プレイリスト 8 コンテンツ
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治療を通して関わることへの理解を深める

徒手療法やボディーワークには、幅広い様々なタイプのメソッドが存在します。メソッドの枠組みに捉われてしまうのではなく、「治療」を通して私達が関わっていることは何であるのか?についての理解を深め、様々なメソッドをより効果的に提供する為に理解しておきたい考え方のコンテンツを選択したプレイリストです。治療家、ボディワーカーの皆さん、沢山あるコンテンツのどこからスタートしようか?と迷ったら、まずはこのプレイリストをチェックしてください。

ボディワーク

すべての患者やクライアントに共通して行うべきこと

私のセミナーに参加される方から、よく聞かれることがある。「あなたが行っている事の中で、最も効果が出ると思われることをひとつ挙げるとしたら何ですか?」。なんと悩ましい質問であろう。そんな手品のようなテクニックを皆さんに教えられるほど単純であればよいのだが。数ヶ月間この問題を考え続けて、その答えをポストに書こうと計画してきた。この質問に対してどのように回答したいかを考えつくのに時間がかかったが、やっと答えが見つかった気がする。 私の行っていることで最も効果的なこと 私の行っていることで最も効果的だといえることは、恐らく私達皆が、全てのひとに対してするべきことだと思う。それはストレッチでもなければ、エクササイズでもない。最新式の流行の器具でもなければ、最先端の徒手テクニックでもない。あまりにも単純すぎて、答えを見つけるまでに時間がかかってしまったこと。それは、評価と再評価である。 適切な評価と再評価こそが、すべての患者またはクライアントにできる最良のことである。患者やクライアントに何が必要で何が効果的なのか、その個人を理解することがカギとなる。すべてはまず適切な評価から始まる。それから治療やトレーニング、その後、再評価が必要である。患者やクライアントを施術する際には、毎回この評価を行うこと。セッション中何回行っても構わないであろう。 まず、“主な愁訴は何か?”をたずねる。評価し、それを定量化し、治療し、再評価する。 この単純な概念には、大きな意味がある。最も単純なレベルでは、たとえば、体重減少を目指しているクライアントを指導しているにもかかわらず、体重を計測していなかったとすれば、何に効果があり何に効果がなかったのか知ることができるのであろうか?その場合、どれぐらい改善しているのかどのようにして知ることができるのであろう? 臨床医には、たとえば可動域、関節可動性、筋力、柔軟性など、他にも多くの評価方法と検査手段がある。しかし、これらの評価は患者にとって、ちぐはぐな定規に過ぎない。実際、患者は可動域が10°増えようが増えまいが気にしてはいない。彼らは単に快適に動けてパフォーマンスを向上したいだけなのである。 「肩が痛いんですね。どんな時に痛みますか?同じ痛みを再現できるような動きをしてもらえますか? いいですね」。と、ここで、今後再評価するための基準となる指標を設定したことになる。誤解してほしくないが、客観的な指標も必要ではあるのだが、ここでは実際に患者が感じていることを基準としての基礎的な評価を得ているのである。 FMSとSFMAのような手段が有用である理由がここにあるわけだ。動きを評価する体系的な方法である。評価に限度があるフィットネス界では特に必要だ。動きの質や主観的な感じ方を定量化すれば、その後の変化を測定することができる。 最終的に、これは必ずと言ってよいほどよい結果をもたらすことが多い。単に治療やエクササイズを適用し、効果がありますようにと祈るよりも、何で効果が出るのかを評価し、必要に応じて調節すればよいのである。 評価と再評価 では、どのようにすればよいのだろうか?悪い例として、背中が痛いと訴えているクライアントをすぐにマッサージテーブルに乗せて施術し始め、いくつかのマッサージ・テクニックやエクササイズに飛びついて処方するのでは、何の評価もなしに治療をしていることになる。評価もなく治療のみで、どうやって再評価をするのだろうか?痛みを基準にしてよいのであろうか?痛みはたいてい最良の評価にはならない。 より良い例は、いつ背中が痛くなり、どのように痛いのかを評価することかもしれない。どのような動きで問題が発生するのか?どのような動きに制限があるのか?そうした上で施術をし、いま観察した動きを再評価する。その患者が立ち上がり動いてみたとき「すごい、つま先に手がとどくようになった。効きますね。」と言った場合、いたって単純ではあるが説得力がある。 私が先日評価した患者を例に挙げよう。彼は左中背部と肋骨に放散する痛みを訴えていた。総合評価をしたが、ここでは重要な項目の追跡とアウトラインのみ紹介する。彼の愁訴は痛みだった。症状を軽減するためにその部位のみの治療を始める、つまり「痛みを追いかける」こともできたが、私の主な焦点は、彼の複数分節においての左回旋制限にあった。 複数分節の回旋といっても充分ではないので、詳細を調べてみた。胸椎の左回旋の動きが中程度減少していた。症状のあるその部位だけを治療することもできたが、さらに慎重に観察した結果、関節の可動性には問題がないものの、骨盤が左前方への傾斜をともなう変位を起こしていた。つまり彼の骨盤全体と仙腸関節は右回旋していたのである。それに伴って腰椎もやや右回旋位になっていたので、彼の「正中位」は、実際やや右に回旋していたわけである。結果、左回旋制限という所見になってしまった。 まずは胸椎モビリティ・エクササイズで評価しようと思い、胸椎のチェックからスタートしてみた。胸椎が何パーセント問題に関与しているかを調べ、軟部組織と関節可動性、そしていくつかの胸椎モビリゼーション・コレクティブ・エクササイズに取り組んだ。この時点の再評価で、胸椎の左回旋にかなり大きな改善が見られた。ここで終了することもできたが、さらに複数分節における左回旋をチェックしたところ、約50%しか左回旋が改善していなかった。 ここで治療を終了してしまっていたら彼の機能不全の半分しか回復させてあげられず、活動を始めればすぐにまた前の状態に戻ってしまっていたかもしれない。 次に骨盤に取り組んだ。いくつかのエクササイズと徒手療法で骨盤の配列を整えた。胸椎と複数分節の回旋を再評価した結果、正常な左右対称の動きが戻り、必然的に彼が訴えていた痛みの軽減に繋がった。 これが評価と再評価のパワーである。セッション中に、一度だけではなく幾度も繰り返し行うことにより、それぞれのテクニックの有効性を、可能な限り絞り込むことができる。 再評価のパワー 以上のことは、私がどのように評価と再評価によって問題を絞り込み、治療の向上を図ったのかを紹介する良い一例である。重要なポイントを下記にまとめると: 患者やクライアント各人に対して、何がどのくらい有効であるかを見極めることができる。これは簡単な概念であり、実施直後に改善が見られたならば、その時行ったことと直接関連付けることができる。 その個人に有効でないものを見つけることができる。 これは軽視されがちだが、適切な評価と再評価を行うことで、効果の低いものが分かってくる。有効な方法を見つけるのと同様の価値のある手順で、有効でないことが分かればアプローチの方法を切り替えればよいだけである。 診断に繋げることができる。 何が有効で何が有効でないかを評価しながら、機能障害を正確に鑑別できる。胸椎の回旋制限は関節の可動性の問題ではなく、軟部組織に起因するものであるかもしれない。 患者やクライアントから信頼を得ることができる。 最後になったが、最も重要なこととして、評価と再評価によって患者から信任、信頼、コンプライアンスを得ることができる。行ったことによる改善を、即座に患者自身が体験するからである。

