵害受容器や脊髄後角の感受性などを取り上げてスクリーンに映し出すこともできますが、それによって人々の持つそれぞれ異なった経験を識別することができるのでしょうか? 私の考えでは、痛みとは数値化やレベル化したり質問表に記したりできるような単なる感覚ではないということを多くの人に知ってもらいたいと思います。それは、いろいろな意味で私たちの存在を台無しにするような経験でもあり、私たちの存在のさまざまな局面が痛みの経験に影響を及ぼすこともあるのです。 痛みは、単なる身体的なものをはるかに越え、私たちの健康全般や情緒状態に影響しますが、これはまったく正常な現象です。たとえば、メンタルの健康も、私たちの健康状態の一部であり、身体的健康と同じように浮き沈みがあります。私たちはたいていメンタルの健康に対してより不名誉な烙印を押しがちですが、この痛みの経験の一面に関して、平常心でいられないということは、いたって正常であることを知ってもらう必要があるでしょう。 私たちは、落ち込んだり、その痛みでどうなってしまうのか心配したり、回復への期待を大きく失ったりします。このような状況の捉え方は私たちの個人的な経験を形成します。そして、人によっては、これらの側面に取り組むことが回復のカギになるかもしれません。 個人における痛みの現れ方を形成するいくつかの点をまず理解するためのとても便利な方法として、コモンセンス(常識)モデルがあります: Leventhal ここをクリック Hale ここをクリック Bunzli ここをクリック 痛みが持つ意味 痛みに関連する意味合いや、感情や行動における変化、信念構造など、これらは痛みの経験をその個人特有なものにします。これらによって、その人の経験は他の人のものと異なるものとなるのです。このことが、似たような強度かもしれない痛みでも、痛みを上手く対処できる人もいれば痛みによって生活に支障を来す人もいる理由なのです。 神経科学は、この経験に関与している単なるひとつのプロセスにすぎないと言えるでしょう。しかし、その体験の最前線にいつその人を置き去りにして、セラピストと彼らの持つ情報が主役になっているのではないでしょうか? 人々が痛みに与える様々な意味付けを理解してもらうために、私が使っているとても分かりやすい、“燃料計”の例え話があります(それでも、完璧な説明とは言い切れないことは覚えておいてください!)。 痛みと燃料計の両方を、警告として考えることができます。これらの警告に私たちがどう反応するかは大きく異なります。燃料計の話で言えば、計測針がエンプティー(空)を指し示していてもまったく気にしないで運転する人がいますが、それは、自分の車を熟知していてあとどのぐらい運転できるかを正確に知っているからでしょう。一方、ガソリンスタンドに大急ぎで向かう人もいるでしょう;まったく同じ状況への反応がこれほどまでに異なるのです。恐らく、以前にガソリンが尽きて困った経験が記憶にあるのかもしれませんね? 状況が違ったならば、それも影響していたでしょうか? 気にしなかった人たちでも、他の人の車を運転していたならば、感じ方は異なっていたのでしょうか? 痛みを個別化する 教育は、人に施すものというよりも、その人たちと一緒に行うべきものです。 臨床で直面する重要な側面のひとつは、その人が痛みと関わってきた個人的な経験の道のりです。彼らの話や治療過程、そして最終的に痛みの経験全般を適切に説明するために、私たちは痛みについて分かってきている多くの情報をどのように利用すればよいでしょうか。 多くの人は自分が抱えている問題に対しての何らかの説明を切望している、と質的研究は述べています。彼らは診断をして欲しいのですここをクリック&ここをクリック。たいていの場合、これは不可能なので、物語りの共有が重要となります。これによって、彼らが感じている痛みやそれによる影響についてより深く知ることになります。代替となるその人のポジティブな物語を作り出すことを助けることと、単に痛みについての情報を与えることの間には大きな隔たりがあります。 情報を大量に浴びせるよりも、痛みに関わる情報は、2人の間で交わされる対話に結びつくものを選択的に利用するべきです。医療コミュニケーションに対する否定的な反応や批判の多くは、医療従事者が人の話を聞いてくれない、そして、人と話をするというよりは、一方的に話すばかりであるなどということです。汎用的に情報を活用するにはリスクが伴います。 痛みを患っている人に役に立つ比喩表現についてのすばらしい論文を紹介します。ここをクリック 教育には数多くの部分がある 彼らが体験していることについてその人を指導する方法はたくさんあります。そのひとつに、特に臨床医が痛みをどう捉えているかという観点から捉えた神経科学があります。しかし、それは、その人の教育経験の一部としてどのぐらい必要なのでしょうか? 回復までの通常のタイムラインについての基本的な情報は、認知や行動に影響を与えるかもしれません。多くの物理的要因や活動と痛みとの関連性の欠如を理解することは、知覚や行動に影響を与えるかもしれません。腰痛の最近の症例がここにあります。ここをクリック 腰痛において、受動的対処の増加や自己効力感の低下などここをクリック マイナスのことばかりに注目するのではなく、プラスに転換していくこと: 目標 大切にしている活動 期待 マインドセット 回復力 受け入れ 持続可能性 要点をまとめると、患者のメッセージにはいくつかのカギとなるものがある(もちろん私の控えめな意見ですが): 痛みは経験であり、単なる感覚ではない 痛みは単に身体的なものではなく、健康や情緒の状態にも影響し、そしてそれは正常である 痛みが長引くと感情要因がより強くなってくるかもしれない 私たちがどう考え、どう感じるかによって回復に直接影響する 損傷を受けたり感作されたりする解剖学的構造自体より以上に、人間ははるかに複雑である マイナス要因だけでなくプラス要因にも注目する
 
    	痛みの治療のために特定の身体的介入が必要になるのはいつか?