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徒手療法における革新

特定のスキルセットや実践における革新を理解する最良の方法は、その実践の基礎において優れた基盤を持つことです。 軟部組織マニピュレーションやドライニードリングのような徒手療法方法論の最近の流行は、しばしば物議を醸し広く誤解されています。 もしあなたが関節や組織のマニピュレーション(関節や組織のモビライゼーションやストレッチング)を実践する徒手療法の知識や技能を持っているなら、もしあなたが組織をテーピングしたり、こすったり、圧迫したり、または牽引することが出来て、あるテクニックが別なテクニックよりも重要であるという時に必要とする評価を理解しているなら、あなたは徒手療法の緻密な術を理解しているでしょう。主観性というより客観性に基づく、しっかりとした信頼できるフィードバックループと組み合わされた、技術上の手先の器用さと正確さです。 精通者である人があなたのテクニックにうなずくほど、あなたは行う施術においてとても優れていなくてはなりません。あなたには患者の主観的情報からかなり保護されたプレテストー再テストのフィードバックが必要であり、同時に非常に重要なのは、それが兆候ではなく症状だと考慮されるべきだということです。 毎回の徒手療法介入後、私たちは兆候と症状の両方のベースラインに対して再テストを行えるべきですが、もし客観的兆候を欠き、大幅に症状に基づいて施術を実践しているなら、私たちは知っていると思っているテクニックの良さを十分に発揮させていないかもしれません。 マイク・リーヒー氏のアクティブリリーステクニック(ART)、そしてエド・ジルストラ氏のキネタコア・ドライニードリングワークショップは、その道の達人の2つの主な例でしょう。 リーヒー氏は、臨床家の手が持つ器用さと治癒力を受け入れています。彼のカイロプラクターとしてのバックグラウンドが、彼を筋骨格系医学とフィードバックループへと向かわせましたが、科学的客観性と組み合わされた彼のART創造性が、テクニックを洗練し実際に新しいものをもたらすことになりました。 エド・ジルストラ氏は、ドライニードリングの効果性の理解を高めた優秀な徒手療法セラピストです。間違いなく、彼は鍼を持ちだしそのテクニックを実践した第一のクリニシャンではありませんが、皆さんがドライニードリングのような他のテクニックを知り楽しむ前に、徒手療法のスタンダードに従うよう計らった数少ない人達のなかの一人です。 ARTとキネタコアは、動作パターンを見て、そして障害計測―よりはっきりとした道筋を築く助けとなる患者の治療前と後の症状にありうる兆候の収集ーへと落とし込むその両方の能力ゆえに、SFMAモデルを取り入れています。 プロフェッショナルとして私が言えることは、方法論を開発したのと同じ人が、その方法論が働いているかどうかを知る評価を開発した時にうんざりするということです。ARTとキネタコア両方とも、客観的な動作スタンダードとしてそれぞれにSFMAを取り入れており、彼らのテクニックの効果性を披露しています。 それは信じられないほど大胆な行動です。しかしながら、もしあなた自身が教えているテクニックにおいて非常に有能であるならば、あなたはあなたの創造性と直感から生まれた本質的な部分を証明するための、よりしっかりとした客観的なフィードバックループを常に探しているでしょう。基準はまた、どうやってより良くなるかを理解させてくれます。 グレッグ・ローズ博士とカイル・キーセル博士を通じて、私は個人的にマイク・リーヒー氏が彼のARTテクニックとともにSFMAを用いているのを目撃しました。カイル・キーセル博士とエド・ジルストラ氏も、同じ方法でSFMAのフローチャートにおける効果的な分析に対しドライニードリング・テクニックを使っています。 SFMAのリードインストラクターであるキーセル博士とジルストラ氏の両氏は、いかに速くベースラインが変化出来るかを表す方法を与えるテクニックを取り入れています。徒手療法教育の現場で競い合う人々の多くは一貫したベースラインを取り入れませんが、もしあなたがベースラインをはじめに設けなければ、ベースラインを変えることは不可能なのです。多くの人々は彼ら自身のモデルを開発し、彼らのモデルは常に成功しているように見えるようにするのです。 これは許すことのできる新人の過ちです。私たちは皆、自らのゲームを審判しようとしたことがあります。覚えておいてください、部屋の中にいる最も客観的な人物は、彼らが客観的でないと知っていて、彼ら自身を自らの偏見から守るためのシステムと方法を作り出す人です。 これが概して、SFMAにおける私たちの意図です。多くの多岐にわたる臨床方法論を用い、それらを一緒にまとめることで、治癒の行程における最良なタイミングで、最良の人のための最良のテクニックが注目され、兆候と症状両方の平等な評価をさせるテスト―再テストのプラットフォームによって導かれるでしょう。 もし私たちが理学療法において何か罪を犯しているならば、それは、まずそれらの症状を引き起こしうる筋骨格系の兆候と関連付けもせずに患者の症状に強く注目してしまうことです。患者が良くなりかけているとき、調子の良くない日があり、彼らが実際にそう感じていない日でも、もしかすると彼らは悪くなりかけているかもしれないことも多くあります。 私たちは、筋骨格系動作パターンの兆候と障害計測により与えられる等しい類似点を挙げつつ、主観的なフィードバックを取り入れる臨床家でなければなりません。両者は、症状の誘発と顕著な動作機能障害の鑑識の両方に関わる、最も根本的に影響を受けた動作パターンに基づいた意思決定の樹状図です。 ドライニードリングに取り組む最良の方法、そして軟部組織マニピュレーションに取り組む最良の方法は、優れた徒手療法のバックグラウンドを持つことと、すでにその他の徒手療法のクラスを受講していることです。もしあなたがまだ卒業したてで、徒手療法に注目した継続教育を何も受けたことがないのであれば、マイク・リーヒー氏のARTやエド・ジルストラ氏のキネタコア以上にお勧めできるものは他にないでしょう。 なぜか?それは両方ともフィードバックループを非常に尊重して、彼らが作ったものではない独立したモデルを取り入れており、そして彼らの仕事は客観的な尺杖をもってその効果性を示しているからです。彼らは、彼らのスキルセットに偏って取り組むことも容易に出来たのですが、それぞれあまり踏み固められていない道をとりました。彼らは内側に目を向けたのです。彼らはSFMAに深く目を向けました。彼らは私たちのリードインストラクターの一人に連絡を取り、こう言ったのです。「もっと見せてください。あなたのベースラインが好きで、私にはそれを変えることができる自信があります。」 私たちのベースラインは、いつあなたが効果的な違いをもたらしているかを理解させてくれるだけではありません。それはまた副作用やベースラインとされるべき他の動作パターンに対してあなたに警告し、そのおかげで私たちはそれらを並行して見ることが出来ます。私たちは別な方向から奪い取って一方向だけの動作を作りたくはありません。それゆえに、包括した動作アプローチー動作パターンに基づいたアプローチーが出発点なのです。 もしあなたがドライニードリングや軟部組織マニピュレーションに取り組もうとしていて、革新を探しているなら、評価より優れているわけではないけれども、互いを補足し容易に独立することができる二つの優れたテクニックを伴って、近代科学と革新に負けない旧式の徒手療法の客観性と出会うでしょう。それらは評価とともに存在するのです。