挑戦 腰痛に関する文献では、特異的な介入(たとえば、運動制御エクササイズ、対象部位の強化など)は、一般的な活動の段階的介入と効果に差がないことを示しています。つまり、痛みの治療は、実際、執拗な問題を起すような何らかの機能障害を治すということではないと示唆しています。私が以前述べたように、最も成功するエクササイズプログラムは、先ずは症状を落ち着かせるために特定のエクササイズ/ポジション/動きを避け、それから再構築に役に立つあらゆる活動やエクササイズプログラムを実施することです。これは症状によって加減するという簡単なことです。痛みを出すような動きがあれば、行うのを短期間だけ止めてみて、それからゆっくり許容範囲を広げていけばいいのです。しかし、症例によっては、その人はある特定のエクササイズを必要とするのではないか、また痛みを解決するために身体的な何かをやっておくべきではないかという考えにいつも悩まされます。 痛みを伴う状態の多くは、取り組むべき身体機能障害がないことがあり、痛みを取り除き、障害を低減し、有意義な活動を復活させたりするために、取り組身を必要とする身体機能障害がないことがあります。実際、有意義な活動自体がリハビリテーションエクササイズになっていくのです。つまり、その人がもしデッドリフトやラン、演奏、ガーデニングをしたいのならば、それがリハビリとなります。ゆっくりこれらの活動に慣らしていけば、適応しそれらに耐えられるようになります。これらすべては、痛みの科学を上手に教育することによって育てられます。私たちには、症状に対する彼らの思い込みを変える役割があり、最終的に彼らは大切なことを再開する“許可”を彼ら自身に与えることになります。ホッジスとスミート(2015)の記述によると: "動きや活動を回避しようとする認識に挑戦しながら、身体的活動に段階的に慣らすことを教えてくれるのが痛みの科学です。" リハビリは治すことというより、むしろ促進ということ その人を診る時、治療が必要な人としてではなく、強く適応力がある人と捉えることで、私たちのエクササイズの選択が変わってきます。もはや、何か重要な活動をスタートするための前提条件というものはありません。多くの症例では、低下した筋力、張り、筋の発火パターンの“乱れ”などが原因で痛みがあるのではありません。したがって、その人たちの痛みを取り除いたり、運動を再開させたりするために、これらに対して特化して取り組む必要がないかもしれないということです。適応を可能にしてくれるのは日常の活動への露出であり、このことはマックス・ズスマンが10年以上も前に雄弁に記しています。 "慢性疼痛患者の脳で起こっているエラーを納得させるために、彼らをエクササイズや日常の活動へ安全に露出しなさい。" 特定のエクササイズが必要になるのはいつか? これは難しい質問です。身体的介入という点で、まさに最適である介入を見つける必要のある症状がなくてはなりません。言葉を変えて言うならば、ある障害が存在し、しかもその障害を治し痛みから救ってあげるのに唯一の解決策しか存在しないという状況です。おもしろい思考の実験ですが、痛みのパズルを解く方法がほとんどないような状況を考えつきますか? 治療の選択肢が制限されるような状況を思いつきますか? 下記は、私たちが使える3つの異なる身体的介入の要点をまとめた簡単な図です。図の下にある線は介入の選択肢を考えるのに役立つかもしれません。特異性がより高い介入は左、介入の特異性が低くなればなるほど右となります。 では、どのような時に特異性が必要になるでしょうか? 上の図で、症状/活動の調節における役割が分かります。この構成要素の一つはシンプルで:痛みを見つける:痛みを変える。もし、何かしたことで痛いのであればそれを短期間だけ回避するか、または痛みを受け入れその動きに対して脱感作させるのもよいでしょう。もし、曲げて痛みが出るならば、短期間だけ脊柱を中立位のまま持ち上げ動作を行ったり、新しい動きを強化できるようなエクササイズを選択してもよいでしょう。しかし、このことは、あなたの股関節屈筋群が硬く弱化していて、臀筋の発火がなく、脹ら脛が張っているから、ランニング/デッドリフト/ガーデニングを始める前に治療する必要があると主張しているわけではありません。 しかし・・・もしかしたらこれらの機能不全は時には重要なのかも? そこで、私たちは問う必要があります。“この身体的機能不全/症状は、患者の訴える痛みに関連しているのか?”または、“もしそれに対処しなかったら、痛みは残ってしまうのか?” 脱感作を起すために何かを“治す”必要があるのかもしれない症例 例1:背屈の制限は、脊椎のポジショニングの選択肢を減らす。 システムに感作をし続けてしまう動き方を変えようとしても、足首の背屈の欠如がそれを抑制してしまうという場合があるかもしれません。感作が落ち着かない限り再構築もできません。たとえば、深くスクワットしたくても、脊椎がある角度を越えて屈曲すると腰部の状態が増悪するとします。足首の背屈(または、胸椎の伸展かもしれませんが)が増えない限り、増悪させてしまうこの姿勢を回避できる脊柱の屈曲角度に変更することはできないでしょう。ここでは、機能不全は関連のあることになります。しかし、もしほとんど足首の背屈を必要としない平地をゆっくり走るランナーに対応するのではれば、背屈の制限は関係ないでしょう。 ひとつ注意しておく点:上記の例でさえも、背屈に対しての特別な介入は必要ないかもしれません。多くのセラピストは、脊柱の脱感作をすることができ、患者を痛みのない状態で同じ運動に復活させるという症例を作ることができます。要するに選択肢は多くあるということです。 例2:高負荷の活動にもかかわらず特異的な弱化があるときも運動の選択肢の幅を狭める。 他の例は、股関節の伸展筋群の弱化に関するかもしれないものです。しゃがんだり負荷下で膝を屈曲させたりすることに対して両膝が敏感である患者がいるとします。膝が脱感作するまでの短い間、股関節に負荷をかけるようにシフトすることは合理的です― 股関節のヒンジが代わりをするだけです。これは、股関節の強度に関わらずたいていの人はできます。なぜなら、どちらにしても最大能力に達するほどのことではないからです。テクニックを学部必要があるだけです。しかし、ジャンプやスクワットを激しく行う人に取り組む場合、股関節の伸展筋群の弱化があると負荷を膝や脊柱から股関節へとシフトするというわけにはいかなくなります。このような激しい負荷がかかる症例では、この機能不全は関連のあるものとなります。 しかし、一般的な腰痛を患っている人は、筋が弱化しているとか臀筋が抑制されているからという理由で痛いわけではありません。関節可動域の減少や筋力の減退、発火パターンの乱れは見られるかもしれませんが、これらは関係ありません。なぜなら、その人の生活において、それぞれの関節が持つ全能力を使うようなことは決して要求されないので、その欠如が他の部位に機能的な影響を及ぼすはずがないからです。 このような症例では、特定の身体的機能不全に取り組む必要がありません。これらは、治すというよりも促通に関する症例です。 その他の特異性の例 経験則として(本質的に議論の余地がある:))、痛みの発信源が末梢神経である侵害受容性のものと考えれば考えるほど、局所的で特異的な治療を施すことで得られる意義は大きくなるでしょう。ちょうどよい例として腱障害があります。もちろん私たちは中枢神経系の要素も重要だと認識していますが、侵害受容性の痛みを鎮め、傷を癒し、適応のために特異的な負荷をかけることもその腱に必要と考えます。しかし、必要としているのは特異的なエクササイズではないかもしれません― 単に、管理された負荷を徐々に増やしていけばいいのです。 少し長い投稿になってしまいました ずいぶん記述しすぎましたが、要点は、実際どのぐらいの頻度で“特異的な”改善や治療が必要なのかを考えることです。私個人は、特異的な“治療”はかなり限られていると考えています。たとえ“治療”が必要である場合でも、それは一時的なものに過ぎません。このアプローチは、私たちがいかに適合力を持つのかを認識したものです。私たちの仕事は、症状を鎮めそして再構築することです。症状が一旦鎮まったならば、徐々に負荷をかけるようにし、患者が希望する意義のある活動に戻していくことです。身体とエコシステムは適応するでしょう。 しかも、機能障害があっても筋力強化を加えると良いと私は信じていますが、それはまた別の機会にお話ししましょう。
 
    	痛みの全体像
痛みは、複合的な現象と言えます。つまり、多くの異なる要因が痛みに関わっている可能性があるのです。また、これらの要因が互いに絡み合うことによって、痛みの説明や医療の介入を行おうとしても、それら一つ一つを切り離すことが非常に困難になることがあります。 これは、数週間前にオスロで開催された、ペインクラウドコンベンションでの私の講演テーマでした。そこで、複合系理論には痛みの性質を理解する上で役に立つ概念が多くある、ということについて私は議論しました。 これらの概念の一つに、複合系はたいてい入れ子構造になっているということがあります。つまり、全体としての体系がそれより小さな下位組織によって構成され、またそれは、さらに小さな下部組織によって構成されるといった具合に続くことを意味します。 その痛みはどこある? たとえば、人間は器官系(神経系、筋骨格系など)から構成されており、またそれらは器官(脳、脊髄、筋、腱など)から成り、さらにそれらは、細胞(神経細胞、筋細胞など)から成るといったように続きます。さらに言えば、人間はもっと大きな体系(家族や地域、経済など)の一部分でもあります。 臨床の観点から、このことが興味深い理由は、それぞれの入れ子になっている体系は、私たちが痛みを治療しようとしたり、説明しようとしたりできる様々なレベルを提供するからです。 ここで図解しましょう: “下位”の方のレベルでは、細胞や臓器(筋、腱、椎間板、神経など)の健康状態を見ることができます。たとえば、あなたの足が痛いのは疲労骨折のためだからとします。こうして、あなたは“身体組織の中の問題”を見つけ出すことができます。これは、伝統的な痛みの治療が、最も注目してきた領域です。これはしばしば、“生体医学的アプローチ”または、生物心理社会的モデルの生物という一部を取って“バイオ”と呼ばれています。損傷を受けている構造を探し当て、その修復に取り組むことです。 分析の“上位”の方のレベルでは、人間や環境などのより複合的な現象を見ていきます―思考や感情、社会的関係の役割など。これらは、慢性痛に非常に重要な影響を与えると知られている“心理社会的”な問題です。これらの分野における問題は、微妙で比較的分かり難く、骨折や損傷といったものより、調節不全や不均衡といったものが多くなります。このような問題は、もし下位レベルだけで探していたとしたら、見逃してしまいます。たとえば、足の評価によって破局的思考を見抜くことはできません― その人と対話する必要があります。 研究分野 各レベルをより深く理解するために研究できる、さまざまな学問が数多く存在します。これらはそれぞれ大きく異なったスタンスであることを覚えておいてください。