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東 vs 西

ずっと前に皆さんに、私に何を書いてほしいかを聞いたことを覚えていますか?そのときのリストは、今でも持っていて、ゆっくりでも全て書くつもりです。そのリストの中のアダム・ウォルフさんによる質問が下記です。 動作をどのように徒手療法や東洋医学と融合し、それをどのようにして、絡まりあい融合を強めていく「東洋」のホリスティック(全体論的な)医学と西洋(哲学)、およびそのパラダイムに調和させているのでしょうか? あぁ…それは全て東 vs 西ということに集約できます。私の高校がケンモアウエスト(マスコットはブルーデビル)であった頃のように。私の高校のライバル校は、ケンモアイースト(マスコットはブルドッグ)でした。絶妙な詠唱をよく覚えています:「西は最高…東は最低!」 徒手療法は、身体構造を改善することが全てです。ちょっと、言い直させてください。おわかりだと思いますが、上腕骨を形成したり、大腿骨頭を造り直したりするわけではありません。わかりますよね。変えることのできる軟部組織の構造を変えようとしているのです。伸ばしたり、安定させたり、生理学的治癒や変化に影響を与えたり、軟部組織の形成に影響を与え、順応させようとしているのです。 構造は、そのエリアの機能を決定づけます。手首や手には、なぜたくさんの骨があるのでしょうか?そこに必要な器用さを考えてみてください。なぜ関節窩上腕の臼状型は、大腿骨寛骨の臼状型と異なっているのでしょうか?肩関節は、上肢の可動性の必要性に即して設計されているのに対し、股関節は、体を支えるために、よりしっかりとした、構造的な安定性が必要です。構造が機能を決定づけるのです。徒手療法を行うことによって、構造を向上させられるのであれば、行うべきです。機能は、やがて構造に影響していきます。悪い姿勢で座り続ければ、脊柱は可動性を失い、やがては堅くて曲げられなくなり、まっすぐ立つことさえできなくなります。構造と機能は、密接につながっており、分離することはできないのです。それゆえの、私の会社の名称なのです。(訳注:スー・ファルソネの会社の名前「Structure & Function (構造と機能)」) 私にとって、東洋医学と西洋医学は密接につながっています。東洋医学が西洋医学より全体論的であるとか、あるいはその逆か、というような考えはしません。誤解しないでください、私は何も私が東洋医学哲学の専門家であると言っているわけではなくて、東洋医学についての本や論文を読んだり、概念を学ぶことが好きなのです。東洋医学の要素の多くは、何千年もの歴史を経て受け継がれています。なぜなら、それがうまくいっているからです!過去に東洋医学に従事していた人々は、その時代に得ることができる資源を使わなければなりませんでした…山にある植物やハーブを使って、病気の治療をし、診断テストを使わずに、私たちが自分自身の内部に感じるエネルギー、そして他人から感じるエネルギーの描写を使っていました。それはまさに私たちが、今ある資源を使っているのと同じです…薬、診断、動きの分析など。 ホリスティックの定義: 部分の分析や治療や解剖ではなく、全体、または完全なシステムに関係すること、関わっていること。 人間の動きに関して、多くの人々がホリスティック医学を実践していると思っています。私達は、全体のつながり、または部分全体を見て、システムの中でどのように動くかを見ます。ここに栄養学の知識を加えると、「よりホリスティック」になります。さらにスポーツ心理学カウンセリングを加えると、「もっとホリスティック」になります。それゆえ、西洋医学はホリスティックなのです…少なくともそうなれる可能性があるのです。あなたは、どのくらいホリスティックにしたいですか? これこそが、馬博士のドライニードリングの哲学が、私にとってとても共感できる理由です。彼は、身体をとてもホリスティックに見ています。筋肉のトリガーポイントの定義について考えてみてください: 身体の敏感なエリア、刺激や炎症が与えられると、別の部分に特定の影響を及ぼす。特に、刺激されすぎると、全体的な筋骨格系の痛みを生み出す筋肉の敏感なエリア。 刺激。過度に刺激される。身体の中で、刺激はどこから来るのでしょうか?末梢神経です。だから、末梢神経を治療する必要があります。神経はどこから来ているのでしょうか?脊髄です。ですから、中枢神経系も同様に治療する必要があります。さあ、これでさらにホリスティックになってきました! 覚えておいてください、道具をあなたの理念と混同させてはいけません。道具は、理念を表現するために、その時々で、それぞれのアスリートのために、選んでいる手段に過ぎません。カップ、ドライニードル、フォームロール、呼吸パターン、動作、ケトルベルなど、何を使うかが大切でしょうか?いいえ、全くそんなことはありません。これらの道具が、古典的に東洋医学または西洋医学のどちらに分類されようが、道具は、私がアスリートをどのように評価したかの理念を表現しています:そしてその理念は、純粋にホリスティックなものなのです。

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徒手療法の軟部組織への影響

東京で開催されたセミナーの参加者の方から受けた ”徒手療法を施術すると軟部組織には何が起こるのか?”という重要な質問にレニーが答えます。軟部組織の層の構造に関しての解説や、運動と栄養の重要性も含めたレニーの回答をお楽しみください。

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アプローチするべき場所

アナトミートレインの著者である、トーマス・マイヤースが、人体の胎生学的発達を解説し、それによって、徒手療法を行うにあたって最も重要な場所を見つける方法をご紹介します。