二つ以上のレベルでかなりの知識を持てる人はほとんどいないでしょう。 下位の方のレベルでは、生体力学や運動生理学、神経動力学などを学び、それぞれの分野で、身体の物理的な構造が負荷に対してどのように反応するか(耐えきれず損傷を負うのか、または順応してさらに強くなるのか)をもっと深く理解できるようになるでしょう。 次に1つ上位のレベルに進み、神経系や免疫系、内分泌系などのもっと大きな体制の性状を研究し、そうすることで、身体がどのように知覚された脅威に対する防御反応を開始するのかをもっと深く理解できるようになるでしょう。痛みの本質は、警告です。神経系、免疫系、内分泌系は、警告の感度設定を担い、警告が作動するような出来事を探ります。“痛みの科学”の大半は、痛みに関係するこれら体系の基本的生理学の教育なのです。 痛みにおける感情や認知の役割を研究する、次のレベルである“人間”に進むことができます。これは心理学の分野で、この分野との関連性は明らかで、痛みは心理学的できごとであるということです。 心理学的概念は、なぜ運動や身体活動が痛みに役立つのかを理解する上で、たいへん役に立つことがあります。たとえば、認知行動療法は、エクササイズがどのように恐怖や痛みの連想を消し去ることができるのかを説明してくれます。多くの症例において、この概念は、筋群やレップ数、セット数を考慮した“下位レベル”に注目したものよりも、エクササイズプログラムの選択に役に立ちます。 社会体制と経済体制の役割を研究するために、さらに上位のレベルに進むこともできます。多くの社会的評論は、様々な慢性疾患(薬物依存症、不安症、うつ、慢性疼痛など)を引き起こすような実際の病理は、個人よりも社会レベルにより多く存在すると論じるでしょう。たとえば、社会経済状態の低さは、慢性疼痛の大きな予測因子です。この記事の読者のほとんどは、積極的にこのレベルで問題を解決しようと取り組んではいないでしょう。しかし、臨床上の結果に大きな影響力があることは、十分感じているでしょう。 異なるレベルを比較 “上位レベル”と“下位レベル”という用語は、いかなる価値判断を反映するものではありません。これらは、単に異なる視点を意味します: ひとつは、腱や筋のような単純なもので比較的小さなものなどの“マイクロ”的視点、もうひとつは、神経系や感情などのもっと大きく複合的なものを見る全体像や“マクロ”的視点です。 一般的に、ある問題を説明しようとレベルを下げれば、“還元主義”、そして、レベルを上げていけば“全体論”、または“体系的な思考”のアプローチとなります。 確認までに、ここでも、正誤を問う必要はありません― 適切なレベルは状況次第です。痛みに関する問題で、特に急性損傷に関するものであれば、下位レベルからアプローチした方が有効です― ここを強化して、ストレッチして、それをYレップでXセット、Z週間続けて、そうすれば治りますよ、といった具合に。一方、完全に“治癒”しないような問題もあります。たとえ心理療法士、ソーシャルワーカー、弁護士を含むチーム全体で取り組んだとしても難しいかもしれません。 そのスペクトラムの両端には、それぞれの費用対効果がありますが、つい最近まで徒手療法や運動療法は、下位レベルにかなり時間をかけ過ぎていたことは間違えありません。目の前にある実際の人間の問題を無視して、身体組織の中に問題を見つけようとしていたのです。もし“痛みの科学の革命”に何らかの意味があるのであれば、それはより上位のレベルでの基本的なリテラシーを改善しようとすることでしょう。
 
    	痛みを抱える人たちに対応する
身体部位に痛みを抱えている人、それが慢性的なものであればあるほど、脳内の身体部位表象マップにも変化が生じてくることは、その認識を深められていることでもあります。こうした身体マップの状態を確認するための簡単なテストを理学療法士のアダム・ウルフがご紹介します。
 
    	エクササイズ誘発による鎮痛
なぜエクササイズは気分を良くするのでしょうか?よく耳にする考え方は、エクササイズは“エンドルフィン”を与えるというものであり、この説明は実際に的外れではないようです。エンドルフィンという言葉は、内因性のモルヒネの略です。内因性のモルヒネは、動くと分泌されるかもしれない、オピオイド“薬物”です。この投稿では、身体の疼痛抑制システムの活性化を含む、“エクササイズ誘発による鎮痛”のさまざまなメカニズムについて詳しく説明します。このシステムは、ランナーズハイを得るためだけでなく、慢性的な痛みを防ぐためにも十分に機能する必要があります。定期的な身体活動は、その健康と適切な機能を維持するための最良の方法かもしれません。 痛みのトップダウン制御:下行性抑制 エクササイズ誘発による鎮痛の重要なメカニズムのひとつは、特定の脳領域が脊髄の侵害受容性信号を抑えるときに起こる、侵害受容の下行性抑制です。身体からのボトムアップ信号を受動的に反映するのではなく、脳には痛みを発生するかどうかについて能動的に発信する機能があることから、これは痛みの“トップダウン”制御と呼ばれています。 たとえば、緊急時に脳が生存のために走ることが必要であると認識したら、侵害受容を抑える下行性抑制システムを活性化させます(興味深いことに、この抑制は選択的であり、伝導速度が速いA線維よりもC線維が優先されます)。つまり、既存の組織損傷に関する“古い情報”は効果的に無視されますが、システムは新しい損傷に関する知覚情報には注意を払い続けます(Heinricher 2010) 。 下行性抑制システムは、一般的に激しい身体活動によって活性化されます。マラソン中(軽度の緊急事態と認識されるかもしれないもの)、足と膝は多くの侵害受容を発生しているかもしれませんが、高次脳センターがマラソンを完走することが価値のある目標であると判断した場合、その多くは抑制されます。驚くべきことでもありませんが、トライアスリートは、過給された下行性抑制システムを備えています:彼らはランニングから、本当の意味でのハイを得るのです。慢性疼痛や線維筋痛症の人たちは、このスペクトルの反対側にいます。- 彼らの下行性抑制システムはまったくうまく機能しないため、身体活動中に気分が良くなるどころか悪化すると感じることがよくあります。多くの専門家は、下行性抑制システムの挙動が、慢性疼痛を説明する上で重要な要素であると確信しています(Ossipov 2012、2015)。 下行性抑制に関与する主要な解剖学的構造 中脳水道周囲灰白色(PAG)は、その刺激が即時に疼痛緩和をもたらしたため、内因性の疼痛抑制システムを活性化することが最初に示された脳領域です(Kwon 2014)。PAGは、大脳辺縁系の一部や、感情、恐怖、および動機の処理に関与する脳領域から入力を受け取ります。これらのつながりは、思考や感情が痛みに影響を与えるメカニズムであると理解されています。たとえば、PAGはプラセボ反応に役立ちます。 PAGは、主に吻側腹内側延髄(RVM)への接続を介して下行性抑制に影響を与えますが、侵害受容を促進してしまうこともあります。侵害受容を促進するか抑制するかに関する判断は、侵害受容の意義とそれに対応する方法について、より高次の脳領域がそれをどう捉えるかによります(Melzack and Wall 2014)。 生命の維持のために痛みの反応や回復行動が起こるのを回避しなければならない、非常にストレスの多い危険な状況では、痛みの抑制が有益になることがあります。同様に、差し迫ってはいないが脅威が存在しうる状況では、痛みの促通は病気を患っている時には回復行動を促進し、警戒を高めることがあります(Heinricher 2009)。 RVMでは、痛みの調節を担っている2種類のニューロンが確認されています:オン細胞(on-cell)とオフ細胞(off-cell)です。オフ細胞は下行性抑制を担い、オン細胞は下行性促進に関与します(Kwon 2014)。オンとオフの動的バランスは、行動の優先順位、恐怖、および脳の高次構造によって評価されるその他の要因によって決定されます(Heinricher 2009)。促進に対するバランスの崩れが病理学的な痛みの状態の根底にある可能性があることが示唆されています(Ossipov 2012)。 下行性調節の主要なターゲットは、脊髄後角であり、末梢神経が脊髄に接続するところです。後角は侵害受容の“ゲート”として機能します。なぜなら、その感度は、侵害受容が身体から脳に伝達するかどうかを判断するのに役立つからです。感度は、上行性の感覚情報(末梢からの侵害受容の量)によって部分的に決定されますが、PAG-RVMシステムからの下行性調節によっても決定されます。したがって、不十分な抑制は、中枢感作および慢性疼痛に陥る重要な原因である可能性があります(Ossipov 2012)。 内因性オピオイド、カンナビノイド、セロトニン、カテコールアミンなど、侵害受容を抑制する働きをする化学物質は多種多様です。たとえば、オピオイドペプチドは、中枢神経系および末梢神経系の多くの部分でオピオイド受容体に結合し、これにより侵害受容器の興奮を低下させ、その発火を抑えます(Da Silva 2018)。 免疫系の変化 身体活動は、免疫系の挙動に局所的および全体的に複雑な変化を起こすことによって痛みに影響を与えることがあります(Petersen 2005; Sluka 2018)。たとえば、運動は筋内のマクロファージの表現型を調節することができ、炎症性サイトカインとは対照的な抗炎症サイトカインを放出する可能性を高めます。定期的な運動は、線維筋痛症患者および、健常対照群の血中の炎症性サイトカインのレベルを低下させる可能性があることを示す研究があります。他の研究は、定期的な運動が中枢神経系のグリア細胞の活性化を減少させ、炎症性サイトカインを減らし、後角の抗炎症性サイトカインを増加させる可能性があることを示しています(Sluka 2018)。 コンディション・ペイン・モジュレーション(CPM) 運動が痛みを消してくれるかもしれないもうひとつの理由は、コンディション・ペイン・モジュレーション、または“CPM”(広汎性侵害抑制調節または対向刺激とも呼ばれる)によるものです。 CPMは、“痛みが痛みを抑制する”現象を説明しています。 CPMはかなり研究が容易であるため、少なくとも70年間研究されてきました。実験は通常、次のようになります:(1)まず侵害刺激(圧力など)を受け、痛みのレベルを報告します。次に、(2)手を冷たい水に浸すなど、被験者を痛みを伴う“条件刺激”にさらします。そして(3)最初と同じ侵害刺激を与えることを繰り返し、その痛みのレベルを報告します。通常、2回繰り返すと痛みが薄れてきます。痛みの軽減の程度は、下行性抑制システムがどの程度機能しているかを示す尺度と考えられます。 CPMに関するいくつかの興味深い事実があります: CPMは、深部組織のマッサージや鍼、ドライニードル、補助器具を利用した軟部組織のマニピュレーション、フォームローラーなど、さまざまな徒手療法で痛みを軽減するためのメカニズムとして考えられます。これらの療法のいずれかがあなたの痛みを和らげてくれるのであれば、あなたは適切な運動から似たような効果を得ることができるでしょう。 