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私達の専門的な「パズル」...構造か機能か

私たちが頭を悩ます、謎めいた、パズルのようなクライアントや患者に接する機会はどのくらいあるでしょうか。謎 (パズル) とは何かが理解できない、または理屈に合わないために混乱してしまう、その原因として定義されます。今日の情報社会においては、物事はより複雑にわかりにくくなっています.一体誰を信じたらよいのでしょうか?従来の教育やトレーニングは、特定の構造的な症状(前十字靭帯損傷、半月板損傷、腰痛、“炎症”、体重増加、衰弱、疲労、鬱など)に対するプロトコルに純粋に従うことで自信が得られるようにできています。しかし、症状を基盤とするプロトコルに従っていると、「それにはこれ」といった決まった型の治療やコンディショニングを繰り返す、たちの悪いサイクルにはまりかねません。 もしその「部位」や症状が本当の問題ではなく、全体的な機能不全の表れ、身体全体から発せられたサインだとしたらどうでしょう?子どもが泣いているとき、私たちはその子をただ黙らせようとはせず、何か理由があると考え、その謎を解こうとします。車の赤い「チェック」ライトが点滅していたら、そのライトの上に黒いテープを貼ってかぶせ、警告を無視したりはしません。ではなぜ、痛みや不快感があるときには、原因を探さずに患部を攻撃して無理やり症状を鎮めたり、覆い隠したりするのでしょう?静かな泥棒(機能)と、叫んでいる被害者(構造的な症状)を想像してみてください。両方のシチュエーションを考慮することが大切ですよね。被害者を助けたいけれど泥棒も捕まえたい! 権威に対して懇願することにより議論をする者は、己の知性ではなく、記憶のみを使っているのである。 (レオナルド・ダ・ヴィンチ) 私たちが、誰か(大抵は権威のある人)に指示されたからという理由で、ある技法やテストを行うことはどのくらいあるでしょう。グレイインスティチュートでは、臨床医、治療家、トレーナー、コーチそれぞれが権威を持ち、それぞれの知性を使ってクライアントや患者に接していくべきだと信じており、あらかじめデザインされたプロトコルではなく、個人個人を基盤として考えた解決方法を作っています。私はプロとして、指標としてのプロトコルに感謝しながらも、自分の知性を使って、様々な指標を全体の、各個人全体のダイナミクスに、創造的に応用することを、私達自身に対して要求します。 私は20年以上専門家として活動してきた中で、部位、構造、そしてテストでさえも、それらに関しての知識に惑わされてしまい、多くの失敗をしてきました。症状が表れている部位が実際にどのように機能しているかを尊重することなく、私がどう感じたかが、部位や構造を「直す」ことができるという根拠、テストの結果を良くできるという根拠になっていました。みなさんには、直面している全ての部位や構造的な謎に対して、より全体論的な/機能的な見方で考えることを強く勧めます。病理学的、症状の見解、テストの結果でさえも惑わされてしまいがちですが、大抵はあなたやあなたのクライアントおよび患者に「訴えている」にすぎないのです。 しかし実際には、機能はとてもダイナミックであり、連結しあっていて、流動的で、常に変化しています。リハビリをしていても、トレーニングをしていても、コンディショニングをしていても、身体を機械としてみていないか、孤立した部位や孤立しているようにみえる問題(例:ハムストリングのストレッチ、殿筋の強化、膝の腫れの減少、疲労に人工的なドリンクを飲む、便秘に緩下剤をとる、痛みに消炎剤をとる、等々)だけを指摘していないか慎重に考えなければいけません。そのような見方をする代わりに、論理と想像力を使って、複雑な全体像を解明することが必要です。下記は、還元主義的な見解と機能的な見解を対比した分類リストです。あなたがどちらを好み、どちらがあなたに専門的にあてはまるかを考えてみてください。 症状的見解 vs 機能的見解 症状的見解 身体はそれぞれの構成要素に分解された、分離したシステムによって成り立つ「機械」として見られている。 病気や病理組織の変化を明らかにすることに重点が置かれている。 評価/テストは極度に特化していて、診断の幅が狭い。 戦略は症状や患者の訴えをおさえることを基盤としている。 統計的に「普通の人々」との比較対象として計測した数値やチャート、統計、テスト結果などによって評価した患者の状態に重点を置いている。 