CPMは、過敏性腸症候群(IBS)や顎関節症(TMJ)、緊張性頭痛、線維筋痛症、うつ病の患者では効果が低くなります(Yarntisky 2010)。 術前のCPMの有効性は、術後の痛みのレベルを予測するとされています。どのような患者が急性から慢性の痛みに移行してしまうかを予測します。(Yarnitksy 2010)。 CPMの効率は、エクササイズによる鎮痛作用の効き目を予測します。おそらく少なくともいくつかの共通のメカニズムよるものでしょう(Stolzman 2016)。 活発な活動を頻繁に行っている人は、活動が少ない人と比べCPMが向上しています(Sluka 2016)。 エクササイズによって下行性抑制を改善できるのでしょうか? 運動不足は慢性疼痛の危険因子であることや、運動が疼痛調節システムを刺激すること、および慢性疼痛を回避するためには健全なバランスがとれたシステムが必要であることは知られています。これは、定期的なエクササイズが疼痛抑制システムの適切な機能を維持したり回復させたりするひとつの方法であるかどうかという問題を提起します。 Sluka氏と同僚らは、その答えはイエスだと提言しています。 定期的な身体活動で、中枢性疼痛抑制経路と免疫系の状態を変化させ、その結果、末梢からの侵襲に対する保護効果をもたらします。 この議論を支持する根拠は、混乱と矛盾を招いていますが、いくつかの有望な結果があります。上記の研究に加えて、定期的な有酸素運動は線維筋痛症の効果的な治療であり、健康な人の虚血性疼痛に対する耐性を高めることができることも示されています(Sluka 2016、Ellingson 2016)。一方、有酸素能力は受けた刺激に応じた痛みのレベルを予測しないことがわかっており、いくつかの研究はエクササイズが線維筋痛症の痛みを引き起こしたり再発させたりする可能性があることを示しています(Ellingson 2016)。一般に、ほとんどすべての種類のエクササイズは、ほとんどすべての種類の慢性疼痛に役立つようですが、効果は小さい傾向にあります。 まとめ エクササイズ誘発による鎮痛は、ジョギングやウェイトリフトなどのセッションから一時的に心地よい化学物質を得ることだけではありません。むしろ、常に気分を良くするために適切な機能が必要なシステムを調整することなのです。 ここで説明されている生理学に関する注意事項:下行性抑制システムにおいてマイクロレベルで役割を果たしているそれぞれの物質のすべてについて学ぶことは非常に興味深いですが、それらはとても動的で複雑な方法で相互に作用していることを忘れてはなりません。したがって、個別の物質で分析しても、それらの集合的な影響を予測することは非常に難しいかもしれません。たとえば、セロトニンは状況によっては痛みを抑制しますが、他の状況下ではそれを促進します。これが、非常に特定の標的を狙った療法(特に薬物療法)にも関わらず意図しない効果をもたらしたり、むしろ意図した効果と逆の効果をもたらしたりする理由です。 私の考えでは、潜在的な身体的危険に直面したときに、自身に有益な動作を行うのに役立つという、下行性抑制システムが進化してきた意味に留意することが、より実用的な見方であると思います。下行抑制は、動きが侵害受容を引き起こしている場合でも、それらの動きに意味があり、本質的に動機を与えてくれる場合に、動き続けるためのものです。システムを正常な状態に保つには、可能な限り日常的にゴールディロックレベル(つまり、程よい強度)で、この機能を実行するようにし、その機能が向上しているか適応性を確認しましょう。 これは、筋や腱、骨、心血管系など、私たちが活動するための身体のすべてのシステム機能を改善する方法です。それらのシステムが上手く機能するための適切なレベルのチャレンジやストレスを与えられれば、それに対して機能はさらに向上されます。おそらく、同様のことが下行性抑制システムにも当てはまると言えるでしょう。心地よく、または少なくとも“良い痛み”を感じられる程度の運動を見つけ、それを頻繁に行いましょう。 参照 Da Silva Santos R, Galdino G. 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    	痛みに対するエクササイズ投与はフィットネスのためのエクササイズ投与と同じではない パート1/2
リハビリにおけるエクササイズの処方量は、いまだに医療現場における最大の不確かな領域の一つです。ある一方で、患者に対して負荷と処方量を高くすることを推進する近代的な考えがあり、もう一方で、痛みの増加やセラピストに対する患者の信頼の低下といった不都合なシナリオを最小限にするために発展してきたであろう負荷と処方量の低い伝統的なモデルがあります。 現在は、リハビリの一部となり得ると私たちが理解している身体特性に焦点を当てた、リハビリのための基礎的な処方量のガイドラインがあります。しかし、もし大部分のリハビリの主要な目的を、痛みということにして、私たち自身の現状の知識ベースに対して正直になった時、患者の痛みに対して信頼できる結果を得るために用いることができるセットやレップ数、またはその他の処方量のパラメーターを、私達は実際には持ち合わせてはいないのです。 リハビリのエクササイズに対する現在の研究基盤に目を向けた時、痛みに対する平均的な効果に関する信頼区間がゼロを跨いでいる、つまり効果が大きい、小さい、さらには有害である可能性がまだ全て残っていることを度々目にします。 大まかな身体的な処方量のパラメーター 持久力 12+、2〜3セット 筋肥大 6〜12、3〜6セット 筋力 6以下、2〜6セット パワー 1〜2レップ、3〜5セット 残念なことに、これらのどれもが痛みと密接に関連してはおらず、そしてそれはかなり理にかなってはいるのですが、混乱も招きます。私達は痛みが多次元的なものであることを理解しているので、一つの要因を信頼して痛みに深く関連づけることはあまり理にかなっていませんが、問題は一つの要因(エクササイズ)が痛みに関連した複数の次元にも効果があるかもしれず、これは少し紛らわしいことなのです:)。もしかしたら、ここでの重要な点は信頼できるという言葉かもしれませんね? そこで、もし私たちがリハビリでこれらの身体的側面を向上させたいのであれば、取り組む必要のあるパラメーターがあります。ここでの疑問は、私たちがエクササイズについて理解していることをリハビリエクササイズと痛みに単純に移行できるか?ということです。 私は個人的にはそう思いません。 したがって、身体的なパラメーターが重要ではないとは言わないようにしましょう。しかし、エクササイズやエクササイズの処方量の伝統的な見解から痛みに対する予測可能な効果を期待することも賢明または正しいことではないかもしれないことを認識もしましょう。 エクササイズのプログラム作成に関してよく議論される原則が、SAIDの原則、Specific Adaptation to Imposed Demand(課された要求に対する特異的な適応)、であり、これは身体は常に与えられた刺激に対して適応するということです。さて、これは常に当てはまる原則ですが、身体がどのように適応するかということは依然として個人差があり、そして予想することはしばしば簡単なことではないのです。 しかし、問題は、私たちの現在の処方量についての知識を用いて具体的な目的とすることができると期待することこと、例えば、6回かそれ以下の回数の範囲及びそれを反映した負荷による筋力とでもしましょう:は痛みという別の治療的な目標と予測可能で明確な関係性を持つことを私たちが望むということです。 したがって、目標とする身体的な成果と関連した処方のパラメーター、そして痛みの成果の間に繋がりがないため、このケースについて実際に具体的になっていることは全くないのです。 身体的な適応だけよりも、現代のリハビリの見解は、患者に対して良い影響を与えるものにエクササイズが影響するかもしれないことについて考え始めたかもしれません。これらのことから特定の効果を得るために、私達は現在のリハビリの処方量が自動的にそれらを改善させると示唆するよりも、これらの成果を達成するために特異的にプログラムを組むことを考えなければならないかもしれません。 治療的エクササイズの目標: 痛み(大きな交絡要因) 特定の機能(身体的能力は一部であるがこの全てではない) 恐れの忌避&心理的な数値(成果と予後について非常に重要であると示されている) 自信&モチベーション 運動/リラクゼーションの自由 運動の戦略 継続 エクササイズについての研究 急性的な痛覚の消失(即効の鎮痛作用)について調査したこのO‘Neillによる最近の研究をみると、この研究で用いられた定められた処方量は、個々の反応を見たところ、特に患者の痛みの基準値がすでに高い場合に、痛みの増加さえも含んだ痛みに対する様々な反応を引き起こすことがみてとれました。 この別の文献は、痛みに対する異なるエクササイズの種類の影響を調べ、そして興味深い最近のこの研究は、エクササイズに対する痛みの反応を用いてメカニズムと個人的な性質について検証しています。 痛みが主要な結果の数値の一部であった、エクササイズを比較したいくつかの研究を見てみましょう。異なる処方量のパラメーターによる異なるプログラムが同様の成果を示したことがわかります。また、私達が痛みに対するエクササイズの平均的な効果についてみているのであれば、これは異なる処方量に対する低応答者と高応答者を隠してしまうかもしれないことに気づかなければなりません。 この研究は、ローテーターカフの腱障害に対する低負荷と高負荷のエクササイズプログラムを比較しました。 この研究は、腰痛に対する高負荷(デッドリフト)と低負荷(運動制御エクササイズ)を比較しました。このグループによる研究の結論は、高負荷の方が痛みの少ない人に対してより適切であったということでした。 この研究は、アキレス腱障害に対する異なる負荷のプログラムについて検証しました。
 
    	痛みに対するエクササイズ投与はフィットネスのためのエクササイズ投与と同じではない パート2/2
耐性 痛みに対するエクササイズは、症状を変化させるためのエクササイズ/運動のコンセプトからわかるように、短期間で痛みを軽減するものとして常に見られるべきではないかもしれません。代わりに、痛みの自己効力感の増加や痛みのある中で身体を動き続けるという、我慢できる痛みの量で動いていることは同じくらい重要なシナリオです。 耐性は、実際には患者ごとに定義されるべきであることを覚えていてください。エクササイズは患者の痛みを減少させることに加え増加させる可能性もあり、そしてエクササイズによって患者の症状を再発させたことのある、医療現場にいる全ての人はこのことを理解しています!最適な負荷設定のコンセプトはまさに組織/生理的な適応に関することですが、おそらく私達はこの適切な負荷設定のコンセプトを、痛みへの適応、痛みの増加、現在の症状レベル内での維持、そしてさらに痛みの減少へと応用する必要もあるのかもしれません。 私達は、痛みを伴ったエクササイズすることで悪い結果にはならないことを理解しています(こちら)。