後期ステージでの症状の経過を指標として頼っている。 健康状態は症状がないことによって計られる。症状さえなければ健康と考えられる。 機能的見解 身体は心、身体、感情がダイナミックに、複雑に相互連結したシステムと見られている。 正常な生理学上を基点とし、バランスが乱れているエリアや機能不全を明らかにすることに重点がおかれている。 評価/テストは、異なる多くのシステムや方法から得たデータを統合している。 戦略は訴えの根底にある原因を指摘することを基盤としている。 理想的な生理機能の概念を基盤として、主観的な情報と客観的な情報の両方を集めることに重点を置いている。 機能不全を早期に予想できる。 健康状態(理想的な機能)は機能の連続体、すなわち機能不全の状態から理想とする機能状態までのスペクトラムに沿って計られる。健康、およびウェルネス機能の復元、改善のための対処は、このスペクトラムのどの段階においても可能である。 今日の医学/ヘルスケアの世界では、体系的アプローチによる構造上の症状の統合を尊重する動きがあります。このパラダイムシフトでは、部分と全体の関係性がより釣り合ったものになります。部分の特性が全体の理解に確かに役に立つ一方、部分の特性は、全体のダイナミクスを通してのみ、完全に理解することが可能となります。 まず全体が最初にあり、全体のダイナミクスを理解してはじめて、少なくとも原理上は、部分の性質と部分の相互作用のパターンを導き出すことができます。これは、私たちの多くが学校で教えられてきたことに対するパラダイムシフトとして考えられますが、この概念は新しいものではありません。オステオパシー医学の創始者であるアンドリュー・スティル博士(1828−1917)は、下記の原理を信じています: 人間の身体は、総体的な生物学的ユニットとして機能する。 身体は、自己治癒と自己調整のメカニズムを持っている。 構造と機能は、相互に関係している。 身体の一つの部分に異常な圧力がかかると、身体の他の部分にも異常な圧力と張力が波及する。 そう、これはパズルのようで、全てのピースを尊重する必要があります。幼少時代にパズルのピースをはめていったとき、私達は真ん中のピースだけから始めることはありませんでした。代わりにまず、箱に描かれている全体図を見て、箱を開けて、それから全てのピースを表向きにして、角のピースと縁がまっすぐなピースを探し、それらのピースをつなげて型を作っていきました。最終的に、全体の絵を作り上げる全てのピースは、同等に扱われていました。 部位を考慮しながら、全体を尊重し評価することは、私たち専門家の義務です。治療家がクライアントに接する際の状態の捉え方を想像してみてください。衰弱しているボビー vs. ボビーの脚の衰弱、乳がんのメアリー vs. 乳がんの治療、ランジがうまく行えないジョニー vs. やったことがないランジをジョニーがなぜできないのかの判断。あなたが次回テストや評価をするときには、自分自身に次のように問いかけてください。「特定の個人をテストしているのか、それともテストをテストしているのか?」 グレイインスティチュートでは、まず第一に、各個人の特有性の全てを信じています。それを踏まえて、物理学、生物学、行動科学の応用に基盤をおきます−分離ではなく統合です。このモデルは、記憶された構造的プロトコルやあらかじめ用意されたテストを使うこととは相反して、クライアントや患者自身が、過程を決定する要因となることを可能にします。また、私たちは、みなさんのような同志一人一人が、クリエイティブに考える知性を発揮し、みなさんが接している人々を助ける道程をデザインしていると信じています。私たちはこの考え方を、決まった規則の連続ではなく、自然の原則にもとづいた応用機能科学(Applied Functional Science™)の過程を通してシェアしています。 最後に、次にあなたがクライアントや患者の「謎(パズル)」に直面するときに、自分自身に尋ねてみてください。全体は部位にどのように影響されているのか?崩壊している部位を支えるために、全体に何ができるのか?部位の機能不全は、機能代償によるものなのか?その部位を助ける環境をつくるために、今日なにができるのか?この考え方のプロセスは、私たち、トレーナー、コーチ、治療家を、優秀な機械的技術者から、創造的で謙虚なファシリテーターへと導いてくれるでしょう。