私は以前にこれについてここで述べました。 患者の現状 耐性のコンセプトにおいて、処方量に関連して患者の現状について考慮しなければなりません。耐性のコンセプトを筋力やROMなどを変化させるというモデルの中で一致させることは私にとっては難しいことであり、それはこれが私たちの患者のエクササイズに対する耐性に影響するかもしれないことを考慮していないからです。 患者の痛みに対する耐性に影響を与えるかもしれないものは: 現在/以前のエクササイズレベル ストレスレベル 睡眠習慣 刺激に対する痛みの感度の増加に関連したあらゆるもの 私の好きな医療的推論手段の一つはMaitlandによるSIN分析です。性質(痛みの種類)についてはあまり掘り下げることなく、重症度(現在どれだけ痛むか)と過敏性(与えられた刺激に対してどれだけ長く痛むか)は、実に現代の感受性のコンセプトに相当するのです。「感受性」における重要な要因の一つが不均衡な刺激と反応(痛みのレベルや持続時間または重症度と過敏性)です。これは、刺激やエクササイズの処方量を現在の感受性のレベルに合わせて引き下げることで、医療的推論に情報を与えてくれます。 自覚的運動強度(RPE) 私が処方量を判断する数値の一つがボルグスケールを用いた労作レベルです。これは伝統的な固定観念からのセットや回数を用いるものよりもかなり主観的ですが、痛みはかなり主観的な体験なのです! もっとも難しいことの一つが、私たちの患者の反応についての知識が限定されている、または全くない場合に、私たちのエクササイズの処方量を最初は我慢できる限界以内に収め続けること、または処方量を滴定することです。私はRPEよりも痛みの視覚的アナログスケール(VAS)を使う傾向にあります(そうです、それがひどい測定値であることは理解しています)。もしVASが高ければ、私は労作レベルが低くなるようにします。私は、これによって反応を耐性限界以内に抑えられるように感じますが、もちろん毎回ではありません。 私はこれを10のルールと呼び、両方の数字を足すと…そうです、10になるのです!例を挙げると、もし痛みがVASで7であれば、RPEを3に維持します…もし痛みが低ければ、たとえばVASで3であれば、RPEを7まで上げるかもしれません。 しかし、もし患者のストレスや不安が大きいまたは、睡眠不足であるとあなたが感じたら、処方量を我慢できる反応以内にとどめておきたいのであれば、これらのどれをも処方量の思考プロセスの計算に入れなければならないかもしれません。 処方量に対する反応をチェックする 最も重要なことは、処方に対する反応をチェックすることです。注意深くなり、そしてVASが高いため、RPEを低く保ったとしましょう、そして患者はそれが簡単に我慢できると感じれば、もう少し強度を上げて負荷をかけられることがわかるでしょう。もし、労作や負荷を抑えているにもかかわらず逆の反応がでたならば、より低く下げなければならないかもしれません。 グレーでもOKとしましょう 私達は、実際に処方量を実施して反応をチェックするまで、どれくらいの処方量にするべきかは本当にはわからないでしょう。そのため、何が起こるかわからないことはOKで、頭を使い、そして時々間違うことをOKとしましょう。パニックにならないで、ただ処方量を調節して、これが普通だと慣れること、それは間違いなく精密な科学ではなく、多くの場合で試行錯誤なのです。 人々はいつも何らかの指示を欲しがるでしょう この問題の一つになり得るのが、人々は実施する量を知りたがったり、何らかの指示を欲しがったりするということです。このような指示は1日に10回3セット(正直に言いましょう、あなたはこれを言ったことがあるでしょう!)に大抵落ち着きますが、より具体的になるのが実になかなか難しいので、私はなぜこれが処方されるか理解できます。これが、なぜ多少ともちゃんとした理由づけを伴った試行錯誤であり、そして患者が再発とは何か/どのような意味があるかを理解するのを手助けすることが重要な理由です。 結論 現在、痛みに対するエクササイズの処方量がない 痛みは現在の処方のパラメーターに対して一定に反応しない 身体的な要素以外にも他に治療的な目標がある エクササイズのデータはリハビリにおける現在の処方量の考え方を支持しない 処方量のレベルに関連して患者の現在の状態を考慮する 医療的推論を用いる グレーでもOKとする
 
    	身体的活動と痛みの詮索
変形性関節症に悩む人達の多くは、痛みのある活動を控えることによって、徐々に身体活動の良が低下してしまっていることがほとんどではないでしょうか?変形性関節症の改善のために不可欠である運動、活動の再開がいかに重要なのかについて、グレッグ・リーマンが解説します。
 
    	機能的運動のスペクトラムシリーズ:エンカレジメント、エンパワーメント、エンゲージメント(ビデオ)パート1
私達が運動指導や治療で関わる対象者に対して用いることのできるドライバーは、物理学的、生物学的なもののみでなく、行動科学的なドライバーも含まれます。実は他の何物よりも重要であるかもしれない、行動科学的なドライバーについてDr.デーブ・ティベリオが解説します。
 
    	機能的運動のスペクトラムシリーズ:エンカレジメント、エンパワーメント、エンゲージメント(ビデオ)パート2
私達は誰も皆、愛されたいと望んでいます。他者と運動や治療を介して関わる私達の職業の専門性のみでなく、人間と関わる人間として私達にとって重要なドライバーとは何か?ギャリー・グレイ博士が哲学的に語ります。