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治療がなぜ効くのか知っておくべき3つの理由

マッサージの後、一体なぜ気分が良くなるのでしょうか? または、鍼治療の後、フォームローラーストレッチの後やカイロプラクティックの矯正、キネシオテープ、モビリティドリル、ハムストリングのストレッチの後どうして身体が楽になるのでしょうか? これらの質問にぴったりの答えがいくつかあります。そしてこの記事で指摘したいのは、興味深いことに、セラピストがそのことについて知らないケースが多く見受けられるということ。あるいは、気にもしていないということです! もしかしたら、セラピストはすでに正しい答えを聞いたことがあるにも関わらず、現在科学的に明らかになっていることからかけ離れた、間違った答えを好んでしまうのかもしれません。 よくない説明に関して言えば:フォームローラーに癒着を剥がしたり筋膜を溶かしたりする効果は恐らくないでしょう。カイロプラクティックのマニピュレーションも、“ずれた”関節を元に“戻す”わけではありません。深部組織のマッサージは、毒素や“コリ”を取り除きません。鍼は、ツボや経絡に到達するのではありません―ランダムなところにうった鍼も同様に効果があります。偽手術は、本当の手術の様に成功することもあります。運動制御エクササイズでは、運動制御自体は変化しなくても、しばしば痛みが軽減するこがあります。 ここで、上記のような治療が症状を改善できないと言っているのではありません。ただ、宣伝されているようには作用しないということです。また、すべてが単なるプラセボ(これは明確な意味の提示がないと混乱する用語ですが)であるということでもありません。 一般的に、セラピストのあいだには、自分たちが“組織の問題”を治すのだという考えが根強くあるようです。そして彼らは、身体のもっと複雑なシステム、たとえば神経系、免疫系、自律神経系などにある問題を無視する傾向があります。これらは、小さな入力にでも非常に敏感に反応し、身体がどのように動くか、また感じるかということに大きく影響します。理由として、おそらくこれらの器官は表面上見えにくく、捉えづらいのと同時に、彼らが学生だった頃に教育課程で教わったことではないからかもしれません。 私はロルファーとしてトレーニングを受けていた頃、ロルフィングは筋膜を変えることにより効果があると教わりました。ですからみんな、治療ベッドから立ち上がると、背が高く体が緩んだ感じがする、痛みが軽減した感じがするなどと言っていました。筋膜に何か良い変化が起きたと思っていたからです。 しかし、徒手圧迫に反応する筋膜の変形性能について調べた結果、これはあまりふさわしくない説明であるという結論に至りました。より適切な説明は、神経系に関連づけることです。神経系は、ボディワークによる新奇な知覚情報など、新たな知覚情報に反応する筋の緊張や動きのパターン、知覚、痛覚感受性を継続的に調節しています。 自分の受けた教育の大前提が正しくないというのは、もちろんちょっと残念なことです。しかし、良いニュースとしては、それらの治療で人を治すことができないという意味ではないということです。それとこれとはまったく別の問題です。私の心構えも同様でした。そう、筋膜に関してではないにしても、人を助けてあげられないということではないのです。 ただ多くのロルファーたちにとって、これは筋膜に関わることでなくてはならないのです。また、カイロプラクターにとっては、サブラクセーションでなければならなく、霊気家にとっては、エネルギーについてでなければなりません。その他の人たちにとっては、姿勢である必要があったり、コアストレングス、筋の不均等、動きのパターンであることもあります。 もちろん、“治療がどう効くかなんて気にしない。効果があることだけ知っていれば、理由なんてどうでもいいでしょう?”と言う人は多くいるでしょう。 あなたの治療がなぜ効くのかを知っておくべき理由が3つあります。 1. どのように効果があるのか知っていれば、もっと効果を上げることができます。 これは当然のことです。的が分かれば命中しやすくなります。 では、ストレッチやマッサージが筋を弛緩させることによって可動域を増やす効果があると仮定しましょう。(妥当な仮説ですね? そして、研究によって裏付けられています!)。 しかし、もしそれが癒着を強制的に剥がすとか、物理的に組織を伸ばすことによって効果があると思い込んでしまうと、クライアントがリラックスしているのかどうかという焦点を狂わせます。 私は、だれかを施術している時、いつもこう訊ねます“どう感じますか?”そうすると、筋膜だけが重要であると思っているクライアントからよく返ってくる反応は、“私がどう感じているかは心配いりません。かなりの痛みに耐えられるので、必要があればどんどんやってください”。 そして、独りで考えるのです:“そうではなく、あなたがどのように感じているか知る必要があります。なぜなら、それがこの施術の主な目的のひとつですから”。しかし、もし私の目的が筋膜や筋のコリを取り除くことであれば、きっと私は彼らがどう感じようと気にしないでしょうが、効果をあげることもできないでしょう。 2. 予期せぬ結果 首に痛みがある人がカイロプラクターを訪れたとしましょう。そこで、首が“ズレ”ていますから、ポキッとやって元に“戻し”ましょうと言われ、あっという間にすっかり良くなったとします。そこで、痛みが軽減したのはアライメント(配列)が整ったことによるものと思い込んでしまって何が悪いのでしょうか? 短期的に見れば、害を及ぼさないのかもしれませんが、長期的にとらえると、誤った思い込みがいずれは問題に発展し、悪影響を及ぼすかもしれません。 首の痛みが再発したとします。クライアントは、また首が“ズレ”てしまったに違いない、もう一度ポキッと戻さなくてはならないと思うでしょう。そうなると、そのクライアントはエクササイズや休息、動きに気をつけるなど、他の解決方法を見落としてしまいます。もし、その首の痛みが継続してしまったら、きっと自分の首はズレやすく不安定であると病的な思い込みを抱くようになるかもしれません。ノセボ効果にもなりえます―― より大きな痛みを起こし、健康的な動きさえも避けるようになります。 これに似た誤解を持つクライアントを多く見てきました。これは明らかに時間とお金を無駄にし、不安や混乱をかきたてます。 私は、カイロプラクターのクライアントについてだけ指摘しているのではありません。 いつでも常にストレッチをしているヨガ愛好者を見たことがあります;ピラテス愛好者はいつでも安定化エクササイズをし、コレクティブエクササイズ愛好者は筋の微細なアンバランスにこだわります。関節モビリティーの信奉者は、関節が常に滑液で満たされていなくてはいけないという思い、ひっきりなしにモビリゼーションをします。さもなければ、ほんの少し動かないだけでも筋膜、いわゆる“ケバケバ”がはびこって身体が固まってしまうと感じるのでしょう。サビは決して休むことがないのです! このような病的行動のすべては、過去に効果があった特定の療法がなぜ有効であったのかについて誤った思い込みをしていることがそもそもの原因であるようです。これらの思い込みは、神経系の感受性を一時的に調整することとは対照的に、“組織の問題”を完治したという考えに執着しているのです。 要するに肝心なことは、その思い込みがいくら小さくても、ウイルスのように増殖し、感染し、そして耐性のある害虫のように突然変異して、結果として発病することがあるということです。他の人にまん延させないしないようにしましょう! 3. 真実は重要 真実の実用的な適用は即座にはっきりとわかるものではありませんが、真実には本来の価値があります。知識は、私たちにとってもクライアントにとってもすべての社会において常に強い存在です。 人間が慢性痛を患う理由や、その最適な治療方法は、厳密にはまだ分かっていません。 その知識がまだはっきりとしていなくとも、もう学ぶ必要がないということではないのです。誤報や混乱を回避するために進む一歩一歩は、真実に近づく一歩なのです。 現実を受け止めましょう! 真実はよいことであり、無知は最低なことです。それを示す賢人の言葉があります。 "すべての悪は知識の欠如から起こる" -- David Deustch(デイヴィッド・ドイッチュ) “間違っているかもしれない答えを出すより、解らないまま生きて行く方がずっと興味深いと思う。” -- Richard Feynman(リチャード・ファインマン) "知らないことが問題をおこすのではありません。よく知っていると思ったことがそうでないときに問題が起きるのです。" -- Mark Twain(マーク・トウェイン) “真実はあなたを開放してくれますが、最初はイライラさせられるでしょう。” -- Joe Klaas(ジョー・クラース) 思慮深く、懐疑的で、エビデンスに導かれることを恐れない、私の投稿の読者と私のソーシヤルメディアコミュニティーのみなさんに感謝します。

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痛みの科学の実際の適用に関する10のヒント

痛みの科学に関する知識は、パーソナルトレーナーから医師、外科医に及ぶ全ての人に向けた論文やブログと共に急速に成長し、話題は出回っています。身体に携わる全ての人なら誰もが痛みの仕組みについての基礎的な理解を持つべきである、ということが議論されるかもしれません。 私達は未だにこの分野において十分な理解に至っていないという批判もありつつ、極論から極論へと大きく振り子が振れるようになっている人たちもいます! この大量の情報を消化することが重要はありますが、私達はまた学問の、端末利用者(例えば、この全ての情報を理解する手助けをしたいとあなたが思う人ですが、この話題はなかなか難しいものとなります)にとっての現実世界での適用について考える必要もあります。 1. 痛みの科学は、言うべきでないことを私達に理解させる手助けをしてくれますが、言うべきことを理解させてはくれない。 かなり少なく見積もっても、痛みの科学をより理解することが、私達の言うことが、彼等が彼等自身と彼等の現在の状態の認識に著しい影響を及ぼすということに関する、より良い理解を与えてくれるはずです。残念ながら、以前にそれらの単語が何度も何度も使われてきたために、手助けになるというよりも妨げになる単語がしばしば、口にされてしまいます! 特定の単語を避けることは、有害なノセボ効果を作り出さない手助けになるかもしれません。 裂ける 破れる 不安定 損傷 変性 慢性の 位置のずれた これらの単語は、人々の能力、信念、回復への期待に関する認識を変える可能性を持っています。‘思考に影響を与えるウイルス’は、後ろ向きの信念や、どのようにそのウイルスが生じ、人々の間で伝えられているのかという点で、惑わされやすい言葉です。 では、私達は何を言うべきなのでしょうか?それはとてつもなく難しい質問であり、各個人間で異なるものです。決まったレシピは明らかに存在しません。 ですから、言うべきでないことを学ぶことはしばしば、良いスタートなのです! 2. テーマについてもっと学びなさい! 現在の私達の教育課程に関する批判は、大学レベル、あるいは傷害を扱う多くのコースにおいて、疼痛経験の背後にあるメカニズムに関して十分に教えていないということです。 いくつかの映像を見たり、ブログを読んだりし始める一方で、痛みの仕組みに関する実際的な知識によって裏打ちされた現代的な痛みの科学の概念が使用されるべきです。いくつかの話題の言葉、あるいは比喩表現は恐らく、対象者、特に扱いにくい問題に関して質問する癖のある対象者に理解させるには、十分ではありません。 ここに答え、あるいは説明の仕方を知っておく価値があるかもしれない、いくつかの質問があります: 痛みとは何か? 痛覚はどのように作用するのか? 中枢性感作とは何か? 末梢性感作とは何か? 疼痛経験に関与している脊柱上部のメカニズムは何か? 下行性抑制・促進とは何か? なぜストレス、状況、感情が疼痛経験に影響を及ぼすのか? 3. 痛みのような複雑なテーマの説明は、練習を必要とする。 人々は、専門家のように‘痛みの説明’をすることにプレッシャーを感じる可能性があります。まず第一に、あなたは基礎科学を必要とし、それを明確に話す方法を学ぶ必要がありますが、一晩でできるようになるものではありません。 アインシュタインの言葉のように、“もし物事をシンプルに説明することができないのであれば、あなたはそれを十分に理解していないということだ” 説明における複雑さと混乱は、理解する側の混乱と不確実性を引き起こす可能性があり、実際には、その人の疼痛経験を軽減するのではなく増大させるかもしれません。 それは、あなた自身の自信とコミュニケーション能力を構築するために、     ‘ライブの’環境から離れて実践されるべきものかもしれません。何度か大失敗をして、そこから学び、必要な時に使えるようにしておいてください! 結局のところ、優れた講演者は練習をしているのです。 4. いくつかの比喩が必要かもしれない。 比喩は、痛みのような複雑なテーマを理解するための、素晴らしい方法として奨励されています。毎日の生活の中で私達は多くの比喩を使用していることから、これはとても理にかなってはいますが、比喩の使用は、その比喩の受け取る側の以前の経験、文化的要素、教育レベル次第であるということを留意しておくと良いでしょう。 一つの比喩がうまく作用しなければ、別の比喩に切り替えてください。 5. 人々ではなく、概念に挑戦する。 達成しようとしている事の成功に不可欠かもしれない信頼関係を損なう優れた方法は、彼等に‘あなたは間違っている’と言うこと、あるいはバカにされたと彼等に感じさせることです。信念は強力瞬間接着剤のようなものであり、それに対する対立を加えることは、物事を急速に悪化させる可能性があります。何かがいっていないのであれば、止めてください。後でその話題に戻ってくることができますし、繰り返し提供することもできます。 6. あなたが言っていることを人がどのように認識しているかを常に解明すること。 これは非常に重要です。あなたが提供している情報が、あなたが全く意図していないこととして認識されているかもしれません!Kieran O’Sullivan教授は、“あなたは私が話したことを、あなたの家族や友人にどのように話しますか?”と質問するといった最善策を奨励しています。 これは、“彼等が、痛みの全ては、私の頭の中にあると言っていた”というような、‘思考に影響を与えるウイルス’に変化するまえに、あらゆる伝達不良が(うまくいけば)改善される可能性があることを意味しています。 7. レシピやプロトコルは無い−個体差がある。 ある個人に有効なことは、他には有効ではないかもしれません。恐らく、痛みの科学にとってのプラスは、よりプロトコルに基づいたアプローチのような、全ての人に対する特定のプロトコルを持つというよりも、対象者中心に向けられているということです。 心理学の分野から奨励されている戦略は、疑似体験療法や期待違反理論のようなテクニックを含みます。私達は、患者/クライアントが、特定の恐怖や信念が取り扱われたことを識別し、できれば抑制されたことに注意する必要があり、これは一般概念として見なされません。 8. 信念を変えることは瞬間的なプロセス、精密科学ではなく、ましてや常に可能なものでさえない。 第5項で述べたように、信念は厄介で、友人、家族、職場の同僚の間で(ドクター・グーグルではなおさら)人から人へと感染しやすい可能性があります。セラピスト、あるいはトレーナーとの会話が終わって外に出た際に、急に彼等自身の見解や考え方、または信念を変えることは滅多にありません。 それは、ゆっくりで多くの時間と労力を要するプロセス(恐らく!)であり、あるいは実際には決して起こらないことかもしれません。 9. 人々はしばしば、あなたがそばにいなくても直感的に真実を理解する 再概念化は、不思議な方法で、不思議なきっかけによって発生する可能性があり、頭にリンゴが落ちてくるのに少し似ています!あなたは、目の前で彼等が直感的に理解するのを待つとうよりも、提供している情報に関して、彼等が自身の気づきに辿り着くのを待つ必要があるかもしれません。 10. 言葉で言っただけでは組織に耐性はつかない BPSモデル(biopsychosocialモデル:生物心理社会モデル)における主要部の一つは、生物(biological)の“B”です。あなたが人々に彼等が虚弱ではないと理解させる手助けをすることができるというだけで、彼等が急に運動能力の強化を発現するわけではありません。あなたの運動量が少なければ少ないほど、運動における頑健さが損なわれる傾向にあり、それが実際のSAIDの原則なのです。 誰かがかつて述べた“言葉で言っただけでは組織に耐性はつかない”は、真をついた発言です。しかし、あなたは最初に、人にその作業をさせ、耐性をつけるように話をする必要があるかもしれません! 11. BPSモデルは、未だにソーシャルメディアから隔たっている少数派である 鋭い観察眼の持ち主の方、そう、すでに10のヒントについてを述べてしまいました!これは11個目です! ソーシャルメディアは、誰かが喜ぶような(そうでない人もいるが)、あらゆる角度からの痛みの科学で溢れているように感じるかもしれません。インターネットのより広い世界に入って、現実の世界に衝撃を受け、ゾッとしてください。痛みに関する医学界とトレーニング界で配信されている情報は、未だに構造的・生体力学的要因を用いた、かなり昔ながらのものばかりが推奨されているのです。

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